幽霊の気持ち?

「屋敷の人間も、こうした事態には抵抗せずに従うようにと指示が出されていますので、抵抗さえしなければ大丈夫だと思います。

 推進派にとっては何の脅威にも成り得ない人間を捕らえても益は無い。将軍への人質として使うなら奥様一人で十分なはず。それに下手に強硬な手を使えば他の穏健派も黙っていないでしょう」


「で、では、これからどうするんです?」


「まずは安全を第一に、どこか身を隠せる場所を探しましょう。そして隙を見て王都を脱出する用意をします。それから……」


 そう言ってフィズがこちらに視線を向ける。


「……本来将軍の御客人に対して言うことではないのかもしれませんが、緊急事態なので言わせて頂きます。

 私はクロ様がどのような立場の方なのかを存じ上げません。それにより、素性の知れないあなたを信用する事ができない。

 なのでお嬢様、まずはクロ様のことを教えて頂けませんか?」


 まぁ言われてみればフィズにとって自分は得体の知れない存在だ。

 シラル達も約束を守って言わないでいてくれたようだし、もしかしたら推進派と通じているかもしれないと疑ってもしょうがない。


「ええと……その……」


 スイとレアは隣で冷や汗をかきながらどうすべきかとオロオロしている。

 最初にした自分との約束でこちらのことを無闇に話してはならないと思い、フィズにどう答えたらいいのかと困惑しているようだ。


「僕から説明してもいいですけど、言葉だけで信用できますか?」


 これを聞いてフィズが眉根を寄せて押し黙った。

 自分がフィズの立場でも自己弁護だけで信用はできない。

 素性の知れない人間の言葉など、信憑性の薄い情報の一つ程度にしかならないだろう。


「……正直な所、あなたの言葉だけで全てを信じるのは難しい。ですが、お嬢様の口から説明してもらえばある程度は信用してもいい」


 まぁそうなるよね。

 自身が仕えるシラルの娘の言葉でなら信用もできるだろう。

 今の状況では、スイとレア以外に自分がどういう存在なのかを証明できる人間はいない。

 だが、そのスイとレアも自分のことは言わないようにと口止めをされている。


「……じゃあスイとレアが説明してくれる?」


「え、でも……クロさんとの約束が……」


「今回は仕方が無いよ。この状況じゃどうしてもフィズさんに協力してもらわないといけないし、そうじゃないと向こうも納得しないだろうし」


「……いいんですか?」


「その代わり、ちゃんと黙っててくれるように言ってね。……お互いの今後のためにも」


「……わかりました」


 誘導したりしていると思われては信用されないので、こちらは口を噤み、代わりにスイが真剣な視線をフィズに向けて自分のことを語って聞かせた。

 てっきり竜だということまで言ってしまうのかと思ったが、スイは自分の正体については触れず、ヒュル近くの街道で捕まったシェリア達の救助に助力し、レアの目を治療した治癒術師だということと、シェリアから王女の治療を頼まれたということだけを話した。

 スイなりに気を遣ってくれたようだ。


「……何と……お嬢様の目はてっきり奥様がエルフの秘術か秘薬を用いたものだと思っていましたが、まさか彼が……?」


「疑う気持ちもわかるけど、現にレアの目は完治しているでしょ? これで納得できました?」


「お姉ちゃんの言う通り、クロさんが目を治してくれた事は事実です。それにもし推進派の人間なら、武装解除もせず護衛も居なかった先程の会談の時に、私達を殺す事ができたはずでしょう? そうすればわざわざ回りくどくお父様達を捕まえる必要なんてありません。第一、もし信用できない人間で私達に嘘を吐いているなら、お母さんがそれを見破ります」


「それは……確かに……。

 ……正直に言えば、まだ疑問に思うことはあります。ですが、お嬢様の治療をして下さったということ、そして将軍が重要視していたことは納得できました。御無礼を御赦し下さい」


