罠
「深みに潜む番人、彼の口を開け」
言葉と同時に突き出した杖が淡く光ると、ズシンという地響きと共に石像の足元が急激に変化する。
石像の足元の石床が一気に液状化して陥没すると、石像群の足を飲み込んだ。
そしてすぐさま陥没した穴が埋まり、石像群を大地につなぎとめる。
アルバートの魔法で動きを封じられた石像達は、それでもエシリースに牙や手を伸ばそうとした。
しかし足を半分以上飲み込んだ大地の束縛の方が強いようで、抜け出せずにその場でもがいている。
だが。
「……数が多すぎるな。それに、
アルバートが忌まわし気に言った通り、動きを抑え込めた石像の数はせいぜい四分の一ほど。
しかも埋没させて石像を縛った石床が徐々に元に戻っていっているようだ。
このままではやがて抜け出してしまうだろう。
中には足を強引に引き千切って脱出する石像もいた。
狙いに関しては夜目が使えないアルバートからは奥の暗がりにいる石像は見えていないようだし、仕方がないか。
「この彫像は恐らく、古代の
クロ君だったか。護衛はいらないんだろう? 残りを何とかできないか? こっちは足止めが関の山だ。こんな視界の悪い場所で攻性魔法を使えば文献を破壊し兼ねん」
杖を握るアルバートに切迫した感じは見られないので、恐らくやろうと思えばどうにでもするだけの実力はあるのだろう。
しかし、その表情は険しい。
周囲には貴重な文献に、今は護衛として来ているためアンナ達を気にかける必要もある。
畑は違えど、派手に暴れられないのは自分もアルバートも同じようだ。
「……わかりました」
こちらも危険を承知の上でみんなで来ている。
ここは前に出ることにする。
不気味さはあるが見た感じそこまで脅威は感じない。
これなら生身でも何とかなるだろうか……。
「(ライカ降りて)」
「(……特に異常な匂いは感じないな。ただの石くれだとは思うが……手伝わなくていいのか?)」
アルバートやナルディーンもいるが、ライカなら見られてもどうにでもできるか。
「(エシリースに襲い掛かりそうになったら手を貸してくれると助かる)」
「(いいだろう)」
ライカはヒョイと背中から降りると、アンナの足元に駆け寄った。
ただの石なら身体強化だけしてあれば十分、古竜種の骨格強度なら素手で岩を砕くことだって容易だ。
……痛いことは痛いけど。
「(みんなはエシリースを中心に円陣を。こっちはメリエが指揮を執って)」
「(わかった)」
「(はい!)」
アンナとメリエは稀水鉱製の剣とナイフをそれぞれ抜き放ち、エシリースを囲むように立って構える。
スティカもエシリースを庇うように立つと、石像群に向き合った。
スティカには武器を渡していないが、表情を見るにやる気のようだ。
尻もちをついたエシリースの周囲にみんなが集まったことを確認し、こちらも仕掛ける。
手始めに一番近くにいた大きなネズミのような石像。
ヒュッという音と共に横腹を蹴り上げると、バンッという破砕音と共に粉々に砕け散った。
今回はハンター用の服装と装備も持って来たので動き易さも上々だ。
「……ふむ」
石を蹴っているので皮膚はやや痛いが、これなら問題ないだろう。
アルバートはそんな自分を見て、値踏みするように頷いていた。
「(……手ごたえはただの石だ。でも数が多すぎる。これから僕が引き付けるけど、たぶん何体かはエシリースを狙ってくる。流れたのはみんなで対処してほしい。この感じなら直撃を受けなければみんなでも大丈夫)」
これは石の強度と質量を武器に、数で圧し潰すタイプの罠のようだ。
この場所と状況、そしてアルバートや積み上げられた死体の様子から、魔法が使えてもただの人間にはキツそうだが、こちらはアーティファクトがある。
むしろこの程度ならアンナ達に少し回して実戦経験を積ませるのもいいかもしれない。
防壁で守りはほぼ万全、相手の動きは単調、そして万一の時には自分やライカもいる。
相手は無生物、気兼ねなく武器を向けられる貴重な相手でもある。
