エーレズの地下書庫 第三層

 第二層の突き当りにある扉の中は、ここまでと大分違っていた。

 中は暗い螺旋階段。

 第一層も第二層も壁には発光する石が埋め込まれ、快適とまではいかなくても明るさはあった。

 しかしこの螺旋階段からはそれも無くなり、完全な真っ暗になっている。


「えーと、どこにあったか……あ、あったあった。じゃ、これをどうぞ」


 アナベルは薄暗い螺旋階段の壁にかけられているランプのようなものを手に取ると、こちらに渡してきた。

 しかしよく見るとランプではなかった。


「……お花?」


「花……だね」


 第二層の廊下からの光に照らされたガラス容器の中に見えるのは、花弁の閉じた薄青い色をした花。

 この場面でなぜこんなものを渡されたのか分からず、思わず自分と女性陣の動きが止まる。


「あら。知らないの? こう使うのよ」


 ナルディーンは慣れた手つきでガラスの上蓋を外すと、何かを唱える。

 するとナルディーンの指先から水が流れ出た。

 花の入ったガラス容器に注がれた水はみるみると水位を増し、やがて満杯となって溢れ出る。


「あ。開いた」


 水に浸かり水中花のようになった薄青い花はスイッチを入れたかのように花開き、その表情を見せた。

 見た目は大きめのスイセンとバラを掛け合わせたような花だ。

 そして花開いてすぐに、また違う変化が現れる。


「おー……光ってる」


「ひゃーきれいですねー……」


 花の色と同じ、薄青い光を周囲に振りまくそれは、幻想的なランプとなった。

 見たことも無い光景に思わず見入ってしまう。

 アルバートも同様に水を注ぐと、魔法が使えないとわかっているこちらの分にも水を入れて渡してくれた。


「あはは。ここで火なんて使ったらエライことになりますんで。ここの文献が燃えたら僕、クビじゃ済みませんよ。この先はあんまり人も入らないからここまでみたいに壁に光石を埋めてもお金の無駄らしいんですよね」


涙煌花るいこうかよ。水に浸かると発光するんだけど、光源として使えるほどに成長したものは貴重ね」


「さて、この先は今までとは違います。アンナさんがさっき疑問に思っていたことの一つ。その答えでもある」


「そういえば、この螺旋階段から何だか古めかしいというか……」


 確かに壁石はかなり黒ずんでおり、年代が感じられる。

 ところどころには苔のようなものやひび割れもある。

 第二層までは特段綺麗というわけではなかったが、それなりに管理は行き届いている感じだった。

 だが、ここから先はそうした人の手が入っていないようだ。


「第一層と第二層は、正確にはエーレズの地下書庫じゃないんですよ。エーレズの地下書庫の上層部に、昔のヴェルタの人間が増設した文書保管庫です。ま、今じゃ多くの人がまとめて呼んでいるのでそれで通じるんですけど。

 本当にエーレズの地下書庫と呼ばれているのはこの螺旋階段から下、この先からはダンジョンと同じで罠もある。なので、僕の言うことは守って下さい。でないと、安全を保証は出来ませんから。実際、僕達潜行官の話を聞かない身勝手で馬鹿な貴族が何人も死んでるので」


