負の文献

「……ここに古竜関係の文献があるんでしたっけ?」


「ええ、でもまだ待って下さいね。ちゃんと手順があるんですよ」


「なら、先に地図や竜人の方をお願いできます? 優先順位はそっちが高いので」


「そうなんですか? 了解です。じゃあここの本は帰りにしますか」


 古竜に関する方は完全に自分の興味でしかない。

 確かに抜けた古竜の角の使い道や、今までに人間に接触してきた古竜の記録、人間が古竜についてどの程度知っているのかを確認したいというのもあるのだが、それでも無理に調べなければならないものでもない。


 ここに来た最大の目的は地図、そしてメリエの母親に関係しているという竜人についての情報だ。まずはそちらを優先すべきだろう。

 アナベルが大きな書棚に近づき、それを避けるように曲がる。

 書棚に近づいたことで本の背表紙なども見えたのだが、書かれていることは読めなかった。

 そんな雰囲気を察したのか、アナベルが説明する。


「第三層の蔵書は、まだ公表されていない、或いは公表する予定がない研究系の文献が多いです。魔導書なんかの学術系の書が殆どですが、中には希少度の高いアーティファクトに関する研究やギルド連合と共同で調査した禁域やダンジョン、未開地なんかの調査報告、様々な魔物についての研究記録なんかも含まれています。数百年分ともなると、さすがの数ですよね」


「どうして公表しないんですか? そうやって研究したものってみんなで共有すればもっと役に立つ気がするのに」


「いやまぁ、一通り研究して一般に知らしめて問題ないとわかれば公表するものもありますよ。あとは何年も経過して時代遅れになったような研究も出したりします。

 ただ、中には王立研究院アカデミアの魔術師が非合法な方法で研究したものもあるみたいなんですよね。人体実験とか、他の国やギルド連合に了解を得ないで勝手にやったものとか。そういうのを公表するとギルド連合や周辺諸国から叩かれるんで、こうやって秘匿しているんじゃないですか?

 あ、コレ僕の口から言っちゃまずかったかな? あはは。聞かれたら知らんぷりして下さいね」


「……ここにそれがある、ということは……国がそれを認めているというのか……酷いものだな」


「……」


 メリエの苦言にアナベルは笑って返す。

 それを見てナルディーンも思うところがあるようで、口を真一文字に結んで押し黙った。


 王女は言っていた。

 公表することで軋轢を生むようなものもあると。

 現代地球で得た知識から、〝国家〟という集団を維持運営するのには表と裏が必要なことは何となくわかる。

 他国に先んじて新たな学問や技術を開拓するには、時には非難されるような手を打たなければならないことも。


 それは直接的には非難されるかもしれないが、長い目で見ると結果的に均衡を生み、平和や発展に寄与していることもある。

 その最も極端な例が、戦争だ。


 現代地球では、戦争は歴史が嫌という程、その凄惨さと愚かさを物語っている。

 だが、その戦争があったからこそ発展したものがあり、その恩恵を享受して今があるという現実も、同時に存在しているのだ。


 化学兵器や生物兵器開発のために人体実験や生体解剖が行われ、それによって人体の細部まで研究されて急激に発展した医学。

 侵略し、相手を出し抜き、打ち負かすために開発された機械、インフラ、内燃機関、エネルギー。

 戦争を有利に進めるために生み出された、ありとあらゆる科学技術。


 もし過去に起こった全ての戦争を完全否定し、戦争から生み出されたものを全て排除したとしたら、地球は何世紀も前の技術レベルにまで後退するだろう。

 誰もが目を背けたくなるような戦争の上に今の社会は創られ、人々は何の疑問も持たずに犠牲と血にまみれた技術の恩恵を日々享受している。

 アナベルが語ったこの国が陰でやってきたことも、結局はそんな現代地球の歴史と同じ。

 非人道的な犠牲を厭わず、他国の持ち得ない新たな何かを生み出し、それを国の力とする。


 メリエやアンナはアナベルの言葉を聞いて嫌悪感を露わにしているのだが、自分はそれを思うと頭から否定することができなかった。

 しかし、だからこそ同時に考えた。


 仮にもし自分がどこかの国に所属していて、自分の大切な人たちが人体実験に利用されたりしたら、自分はその現実を受け入れ、耐えることができるのだろうか?

 国のためだから仕方ないと思えるのだろうか?

