素性

「お待たせ」


「あ、お帰りなさい。どうでしたか?」


「あっ!! コラ! 私の分もあるのだろうな!?」


「大丈夫です。ちゃんと全員の分がありますよ」


 時間にしたら、別れて一時間も経っていない。

 アンナ達が待つ場所まで戻ってくると、メリエとアンナが携帯食を出してそれぞれに振舞っていた。

 それを見たライカが逸早いちはやく反応して駆け寄る。

 そう言えばもう朝日も大分高く昇っている。

 朝食の時間としては丁度いいくらいだろう。


 状況を考えれば暢気に食事なんてしている場合ではないのかもしれないが、それでも食事は大切だ。

 摂れる時に摂っておくのがハンターの鉄則であると、メリエが以前にも話して聞かせてくれた。

 この後のことを考えると今しか時間は無さそうだし、いい判断なのかもしれない。


「うん。死体を調べたら、フィズさんが何か思い当たったらしいよ」


「収穫ありか。では今後の動きの指針になるかもしれんということだな」


「……ですが、ちょっと信じられないことでして……」


「まぁ試しに話してみてよ。色々意見を出し合えばまた違うものが見えてくるかもしれないし」


「まぁその前に食事をしておこう。この後は慌しくなる。腹ごしらえは今しかできないかもしれん」


 メリエの言に全員が頷く。

 カラム達も含めて、最初の場所に腰を下ろすと、アンナが携帯食の干し肉と干し果物をフィズ達にも配った。

 ちゃんとカラムの分も渡してくれるあたりにアンナの優しさが窺える。

 縛られたままなので、ミラが受け取って甲斐甲斐しくカラムの口に干し肉を運んでいた。


 最後にアンナは水と干し肉、干し果物を動けない近衛騎士のところにも持っていき、どうぞと笑顔で口元に差し出した。

 当初よりも状況を察してきているようだった近衛騎士だが、やはりまだ完全に警戒は解いておらず、不審そうな態度は相変わらずだ。

 しかしアンナの優しさを邪険にすることもできず、かなり気まずそうな顔をしながらもモソモソと口を動かしていた。

 こんな状況にありながら何とも緊張感の足りない光景だなと内心で溜め息が出てしまう反面、冒険物語などよりも現実味があり、これが普通なのかもしれないとも思った。


 ライカも干し肉を嬉しそうに頬張ったのだが、塩辛いために一口目でうっと顔を顰めて尻尾を強張らせ、慌てて水筒に飛びつき水を流し込んでいる。

 狐耳がそんな機微に連動してピンと尖ったり、ヘニャったり、ピコピコと動いたりと、可愛いやら可笑しいやら。

 一応塩抜きはしてあるのだが、さすがの肉好きライカでも保存用干し肉の塩辛さではがっつくことはできないようである。

 肉を思う存分楽しめないとわかると、渋々といった顔で代わりに干し果物を口に詰め込みだした。


 みんなが食べている中で自分だけ後回しというのも効率が悪い。

 周囲に気を配りつつも一緒に朝食を済ませておくことにする。

 自分は干し肉ではなく、ポロが持って来てくれていたスイカボチャにかじりついた。

 別に干し肉でも良かったのだが、何だが瑞々しい甘いものが食べたかったのだ。

 それに竜の大きさだと保存食では量が少なくて物足りない。


 かぶりつくと、爽やかで程よく甘い果汁が口の中に広がる。

 昨夜から動き詰めで疲れた心に甘い果汁が染み渡るようだ。

 きっと身体が糖分を欲していたのだろう。

 そんな暢気な雰囲気の中、周囲の面々とは違った表情のフィズは、渡された干し肉には手をつけず、水筒から水だけ飲むと話しだした。


「……では食事をしながら先程のことを話しておきましょう。

 まず一人目はベンゼ侯爵の私兵で間違い無さそうでした。そして最初は気に留めていませんでしたが、二人目の方を調べた際に気付いた事があります」


「それは?」


「そうですね……では二人目の方について話しながら、整理していきます」


 フィズ自身もまだ自分の中で整理しきれていないということだろう。