 ふむ。

 エーレズの地下書庫と、増設されている文書保管庫を合わせて〝大書庫〟というわけか。

 貴族に対してかなり言いたい放題なアナベルの言葉にナルディーンは眉根を寄せているが、アナベルはあえて逆撫でするような言い方をしている気がした。

 〝ここでの我儘は死に値する〟ということを、ややもすれば自分勝手に動きそうな貴族のナルディーンにわからせるために。


 アナベルに促され、青白い花が照らす螺旋階段を下る。

 気分は灯台を下りている時のようだ。

 アナベルが言った手前、罠を警戒して自分もライカも気を入れ直したのだが、それらしいものも無く一番下までたどり着いた。


 暫く下り続けて見えてきた一番下にはまた扉。

 しかし今度の扉は鍵がついていた。

 アナベルは懐から鍵束を取り出すと、本当に目が見えないのかと疑いたくなるような手つきでスムーズに鍵を開ける。


「ここからが第三層、本当のエーレズの地下書庫です」


 ギギッという軋み音と共に開いた扉の先。

 そこは漆黒の空間だった。

 空気の感じからかなりの広さはありそうだが、光る花のランプでは奥まで照らせない。


「……真っ暗ですね」


「誰もいませんからね。まぁ僕の場合はいつも真っ暗なんで全然気になりませんね。あはは」


 盲目のアナベルは常にこの暗闇と同じ。

 それを感じさせない明るさと今までの見えているかのような動きのせいで、全員がそれを言われてハッと思い出す。


「あー気にしないでいいですよ。僕は気にしないので。じゃ、行きましょうか。ああそうそう。ここからは一列になって僕から離れないで下さいよ。あと、勝手にその辺にある物に触れないで下さい。ほんとに死にますから」


 まるで友達とバカ話でもしているかのような軽さで重大なことをさらっと言うアナベルに、さすがのナルディーンも何も言う気にならないようだ。

 言われた通りアナベルの後ろに一列になって歩き始める。

 青白いランプの明かりで照らされる黒々とした石の床。

 その先は何も見えない闇が広がる。


「(夜目のアーティファクト使おうか)」


「(あ、そういえば忘れてましたね)」


「(なぁクロ、私にも貸してくれないか?)」


「(ライカは夜目利くんじゃないの?)」


「(人間よりは利くと自負しているが、ここまでだとさすがに見えにくい)」


「(そうなんだ。いいよ。たくさん余ってるし)」


「(アーティファクトがたくさん余ってるって……傍から聞くと冗談にしか聞こえませんよね……)」


「(でも冗談じゃないってのがクロの恐るべきところだな)」


 素材も作成も自前ですからね……。

 今ではお菓子を作るより簡単に作れるようになってるし……。

 スティカとエシリースにも一通りのアーティファクトは渡してある。

 それを黙っていることも忘れずに伝え、使い方も教えた。

 一緒に行動する以上、情報の共有と安全確保は必要だ。


 頭の上のライカにも首輪型にした夜目のアーティファクトを渡し、全員で使う。

 少ない光量とは言えランプの光源があるため、夜目の星術で十分な視界を確保できる。

 それによって見えてきたのはとても地下とは思えない、広大な空間。


「(ひゃー天井高いですねー……)」


「(広いな)」


 そして薄暗がりに浮かび上がったのは、様々な方向に向かって雑然と置かれる巨大で無数の書棚の群れと、その隙間を埋めるように置かれた彫像の数々。


「(まるで書棚と彫像の森だ)」


「(ちょ、ちょっと怖いですね……)」


「(不気味……)」


 アンナとスティカは、闇の中に浮かび上がるリアルな彫像にちょっと引き気味になっている。

 天井はドームのようになっており、広さはかなりのものだった。

 一層二層にあった書棚とは明らかに違う、まるで巨人が使うのかと思ってしまう背の高い書棚に、本がびっしりと詰められている。


 一層二層の書棚には紙束や巻物のような書類が多かったが、三層の書棚に置かれている物は殆どがしっかりと製本された文献だった。

 背表紙を見ると意外と綺麗なものが多いので、まだ新しい本なのだろう。


 そんな書棚の間には、美術館もかくやという程に美麗な出来栄えの彫像が乱立している。

 形は騎士の像や貴人の像だけではなく、魔物や獣、中にはロボットのような像や翼を広げた飛竜のような像まであり統一性は無い。


 どこの世界でも、と言っていいのかはわからないが、やはりリアルな裸婦や裸身の像などもあってやや目のやり場に困る。

 アナベルはそんな書棚と彫像の群れの間を縫うように前へ前へと進み続けていた。

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