 答えは決まっている。

 でも……。

 地球でそんなことを考えもせず、ただ当たり前に技術の恩恵を享受していた自分には、国が隠す利己的で血なまぐさい、そんな行為を非難する権利は無いように思えてならなかった。


「んー……? ひっ!? ひぃ!?」


 歩きながら葛藤していた精神が、一気に引き戻される。

 アナベルが大きな書棚を迂回し曲がった直後、エシリースが書棚の間、その暗がりの奥にある何かを見つけ、それを見て悲鳴を上げて飛び退いた。

 遅れて気付いた女性陣も一応に青ざめる。

 書架の影から現れたもの。


「ッ!?」


「ちょっと、何よ、これ!?」


「えー? えっと、この付近にあったのは……あ、すいません。僕、慣れちゃってて何も考えていませんでした。どうせ見えないし。あはは」


 ナルディーンに問い詰められたアナベルが相変わらず飄々と返すが、今まで冷静な振る舞いをしていたアルバートですら目を見張っていた。


 それは死体の山。

 白骨化したものからミイラ化しているものまで、優に人の背丈を越えるほどに積み上げられている。

 最上部の死体はまだ新しそうだった。


 身なりも様々、騎士のような装備をしているものもあれば、盗賊のような軽装もあり、町人のような服装のものもある。

 どの死体も大きな鈍器のようなもので殴られたか、圧し潰されたかのような痕があり、損壊している。

 それらが無造作に折り重なり、静寂の闇に満たされた書庫の中に異様な惨状を生み出していた。


「あ、あわわわ」


 最初に目にして驚いたエシリースは後ずさって書棚にぶつかると、ヘナヘナと尻もちをつく。

 アンナとスティカも自分にしがみついて折り重なる死体を見詰め、メリエとライカは一気に警戒度を上げ、メリエは武器を手に取り、ライカはしきりに周囲を窺っている。


「(……クロ、何か動いているぞ)」


 ライカが反応した直後、自分もその気配を察知した。

 この広い空間に、今までに無かった動く者の気配。

 一つじゃない。

 突然、いくつもの気配が周囲に顕れた。


「え、ちょ!?」


「う、動いて……!?」


 彫像の群れが動いている。

 小さな動物の像や裸婦像から、果ては巨大な飛竜の像まで。

 ゴツゴツという重苦しい音を立てながら台座から降りる動きは滑らかで、生きているようだ。

 それらはこの暗闇の中、迷うことなくこちらに向かってきていた。


「その死体はですね、ここに勝手に入って文書を漁ろうとした方々ですよ。罠で死んだんだと思いますけど、死体片付けるのも面倒くさいんで腐敗防止の魔法だけかけてここに積み上げられ───」


「そんなことはいいから! 石像が動いてるのは何なのよ!?」


 悠長に死体の方を説明していたアナベルの言葉を遮り、ナルディーンがアナベルの服を引っ張って問い詰める。

 アルバートは既に臨戦態勢になり、どこから出したのか仕込み杖のようなものを構えていた。


「あ、もしかして勝手に書棚に触っちゃいました? やだなーだから許可なく触らないでって言ったのに……この第三層は手順を踏まずに書棚に触ると罠が発動するようになってるんですよ」


「何でそれを先に言わないのよ!?」


「えー? 言わなくても言われたことを守っていれば必要ないじゃないですかー」


 書棚に……ということはさっき書棚にぶつかったエシリースか。

 言われてみれば彫像の群れの視線の先はエシリースだ。


「……なるほど、定番だな。守護像ガーディアンというわけか」


「もう! 解除する方法は!?」


「ありますよ、一応は。ちょっと待ってて下さい。あっと、僕が戻るまで護衛の方々、宜しくお願いしますよ」


 そう言うとアナベルはタッタッタッと足音を鳴らしながら、まるで所用を片付けに行くかのような軽い足取りで、動く彫像の群れの隙間を駆けて闇の中へと消えていった。

 彫像達はすぐ近くを走り抜けるアナベルに見向きもせず、じりじりとエシリースに近寄ってきている。

 書棚に触れた者のみが攻撃対象ということか。


「ったく凄い神経してるわね……彼が解除するまで、こちらで対処するしかないようね。私は呪い系専門だし、こういうの苦手なのよ。あなた達で何とかできない?」


「……下がっているといい」


 勝気な物言いはどこへやら、ナルディーンは石像から足を引いた。

 するとそれに代わり、仕込み杖のような杖を構えたアルバートが言葉を紡ぐ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る