旧交

「アッハッハッハ! 二人とも見事なモンだった! 悪かったね。今回はアタシがメリエに無理言って、相方の実力を見させてもらったんだ。商売柄、どうしても気になっちまってね。気を悪くしたなら謝るよ」


「……クロ、すまなかった。騙す気は無かったし、自分の実力を知りたかったのも本当だ。こんな機会でもなければ手合わせも難しいだろうしな」


「あー、いや、それはいいよ。実際、僕も勉強になったし」


 総合ギルドの受付近くにある簡易の休憩スペース。

 その一番窓際にあるテーブルで深く腰を下ろし、豪快に笑うのはメリエの師匠。

 年のころは50代といったところで、その皺のある顔に似合わない引き締まった肉体をしている、かなり男勝りな女性だった。

 殆ど白髪となってしまっているが、元は美しかったであろうブロンドの髪を後ろに束ねて三つ編みにし、愉快そうに口元を緩めている。


「んじゃあ、自己紹介しとこうかねぇ。あたしゃハンターのニグリナってんだよ。ここじゃ古株でね。何でも聞いとくれよ」


 そう言って笑う姿は、頼りがいのあるお婆ちゃんといった印象だった。

 豪快な物腰、鍛え抜かれた体、どこか老獪さを感じさせるも、しかし親しみやすい雰囲気。

 初めて会い、初めて言葉を交わすはずなのに、思わずこちらも頬が緩んでしまうような、そんな気持ちにさせてくれる人物だ。


「んで……そうかいそうかい。アンタにもいい仲間が見つかったんだね。これでようやくハンターとして一人前だ」


 優し気にメリエを見ていたニグリナが、今度は自分に笑顔を向けた。


「え、ええ、まぁ……その、紹介がまだでしたね。こちら、私と一緒に旅をしている、クロです」


「初めまして、クロといいます。こちらこそ、いつも助けてもらっています。僕あんまりこの国の事とか勉学は得意じゃなくて……メリエが読み書きを手伝ってくれたり、常識を教えてくれたりしたおかげで、楽しく過ごせてます」


 そう言ってメリエに微笑むと、メリエは顔を真っ赤にしてもじもじとしながら視線を彷徨わせた。

 ここまで狼狽するメリエは出会ってから初めてかもしれない。

 お師匠の前ということもあり、メリエの株を上げるためにもと褒めたつもりだったのだが。


「なーるほど。粗削りだがその若さでアタシが仕込んだこの娘以上の実力……相当なものだね。あのバーグも色々と気にしていたようだし、なかなか見所のある色男じゃないか。

 この子は気難しいところもあるけど、根は真っ直ぐでね。この先もよろしく頼むよ」


「はい。勿論です。バーグってヴェルタのハンターギルドを束ねている、あのバーグさんですか?」


「ああ、アタシの仕事仲間の一人さ。今は出世しちまったけどね。これでもバーグより腕はいいんだよ? 今もね」


 この人と言葉を交わしていると、どこか郷愁を誘う空気が心を満たす。

 そんな穏やかで優しい声のトーン。

 久しぶりに会う孫を玄関先で迎えてくれる祖母のような、安心できる声と眼差し。


「にしても、何だい何だい、メリエも随分と立派になっちまったねぇ。私の元を離れてまだ一年くらいなもんだってのにさ。自分の時にこんな素敵な相方見つけたのなんざ、30過ぎてからだったってのに、20前で有望株をつかまえちまうとはね。これなら老人のお節介は必要なさそうだ」


 そう言いながらニヤニヤとメリエを見るニグリナ。

 その目はやはり師というより、孫の色恋沙汰をつつく祖母のそれだ。


「え? あ、ええ、私には出来過ぎた仲間です。師匠こそ、お変わりありませんね」


 対してメリエの方は、その意図が伝わっていないようである。


「……こりゃあ先が思いやられるね……もっと男の扱いや女の武器の使い方の仕込みも気を付けりゃよかったかねぇ……」


 そんなメリエの反応に、溜息を吐きながらニグリナは小さく零した。

 そのまま自分の方を一瞥して苦笑すると、背もたれに深く寄りかかりながら続ける。


「あたしゃ随分と老け込んだよ。アンタが居なくなってから刺激も減っちまってね」


「……そうは見えませんが……私が居なくても師匠の生活は変わらないでしょう。相変わらず、あちこち動き回られているとか」


「なーに言ってんだい。確かに仕事はいつも通りかもしれないけどね、アンタがいるのといないのとじゃ、アタシの生活の張りは全然違うんだよ。日々どうやってアンタを鍛えるかとか、飯はどうするかとか、どう楽しませてやるかとか……いつも考えていたさ」


「しかし、あの時は随分とそっけなく追い出しませんでしたか? これからは一人でやる時だって」


「そりゃそうだろう。モノには時期とケジメってのがある。ここぞって時に背を押してやるのも、師の務めさね。背を見せてやることも必要だが、自分でさせてやることだって大切なのさ」


