心当たり
「……彼ですか」
「ああ、私を見るや魔法を使おうとした。クロには悪いと思ったが、移動系の魔法を使われると私でも取り逃がす可能性があったんでな。始末を優先させてもらったぞ」
「うん、いいよ。この人がカラム達と来た人で間違いない?」
「ああ。侯爵の私兵の魔術師だ。名前は知らない。魔術師であることを笠に着た嫌味な奴で、口が悪くていけ好かなかったな」
無造作に草の上にうつ伏せに倒れているのは、ひょろりとした長身の男だった。
服は金の刺繍が入った黒のローブに木の靴、手には金属で装飾された杖。
「……にしても……これはまた綺麗にすっぱりとやったね……」
うつ伏せに倒れているのは身体だけで、首から上は少し離れたところに転がっている。
その死に顔には苦悶や苦痛ではなく、驚きが張り付いたまま時が止まっていた。
「む? 何だ、親に狩りの仕方も教わらなかったのか? 子に狩りの仕方も教えずに放り出すとは……古竜種の親は随分と薄情なのだな……喉笛を狙うのは狩りの基本中の基本なのだぞ。……そうか……気配の察知や隠し方を知らなかったのもそれで……今度私が教えてやろうか?」
哀れむような目でライカがこちらを見る。
育児放棄を受けた子どもを見るような目で見られている気がする……。
気配に付いてはよく知らないが、確かに獲物の取り方を親から学ぶ動物は多い。
この様子だとライカも親から狩りの仕方を学んだのだろう。
しかし自分もちゃんと母上から食べ物を獲る大切さは教わっている。
自分が果物ばかりを食べていたので動物の獲物の捕り方は教えてくれなかったが、自分だけで食べ物を獲ってこれるようにと気遣ってくれていた。
きっと動物の肉を食べたいと言えば、母上は動物の獲り方も教えてくれただろう。
「だ、大丈夫だよ。ちゃんと食べ物は自分で取れるし。気配についても訓練すれば何とかなると思うから」
恐らくは【竜憶】に気配に関する事柄も何か残っているだろう。
……と思うが……。
「そうか……まぁ教えて欲しければいつでも言うといいぞ。クロはまだ生まれて間もないのだろう? 教わることは恥ではないぞ」
強がりを言っていると思われたのか、さっきよりも同情の色が濃くなった目でライカが言う。
……ライカの視線をとりあえず無視し、カラムと共に倒れている男を見た。
切り落とされた首の断面は、凄まじく鋭利なもので切断したかのようだった。
組織は潰れておらず、千切れた様子も無い。
現代地球の技術で作られた刃物でも、ここまでの切れ味を誇るものはそうそう無いだろう。
流れ出た血は森の土に染み込んだのか血だまりは無く、特に血の匂いも無い。
ただ周囲の草に飛び散った血しぶきが、点々と黒い染みを残していた。
周囲に抵抗したような痕跡もなく、戦いの跡も無い……ということは恐らく、一撃……相手に何が起こったのかも悟らせずに首を切り飛ばしたに違いない。
幻術ばかりに目が行ってしまっていたが、この手際を見るとそれだけではないと言うことは明白だ。
少女の姿のままで、しかも武器も無い状況で魔術師を瞬殺……幻獣ライカの底知れぬ力が垣間見える。
これなら以前森で見つけた腐敗の進んだ死体の方がキツかったので、そこまで胸糞が悪くなることもない。
しかし損傷が少ないとはいえ、死体は死体である。
やはり嫌悪感は湧き上がってしまう。
正直近寄ってしっかりと観察なんてしたくはない。
今までにも損壊した人間の死体は見てきたが、それでもやはり気持ちのいい物ではなかった。
そんなことを考えていると、フィズが無表情にスッと進み出る。
そのまま倒れ伏した首なし死体の横に膝をついて検分をはじめた。
「……確かにベンゼ侯爵の手の者ですね。ローブに入っている刺繍にベンゼ家の紋もあります。立場まではわかりませんが、カラムの言うことは恐らく間違いではないでしょう」
メリエもそうだったが、やはりこうしたことに慣れているようだ。
戦いに身を置く者なのだということを改めて実感する。
「他に何かわかることはある?」
