困惑の理由
「で、また話を戻すけど……その諜報部の人間が僕達を監視していたと」
何度目かの脱線をレールに戻す。
フィズのお陰でヴェルタ王国のことについて少し知ることができた。
まだ結論は見えてこないが、これで思考の幅も広がるだろう。
「ええ。続きを話しますと、まず先程の死体を調べて二つのことがわかりました。一つは彼が暗殺も行う人間だったということです。つまり諜報だけが目的でここに来ていた訳ではないということですね」
「どういうこと?」
「まず彼の持っていた武器ですが、あの短剣は暗殺用の武器であり、情報収集のみに従事する諜報員には支給されていません。諜報活動中に何かの理由で捕まって取り調べられたりしたら、誤魔化すことができなくなってしまいます」
「でもいつでも口封じはできるんでしょ? なら臨機応変に動けるように武器は持たせておくべきだと思うけどなぁ」
「諜報員でも暗器以外の通常の武器で武装はしているはずです。
捕まっても先程説明した魔道具、枷で口封じはできますが、それは最終手段だと聞いています。人材を一から育てるのは資金も労力もかかりますからね。必要とあらば実力者であっても殺すでしょうが、失うリスクは極力減らしている……なので、諜報だけを行なう人間なら店売りしている、持っていても怪しまれない武器を携帯しているはずです。
ですが彼は暗器を持っていた。ということは情報収集だけではなく、誰かを暗殺するために派遣されたか、実力行使を前提とした任務でここにいたということでしょう」
「……標的はここにいる誰か、だろうな。でなくば、こんな森の中にまで来ないだろう」
「可能性があるのは公爵令嬢であるスイ様かレア様、それか王女殿下でしょうね。貴人を狙うには些か人数が少ない気もしますが、ミクラ兄弟が捕獲した後に殺すなら一人いれば十分ですし、気付かれる危険も減ります」
やはりカラム達との会話で考えた通り、カラム達が誘拐犯である自分達を捕獲した後にそいつが始末をつける算段だったということだろうか。
しかしフィズの話を聞いたことで、それだと腑に落ちない点も出てきていた。
「確かライカは、僕達が空を飛んでここに向かっている時から、そいつの視線を感じてたんだっけ?」
「ああ、絶対にそいつだったとは言い切れんが、纏っていた雰囲気からして恐らくな」
となると、付けていたということは間違いないだろう。
しかし……。
「でもそれだけだと僕達の敵って断定はできないよね。もしかしたら王女を守るために動いていたかもしれないし、追手のカラム達を狙っていたかもしれないじゃない?」
最初はカラムが自分達を倒した後に王女を含めた自分達の始末をするために来たのだろうと思っていたのだが、フィズの説明を聞いて違う見方も出来てしまうことに気付いた。
穏健派の将軍であるシラルが捕まっている今、軍を動かす立場にいるのは推進派の将軍二人のみ。
となれば軍人はほぼ信用できない。
だがフィズは、諜報部の者は将軍の管轄外であると説明した。
なら穏健派の誰かが送り込んできた可能性も捨て切れないはずである。
「失礼しました。重要な点を話さずに考えを述べてしまいましたね……最初は私もクロ様と同じように思いもしたのですが、死体から読み取った情報でその線も薄くなってしまいました。そしてそれが最も困惑する要因となっています」
フィズはそこで話を切り、考え込むように目を伏せた。
そしてまた静かに視線を上げる。
「……暗殺者は、どうもライカ様が始末して下さったベンゼ侯爵の魔術師と情報のやり取りをしていたようなのです。彼の耳についていた耳飾、あれと同じものをベンゼ侯爵の魔術師も付けていました。あの耳飾は一定の範囲内の対となる耳飾に声を届ける風の魔道具ですので、ベンゼ侯爵の魔術師と繋がりがあったと見るべきでしょう」
耳飾か。
生首のインパクトに気を取られすぎていて、そこまで見ていなかった。
飛竜を撒いていたにも関わらず、カラム達がここまで追って来られたという事は誰かが追跡し、情報を送らなければ無理だ。
そしてライカが警戒していて気配を感じ取ったのはその諜報員の者だけ。
カラム達から王女を守るために派遣されたのだとしたら、推進派の刺客と連絡を取り合っているのはおかしい。
「ということはやっぱり敵で確定……つまり僕達を殺すつもりでその諜報員を付けた人間がいるってことか。でもそれだけなら別段困惑することもないよね? まだ知らない敵がいるってだけだし」
ヴェルタ王国の中枢を二分した政争だ。
数多くの容疑者の一つであった将軍という線が消えただけで、推進派はまだまだいる。
その誰かがカラムと同じように刺客を送り込んできていたというだけだ。
驚くようなことでもないし、信じられないことでもない。
「……事はそう単純では無さそうなのです。私が信じられず困惑した理由……それは諜報部を動かす権限を持っているのは近衛騎士と同じで、国王陛下のみ……ということです」
「「「!?」」」
フィズの言葉に各々が反応を示す。
蚊帳の外だったカラムでさえも動揺しているようだった。
「……それって、国王が王女を殺すために刺客を放ったってこと?」
驚いたのは事情を知らない自分、アンナ、メリエ、カラムだけで、スイ達はそれを聞いても驚いていない。
先程死体が諜報部の人間だろうと言われて目を見開いていたのは、国王だけしか指示を出せないということを知っていたからだろう。
王国の行き先の道標となるのが国王だ。
この国がどこかの国の属国だったり、傀儡だったりしたらまた別だが、国王より上の立場の人間はいない。
そして推進派のベンゼ侯爵の手の者に情報を流していた諜報部の暗殺者。
暗殺者を派遣した者とベンゼ侯爵は同じ推進派の人間。
その諜報部を動かせるのは国王だけ。
なら戦争を引き起こそうとしているのは、国王ということになってしまう。
「……私が知っている事実と状況だけを見て判断すると、そうなってしまいます」
確かにこれは困惑、というより信じられないことだろう。
「現状で並べられたものだけで考えれば、国王が裏で糸を引けば、王女暗殺未遂から始まった今までの全てをやることは可能になる……しかし、随分と聞いていた話と違うな。そんなことが有り得るのか?」
確かにヴェルタの内情を知る諜報部の暗殺者を使えば、王女に近づくのは難しくない。
成功するかは別としても、王女暗殺の企図も実行も容易だろう。
国王の権限があれば、シェリア達の動向を把握して誘拐することも、シラル達を城で拘束することも、そして竜騎士を派遣することも可能だ。
だがシェリア達が教えてくれたこととはいくつか食い違う点がある。
「でも国王って王女を溺愛してたんでしょ?
その中でも最大の食い違い。
それが国王の王女に対する愛情。
今まで話の端々に上ってきた、国王は王女を大切にし、何とか命を救おうと苦心してきたということ。
その結論は、今まで語られた国王の心情とはかけ離れている。
とてもじゃないが、はいそうですかと納得できるものではなかった。
シェリア達が嘘を言うとは思えないし、本当にそんなことをするだろうか……。
国王が周囲の全てを騙す為に演技をしているという可能性も考えられなくはないが、それも不自然すぎる。
開戦だけを目的とするならば、国王という立場を使えば他にやりようはいくらでもあるのだ。
王女を犠牲にし、膨大な時間と労力をかけてそんな回りくどいことをする必要はない。
ということはつまり、至った結論が違うか、その結論を肯定するための重大なピースが欠けているかのどちらか。
もしそうなら、今の段階で予想してきたことは真実とは程遠いものということになる。
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