資格 ~ドアニエル・サジン~

「でも、不思議ですね」


「……?」


 怪訝な顔をした俺を見て、管理人が苦笑を浮かべる。


「いえね、〝星のかけら〟は、このエーレズの地下書庫に収められてから関わる者も無く、ずっと眠っていた遺物の一つなんです」


「……それを言うなら、この遺跡自体、眠り続ける巨大な古代遺物アーティファクトだろう?」


「ああ、確かにそういう見方もありますね。でも、あなたが思っている以上に、エーレズの地下書庫ここは解放されているんですよ。

 さすがに毎日毎日誰かが訪れているというわけではありませんが、年単位で見るならしょっちゅうこの深層に顔を見せに来る古強者たちがいるんです。国家、距離、種族、中には時間のくびきすら意に介さない、理を超越した者達がここを利用しています。

 魔導書は勿論、封印された武具や道具、神具、技術を持ち出したり、或いは逆に置いて行ったりもしています。彼らにとって、ここは保管場所に丁度いいみたいです」


 俺は一瞬、何を言われているかわからなかった。

 だが管理人の言葉を咀嚼し、理解すると、信じられないという思いの中に、どこか納得した自分に気付く。

 堅牢な国家の中枢、王城地下という立地にあり、人間がそう易々と入り込める場所ではない。

 だが、この管理人の物言いは、そんなことは大した障害ではないという言い方だった。

 管理人の言っているのは恐らく、ギルドで手出し無用とされるような者のことだろう。

 種という枠組みの外、個の極致というべき領域に至った存在。

 ここは人間種の国家という力程度ではどうしようもないような常識の埒外、人外の集う場、ということ。


「でも、〝星のかけら〟を求めてやってくる者は、ここ数百年いませんでした。実際ここでなくとも手に入ることもありますし、手に入っても厄介な邪魔者が中に入っていますからね。中身が魅力的でも、それ以上に面倒くさいって意味で人気が無いんでしょうけど。

 そんな忘れられていた遺物なのに、僅か数日の間に関係する者が集い始めたんですよ。どうしてなのかなって」


「……それは、俺たち以外にも狙っている奴らが訪れた、ということか?」


 もしそうだとすれば、キリメの言ったことは正しかった。

 恐らくは琇星の原石。

 リスクと引き換えにはなるが、正しい手順で使えば決戦兵器にもなり得るアーティファクト。

 ここで手に入れておかねば、敵側の手に渡っていたかもしれない。

 だが返ってきた答えは違った。


「いいえ、求めているわけではありませんでした。

 と、いうよりも彼ら自身は気付いていなかったようですよ。自分たちが縁ある者だとは。

 僕自身も彼らについては読めなかったので、どんな縁があるのかまではわかりませんでしたけどね」


 ……この管理人が言っているのは、高確率であのクロという者達の事だろう。

 奴らは僅かな時間でヴェルタの王族とかかわりを持ち、ここ数日でエーレズの地下書庫に訪れていたことが確認できている。

 琇星の気配を匂わせていたことから考えても、管理人のいう縁のある者に当てはまる。

 どっちにしろ、先んじて手に入れられるならそれに越したことは無い。

 僅かな時間黙考していると、管理人が問いかけてくる。


「僕からも一つ聞いていいですかね?」


「……ああ」


「例え亜製だとしても、〝星のかけら〟の解放は人間種の心身を蝕むもの。強靭な肉体を持つ鬼人であったとしても、その毒は命を削り取るでしょう。

 己の魂とそれを覆わんとする精神の鬩ぎ合い、それを代償に得る力の本流。心身共に生半可は負荷ではないはず。ここを訪れる者達でさえ、面倒くさがって手を出さなかった厄介モノです。