 フィズが自分に向ける目にはやはりまだ疑いの色がある。

 スイは自分の正体については触れなかったので、結局自分が信用できる立場の者なのかはわからないわけだし、それも仕方が無い。

 それでもスイとレアの口からの説明とレアの目の治療、そしてシラルに協力しているという事実から、今は追及せずに引いてくれるようだ。


「フィズさんの言うことも尤もなので気にしません。では改めて、この後どうしますか?」


「……先程言った通り、機を見て王都を脱出するか、それが無理なら潜伏します」


「……戦争推進派は恐らく、王女が死ぬまでシラルさんを拘束するでしょう。このまま時間が過ぎて王女が死亡すれば、開戦はもう止められない。そしてシェリアさんの嘘を見破る能力を脅威だと思えば、開戦の成否に関らず暗殺を考えるかもしれません。

 今動かなければ手遅れになりますけど、それでも?」


 自分が指摘したことで、スイとレアの表情は強張る。

 フィズもそれを理解しているようで、苦虫を噛み潰したように顔を顰めながら声を搾り出した。


「……現状で、私達だけで、将軍や奥様を救い出す術は……無い」


 感情は助けに行きたいが、こちらと相手の手札を鑑みるとそれは無理。

 恐らくそう考えての言葉だろう。

 シラル同様、部下を率いる立場のフィズは、自身の感情よりも現実を行動の中心に据えているようだ。

 指揮官としては感情的にならずに動く資質は重要だ。

 その意味ではフィズは現状をよく理解していると言えるかもしれない。


「……スイとレアはどうしたい?」


「え、あ、その……」


 スイとレアは、逃げ出すよりも何とかしたいと、そう顔に書いてある。

 あれだけの覚悟を口にできる二人が、自分の保身を最優先に考える事はまず無いだろう。

 だが自分達の立場上、言い出せないといったところか。


「(ライカはどうする?)」


「(ん? 今のところは特に何も考えておらんぞ。まぁ一飯の恩でスイとレアが襲われたら助けるくらいはしてやろう。お前はどうするんだ?)」


「(んー……まぁ助けてあげたいんだけどね)」


 後先考えなければやりようはいくらでもあるのだが、自分達のことやスイ達のことも考えて動くとなると選択肢はかなり狭くなる。

 まぁどんな行動を取るにせよ、まずはアンナ達と合流しなければならないだろう。


「……わかりました。じゃあ潜伏するにしろ、脱出を考えるにしろ、一度落ち着ける場所に行きましょう。僕の仲間にもこの事を伝えないといけないですし、僕達の泊まっている宿に行きませんか?」


「確かにここではそのうちに嗅ぎつけられる危険がある。しかし王都内には我々を捜索する警邏が放たれるはずだ。一応この倉庫にも、ある程度変装できるような装備品類は置いてあるが、明るい内に歩き回るのは危険すぎる」


 確かに後を付けられて宿を襲撃されるのも困る。

 しかし時間は惜しい。


「(……ライカちょっと手伝ってくれない?)」


「(ん? 何だ?)」


「(僕達の泊まっていた宿まで気付かれないように幻術かけて欲しいんだけど)」


「(……そうだな。追加で串焼き肉10本ならいいぞ)」


「(……はぁ。いいよそれで。じゃあさっきの分もついでに買って帰るよ)」


「(よし! 決まりだな。じゃあ早速行くぞ)」


 ◇


「……どうなっているんだ……?」


「ナイショです。人にぶつかるとバレちゃうらしいので、気を付けて下さい」


「ら、らしい?」


 フィズは周囲の人間の様子に目を白黒させている。

 町中にはフィズが指摘した通り、自分達を探していると思われる騎士が何人かのグループで歩き回っていた。

 しかし変装もせずに普通に道を歩いている自分達に、誰も気付く事はない。

 まるで空気のように素通りしていくので、初めて体験する奇妙な現象に女性陣三人は驚いている。


 その気持ちは良くわかる。

 自分もライカに初めてこの幻術をかけられた時には、まるで世界からはみ出してしまったかのような不気味さを味わった。


 現在ライカに幻術を使ってもらい、周囲の人間に気付かれないようにした上で堂々と移動中である。

 ライカと初めて出会った時に、ライカが使っていた幻術だ。


 最初は何の対策もせずに倉庫を出て行こうとしているように見える自分に、フィズが止めようと声を荒げてきたのだが、説明するのも面倒すぎるので「平気ですから付いて来て下さい」の一点張りで、半ば強引に連れ出してきた。


