近衛への質問
「国王を通さずに、誰かが諜報部の人間を私兵のように使っているということは考えられないのか?」
「諜報部の人間……特に国内で活動する者達の素性は、国王のみが知っています。存在そのものは知られていますが、どのような者達が従事しているのか、何人いるのか、どれだけの実力があるのかなどは将軍にすら知らされていません。
それが知られてしまうと、不正を働いている貴族に警戒されてしまうためです。素性を誰も知らないからこそ、彼らは自由に動くことができる。
基本的には国王陛下だけしか知らないし、指示は出せない、と、私は聞いているのですが……」
諜報部の人間を知る第三者の存在。
一番ありそうな可能性は早々に否定されてしまった。
存在そのものを隠してしまえば、より自由に動けるだろうが、抑止力としての効果はなくなってしまう。
その意味では存在だけは公表しておき、素性を秘匿して抑止力とするのは理に適っているだろう。
フィズの話を総合すれば、腹にいくつもの闇を隠している貴族という名の怪物が跳梁跋扈する世界で、それらを狩る者達ということだ。
そう簡単な仕組みであるはずがない。
下手な組織では暗殺を恐れた貴族達に捻り潰されて終わってしまう。
「やはりどう考えても……陛下がそんなことをするはずは……」
「そうですよ! 一人娘であるセリス様を溺愛しているのは本当です! 王妃様を早くに亡くしてから、本当に宝物のようにしてきたんですから! 私達はそんな陛下とセリス様に良く御会いしていました! 絶対に嘘でできる顔じゃありません!」
レアが困惑の声を漏らすと同時に、スイが声を張り上げた。
フィズが信じられないと目を白黒させていたのも納得だ。
守るべき国のトップに立つ者が、国を破滅に向かわせているということになる結論。
フィズの語ったことが本当なら、これまでの状況から見て否定できる要素は少なく、逆に肯定できる証拠はいくつもある。
シラル達を救うにしても、国王が敵だとしたらもうこの国にはいられない。
そして開戦を止めるという目的も、王女が目を覚ましたとしても達成は極めて困難になるだろう。
「ええ。私もそう思います。シラル将軍と共に登城し、陛下と御会いしてきた経験から有り得ないと思ったからこそ、私も困惑したのです。この結論は到底受け入れ難い。少なくとも断ずるには性急にすぎると思います。
ということは恐らく、我々では知ることのできない、もしくは隠された情報があるということ。王女殿下が目覚めれば何かわかるかもしれませんが、それもまだです。なので先程も言った通り、そこの近衛騎士殿の持つ情報をお借りしたい」
そう言ってフィズは近衛騎士に向き直る。
そのまま座り込む近衛騎士の前まで進むと、静かに膝を着いた。
「私はシラル将軍付きの大隊長、フィズ・カーナード。今までのやり取りで少しは事情を飲み込めたはず。貴殿がこの国の、延いては貴殿が守ろうとした王女殿下のためを思うならば、知っていることを教えて頂きたい」
未だ行動を制限されている近衛騎士は、静かにフィズの瞳を見据える。
そして視線だけで一つ頷くと自分の方に視線を投げかけた。
その表情に剣呑なものはなく、敵意も抵抗する意思も感じられない。
「……ライカ、一回幻術を解いてあげてくれる?」
「わかった」
ライカは人差し指を立てて、ツイッと横に振る。
「!! ……動く……?」
「もう解けている。が、余計なことはするなよ。私はクロほど優しくも、気長でもない。クロが許しても、私が許さない場合もある」
近衛騎士は、動くようになった手を閉じたり開いたりしながら呟いた。
ライカはそう言って厳しい表情のまま一歩下がると、腕を組んで佇む。
近衛騎士は一度眠る王女を見詰めてから、フィズに向き直る。
「シラル将軍の右腕か……私はセリス様の護衛をしている、イーリアス・ペルンだ。……知っている範囲でなら、答えよう」
「ありがとうございます。ではここ最近の陛下の様子に変わったこと、指示に不審な点などはありませんでしたか? 王女の護衛に就く人数や特定の誰かの影、その他何か気付いた事があったら教えて頂きたい」