 言葉にすることで情報の整理をしていくのは悪いことではない。

 まだ少しは時間もあるし、話を擦り合わせることで新たなことが見えてくる場合もある。


「二人目の方は見た感じ町で見かける人みたいだったよね。革装備は着けていたけどちょっとした採集に出てきた都市の人っぽかった」


「はい。確かにそう見えたかもしれませんが、一般人ではありません。

 恐らくですが、ライカ様が仕留めた二人目の人間は、王国の諜報部の人間ではないかと思われます。街人のような服装は市井に紛れるためのもので、それも特徴の一つです」


「嘘!? それって……!」


「諜報部……ですか?」


 スイとレアは思い当たることがあったようで、目を見開いた。

 そして相変わらず喋ることを禁じられたままの近衛騎士も驚きの表情で固まっている。

 対してよく知らない面々は疑問符を浮かべて首を傾げた。


「はい。いくつかの特徴が諜報部の者と一致します」


「そんな……それは、何かの間違いではなく?」


「……私もそう思いました。しかし胸には諜報部だけが使用を認められている魔具、〝枷〟をつけていましたから、ほぼ間違いないでしょう。あれは市販禁止されている魔道具の一つですからね。一般人では目にすることすら無いはずです」


「よくわからないけど、それって国の兵隊とは違うの?」


「まぁ大きな枠ではそれで間違っていませんが、少し立場が違います」


 一般人に溶け込んで諜報活動を行なう……パッと思いつくのはスパイだ。

 密偵みたいな人間がいること自体はおかしなこととは思わない。

 国家間での情報の奪い合いは、戦況を大きく左右する。


 情報技術が未熟なこの世界においては、魔法か人間を使う以外に方法は無いだろう。

 ということは国がそうした密偵を抱えているのは当たり前だ。

 今までの話の中にもそうした人間の話が散見されていたので、別段驚くことはなかった。


「私が懸念したことを説明するには、ヴェルタ王国のことを少し知って頂く必要があります。なので整理も兼ねてこの王国の軍組織についてお話しましょう。

 それでは、騎士団と軍の違いはお判りですか?」


「ううん。知らない」


「私も知りません」


「すまんが、私も知らない。兵役の経験はないんでな」


 自分とメリエ、アンナは首を横に振る。

 何も言わなかったがライカも知らないだろう。

 フィズは嫌な顔をすることなく、わかりましたと言うように一つ頷くと話し出す。


「国によって違いがあるので、この国ではと前置きをさせてもらいます。

 ヴェルタ王国の騎士団とは常設軍のことです。つまり騎士は職業軍人だと考えて下さい。何も無い平時でも、常に戦いの訓練をし、有事に備えて鍛えているのが騎士団です。都市の警備を行なっている衛兵や、貴族の抱える私兵なども広義では騎士に分類されますね。

 対して軍とは常設軍と予備役、そして徴兵によって集められた民などを合わせた総称です。今は戦時とされていますが徴兵は行なわれておらず、騎士団と予備役の兵のみが集められ、王国軍として編成されています。

 そしてこれらの軍を統括し、陛下や参謀の意向を加味して指示を出すのが将軍、そしてその下に就く士官というわけです。例外として私兵や傭兵は雇っている人間の指揮で動きますが、軍事行動などに参加する場合はそれらの者達も将軍の指揮下に入らねばなりません」


「成程……」


 シラルはヴェルタが戦争をしていることが国民には伝わっていないと言っていた。

 伝わってしまえば民から大きな不満が噴出するから、と。

 徴兵を行なえば近々大きな戦があるということが民に知れ渡ってしまう。

 恐らく開戦ギリギリまでは予備役までの招集で留めておき、後には引けない開戦を境に徴兵を行なう算段なのだろう。

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