ただ、油断は禁物だ。
いつでも他のサポートに入れるよう、気を引き締める。
今最も近い位置にいる、半分が人で半分が鳥の見たことも無い石像。
それが大人の大股で約十歩の距離に近づく。
次の瞬間、じりじりとにじり寄ってきていた石像群が一気に動く。
「(来る!)」
「チッ! 土の舌に沈め!」
石像群が駆けだしたのとほぼ同時にアルバートが次の魔法を使う。
ボワッと一瞬だけ光った杖から赤黒い縄のようなものが伸び、何体かの石像に絡みついて一気に捻り砕いた。
砕かれる仲間に一切反応することなく、石像群はエシリース目掛けて駆ける。
まずはその狙いを分散させる。
「アンナ、落ち着いてやれ。訓練を思い出せば大丈夫だ」
「はい! ……えっ!?」
エシリースに殺到しようとした石像群のおよそ半分。
それが突然、ぐるりと向きを変える。
「成程な。賢い選択だ」
彫像群に狙われるのは書棚に触れた者。
なら自分も触ればこちらを狙うようになる。
向きを変えた石像群の狙いは、無許可で書棚に触れた自分。
「フッ!」
メリエがまず仕掛ける。
試し切りと言わんばかりに、腰を落として稀水鉱製の剣で大きな犬型の石像の首を薙ぐ。
水色の銀線に一瞬だけ遅れて犬の石像の首が滑り落ち、ゴトンと音を立てて動かなくなった。
「さすが、いい切れ味だ。……! アンナ!」
「はい!」
アンナの正面に来たのは騎士の石像。
石製の戦斧を振り上げ、狙いのエシリースに迫る。
エシリースの前に立ったアンナは、騎士の石像に向かって二刀短剣を構えた。
「……! ハッ!」
メリエの教えの通り、騎士像の足元を注視していたアンナは、騎士像が戦斧を振り下ろすより早く、その懐に飛び込んだ。
その思い切りのいい動きに目を見張ったのは自分だけではなかった。
姿勢を低くし、石像の足元に滑り込んだアンナは、手に持った短剣を振り抜く。
ガツッという硬い音が響き、石像の左大腿あたりが切り裂かれる。
さすがに両断するだけの技量も刃渡りも無かったが、足を切り裂かれた石像はその質量を支え切れなくなり、バカッという音を立てて左足が砕けると、そのままバランスを崩して後ろに傾いだ。
倒れた衝撃で四肢が砕け、そのまま動かなくなる。
「いいぞ。だが、多数相手の場合はすぐに周囲に意識を向けるんだ」
「(おお、やるな)」
「フゥー……! はい!」
アンナは荒い息をついていたが、その表情には活力が満ちている。
身体強化のアーティファクトの恩恵もあったのだろうが、覚悟を決めて動いたのはアンナ本人。
わずかな時間で随分と成長しているようだ。
そしていよいよこちらにも殺到してきた。
突出したのは裸婦像と熊型の魔獣像。
裸婦像は手刀、魔獣像は爪を、それぞれこちらに振り被った。
どういう知覚原理でこちらを認識しているのかわからないので、狙うのは頭部ではなく攻撃の要となる手足に絞る。
強化された認識の中、攻撃速度は緩慢に見えた。
石像の攻撃を紙一重で躱し、避けざまに貫き手で腕を、次いで足払いの要領で足を砕く。
それだけで前のめりに倒れ、ガシャンと砕ける。
次が来るまでの一瞬、アンナ達の方に視線を滑らせた。
すると横から回り込んだ豹のような魔獣像がエシリースに迫っている。
が───。
「エシー姉!」
ライカが反応するよりも早く、スティカが動いていた。
そして拳だけで豹のような頭を殴り砕いた。
「……!!」
以前見ていたアンナやメリエは大して驚かなかったようだが、アルバートやナルディーンは違った。
護衛対象と聞いていた普通の町娘のような少女が、素手で石像を殴り砕いたことにポカンと口を開けるアルバートとナルディーン。
幸いなことに、瞳の変化には気付いていないようだ。
「ありがとう、スティちゃん、ごめんね」
側面を固めるアンナとスティカ、正面はメリエが、そしていざという時のライカ。
これなら自分の方に集中して良さそうだ。
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