矛先
「邪魔をするな!!」
「あっ!?」
バーダミラが咆哮と共に動いた。
狙いは案の定、バーダミラの怒りの矛先、アンナだ。
アンナはバーダミラの形相と殺気に充てられ、ぺたんと尻餅をついた。
バーダミラの鎚からまた水が湧き出し、纏わり付いていく。
水塊、巨剣、長槍と形を変えてきた水だが、今度の形はそのどれでもなかった。
槍のように伸びたかと思うと先端が三つ又に分かれ、細く鋭くなる。
俗に言う
「(アンナ!)」
「逃がすかぁ!!」
無理にでも水の束縛を引き千切ってアンナの前に跳ぼうとしたが、水の触手に足を更に締め上げられる。
だが自分がアンナの元に行こうともがく間に、メリエが動いていた。
「(メリエ!?)」
メリエが剣を構え、アンナの前に立つ。
しかしバーダミラは割って入ったメリエを気にする風も無く、矛槍を横薙ぎに振るった。
「ぬん!」
振りぬかれた水の矛槍から、シュバッという音と共に複数の何かが高速で発射される。
(!! まさか、槍なのに遠距離攻撃……!?)
矛槍は普通、近接用の武器だ。
投擲武器でもないし、何かを発射するものでもない。
先入観から今までと同様に接近して攻撃するものとばかり思っていた。
そのため飛び道具を撃ち落すような星術を使うという思考になっていない。
発射されたモノはこちらが対処に動くよりも早く、アンナの前に立ったメリエに命中してしまう。
「ぐっ!?」
メリエにぶつかる直前、アーティファクトが防壁を作り出して攻撃を受け止めたが、飛来した複数の物体は防壁にぶつかった瞬間、パパンと弾けて
直接攻撃は当たらなかったが、炸裂弾のように弾けた衝撃によってメリエは後ろに倒れ込む。
「(ご主人!)」
倒れ込んだメリエにポロが駆け寄り、メリエを庇うように前に立った。
バーダミラは関係ないとばかりに再度水の矛槍を振り被る。
「……狙いが逸れたか……? だが幸運は何度も続かん。余計な手間を増やしてくれた礼だ。安らかにあれ」
「(……そうはいかない!)」
もう、これまでだ。
正体を隠す事も大事だが、何よりも優先すべきは自分と仲間の命。
バーダミラの狙いがアンナ達の方に向いてしまった今、観られていることを気にしている場合ではない。
正体を知られることを覚悟してでも、みんなを守らなければ。
だが、形振り構わず全力で叩き潰そうと身構えた直後、頭に声が響く。
「(こちらは片付けたぞ。詳しくは後でな。そっちは任せる)」
「(!!)」
ライカからの【伝想】……これで、心置きなくやれる。
「ハッ!!」
バーダミラが矛槍を振る。
動体視力を強化し目を凝らすと、三つ又の先端が分離して、15cmほどの太い水の釘のようなものが発射されているのが見えた。
あれが防壁に激突した時に爆裂したのだろう。
あんなものが突き刺さり、メリエを吹き飛ばしたさっきの威力で爆裂すれば、生身の体は粉々になる。
だが、もう後手に回る必要はない。
好きにはさせない。
水の触手はとりあえず後回しだ。
まずは使っていた身体強化と硬化の星術を一旦解除し、アンナ達を狙って放たれた水の釘に意識を集中する。
鋭く発射された水はアンナ達に辿り着くことはなかった。
空中で一瞬にして、跡形も残さずに蒸発する。
「何!?」
(……やっぱり高速で動くものを狙うのは難しい……それに簡単な星術だとしても、離れた場所に発生させるのは集中力を削るな。余裕を持って範囲を広めにして正解だった)
攻撃用の術ではなく、お風呂を作るときに使うただ水を熱するだけの簡単な術で蒸発させたのだが、近くに使うのとは段違いに制御が大変だ。
しかし念を入れて広範囲を狙ったので、問題は無く攻撃を防いだ。
攻撃は届かず、身構えていたポロとメリエも無事。
代わりに何が起こったのかと驚いた顔をしてはいたが、すぐに自分が星術を使ったと悟ったようだ。
