「ど、どうしたの急に……」


「いや、まあ、なんだ……その、単純に……力試しがしたい」


 こちらの当然の問いに対し、メリエはやや気まずそうな様子で答えた。


「クロ達と出会う前に比べると、ここ最近戦闘に関わることがかなり減った。大分勘も鈍っているだろうし、この先未開地に入るにあたり、その勘も取り戻しておきたいというのが一つ。

 それから……単純に好奇心だな。クロやライカのような相手に、私はどこまで食い下がれるのか……。それがわかれば未開地深部の強靭な魔物に対しての指標にもなる。

 これから旅が始まれば、こうした余裕は無くなるだろう。この機会は丁度いいと考えたんだ」


 メリエはゆっくりと語りながらギルドが訓練場に常備している模擬剣を手に取り、素振りをする。

 そのまま意思を飛ばしてきた。


「(無論、クロの正体のこともあるし、場所も場所だ。途中、クロの判断で手を引いてもらって構わない。人の姿を借りた今のクロに、私の剣がどこまで通用するか……胸を借りられないか?)」


 真剣。

 口では淡々とただ腕試しがしたいと言っているが、そんな安易な考えではなさそうだ。

 何か想うところがあるのだろう。


「……わかった。いいよ」


「本当か! 感謝する」


「ただ、手は抜かないよ?」


「ああ、その方がこちらも嬉しい」


 お世辞にもメリエの実力はドアニエルやライカのような人間離れした存在には至らない。

 しかし、真意はわからずとも真剣に手合わせを挑んできた相手に対し、手を抜くなど言語道断。

 武道の心得など無いが、それくらいの義は弁えているつもりだ。


 訓練用の剣を構えるメリエに対し、こちらは背負っていたリュックから直剣を取り出す。

 シャリンという小気味良い音で抜き放った剣は、陽光で鈍色の輝きを放っている。

 鞘を荷物と一緒に競技場リングの外に置くと、メリエと向き合った。


「その剣は……」


「あの時、王都の武器屋で買った呪いの剣。まさか初の出番がこうなるとは思わなかったけど。これなら本気でもメリエは怪我しないでしょ?」


 自分の手に収まるのは〝どんな生物の命も奪うことが出来ない呪い〟をかけられた双剣の片割れ。

 武器としては致命的だが、武器としての用途を考えていない自分にとっては都合がいいと購入した物。


 斬っても刺しても、肉体的にダメージは受けない。

 しかし痛みや衝撃は普通に攻撃された時と同じように精神を襲うため、直撃を受ければ意識を刈り取ることができる。


 実際、試しにちょっと使ってみたことがあった。

 切っ先で掌を突くと、確かに普通に痛い。

 実際に皮膚に刺さっているように見えるし、通常なら穴が開くくらいに切っ先はめり込んだ。

 しかし剣を引くと出血はおろか、傷跡も何も無い。

 痛みも残っておらず、一緒に見ていたライカと「おお」と感嘆を零したものだ。


 こいつを使えばメリエの怪我を気にせずに剣を振るうことが出来る。

 実際は呪いについての調査と盗賊などを無力化するのに丁度いいと買っておいたのだが、まさか初お目見えが仲間に向けることになるとは自分でも思わなかった。


 訓練場には少しだが人間がいる。

 自分達と同じように実践訓練をしている者、それを観覧席から見下ろす者、訓練場の整備をしている者、武器の出し入れをしている者。

 今はこちらに意識を向けていないが、メリエと戦闘を始めれば少なからずこちらにも目を向けるだろう。


(それでも、そうだとしても、今は……)


 いつも使う細身の剣よりやや太く短い刃引きされた刺突剣レイピアを静かに構えて待つメリエの前に進み、やや腰を落とし前傾姿勢で構える。

 競技場で向かい合うメリエの顔を正面から見据え、呼吸を整えた。


「……いつでもいいよ」


「……私は……いや、クロ、手合わせ、感謝するよ」


「気にしないで。仲間なんだからさ。一緒に切磋琢磨するモンでしょ?」


「フ、そうだな。……行くぞ!」


 穏やかに笑った直後、メリエの目は鋭くなる。

 それと同時に駆けた。


「フッ!!」


(……!!)