 そうまでしてそれを使い、力を求める理由とは何ですか?」


「……一応、俺達はその〝面倒くささ〟をある程度抑え込む手法を編み出した。リスクを減らせば有用度は上がる」


「へぇ。凄いですね。でもそうであったとしても、命を蝕まれるリスクを完全には無くせないでしょう?」


「まぁな。それを於いても、力を求めなければならないんだ」


「……その、理由とは?」


「……あの女どもには、借りがあるからな」


「……忠心、ですか」


「フン、少し違うが、似たようなものだな」


 意外な答えだったようで、わずかな間だが管理人の表情が固まる。

 そのすぐ後に相好そうごうを崩した。


「あはは。……あっと失礼。バカにして笑ったわけではありませんよ。

 でも、やはり……いいえ、だからこそ人間種は面白い。……これも失礼だったかな。すみません」


 俺の命を代償に力を求める理由が余程意外だったのか。

 だが、俺にとってはそれだけの借りであり、値する理由だ。

 そして管理人の言葉に、俺も疑問をぶつけてみることにした。


「俺からも一つ聞きたい……お前は何者なんだ?」


 言葉の端々から、人間種との乖離を感じる。

 そもそもこんな場所の管理をしている時点で見かけのような存在ではないことは確実だ。

 それは俺の興味を刺激した。


「僕は、管理人……ってそういうことを聞きたいんじゃないですよね。

 端的に言えば寄生体。この宿主……アナベルという盲目の青年の肉体を一時的に借り受けている者、というのが一番近いでしょうか」


「肉体を、奪い取ったのか」


 管理人の言葉に警戒を引き上げる。

 もし本当ならば、こいつはかなり危険な存在となる。

 俺ですら条件がそろってしまえば抵抗もできずに肉体を侵食されるだろう。


 だが、特に身構えるといったことはしない。

 無駄だからだ。

 それにもしも俺の肉体を奪おうと考えたのならば、ここまで手の内を明かすようなことは言わず、油断した俺を乗っ取ればいい。


 そもそもここに来た時点で、俺はもう逃げることはできない。

 管理人が敵対すると判断すれば、俺はここから出られない可能性が高い。

 どの道、俺に選択できる道などない。

 それを聞いた管理人は残念そうな溜め息を一つついただけで、気配に変化はなかった。


「いいえ、あくまで同意の上で借り受けているに過ぎません。ある報酬と引き換えに、一定期間彼の肉体に僕の精神を上書きしているだけです。契約期間が過ぎれば、彼の肉体は返します。報酬と共にね」


「……まともなヤツが、得体のしれない精神体に体を貸すことなんかないだろう」


「そう、かもしれません。が、彼にとってはその懸念以上に、報酬が魅力的だったということでしょう」


「……ちなみに、何をチラつかせて肉体を借りることを了承させたんだ?」


「光ですよ」


「何?」


「そのままの意味です。光……彼の瞳に、光を取り戻すことを条件に提示しました。

 彼の瞳は生まれついてからずっと、この世界の光を拒絶してきました。ですが、この地下書庫に眠る遺物を使えば、人間種ごときの光学器官程度、正常に機能させることは比較的容易です。

 彼は一定期間人生を僕に提供し、僕はその返礼として彼に光を与える。そんな契約を交わしたのです。

 尤も、彼が盲目であったからこそ、見た目に囚われることなく、得体のしれない僕を受け入れてくれたともいえるので、傍から見れば僕が利用しているようにも取れるかもしれませんね」


 普通に考えれば、上位の治癒術師、それこそ姫達のような力を持つ者でも、失われた肉体の機能を正常にまで戻すことは不可能に近い。

 しかしここは古代の禁術や遺失技術が眠り、人智を越えた者共が出入りする古代遺跡。

 それを管理している者が言うのだ。

 嘘ではないだろう。

 嘘を吐く理由もない。


「成程な。確かに魅力的だ」


「……軽蔑しますか?」


「いいや、人の望みは人それぞれ。俺が口を出すことでもないし、当人が了解しているなら俺がとやかく言うことでも、非難することでもない」


「そう言ってもらえると嬉しいものですね」


「つまり管理人という存在は、肉体を渡り歩きながら、この遺跡を長きに渡って管理してきたということか」


「ご名答です」


 得心が行く答えだ。

 肉体は人間であるから、気配は人間のそれ。

 俺が気付けないのも当然。

 キリメの言うことにも符合する。


「さて、では本題に入りましょうか」


 俺が次の言葉を口にしないことで、聞きたいことは終わりと判断した管理人が切り出す。

 それを断る理由も無い。


「ああ、頼む」


「まず、少しだけ説明しましょうか。まぁ知っているかもしれませんけどね。

 〝星のかけら〟は、所謂いわゆる魔導書の一種に類別されています。ただ力が封じられた宝石とは違い、ある種の人智を越えた智慧を、封じ込められた精神が持っている。

 しかしその精神は宿主の精神や自我をすり潰してしまう程のもの。軟弱な心では食い潰されてしまうのみならず、肉体を奪われることも考えられる。あはは、これは僕が言えたことじゃありませんね。

 まぁ、万一奪われた肉体を使って封じ込められた精神が現実に牙を剥けば、人間種が触れたことも無いような未知の魔法で世界を混沌に陥れるかもしれない危険物ってことです」


「ああ、知っているとも」


「それを使うに相応しいか、これから試させてもらいます」


「ああ。だが、どう試す?」


 俺が求めているモノは、肉体を奪い取ろうとする禍産魂が宿った宝石。

 単純な肉体の強さを調べても意味はない。

 力試しをする試験とは違う。


「あはは。簡単ですよ。これから持ってきますから、ここで制御して見せて下さい」


「……何だと?」

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