それぞれの想い
「あ、クロさん。お帰りなさい。あれ?」
「随分遅かったな。……む?」
部屋に戻るとアンナとメリエは既に帰ってきていた。
自分とライカの後に続いて部屋に入って来たスイ達に意外な表情を作る。
ライカはまだ幻術を解いていない筈だが、アンナとメリエには幻術無効化のアーティファクトを渡してあったので、普通に気付いたようだ。
「ただいま。ちょっと困った事になっちゃったよ。あ、ライカ、ありがとうね」
「(気にするな。報酬ももらえることだしな。よし、肉食べるぞー)」
「アンナさんご無沙汰しています。メリエさんも」
「無事で何よりだ。スイとレアは知っているが、後ろの騎士殿は?」
スイとレアは救助した時にアンナやメリエと会っているが、フィズは初対面になるので当然の疑問だ。
「スイとレアの護衛役でフィズさんだよ。フィズさん、こちら僕の仲間でアンナとメリエです」
「お初にお目にかかる。シラル将軍の下で大隊長を任されている、フィズだ」
「初めまして、アンナです」
「メリエだ。ハンターをしている」
それぞれの自己紹介もそこそこに、アンナとメリエに現状を知らせるべく椅子やベッドに腰を下ろして話を始める。
シラルの屋敷に出向いたところからを掻い摘んで説明した。
「───と言う訳で、これからの事を考えるためにここまで逃げてきたの」
「そう易々とは行かないだろうと思ってはいたが……ふむ」
ざっと今までのことを説明すると、アンナもメリエも真剣な表情で考え込んだ。
「……で、どうするんだ? 本当にこのまま王都を離れるのか?」
「フィズさんはそうしたいみたいだけど……」
ここでスイとレアに視線を向けると、二人はお互いを見て、意を決したように口を開いた。
「わ、私達は逃げたくない! ここで王都を離れればもう戦争は止められなくなっちゃう!」
「ですが、お嬢様……」
そんな二人に、フィズは困ったような視線を向ける。
何も知らないフィズが現状を鑑みれば仕方の無いことか。
「……クロはどうしようと思っているんだ?」
「スイ達を手助けしたいとは思ってるけど、一応メリエ達の意見も聞こうと思って。それにどう動くにしても後の事までしっかり考えないとね」
自分の優先順位で最上位に来るものは今も変わらない。
それは自分や仲間の命だ。
それが担保されるように十分配慮してなら協力したいと思う。
だが自分は一人で旅をしている訳ではない。
自分だけで何もかも決めてしまうのはどうかと思うので、メリエやアンナの意見も聞いておきたい。
特にメリエはこの件で得られる報酬が手がかりとなるかもしれないため、関心は高いはず。
「何とかできるなら私も助けてあげたいとは思うんですけど……」
「そうだな。乗りかかった船だ。私もアンナと同意見ではある。だが、やはり要となるのはクロになるだろうから、ここはクロの判断を重視すべきだろう」
「こういうことってギルドに助けを求められないの?」
この質問に、メリエは即座に首を横に振った。
「無理だ。ギルド連合は特定の国の政治や権力争いに関っているような物事には協力しないし、依頼も受け付けない。たまたま無関係だと思われていた依頼が、後々どこかの国に関係しているとわかる場合もあるが、そういうケースは稀だ。その場合はどちらにも加担しないようにするため、必要であれば依頼の破棄も行なわれる。知らずに関ってしまった人間には依頼が破棄されても罰則は無い」
まぁ今までに聞いたギルドの立ち位置から考えればそれが妥当か。
やはりやるとしたら今いる面々でやらなければならないということだ。
メリエとアンナの意見に少し考え込む。
二人も協力に前向きなようだが、ここで闇雲に猪突猛進では良い結果は生まない。
しっかりとした順序立てと慎重さは必要だろう。
黙考する自分に、スイとレアは縋るような視線を向けていた。
「……失礼。クロ様は高位の治癒術師様のようですが、今の状況を我々だけで打開するのは誰が見ても不可能でしょう。それとも、他にも仲間がいるのですか?」
「いえ、仲間はもういません。もし動くとなれば我々だけですね」
「……ということはやはり無謀です。私はお嬢様の安全を将軍に任されている。勝算の低い行動を容認する事はできません」
常識的に考えればその通りですよね。
向こうは国軍を動かせるほどの貴族と騎士や兵が数千という規模、対してこっちは中立のライカを含めても部屋にいる七名のみ。
まぁこっちにはその気になれば国を消滅させられるほどの非常識が二名……二匹? ……いるんですけどね……。
そんなフィズの言葉にレアが反応した。
「フィズさん。クロさんは、その……治療ができるというだけではないんです。恐らくこの国にクロさんほどの実力者はいないでしょう。クロさんが力を貸して下されば父も母も救出できると思います」