 フィズはともかくスイとレアは自分のことを知っているので、その二人が黙って自分に付いて行こうと倉庫を出たために、フィズも慌ててその後を追いかけてきたという感じになった。

 それにしても、やはりかなり便利な術である。

 星術でも似たようなことができないか真剣に考えてみる必要がありそうだ。


「私達、幽霊にでもなっちゃっててそれに気付いてないとかじゃ、ない、よね……?」


「お、お姉ちゃん、怖い事言わないでよ」


 スイとレアも、まるで透明人間になってしまったような状況に困惑気味だった。

 おっかなびっくり自分の背中に張り付いている。

 ライカは術に集中したいからと脱出路の時のように荷物の上に乗っかり、肩車のように自分の頭に顎を乗せている。

 フィズは最後尾から後ろを警戒しながら付いきていた。


「あ、ちょっと買い物したいのでそこの建物の隙間で待っててもらえます?」


「クロ様、今はそんな場合では……」


「買わないと騎士達に気付かれちゃいますよ?」


「は……え?」


 幻術の燃料は串焼き肉ですから。


「じゃあちょっと買ってきます」


 宿に向かう途中にあった串焼き肉の露店で、ライカのために串焼き肉を買うことにする。

 屋台の前に行くと焼いていたおじさんは普通にこちらに気が付いた。

 器用にも買い物をする自分とライカの方だけ幻術を解除しているようだ。

 いろいろ制約はあるみたいだが、かなり細かく調整できるらしい。


「(おーほー! 美味そうだな! いい匂いだな!)」


「(ちょ……尻尾振ると顔に当たるから……それと頭に涎を垂らさないでね……)」


 モフモフ尻尾をこちらの顔に当たるのもお構いなしにブンブンと振って頭の上ではしゃぐライカに、苦笑しながら注文を済ませる。

 それにしもて尻尾、気持ちいいな……。


 日本で売られていた焼き鳥の2倍くらいの大きさに切り分けられた肉と長めの串で、一本が結構な大きさだ。

 それが香ばしく焼かれ、何とも食欲を誘う。

 何の肉なのかは良くわからないが、見た目は鳥ではなく牛に近い肉に見えるので、焼き鳥というよりは牛串だろう。


 ついでなのでポロと自分達用にもまとめ買いをしておくことにした。

 今夜は人目のある食堂には行かない方がよさそうだし。

 緊張感に欠けるが、ライカのことを差し引いても食糧は大切だ。

 身動きが取りにくくなる以上は用意しておくに越した事はない。


 そんなこんなでライカの分も含めて60本の串焼き肉を購入した。

 多い気もするが残った分はライカとポロにあげればいいだろう。たくさん食べるし。

 大量注文をもらった屋台のおじさんはかなり上機嫌に串焼きを焼いてくれたのだった。


 その後、拍子抜けするほど特に問題も無く、〝深森の木漏れ日〟亭に到着した。

 さすがは幻獣ライカだ。

 最近は幻獣ということをよく忘れるけども……。

 空は茜色に変わってきており、時間は17時前くらいといったところだろうか。


 ちょっと申し訳ないがこの宿にスイ達がいると知られてはまずいので、スイ達には幻術を掛けて受付のお兄さんに気付かれないようにして部屋に移動することにした。

 シェリアは信用できる知人だとこの宿を紹介してくれたから信用しても良かったかもしれないが、念のためだ。

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