「(クロ!? 観ている者がいるのだろう!?)」
「(もう大丈夫。ライカが片付けてくれたから)」
「(え……? でもライカさんはクロさんの傍に……)」
確かに自分のすぐ後ろにはライカが立っている。
さっきのやり取りを知らないので、そう思われても仕方が無いだろう。
敵にそう思わせるための作戦だったわけだし。
「(詳しいことは後。まずはミクラ兄弟を何とかする)」
じろりとミクラ兄弟に視線を向ける。
バーダミラは攻撃が突然無効化されたことに警戒感を露わにしながらも、次の攻撃の準備を整えている。
矛槍を構えて相変わらずアンナ達の方を狙っていた。
「魔法? 何も見えなかった。……偶然にしては不可解なことが多すぎる」
「兄さんが攻撃を外すってこと自体が万に一つもないからな。何かしてるヤツがいるぜ」
(アンナ達はやらせない。まずはバーダミラだ)
水の束縛は相変わらず。
だがそれを気にする必要はなくなった。
アンナ達を攻撃しようとしているバーダミラを優先的に片付けるため、周囲の星素をバーダミラに向かって集める。
切るのは、自分の奥の手の一つ。
今まで使ってきたような理屈を知っていてイメージしやすかった物理現象とは違い、完全に物理法則を無視した強力な星術。
使えることはわかっていたが、実戦で使うのは初めてだ。
今回使う星術は、術の初動を見切ることがほぼ不可能な上、避けるのが困難なもの。
どんなに強力な星術でも当たらなければ意味が無い。
ミクラ兄弟の身体能力だと、下手な術では初見でも避けられる可能性が高い。
そして一度でも星術を見せてしまえば警戒されることは確実。
ならば奥の手を使ってでも向こうがこちらの攻撃を看破する前に始末する。
「ハッ!!」
「(させるか!)」
バーダミラが攻撃するよりも一瞬速く、術を起動する。
それは突然起こった。
パンッという破裂音と共に、何の脈絡も無く、武器を振り抜こうとしていたバーダミラの頭部が弾け飛ぶ。
「「「!!?」」」
基幹部位である頭部を失った肉体は、ビクンと大きく痙攣すると、そのままゆっくりと後方に傾ぎ、ドッと大地に沈んで動かなくなる。
(……うわ……自分でやっといて何だけど、グロい……距離を取っててくれて助かったかな。にしても一人を狙うにはちょっと威力が強すぎたか……それにやっぱり狙った場所で術を発動させるのが大変だ……)
この星術は、火炎や電撃のような熱などのエネルギー移動による発動から効果が現れるまでのタイムラグが無く、更に『発射』という概念が存在しない。
そして攻撃がくると判ったとしても、防御ができない。
即座に効果が現れ、防御も無視できるのはいいのだが、強力であるが故のイメージや制御の難しさと、効果を及ぼしたい場所に直接発生させなければならないのが難易度を上げている。
簡単な星術でも体から大きく離れた場所に使うのは制御が難しく、攻撃などに使う際には体の周囲で発生させて発射するのが最も使い勝手がいい。
それができないのはかなり大きなデメリットとなり、強力で元々の制御が難しいのも相まってこれが大きくのしかかる。
元々人間の姿では使えないとわかっていたが、これだけ繊細な星素の扱いを要求されるとなると、直接アーティファクトに込めて使うというのも無理そうだ。
それに今のは予想以上に威力が高すぎたので、調整もしなければならない。
これを応用したものにもう一つ強力なものがあるのだが、そっちも近いうちに実戦で使ってみなければならないだろう。
この術に限らず、使いにくいからと実戦で使うのを避けているといつまでも使えないし上達もしない。
時と場所は選ばないといけないが、緊張感のある中で慣れておくことは大切だ。
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