 そう言ってニグリナはメリエの横顔を見る。

 優しくもあり、時には厳しくもあり、それでいて自分を受け入れてくれる。

 別れ際の母上を思い出してしまった。

 メリエは照れているのかやや他人行儀ではあるが、そんなメリエが師と仰ぐ人物の懐の広さが感じられた。


「だけど、腕を上げたね。師として、愛弟子の成長は嬉しいよ」


 そう言いながら微笑むニグリナに、メリエもはにかみながら視線を返す。

 ほんの僅かな師と弟子の時間の共有だった。


「さて。それじゃ話を聞こうか。先日会いに来た時には何か聞きたいって言ってたね」


 ニグリナはスッと真剣な眼差しに戻り、メリエに向き直る。

 雰囲気がガラリと変わり、熟練のハンターとしての迫力が宿ったように思えた。


「はい。次の行き先が決まりまして、師匠が知っていることがあったら助言を頂ければと」


 成程。

 メリエは前もってニグリナに会い、これから向かう先の情報を聞こうとしていたようだ。

 ハンターとして歴戦の人物から得られる情報なら、かなり有用だろう。

 メリエのそうしたところにいつも助けられている。

 後でしっかりお礼を言わねば。


「ふむ。ま、アタシが知ってることなら教えようじゃないか」


「ユルミール森海の中に住んでいるという種族の集落に行くことになりました」


 それを聞いたニグリナが目を丸くする。


「本気かい? ユルミール森海って言えば、上位ランクのハンターや傭兵でも道案内が無けりゃ足を踏み入れたがらない、知られている未開地でもかなり厄介な部類の場所だよ。それにあの中で暮らしているのも変わり者たちで、外部からの客は歓迎されないだろう。

 あそこでの仕事となると、Aランクで初めて依頼が回されるレベルだ。確かに最低限各地を歩き回る技術を教えはしたが、今のアンタじゃ力不足じゃないかねぇ」


「はい。ですが、私の母の手掛かりに繋がるかもしれないのです」


 直接メリエの母親の手掛かりになるかと言われれば、そうではないが、この先の事を考えればあの連中を無視するわけにもいかないのも事実。

 多少遠回りでも必要な手順という意味では間違っていない。


「……そう言えばそうだったね。アンタがハンターになった理由……一人で稼ぐ力と、母親の行方探し。

 ……なら、止めても行くだろうね。ただ、しっかりと準備はするんだよ。そこまで凶悪な魔物は余程奥地まで行かないと出ないだろうけど、広さと迷いやすさは半端じゃない」


「わかっているつもりです。だからベテランの師匠に助言をもらおうかと」


「……悪いがアタシも助言できるほどあそこには行ってないんだよ。だからせいぜい言えることと言えば、脱出手段となる魔道具かアーティファクトの用意、それと道案内できる者や動物の確保をすることってくらいだね。これさえ守っておけば迷って死ぬことは無いはずさ。

 ただ、ユルミール森海内に点在する集落の人間達には十分気をつけな。エルフが最も有名だが、外からの客はかなり嫌われる。些細な問題で殺されるなんてこともままあるって話だ。森もそうだが、そっちも油断しないことだね」


 脱出手段については最悪自分が竜に戻って全員乗せて飛べばいいだけだし、道案内もそこで暮らしている者達がついてくることになっている。

 魔物の対処もライカや自分もいるし、凶悪なのが出にくいとなればそこまででもないだろう。


 ということのは準備さえしっかりできていれば森を抜けること自体は難しくない。

 問題は集落に住む人々の方のようだ。

 実際、そこから来た連中と問題を抱えたわけだし……。


「出来れば一緒に行ってやりたいところではあるんだが、生憎とアタシも今は忙しい身でね。ギルドの相談役としてやらなきゃいけない仕事もある。

 案内役も、ここで探すとなると結構時間がかかるし、ヤルナトヴァの総合ギルドで探した方がいいだろうね。訓練された動物は値段は高いが貸してくれる店がある。ギルドで探すのも手だね」


「あ、いや、既に案内役はいるんです」


「ほう、そいつらは信頼できるんだろうね? 森の中で裏切られでもしたら面倒じゃ済まないよ?」


 その辺は断言できないのが怖いところではあるが……。

 とりあえず何とかできる手段はある。

 最悪逃げてもいいわけだし。


「大丈夫です。その辺のことは万が一も含めて考えているので」


「ふむ、ならいいかね。ポロもいれば滅多なことも無いと思うが……そう言えばポロは元気かい?」


「ええ、相変わらずです」


「懐かしいね。ポロが卵から孵った時のアンタの顔を思い出すよ。珍しくわぁわぁ騒いで慌ててね。いつも冷静なアンタもこんな顔ができるんだなって思ったっけね」


「……ほっといて下さいよ」


「へぇー」


 メリエにもそんな一面があるんだなぁと興味をそそられる。

 まぁメリエだって人の子だし、完璧超人などいるわけないけども。


「し、師匠、その辺でもう……」


「何だよ、アンタの相方ならアンタの昔の事くらい話してもいいじゃないか。アンタだって好いた相手のことは色々知りたいだろう? その様子じゃ話してなかったみたいだし、こういう機会でもなけりゃアンタ話さないだろう」


「す、好いたって……クロとは別にそんなんじゃ……」


「コラ、恥ずかしくても本人の前でそんな風に言うもんじゃないよ。男ってのは傷つきやすいんだからね。

 アタシの時も結構気を遣ったモンさ。それで思ったのは、遠回しよりわかりやすく態度で示すってことだね。アタシん時は面倒になって押し倒したけど。アンタも堅物ぶってないでもっと女らしくいくとかさ、思い切って宿で───」


「し、師匠! 私だってやる時はちゃんと……じゃない! わかりました! もういいですから!」


「……ったく、ホント先が思いやられるね」

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