人と竜

 映画館。

 自分が知っているもので例えるなら、一番近いものがそれだと思う。


 【竜憶】を使い、静かに目を閉じると、古竜の心臓ともいうべき竜核から情報が頭に流れ込む。

 メリエの母親の手掛かりを得るために、人間と結ばれたずっと昔の古竜の記録を蘇らせる。

 以前に一度見たことがあったが、脳裏に浮かんでは消えていくそれは宛さながら音の無い映画を見ているようだった。


 記憶ではなく、記録。

 古竜が【竜憶】に遺し、受け継いでいくのは情報であり、記憶ではない。

 感情など見る者を感化する恐れがあるものは削除され、客観的な情報だけが遺される。

 だからなのだろう。

 まるで恋愛映画のワンシーンを見ているかのような気分になるのは。


 ずっと昔、自分よりも長い時を生きた古竜。

 今と変わらない広大な自然と、人々の営み。

 そんな世界を放浪し、出会った人間の女性。

 恐らく20前くらいの年齢だろう。

 身なりからするとどこにでもいる町娘のようだった。

 やや垂れ目でおっとりとした印象とは裏腹に、行動は活発でお転婆に見える。

 その女性との逢瀬、波乱、そして戦乱と戦い……激動の中で愛を育んだということだけは確かだ。


 音が無くてもわかる。

 視点は記録を遺した古竜のものなので、自分自身がどんな姿をしているかは直接知ることはできない。

 そのため仕草などから感情を予測するしかないのだが、この古竜はいつもその女性を見ていた。

 いつも、どんな時も、その女性を目で追いかけている。


 周りに他者がいても見るのはその女性。

 戦いの中に在っては常に目で追いかけ、気にかけている。

 自分と同じように【転身】で人間の姿になっている時は、優しさの篭った手を伸ばし、女性の手を取る。

 髪を撫でる。

 頬に触れる。

 時に、抱き寄せる。


 そして女性の方も。

 女性が向ける表情はいつも愛情に満ちていた。

 例え命の危機にあっても、古竜を見る瞳には何よりも相手を想う光が宿っている。

 目が合った時に見せる笑顔。

 向けられる眼差し。

 過酷な状況の中でも、仲間として、愛する者として、一緒に居られる喜びが感じられた。

 時にはにかみ、時に大胆に、その愛情を隠すことなくぶつけているように見える。


 恐らく最後の瞬間まで、この古竜と彼女の想いは変わらないのだろう。

 ずっと見ていたくなる。

 最後まで見届けたくなる。

 種を越えて想い合う、行く末。

 だが、今必要なのはそうした情報ではない。


 視点を彼女から背景へと移す。

 古竜と彼女は戦乱の中、たった二人で深い森に居を構えていた。

 そこで子が生まれ、暫くのあいだ穏やかで静かな家族の時間が流れていく。


 恐らくこの子供が、竜人種の始祖。

 生まれたのは三人。

 この家族が暮らす森が、竜人種の生まれた土地で間違いなさそうだ。


 確かアンナ達が有名な物語として教えてくれた話によれば、古竜と人間の女性は戦乱の国々を巡り、戦いを収め、平穏を齎したということだった。

 アンナ達が話していた御伽噺に登場する古竜と姫が彼女たちのことだとするなら、そうした記録はまだ出てきていないので、子供を産んで暫く経ってからの話なのかもしれない。


 そんなことを考えつつ、楽しそうに子供をあやす女性の背景を分析する。

 深い森ということはわかるが、森だけならこの世界のあちこちにある。

 それ以外の情報を探さなければならない。

 特徴的な地形や風景を覚えながら、流れていく家族の時間を眺めた。


「……彼、何をしてるの?」


 ナルディーンの言葉で意識を惹き戻し、目を開く。


「お待たせ。一応、長く暮らしていた場所の様子は思い出したから、その場所を探してもらっていい?」


「はい!」


「うう~、覚えている範囲で頑張りますー」


 スティカはテーブルに転がされた地図を一枚一枚広げ、自分の言葉を待った。

 エシリースもここでやらなければただの役立たずとでも考えたのか、背中にくっついたままではあったが目を見開き、下を見ないようにテーブルに視線を向けている。

 そんな自分たちに蚊帳の外の二人が疑問を投げかける。


「そう言えば聞いていなかったが、地図で何を知ろうとしているのだ?」


「私も知らないわね。地図を見たいと殿下に要請したくらいしか」


 これは教えてもいいか。

 どうせこの後の竜人種に関する資料を探す時にバレることになる。


「竜人種の始祖が生まれた場所というか、竜人種が住んでいた場所を調べたいんです」


「……ふむ。珍しいものを調べるんだな。教会に目をつけられるぞ」


「え?」


「竜人に関する情報は、教会が影響力を使って隠蔽していると言われている。首を突っ込むと異端として処分されるとも聞く」


「そうね。王立研究院アカデミアでもその方面の研究はタブー扱いされているわ。ずっと前からの風習みたいになっていて詳しい理由は知らないけど。研究に関する文献も無いわね」


