二度目の来訪

「おやまぁ、いつかのお嬢ちゃんじゃないか。それに、これはこれは……まぁた妙なものを連れてきたねぇ」


 チリンという耳に心地よい音色のドアベルに気付いた店主が、こちらを見て相好を崩した。

 ここはアンナが魔力測定に訪れた王都中央商店街の外れにある魔法商店。

 触媒を買おうと考えた時、ここの店主である老婆が触媒も置いていると言っていたことを思い出し、やってきたのだ。


 店内は相変わらず薄暗く、所狭しと魔法関係に使う道具が積み上げられ、店とは思えない奇怪な雰囲気を醸し出している。

 店内に他の客の姿は無い。店主の老婆はカウンターの奥で薬か何かを調合していたのか、手には薬研やげんが握られていた。


 アンナに続いて自分とメリエが入り、更に続いて初めて訪れるスティカとエシリースが恐る恐るといった体で扉を潜る。

 最後にトコトコとライカが入ってきた。

 初めて訪れた面々は最初の自分達と同じように雰囲気に飲まれ、興味深そうに商品の数々を眺めている。


「こんにちは、お婆さん。アルバートさんはいないんですか?」


「あの本の虫なら仕事で王宮に赴いてるはずさね。さぁさ、入り口に突っ立ってないで、中にお入りよ。よく来たねぇ」


 まるで孫を迎えたような優しい老婆の笑みを見たアンナも、嬉しそうに挨拶を返す。

 不気味な店の雰囲気と服装に飲まれがちだが、店主の老婆は確かに穏やかで面倒見の良いお婆さんといった印象だ。

 たった一度の来訪だったが、アンナの表情にも頷ける。


「改めて、いらっしゃい。また来てくれて嬉しいよ。ところで、前はいなかったねぇ、頭のそれは……精霊かい?」


 手に持っていた薬研をカウンターに置いて片付けると、老婆はじっとアンナを見ながら言った。


「わかるんですか?」


「フフ。こう見えても昔は巫術もかじっていた魔術師の端くれだからね。多少の魔力と精霊力の差異に気付けるくらいは修行したものさ。

 だが、まだ回路パスは無いね。契約も交わしていないのに人間について回る精霊なんて、わたしゃ初めて見たよ」


 傭兵カラムと上位水精霊のミラも、確か契約せずに一緒に行動していたはずだが……老婆の話に因ればそういった事例はあまりないようだ。

 初めて見た精霊と人間がお互いを想い合う関係を築いていたため何とも思わなかったが。


 元々人間に見つけることが難しいと言われる精霊だし、仮に見つけたとしても使役できるかどうかは見つけた人間の資質と思惑次第。

 余程利害が一致しなければ、精霊からすれば使役される理由などないだろうし、逃げられるのがオチだろう。

 精霊使いが珍しいのは当然だ。


「お婆さんは精霊のことに詳しいんですか? この精霊、どんな精霊だかわかりますか?」


 魔法専門店の店主の言葉に期待を寄せたアンナが問いかける。

 エーレズの地下書庫でアンナが助けて以来、ずっとアンナについてきていたが、アンナの頭の上を占拠した以外は何もせずにいるため、どんな特性や正体を持つのかもわかっていない。

 ライカもあまり詳しくないようだし、アンナによれば学院でも精霊使いは珍しいということ以外で教えてくれる人間も今のところいないらしく、風の精霊っぽいという以外はただの鳥扱いだ。

 というか、知らない人間にはライカと同じように従魔扱いされている始末である。


「さぁてねぇ……今は精霊と一口に言うが、私らのような昔の考えや知識を大切にする人間から言わせてもらえば、精霊ってのは同じ言葉で一括りにまとめられるような存在じゃないんだよ。妖精博士フェアリードクターみたいなよっぽどの者でもなけりゃ、その本質を見抜くことなんて無理だと思うがねぇ」


「……どういうことですか?」


「今は精霊力ってものを指標とし、精霊力に依った存在全てを総じて精霊と呼んで単純になっちまっている。でもね、精霊はいくつかの要素の複合体ってのが、私らのような古い人間の認識なのさ」


「……えーと……?」


 何を言っているかわからないとアンナが首を傾げた。

 学院で学んでいた知識があるはずのスティカですら閉口しているところを見ると、かなり難しい内容らしい。

 ライカなんて既に床で丸くなって寝ているし、自分もさっぱりである。


「フフフ。難しいだろうね。精霊術師や巫術師がまとめて魔術師と呼ばれるようになってからはあまり深く考える者もいなくなっちまって、私らのような古臭い人間の言葉を聞いて学問に取り入れる奴も減ったからね。

