貴族の内情

「まぁ確かに人間臭い部分が多々あるのは否定できないんだが……クロは竜語魔法で人間の姿になり、私のすすめでギルド登録をしている。身分証がないと不便だったんで、王都に着いてから登録に行ったんだ。これからも皆で旅をする予定だし、あって困ることもない」


「……へっ……本当に何でもアリなんだな。御伽噺なんて嘘ばっかりだと思っていたが、古竜に関してのものは全部本当に思えてくる。こんな化け物相手にしてよく生きていられたモンだぜ。俺の運は悪運なのか幸運なのか……」


「カラム……聞こえちゃうよ? シー」


 人間に変身出来ることを知らなかったカラムが、小声で愚痴っている。

 それを慌ててミラが止めているが、バッチリ聞こえていますよ。

 まぁ怒るほどのことでもないのでここはスルーしておく。

 自分がカラムの立場であったとしても、少なからず似たようなことを思ったはずだ。

 カラムの言う通り、何でもアリの理不尽の塊だと自分でも思っているのだから。


「アンナを竜騎士ってことにして、アンナの騎竜のフリしててもいいんだけどね。それだと街で美味しい物食べられないし、宿にもみんなで泊まれないし、何よりも目立つからさ。落ち着いて旅ができないんだよ」


 古竜種を最大の危険対象の一つに認定している人間側からすれば、何とも酷い理由ではある気がする。

 しかし別に悪いことをしている訳ではないし、嘘を言わなければいけない理由もない。

 メリエがそう説明すると、スイ達も成程と思ってくれたようだった。


 人間臭い部分はもうどうしようもないので言われるがままである。

 ライカは何でそんな面倒なことをと言いたげな目をしているが、それに関しては以前に話をしてある。

 なので特に口を挟むこともなかった。

 内心で思っていることが目に出ているだけだろう。


「成程……そうだったのですか。確かに飛竜を従えている者は希少ですからね。あちこちで目を付けられることになるでしょう。しかし、ギルド連合がこれを知ったら驚くどころの騒ぎではないでしょうね……。

 ええと、話を戻しますと、ギルドが取り締まっているのはギルド登録した人間だけです。ギルド登録していない貴族をギルドが取り締まると、内政干渉になってしまいますから。

 なので王国もそうした貴族の取り締まりはしなければいけないんです。他国で同じようなことをしているかは知りませんが、形は違えど何か対策はしているでしょう。全てが善人ということはありませんからね」


「貴族も上から下まで全てを含めれば、かなりの数がいます。その中でも領地を持つ大貴族はほんの一握りで、公官職に就く子爵や男爵といった法衣貴族や、下位貴族が大多数です。また戦で手柄を挙げて爵位を授与されたりした平民出の者もいますし、武術や魔法に長けた騎士団の団長や隊長などの武官も貴族が就きます。本当に上から下まで千差万別なんです。

 そうなると当然給金にも差が出てきます。下位の役職の給金はそこまで多くありません。さすがに一般の民よりは多いですが、そこそこ大きな店を持つ商人の方がマシと言われるくらいです。

 なのでそうした下位の者の中には、欲や野心に負けて汚職に手を染める者も少なくないんです。勿論大貴族でもそうしたことをして粛正される者もいます」


 フィズの説明にレアがそう付け足す。

 何処の世界でもそうした格差はあるということか。

 貴族と言うと華やかな貴族社会を思い浮かべてしまうが、実際は公官職に就く者達のことを指すのが一般的だ。


 民が仕事をするのとは違い、王国の強い権力と世襲によってその身分が守られているようだが、下位貴族は思った以上に世知辛いみたいである。

 身分もあるため一般市民のように衛兵が安易に取り締まるということも難しく、貴族という生まれから来るプライドによって素直に上に従わない者も出てくるらしい。


「無論、騎士団や取り仕切る上位貴族が警告や懲戒はしていますが、従わなかったり、逃げたり、隠蔽しようとしたりする者も、年に何人も出ています。大きな富ほど手放すのが惜しくなるように。