イーリアスと名乗った近衛騎士は、何かを思い出そうとするように少し逡巡する。
そして答えた。
「悪いが、わからない。私はセリス様付きを命じられた近衛騎士だが、直接陛下から下知を受ける立場には無い。下知を受けて我々に指示を出すのは近衛騎士団の団長だけだ。
陛下は、政務の合間に王女殿下を見舞いに来られる事も何度かあった。その時にはお目にかかることもあったが、常日頃から拝謁を賜るわけではない。だから、日頃の様子との違いなど知りようが無い。
だが私が思う範囲でなら……見舞いに来られる陛下の御顔には、セリス様を案じる親の表情だけしかなかった。お前達が話しているようなことは無かった……と思う」
「そう、ですか。では見舞いに来られた際に、近くに普段は来ないような者が一緒ではありませんでしたか? もしくは典医や侍従の中に不審なことは?」
「いいや。陛下はいつも、近衛騎士三人を引き連れてくるだけだった。セリス様のお部屋に入る時は近衛騎士でも中には入れず、医者と侍従長以外は席を外させてから面会していた。それはセリス様が倒れてからずっと変わっていない。
典医や侍従も変化はない。どちらもセリス様が幼少の頃から専属で、誰かと代わったことは一度も無いし、見ていた範囲で行動に不審な部分も無かった。
王女殿下暗殺未遂から王女殿下周辺の警護が厳しくなったのは知っているだろう? それ以来、近衛騎士団も誇りを掛けて任務に当たっている。当然近衛騎士団内部の人間の精査も行なわれたし、周辺の警戒も密にされた。もしも不審な者が出たら、即座に動いているさ」
得られる情報は無い、か。
もし自分が王女暗殺を企てた者ならば、王女の様子を窺うために周囲の人間に息はかけておく。
だがそれは近衛も監視しているし、内部の者の犯行も当然考えて対策をされている。
王女を軽視しているということはないだろうが、それにかまけすぎて尻尾をつかませるというヘマはしないということか。
しかし、国王が親として子を心配するという点は以前シェリア達から聞いたことと同じだ。
となるとやはり、国王が首謀者というのは有り得ないと思えてくる。
「やっぱり、陛下のセリス様への愛情は本物ですよ」
「だけど……そうするとまたわからなくなりますね。これだけのことをやれる……陛下以外に誰がいるんでしょうか?」
「……父では……ありません……」
レアが呟いた問いは誰かに投げかけたものではなく、自身への問いだったのだろう。
ここにいる誰もが答えを持ち合わせていない。
しかし、不意にその問いに、答えが返された。
「「「!!?」」」
一斉にその声の主に視線が注がれる。
か細く、掠れた声を出したのは、地面に敷かれた外套の上に横たわった王女だった。
半分眠ったような顔で薄く目を開き、木々の隙間から覗く青空を見つめながら、うわ言のように呟いた。
「セリス様……! 気が付かれたんですね!」
声に逸早く反応したのはスイだった。
すぐに駆け寄って顔を覗き込み、状態を確認する。
「ケホッ……スイ……? いつも言っているじゃないですか……堅苦しく呼ばず、セリスと呼んで下さいと……貴女はいつも遠慮して……お友達なのに……」
「セリス様……? 大丈夫、ですか?」
王女の反応にスイが困惑する。
未だ意識がはっきりしていないのか、どこか夢心地といった感じだ。
表情も弛緩し、瞳にも意思の光が薄い。
とても正常な精神状態には見えない。
「セリス様。御無事で何よりです。私がわかりますか?」
レアとイーリアスも王女の横に回ると、顔を覗き込んだ。
レアもスイと同じで、王女の状態がおかしいと感じたらしく、焦燥を浮かべている。
「あら……レア……どうしたの? 酷く焦っているような……イリアさん……? レアにお茶を……落ち着いてもらわないと……」
「……? セリス様……?」
やはり何かおかしい。
一応見ている人間が誰かは判っているようだが……。
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