 これも以前メリエが言っていた。

 竜人種のことを教会や国が隠蔽しているらしいと。

 その言葉にメリエはやや俯き、他の面々も表情を硬くした。

 アナベルも竜人種に関する文献は禁秘文書となっていると言っていたし、保管場所も第六層。

 噂程度の情報だったが、これらを勘案するとやはり教会や国が何かしらの秘密を握っていると見るべきか。


「まぁ、この中に信心深い者はいないだろう。教会が現体制を立ち上げたのは凡そ700年前と言われているが、竜人に対する風当たりを強めたのもこのくらいだと言われている。

 教会が竜人種の迫害を始めた理由は憶測も含め様々、なぜ秘密にしようとするのかも明かされていない。時が経ち、人々がそれを忘れた今も教会の暗躍は続いているそうだ」


「……随分と詳しいのね」


「本の虫なものでな。色々と知識が入ってくる」


「じゃあ聞くけど、何で教会の裏話みたいなのが王国の重要機密で仕舞われているの?」


「さあ? 教会は国家間を跨いで根を張っている。自らの道理を通すために何か密約が交わされているのかもしれん。第六層に行けばそれの一旦も垣間見れるのではないか?」


「……」


 確かに、ここで憶測を交わしていてもしょうがない。

 まずは地理情報だ。


「深い森で、四方を山脈に囲まれた場所。結構大きな湖もある。そんな場所知ってる?」


 古竜と女性は森と湖の境目に住んでいた。

 そこから見えるのは白く霞む峰。

 かなりの距離がありそうだったが、ほぼ一周を山脈が取り囲んでいるように見えた。

 地形としてはかなり特徴的だろう。


「……探してみます」


 スティカは早速地図を広げる。

 まずはヴェルタ国内から見ていくようだ。

 自分も隣で眺めてみたが、何というか、随分と味のある地図だった。


 現代地球のような測量技術が無いのもあるが、描いた人物の性格が伺えるというか。

 地名なども走り書きのようで丁寧さがあまり感じられない。

 しかし図の方は割としっかり描いてあり、森や川なども細かな部分まで描き込まれている。


 読めないので絵だけで判断するしかないのだが、山が連なっているような地形は無いように思える。

 スティカもそう判断したのか、ざっくりと見てすぐに次の地図に手を伸ばした。

 恐らく隣国の地図だろう。

 その間にメリエとエシリースが思い出すように遠くを見た。


「山脈か。ヴェルタから見える山脈で有名なのは西の未開地に聳えるダレグ山脈だな。あの近辺は森も深い。ヴェルタ国内でも峰はあるが、囲まれているような場所は……」


「私が商で回った場所だと、ウェラーとワムダールに山脈がありましたね。というかウェラーは山岳国家なので国全体が山ですけど。でも大きな森はあったかなぁ……。

 東のワムダールには山脈も見えたし、大きな森や湖もありましたから、もしかしたらそっちの方ですかね」


「ん。じゃあこれ。ワムダール近辺の地図。エシー姉が見て」


「う!? す、少しは読めるけど、商系の言葉以外はちょっと難しいカモ……」


 そんなことを言いながら何枚かの地図を捲る時間が流れ、一通り調べ終えた。

 結論から言うと、候補が四つ上がった。


「それっぽいのはこの四つだね」


「知られている別な大陸という可能性もありますけど、御伽噺はこの大陸のものですからね。たぶんこの大陸の場所だとは思います」


「うち二つが未開地か。しかも一つは北限、行くとしたらそれなりの装備を用意しなければならないな」


「(北か。そういえば雪花の原の近くにもそれらしいのがあるな。今度行くか? 行くなら私の巣にも案内してやるぞ。オサキも珍客に喜ぶだろう)」


 ……ライカからの情報で五つになった。

 一つはワムダールという東の国、一つはアイリーンという教会の総本山であるセラネシラの隣国。

 残り二つは未開地で、一方はヴェルタの西にあるダレグ山脈を越えた先、もう一方は北の果て、クリナクという国の北西に広がる森、最後がライカの出身地、と。

 この世界の気候がわからないので、北というだけでは判断の材料にならないのが困りものだ。

 日本であれば北の山なら雪の有無で判断できそうなのだが。


 まぁこの大陸全ての地図は無いようなので、もしかしたら地図に無い場所である可能性もあるが、今はこれに頼るしかないだろう。

 人間の国の御伽噺に出てくるのだから人間の住む地域である可能性は高い。

 総当たりするにはちょっと数が多いか。

 まぁ飛べばそんなに時間はかからないだろうが……。


「未開地の地図なんてあったんですね……」


「人は未知に興味を示すからな。住むには適さないかもしれんが、行きたがる者は昔からいる。しかし、これもほんの一部だけだな。未開地全域を踏破した者は未だいないと言われている。この地図もさわりだけだ」


「まずはしっかり覚えて、竜人種の情報を見てから考えよう。きっとそっちにも手掛かりがあるだろうし」


「そうだな。人が多い地域だったか少ない地域だったかでもわかれば随分と絞り込める」

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