 半身で間合いを詰め、グッと腰を落とし、全身のバネを全て使った無駄のない突き。

 狙いは体の中心。

 一番避け難く、紙一重で避けられても体のどこかに当たるセオリーの刺突。


 メリエの剣が体に届くよりも前に、自分の剣を交差させる。

 ギッという金属音と共に、直進する剣の軌道を強引に捻じ曲げる。

 メリエほどの技量相手に、自分の剣技など付け焼刃にも等しいが、それを力と反射神経のみで捌く。


「……さすがだ」


「……!」


 メリエは渾身の突きをいなされても不敵に笑う。

 逸らされた剣をグッとしならせると、そのまま間合いを詰めて再度斬り込んでくる。

 ガキンという音と共に鍔元で斬撃を受け、後ろに足を引く。

 だが、距離が開かない。

 全く同じ歩幅でメリエが付いてきている。


「ハッ!」


「おっと!」


 何度か剣が交差し、僅かに火花が散る。

 言った通り、メリエは本気で斬り込んできた。


 メリエは技量タイプ。

 力任せに剣を使うタイプに比べると膂力はどうしても見劣りするが、無駄を省き、速さを生かして弱点を狙って行く戦闘スタイルは、隙も少ない。

 何度かこちらから仕掛けるも、全てが防がれるか躱される。


 中堅といわれるだけあってその技量は確かなものだった。

 どんなふうに体を動かしても、的確にこちらの最も嫌な部位を狙ってくる。

 横に動けば動く先に首や顔を、後ろに引けば太腿や足元を、剣を振れば手首を。


 人間よりも優れた反射神経を有する古竜種の能力があるからこそ、いなすことができている。

 だがこれが人間だった頃ならばどうだろうか。

 恐らく初撃で致命傷だ。

 現代地球で言えば間違いなく達人レベルだろう。


(それに加えて……)


 既に数分は経ったが、メリエの攻撃の正確さと速度に鈍りは無い。

 アスィでの戦闘や大書庫での戦いを見てわかってはいたが、精神的にも肉体的にも持久力はかなりのもの。


 これにあのポロとの阿吽の連携。

 成程、名を知られるだけはあると改めて感嘆する。

 受け身に回れば技量で押されると、メリエの攻撃の引きを狙ってこちらも仕掛ける。


「シッ!」


 突きで伸び切った腕。

 その持ち手を狙って武器を弾こうとするが……。


「……! 甘い!」


「!!」


 メリエはグルリと体を一回転し、腕への斬撃を交わすと同時に腕を鞭のように撓らせて回転斬りを繰り出す。

 それを身を低くすることで躱し、回転の軸となった足に足払いをかける。


「……クッ!」


 ガッと足を蹴られたメリエだが、片手を地に着いてタンッと一回転し、すぐに体勢を整える。

 しなやかさ、バランス感覚、そしてセンス。

 どれも一級品。

 そして───。


(……綺麗だな……)


 戦いの中に有って、華麗に、舞うように戦うメリエの姿は、とても美しく映った。

 真剣な眼差しと迷い無い攻撃、闘志を滲ませながらも静かな水面を思わせる凛とした表情、カモシカのような細さとしなやかさを兼ね備えた肉体、動きの度に靡く艶やかなポニーテール。


 決して手を抜いてはいない。

 いないが、自然とそんな場違いな考えが頭を過るくらい、間近で見る戦うメリエの姿は綺麗だと思えた。


(技量で敵わないなら……!)


 メリエの間断無い剣撃……それも急所を的確に狙ってくる高速の。

 素人の剣では如何に反射神経で上回ろうと、じりじりと追い詰められてくる。

 なら、勝るもので圧倒する他ない。

 今まで以上に、剣を握る手に力を込めた。


 ゴキンという今までに無い激突音。

 素早いメリエの剣の上から、打ち下ろす。

 ミシリという音が聞こえる程に握り込み、強く。


「っっ!!」


 ドスンという衝撃。

 叩きつけた剣が、メリエの剣を巻き込んで地にめり込む。

 全力とはいかないまでも、古竜の力を剣に伝え、メリエの想いと力にぶつける。


 剣が地に縫い付けられたことと激突の衝撃で、メリエが前傾によろめく。

 その瞬間に一気に剣を持ち上げ、切り上げる。


「グッ!?」


 メリエはすぐさま剣から手を放し、慌てて体を起こし、切り上げを紙一重で避けた。


(咄嗟に武器を手放すという判断……)


 普通なら、なかなか出来るものではない。

 馴染んだ半身ともいえる得物を手放す判断は、無意識に拒絶するもの。

 どんなに緊急時になっても、最も大切なものは一緒に持ち出そうとする心理と同じ。


 状況判断も含めて、メリエが相応の実力者であることはよくわかる。

 加えて指揮官として戦場を見る目も持ち合わせている。

 まだ年端もいかない妙齢でありながら、この潜在能力。

 羨ましくもあり、妬ましくもあった。


(丸腰でも、手は抜かない……!)


 剣を取り落として尚、戦意を失っていないメリエに目掛け、駆けようとした瞬間。


「そこまでだッ!」


「!!?」


 制止の怒号で踏み止まる。

 声の方に視線を向けると、いつの間にか観覧席に一人、見知らぬ人間が座っていた。


 メリエもそちらに視線を向けると闘志を収め、肩の力を抜いたのがわかる。

 それに合わせてこちらも剣を引いた。

 それにしても……。


「……誰?」


「ハァ、ハァ、……私の、師匠だ」

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