選択
「そんな……まさか……?」
「アンナ!?」
「お、お父さん……お母さん!」
ヴェルタ王城の客室。
窓から差し込む陽の光が大分強さを増した頃、待ち望んだ声にアンナの声が震える。
この部屋に通されてからずっと不安気に曇っていたアンナの表情。
ドアが開いた瞬間、一瞬だけ恐怖のように引き攣ったが、それもすぐに氷解した。
ドアを潜ったのは、微笑みを浮かべるセリスに連れられてやってきた二人。
頬が痩せこけ、そのままになっている無精髭が一層疲労感を強くさせる、白髪交じりの短髪の男性。
もう一人は侍従のような服を着た女性。
こちらは疲れた表情ではあるが、幾分顔色も良く、アンナに似た目元と髪の色をしている。
アンナが自らの行動で機会を掴み、王女セリスに直訴し、待ち焦がれた存在。
アンナの父親と母親、両親。
「アンナ……! アンナ……!」
「お前、どうやって……ああ、よく無事で……! アンナ!」
「お母さん! お父さん!」
駆け寄って抱擁を交わすアンナ。
それを窓の近くから見つめる自分とメリエ。
メリエはやはり自分の家族の事を思い出しているのか、嬉しそうな、そして悲しそうな、複雑な様子だ。
カガミのところに赴いてから三日。
予定通り、学院に王城からの遣いがやってきた。
ライカも今日だけはアンナから離れ、朝起きた時から姿が無く、どこかに出かけている。
若干ではあるが空気を読めるようになってきたアンナの頭に居座る精霊も、今は窓の柵に留まり、外からじっとアンナを見ていた。
「アンナさんの姉君は南部貴族の侍従として徴用されていましたので、御両親とは別で移動しております。まだ王都には到着しておりませんが、今日の夕方には問題なくここに到着の予定です。
アンナさんの売買に関わった奴隷商及びハンターはギルドの執行部が現在調査中とのことです。恐らく粛清も含めて、近日中に報告書がギルドから届くと思われます」
「そう。よかった。これでひとまずは……」
不意に思い至る。
これで───。
そう、これでアンナは岐路に立ったのだ。
「……クロ?」
「……あ、うん」
こちらの表情を見て、メリエは訝しんだ。
メリエがこんな顔をするということは、きっと自分の表情は複雑なのだろう。
選択。
安寧の時か、危険な旅路か。
長いようで短いアンナとの時間。
それが涙を零しながら両親と抱き合うアンナを見て、思い起こされる。
この世界に来て初めての人間の知り合い。
友人。
仲間。
……そして……。
今までの言動から、アンナはこのまま旅を続けることを選ぶような気もする。
しかし、人の考えは変わるものだ。
愛おしい家族の無事な姿を見れば、それは大きな振れ幅となるだろう。
選択は、誰にも干渉できない。
決めるのは、決められるのは、選択を迫られたその人だけ。
どちらを選ぶとしても……。
母上との別れとはまた別の、空虚感、そして寂寥感。
泣きたいような、笑いたいような……一度幕を閉じた人間の時には感じたことが無かった、言い様の無い感情に胸が締め付けられた。
今の自分にとって、心許せるアンナの存在がこんなにも大きいものだったとは───。
「クロ……」
「……ここから先はアンナが選ぶことだから……。水入らず……って言っても分からないか。少し家族だけの時間にしてあげよう」
「そうですね。積もる話もあるでしょうし、旅の疲れもあると思います。人払いもしておきます。この客間はそのまま使って頂いて問題ありません。
ふふっ、アンナさんの御両親も、私に会った時は仰天して何が何やらといった感じでしたよ」
「そりゃあいきなり連れてこられて王女の前に通されれば誰でもそうなるでしょうに……奴隷がいきなり王族に面通りするなんてこと無いんだから」
「そうですね。事情の説明を省いた私のせいですね」
「……確信犯っぽいけど……」
抱擁を交わすアンナの背中を静かに見つめ、アンナの両親が入ってきたのとは別のドアを潜り、客間を後にする。