「……いえ、持ち物に何かを証明できるようなものも無いですし、ベンゼ侯爵の私兵ということは証明できそうですが、それだけです。装備品はそれなりにいい物のようですが、ローブ以外の装備が個人所有なのか支給品なのかがわからないので立場を判断する材料にはなりませんね」
この男からこれ以上の情報は得られそうも無い。
となると次は……。
「じゃあライカ。もう一人の方のところに案内してくれる?」
「ふむ。いいぞ」
物を動かす星術を使って男の死体の上に土を掛けて埋めておく。
さすがに野ざらしのまま放置は気が咎めたので、以前母上と居た森で襲ってきたハンター達と同様に埋葬してやった。
その後またライカに続いて森の中を歩く。
カラムと戦った場所から結構と離れた場所まで進むと、さっきと同じように首を刎ねられ地面に転がった男の死体があった。
戦っていた場所からかなりの距離がある。
木々が生い茂った森の中、この位置からでは何も無しに自分達を見ることはできないだろう。
どうやって自分達を監視していたのか。
「こいつが二人目だな。木の上に登っていたぞ」
二人目はカラム達と来た魔術師とは服装が全く違った。
王都で見かけるような街着を着け、その上に革製の軽鎧を着込んでいる。
剣や杖は周囲に見当たらない。
近くにリュックのような物入れも落ちているが、狩りで使うような道具が少し覗いているだけだった。
肉付きは薄く、とても荒事に従事するような感じではない。
「……やはり、俺は知らないな。一緒に雇われた三人の傭兵の誰かかと思っていたが、それも違う。ミラ、見たことがあるか?」
「ううん、カラム。私も見たことない」
傭兵ギルドの関係者ではないか。
ということはまさか……。
「……普通の街の人に見えるけど……まさか森に来ていた何の関係も無い人を殺しちゃったとか?」
「関係が無い? これを見てもそう言えるか?」
死体に近寄ったライカは、男の腕を蹴った。
ゴロリと動いたその手には、細長い懐剣が握られている。
「戦いに無縁の人間にしては凄い気配遮断能力だったぞ。私は見つけられたが、クロはわからなかったわけだしな。
こいつは魔法を使う様子は無かったが、少女の姿をした私に対しても一切の迷い無く殺気を向けてきた。私も長い時を使って人間を観察してきたから知っているが、そんな人間は今までにいなかったぞ」
それを聞いたカラムは、ライカを訝しげな目で見た。
人間離れしたライカと戦ったカラムだが、ライカの正体を知っているわけではない。
しかし物言いがただの獣人のそれではないと判断できるので、自分と同じ何かが変じたものだと悟ったようだ。
「……これは、暗器……ですね。不意をついて脇腹から心臓を一突きにするための暗殺用の短剣です。普通の武器屋などでは扱っていない物ですし、一般人とは……いや……まさか……」
フィズがさっきと同じように死体の傍に膝を付いて検分すると、驚愕の表情を作った。
死体の上着を肌蹴させ、身体も見ていく。
最後に転がった頭部に近寄ってそちらも観察した。
「どうしたの? 何かわかった?」
「……首謀者かはわかりませんが……心当たることができました……」
「!!」
「しかし……まさかそんなことが……?」
フィズは辿り着いた答えが信じられないようで、目を白黒させて考え込む。
余程予想外だったということだろうか。
「まぁ予想でもいいよ。何がわかったの? 少しでも何かわかれば次の行動を決めやすくなるし」
「……少し、整理させて下さい。それから、ついてきてしまった王女付き近衛騎士にも聞いてみたいことができました」
「ん。わかった。じゃあ一旦戻ろうか」
先程の魔術師同様に土を被せて埋葬すると、そのまま来た道を戻った。
森を移動しながらも周囲の気配を探ってはいるが、今のところは何も無い。
ライカも同じように警戒してくれているが、近付く者の知らせはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます