陽光

「……な……なん……?」


 頭部が弾け飛び、倒れて大地に横たわったバーダミラ見て、カラムが盾を持ったまま呆然と呟く。

 戦いの最中にあっては、あってはならない致命的な隙だが、無理も無いだろう。

 歴戦の猛者だとしても、異常ともいえる場面に遭遇すれば少なからず動揺はする。


 しかし自失状態なら好都合。

 同じように星素を集め、動けずにいるカラムを狙う。

 今度はもっと星素の量を減らし、威力を控えめにしてみる。


「ごぶぇっ!?」


 術の発動と同時に、カラムが鎧越しに腹を押さえて蹲る。

 カラムの口からは血の泡が吐き出され、そのままガチャンと前のめりに倒れ込んで動かなくなった。

 ピクピクと痙攣しているので生きてはいるようだ。

 それとほぼ同時に、自分の四肢に絡み付いていた水の触手も崩れて流れ落ちる。

 操っていたカラムの制御を失ったことで解除されたらしい。


(今度は狙い通りっと……止まっている相手を落ち着いて狙えるならいいけど、激しい動きの中でピンポイントを狙うのは現実的じゃないなー。威力を抑え目にして少し広い範囲を狙うといいかもしれないけど、そうすると周囲を巻き込む危険が高くなるし……。

 でも威力は丁度良かった。無力化を狙うならこれくらいの星素の量で使えばいい……と。後はこの制御の難しさを何とかしないとかな)


 発動から効果が発生するまではほぼノータイム。

 そして狙いさえ合っていれば防ぐことはまず不可能。

 更に威力は一撃で命を奪えるくらいから気絶に留める程度まで調整できる。


 使いこなせれば強力な術であるということは実験段階でわかっていたが、やはり実際に戦いで使ってみるとかなり恐ろしい性能だ。

 どんなに強力な鎧や守りも無意味になる上、邪魔者が前に何人居ても狙いたい相手を攻撃できる。

 問題は制御の難しさと集中できない状況下で上手く使えるかどうかといったところか。

 もう少し改善し、実戦で使ってみなければならないだろう。



 戦いの前よりも更に朝日が強くなり、森の木々の間から陽光が差し込む。

 戦いの中では気にする余裕など全く無かったが、自分達を覆う水のドームを朝日が通過し、キラキラと輝いて幻想的な光のアートを大地に描いていた。

 濡れた自分の鱗にも光が当たり、黒曜石のような艶やかな輝きを魅せている。


「ふー。さすがに強かったけど、何とかなったね」


 静けさと落ち着いた空気が戻ったのを確認し、倒れたミクラ兄弟を眺めながら一人ごちる。

 動く気配は無いので大丈夫そうだ。

 鱗越しにだがバーダミラに殴られたりして体が強張ってしまった。

 手足や首も力を入れたり激しい攻撃に晒されたりしたためか、肩凝りに似た重いものが乗っているような違和感がある。

 竜でも凝ったりするんだなぁと思いつつ、翼を広げて四肢や首を伸ばし、うーんと伸びをすると、いくらか凝りが解れた気がする。


 みんなも怪我をしていたりということもない。

 王女も眠ったままだ。

 動かなくなった二人を見て終結したと判断したフィズが、唖然とした声で聞いてきた。


「な、な、な……何が起こったんですか?」


「僕の切り札にしてる竜語魔法の一つを試したんだよ。戦いで使うのは初めてだったけど、どんなに防御が堅牢でも防がれる心配もないし、ミクラ兄弟みたいな実力者に丁度良かったから」


「突然……二人が倒れたように見えましたが……」


「そう見えただろうね。目に見えない攻撃だし」


「……さすが、という言葉で済ませてよいのでしょうか……」


 自分でも前はそう思った。

 ということは他者から見れば更に信じられないものだろう。

 気持ちはわからなくもないが、納得してもらうしかない。


 カラムが気絶したからか、水の触手と同じように自分達を閉じ込めていた水のドームがザザザザと水音を立てながら流れ崩れはじめ、陽光に輝く光の雨が泥土で汚れた鱗を洗い流してくれた。