 まぁ簡単に言うなら、精霊ってのは俗にいう地水火風の属性のみで分けられる精霊エレメントみたいな単純な存在じゃないってことさ。

 場所、生物、無機物、時間、精神、属性……様々な要素が複合して生まれ、多種多様なものに宿る存在のことを、私ら古い魔術師は精霊スピリットと呼んでいるんだよ。妖精族エルフと呼ばれる者達も、祖先を辿ればそういう精霊に行き着くんだ。どこかで人間と交わり、種族として定着したんだろうね」


 ふむ。

 今までに出会った者達の言葉から、ゲームなどでおなじみの四大精霊を思い浮かべていたが、この世界の精霊というのはもっと複雑な存在のようだ。

 どちらかというと八百万やおよろずの神を信仰してきた日本の古神道に近いものに思える。

 上位水精霊と呼ばれていたミラも、水という属性の他に人に近い性質を持ち、人語を操ったり変身したりもしていた。

 人と交わらない自然の中であればそうした性質は必要ないはずだし、もっとシンプルな水の精霊に成っていただろう。


 ハンターギルドの試験で見た樹木精霊ドライアドと呼ばれた精霊もそうだ。

 そもそも四属性なら木の精霊はいないはず。

 木に宿る精霊も分類上は地水火風のどれかに分けられているのかもしれないが、厳密には環境や生物の影響を受けて生まれた精霊であり、地水火風の属性だけではなく様々な性質が絡み合って存在するということらしい。

 精霊力を持っているという点では同じだが、宿るものによって千差万別の特性を持つ。

 アンナが学んだ四象魔法のような単純な属性だけではなく、生まれた環境を取り巻いていた様々な要素で精霊の本質が決まる。

 そうなるとつまり……。


「何か行動を起こしてみないとどんな能力を持った精霊かはわからない……ってことですか?」


「ああ、そういうことさね。

 まぁ単純に地水火風の能力だけを捉えて分類することもできるけど、例え同じ火という属性に分けられたとしても、全然違った能力の使い方をする場合もあるんだよ。だから傍から見ただけじゃどんなことができる精霊なのかはわからないねぇ」


「そうなんですか……」


「まぁいずれ判る時がくるだろうさ。

 精霊は決して無為なものじゃない。私たちが理解できるような存在する理由は無いのかもしれないが、存在する意思は確かにある。

 お嬢ちゃんの頭に鎮座するそれも、精霊なりの意味があってそこにいるってことさ。縁は大切にしてやることだね。

 さぁ、長話をしちまったね。年を取るとどうしてもね。ここからは商売だよ。今日は何を探しだい?」


 老婆は表情を引き締めると、初めてここに来た時と同じように商売人の顔になった。

 それを見たアンナは居住まいを正すと今日の要件を伝える。


「あ、えっと、今日は魔法の触媒を探しに来たんです。どんなものがあるか教えてもらえますか?」


「そういえばその服……学院の制服だねぇ。ということは、本格的に魔法を学ぶことにしたのかい?」


「はい。今日は演習で魔法を使うための触媒を買いに来ました」


「そうかいそうかい。私としても才能ある若い芽が同じ道を選んでくれるのは嬉しいことさね。

 前にも話したと思うが、触媒には魔法のみに集中して運用する杖型と魔法だけではなく、他の作業も同時に行うための指輪型があるんだけど、お嬢ちゃんはどっちがいいかね?」


 そういえば前にここに来た時にアルバートが説明してくれたのだ。

 杖型は魔力の伝導率や放出率が高く、高威力の魔法を使えるが手が塞がってしまう。

 指輪型は手は空くが伝導率や放出率が下がるため魔法の威力精度が下がってしまうんだったか。

 他にも剣や槍などに触媒効果があるものがあるらしいが、高いと言ってたっけ。


「私は指輪型がいいかなって思っています。あ、でも今日は私以外にも買いに来てるので両方見せてもらえますか?」


 今アンナがメリエから学んでいるスタイルなら指輪型になる。

 弓や短剣を駆使し、更に魔法も使えれば行動の幅も広がるはずだ。


「わかった。けど触媒にも性能があるんだ。武器と同じ高けりゃいいって物でもなくてね、高ければ確かに魔法の効果も上がり、より複雑な魔法を使えるようになるんだけど、その分制御が難しくなる。一応入門用から実戦用まで色々見せてあげようね」


「ありがとうございます」


 ニコリと笑った老婆はカウンターの中でゴソゴソと商品を漁り出した。

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