 逃げずに捕まれば裁判を行なうこともありますが、状況によっては王国内の腐敗を防ぐために暗殺する場合もあるんです。特に他国に機密を漏らしていたり、情報や富を持って亡命しようとしたり、民に死者が出ていたりなど実害が大きい場合は事実確認が済み次第すぐに処断、ということもままあります」


「はあー……知りもしませんでした。ちゃんと民のことを考えてるんですね」


 現代日本のような社会システムに比べるとかなり過激に思えてしまうが、それは自分の価値観の偏りだ。

 メリエなどは当然だというようにアンナの言葉に頷いている。

 やはりここは命が軽い世界なのだ。


「まぁ一般人が知るような内容ではないですし、生活にも殆ど関係ありませんからね。知っていたとしても村長や町長などの役職に身を置く者だけだと思いますよ。それに意図的に隠している部分もあるのです。

 暗殺には素早く事態収拾するという理由も勿論ありますが、大々的に征伐しようと動けば民の不信感や他国に見咎められることもあるので、暗殺という手段が用いられます。

 ですから貴族の不祥事はなるべく民に知られないようにしているんですよ。まぁ税を納めている立場からすると納得できない部分もあるかと思いますが、これも国を安定させるため、ですかね」


 富を抱え込んだ者は、自分とその富を守るために私兵で守りを固めている。

 騎士団を動かして粛正に向かえば要らぬ出費だけではなく大きな被害がでるだろう。

 フィズの言うように周囲の目も集めてしまうことになる。


 そうすれば国に対する民の不満や不審は高まるし、隣国から国内情勢が不安定と取られ、付け入る隙を与えてしまうことにもなり兼ねない。

 フィズの話だけを聞くなら、かなり過激な警察という感じだ。

 現代の地球であれば非難を浴びそうな仕組みだが、この世界にあってはそこまで異質という感じではない。


「ふーん。でもさ、そんな仕事をする人がいるなら、今回の推進派の一件もその人たちが頑張れば解決できたんじゃないの?」


「……それは難しいですね。今回の件は一貴族の謀反とは訳が違います。この国の中枢となる貴族を二分した大きな問題ですから、簡単に暗殺や粛正でどうにかなるものではないと思います。

 仮にどちらかの派閥の貴族を全て暗殺してしまえば、直近の問題として国の重要ポストに就いている貴族がいなくなり、国政が麻痺してしまいます。そうすればもう戦争どころではありません。

 それに長い目で見れば、対立を暗殺という暴力で解決したと見られ、反発すれば殺されるという恐怖に囚われた貴族の心は国から離れて行きます。そうなればヴェルタは衰退の一途を辿るでしょう。

 また他国からも暴力を振りかざす国と判断され、周辺国に被害が出る前に征伐しようと攻め入る口実にしてくるかもしれません」


「そっか。まぁ僕でも思いつくようなことだし、できるならやってるか」


「古竜種であるクロさんが、全く無関係な人間の国のことを僅かに聞いただけで思いつけるのも凄い事だと思うのですが……やはり豊かな知性をお持ちなのですね」


 ちょっと深く突っ込みすぎたかと思いもしたが、フィズなりに納得してくれたようだったので反応せずに流した。

 確かに国という概念自体が存在しない他の生物が、こんな話をいきなり聞かされて意見できるというのも変なものなのかもしれない。

 現にライカは黙って話を聞いているだけだ。

 まぁ怪しまれたら古竜の知識だということにして押し切ろうと思っているので、別に気にはしない。


 現代地球だって恐怖政治や独裁政治でニュースを賑わす国はいくつもある。

 それを見る度に、腐った頭を暗殺でもしてしまえば解決するのではないかと内心思ったこともあった。

 しかしよくよく考えてみると事はそう単純ではなく、様々な問題が纏わり付いているのだ。

 素人がぱっと思いついたくらいのことで解決できるなら誰も苦労はしない。

 そうした政治の複雑さを改めて思い知らされた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る