 未だ目覚めない弱った王女が濡れないよう、スイとレアが水がかからないように外套を広げてガードしている。

 やはり前に思った通り、貴族なのに思い遣りがあり、気が利く娘達だ。


 水の壁はさっきまでの粘着性が失われているようで、流れ落ちる水はただの水になっている。

 大地に突き立てられた盾から湧いていた水も無くなり、見た目には何の変哲も無い盾と水浸しの地面だけが残った。

 厄介な水の壁がなくなったことで、終わるまで待っていたライカが森の茂みからガサガサと姿を現す。

 ライカの方も特に怪我などは無さそうだ。


「片付いたか。やはりクロの攻撃は異常だな。外から見ていたが、一体何をしたんだ?」


「お帰りライカ。助かったよ。でも異常とは言ってくれるね……ライカの幻術だって大概だと思うけど。今はまだゆっくり話している時間もないし、今度機会があったら教えてあげるよ」


 まだ試したいこともあるのでまたすぐに使うことになるだろう。

 今は他にもやらなければならないことがあるので、話すのは別の機会にする。


 どうせ説明した所で真似なんてできないし、対策も打ちようが無い。

 というか理解してくれるかさえもあやしいところだ。

 色々と信用してくれているライカなら話してもいいかと思うが、状況は選ばなければ。


「ふむ。言えないこともあるか。奥の手というヤツか?」


 思わせぶりに言ってしまったからか、ライカは意図的に隠していると判断したようだ。

 別にそういうつもりでもないのだが、わざわざ訂正する必要もないので言及はせずにおく。


「ライカだって隠している技の一つや二つあるんじゃないの?」


「まぁ私もクロほどに非常識なものは無いが、とっておきはある」


「非常識って……いや、まぁ非常識なんだけどさ……」


 そんなことを話していたら背中側から驚いた声が上がった。


「ラ、ライカさんが二人いる!?」


「双子……とかではないですよね?」


 自分の背後にライカが立っていたのに、もう一人のライカが森から歩いてきたことで、王女の傍で見ていたスイとレアが目を丸くしている。

 自分以外はライカが分身を出せる事を知らないのでこの反応は当然だ。


「私が幻術で作り出している幻だ。一応気配はあるが、実体は無い。

 クロがあの二人を押さえている間に、森に潜んでいた人間を片付ける必要があったからな。だが、私が外に出るのを手練の人間二人が見逃すはずが無い。そこで、私がこの場から動いていないと思わせるために分身を作り出したのだ」


 ライカが言い終わると、役目を終えた分身がスゥッと空気に溶けるように消えた。


「……ですが、いつの間に外に……?」


「クロが二回目の火炎を使った後だな。あの盾を持った人間には難なく避けられたが、その火炎が壁に当たって穴を開けた時に外に出た」


「ぜ、全然気付かなかった……」


「当然だ。そうなるようにクロが気を引いていたし、私も気配を殺して動いていたんだからな。薄暗い森の中だったというのもある」


 カラムに向かって火炎弾を打ち出した時には、ライカは既に分身の幻影を作り終えていた。

 カラムが火炎を避けてすぐにバーダミラとの戦闘に突入してしまったため、自分は火炎弾が壁に穴を開けるところを見てはいない。


 だがライカはそれに乗じ、外に出ていたのだ。

 自分自身もライカが無事に出られたかどうかはわからなかったが、失敗すれば何か言うだろうし、それが無かったという事は無事に外に出たということだ。

 後はライカが仕事を終えるまで耐え忍ぶだけ。


「あれだけの実力者を欺くとは……クロ様も恐ろしいですが、幻獣のライカ様もやはり恐るべき存在ですね」


「ふふん。そうだろうそうだろう。もっと褒めるがいいぞ」


「でも、私は狐のライカちゃんの方が好きだなー。モフモフだし抱き心地もいいし」


「……あれは仮初めの姿だ。本来は気高く凛々しい妖狐の姿なのだ!」


「うーん。最初のよく食べるぬいぐるみみたいな印象が強すぎて想像つかないなー。凛々しいっていうより食いしん坊の方が似合ってるし、飼い犬みたいだった狐ちゃんの方が絶対可愛いよね」


「お、お姉ちゃん。ライカさん凹んでるから……」


 フィズ達に褒められ、無い胸を張っていい気分だったライカ。

 しかしスイの感想によって嬉しそうだった態度は一転、がっくりと肩を落としてしまった。

 だが正直な所、自分もそう思ったのでフォローできない。

 そんなライカを横目に、アンナ達の方に顔を向けて水溜りを避けながら移動した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る