静かに出て行く自分たちに、アンナは気が付かなかったようだ。
「クロ様は、これからいかがなさいますか?」
セリスの問いに、ふと考え込む。
とりあえず喫緊でやることは無い。
アンナがいなければ学院に戻っても意味が無いし、買い物も先日大体済ませてしまった。
カガミ達と日程調整もしたし、ギルドの方も一応遠出できるように話は通してある。
アンナが家族との時間を過ごしている間、何かやっておくことがあるかと言われると……。
「特に何も予定は無い、かな。例のアーティファクトのことでも相談します?」
「ああ、できればもう少しお時間を頂けると……。まだこちらの方も候補の段階なので……」
さすがに国宝レベルのアーティファクトで効果を希望のものにできるとなれば悩みもするか。
利用法も王国全体を見て重要度の高いものを考えなければならないだろうし。
「そう。じゃあ本当に何も……」
「クロ。なら、私に少し付き合ってもらえないか?」
その言葉にメリエを見やる。
「何かやっておくことあったっけ? 旅品?」
「あ、いや……個人的なことなんだが、二つやりたいことがあって……手をつけることが無いなら、と思ったんだ」
やや気まずそうに視線を動かすメリエだが、声の感じは真面目そのもの。
……まぁメリエはいつも真面目な感じだが。
ふむ。
ここ最近メリエは色々と裏方の仕事を引き受けてくれていた。
それに報いるためにも頼み事にはなるべく応えてあげなければいけない。
「いいよ。どうせこのままだとヴェルウォード邸で時間を潰すしかなさそうだったし」
「そうか、助かる。では早速行こう」
「では、アンナさんには私からクロさんとメリエさんが出かけたことは伝えておきますね。後で戻られますか?」
「そうだね。用事が済んだら戻ってこようかな」
「はい。もし時間が合えば食事でもご一緒にしましょう。いつも大臣たちと食事だと息が詰まるので」
食事の時まで仕事漬けか……わかってはいたが、自分なら冗談じゃないと思うだろうな……。
見送るセリスに同情しつつ、メリエと並んで城門を出る。
何度か出入りするうちに城門の衛兵も自分達を覚えてくれたようで、通常の通行者よりも丁寧に接してくれるようになった。
「……で、何するの?」
「ああ、ちょっと付いてきてくれ」
並ぶメリエの横顔を見つつ、商業区の方まで言葉少なに歩く。
メリエは何か考え事をしているのか話しかけにくい雰囲気で、眼差しは真剣。
そのまま人の流れを見ながら暫し歩き続けた。
「え? ここ?」
「ああ、こっちだ」
メリエに促されてやってきたのは、総合ギルドの庁舎だった。
てっきり何か私物の買い物とかに付き合ってほしいのかと思ったのだが、外れたらしい。
メリエは庁舎の中に入ると迷い無く受付まで進む。
いつもの依頼受領のための受付ではないらしく、建物内の人間の数は多いのに並んでいる人間はいなかった。
メリエは受付の女性と何かを話すと、受付の女性はそのまま奥に消えていった。
「すまない、待たせたな」
「ううん、全然。……何かあったの?」
「いや、人を呼んでもらっただけだ。じゃあ行こう」
メリエはそのまま庁舎一階の廊下を進む。
すぐに突き当りにある観音開きの扉が見えてきた。
「ここだ」
メリエが扉を押し開くと、音もたてずに開き、廊下に陽の光が入った。
「ここって……」
扉の先は開けた場所だった。
周囲を塀に囲まれてはいるがかなり広く、吹き抜けになっている。
「訓練場?」
「ああ」
ハンターギルドに登録する際に試験を受けた場所とは違う訓練場だった。
四つの大きな戦闘用の場が用意されている他は見学するための席が御前試合の会場のように設置されているだけで、試験の時のような運動場とはまた少し違っている。
メリエはその中のリングの一つに進むとこちらに向き直った。
「クロ……手合わせ、願えないか?」
「……え?」
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