「それ程の……? しかし、それだけの実力があるなら名が知られているはず。私は存じ上げませんが?」
「あ、えっと。その……」
何とかシラル救助を承諾させようとレアが説得を試みるが、要点となる部分が自分の正体に関るため口にできず、ふわっとした説明になってしまっている。
フィズもこれではまだ納得できないといった感じだ。
「やはりダメです。ここはお嬢様の安全を最優先に動くべきです」
フィズが首を横に振りながら、優しく諭すようにスイ達に言った。
だが、スイ達も引き下がるつもりは無いようだった。
「……フィズさんには申し訳ないけど、やっぱり私はここで投げ出す事はできない。それが、父が私達に教えてくれた貴族の在り方だから。自身の保身に走って多くの人を見捨てれば、一生後悔しなければならなくなる」
「私もお姉ちゃんと同意見です。今までお父さんが必死に走り回ってきたのは知っています。それを無駄にしたくありません。ここで逃げたらお城にいる、人が死ぬのを何とも思わない無責任な貴族達と同じです」
「しかしお嬢様。将軍がお二人の無事を願っているのも事実。口では貴族として誰かのためにと申していましても、父親として子を想わない訳が無い。私に脱出をと指示したのもその気持ちからでしょう」
「父やフィズさんから見れば私達はまだ子供かもしれない。だけどいつまでも子供扱いされるのも困ります。私達ももう成人しているし、私達にも意思決定をする権利はあるでしょう?」
今のところフィズ以外は逃げずに戦う意思を見せているが、フィズにも立場がある。
なのでフィズの言うことも理解できる。
シラルは結構過保護っぽいところがあったし、娘の色恋話でムキになっているところを見れば、誰でも娘が大事だとわかる。
自分の命は賭けられても、娘や家族の命まで簡単に犠牲にはできないだろう。
もしそれができるのなら、もっと有効な手段はいくらでもあるはずだ。
貴族としてはこうあるべきだが、できれば娘達は……と思ってしまうのは親として仕方が無いのかもしれない。
しかしスイ達の言うことも正しい。
子はいつまでも親の手の中にいてくれる訳ではない。
ましてやスイ達は右も左もわからない幼子ではない。
自分の意思を持ち、自分の行く先を決める権利は子にもあるはずだ。
例えそれが親の意に反していたとしても。
「……それはそうかもしれません。ですが、お二人に何ができますか? 危険を冒して城に行くことも、追っ手や騎士達と戦うこともできるとは思えません。気持ちだけでどうにかなるものではないはずです」
「そうかも、しれないけど……」
さすがにこれはフィズの言う通りか。
正直、戦力としてはスイもレアも数える事はできそうもない。
一応武術の訓練もしているという話だったが、本職の人間相手に渡り合うのは無理だろう。
魔法もまだ学んでいる途中のようだし、実戦で使えるレベルではないはず。
二人もそれは理解しているようで、俯いてしょんぼりとしている。
しかし何も剣や魔法を使う事だけが戦う力ではない。
それが出来ないなら他の事で力を振るえばいいはずだ。
彼女達の持つ貴族としての立場や知識は、状況によっては武器と成り得るだろう。
「……戦うのならば一応考えている作戦はあるんですけど、それにはフィズさんやスイ達の協力も必要になります。だからスイ達にできることが無いわけじゃないですよ。
フィズさんの言うことも間違ってはいないと思いますけど、だからといってスイ達の意見を無視していい訳じゃない。二人はもう何もわからない庇護されるだけの子供ではなく、自分で考えることができるんですし」
「……ではお嬢様が言うように、クロ様に状況を打開できるだけの実力があると証明して頂きたい。
戦いになれば恐らく、王城に上がる事を許される程の実力を持った騎士が相手となるでしょう。もしかしたら近衛や竜騎士が追っ手となるかもしれません。
下手に行動して逃げる機を失えば、全て終わりです。あなた方にそれを退けるだけの実力があると私が納得できたのなら、お嬢様の意見を尊重し、協力しましょう」
やはりそうきたか。
フィズも勇名も無い男にそれだけの実力は在り得ないという思惑でこの条件を出してきたようだ。
腕を組んでこちらを見る表情には、これでスイ達を諦めさせられるというような安堵が見えた。
やろうと思えば実力を証明するのは簡単だが、ここでフィズと戦って証明するわけにもいかないし、さてどうするか。
「(……クロ、私が説得してやろうか? 実力を証明すればいいんだろう?)」
何か適当な星術を見せて納得させようかと雑に考えていたところ、意外にもライカがそう提案してきた。
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