先手と後手

「どういうことだ!? 我々が何をした?!」


「これは正式な書面で通達された決定事項だ!

 ヴェルウォード公爵夫妻、及びその親族、使用人、私兵に、反逆の予備陰謀の容疑が掛けられている。よって今を以って関係者全ての身柄を拘束する! 抵抗する場合は命の保証はしない。速やかに武器を捨てて投降せよ!」


「反逆だと!? ふざけるな! シラル将軍は誰よりもこの国のことを想っておられる!」


「そのヴェルウォード公爵夫妻は既に拘束された。取調べで嫌疑が晴れれば開放されるだろう。後ろめたい事が無いのならば、抵抗せず沙汰を待てば良い!」


「な、何だと……」


「よし、各隊に通達! 抜剣を許可! 屋敷から出てくる者は全員捕縛しろ! 抵抗した場合には第4攻性魔法と魔道具の使用も許可されている!

 ガルド、リヒター、サンドラの隊は屋敷内を捜索! シラル・ヴェルウォードには娘が二人いる。その二人は必ず生かしたまま捕らえろ!」


「馬鹿な! ここは都市内だぞ!? 騎士団でも一定以上の殺傷魔法の使用は禁止されているはずだろう!」


「緊急時につき許可が出ている。何ならその書面も見せてやろう。大臣のサインも入っている」


「くっ……」


 顔を見られないように外を覗くと、門番に立っていた騎士二人と同じ鎧を着た十数名の騎士が対峙しているのが見える。


「(剣呑な気配がこの屋敷を取り囲んでいる。数も多い……が、我々が警戒する程の強い気配は無いな)」


「これは……」


 謀られた……?

 いや先手を打たれたということか?

 窓からそっと顔を引っ込め、何があったのかという顔をしているスイとレアに外の様子を説明しようとしたところで、扉を蹴破らんばかりの勢いでフィズが入ってきた。


「お嬢様! 急いでこちらへ!」


「どうしたんですか!?」


「後ほど説明します! 今は急いで脱出を! クロ様もこちらへ!」


 慌てるフィズに続いて客間を出ると、使用人達も何が起こったのかと戸惑いの表情で近くの窓に張り付いている。

 そんな使用人達を横目に早歩きで屋敷に入る時に使った脱出路のある地下書庫へと向かう。

 地下へと続く階段の中腹あたりで、上階から悲鳴と怒号が聞こえてきた。

 屋敷の中に入って来たのだろう。


 なるべく音を立てないように地下書庫に入ると、フィズは急いで脱出路の蓋を開け、その中に入るように指示する。

 最初に自分とライカが入り、その後に続いてスイとレア、最後にフィズが蓋を閉めながら下りてきた。

 梯子を下り切った所でフィズが用意してあったカンテラに火を灯し、付いて来る者が居ないかと耳をそばだてている。


「な、何があったんですか? フィズさん」


 暫く静かにフィズの様子を見ていたレアが、小声で問いかける。

 フィズはそんなレアに真剣な表情で視線を向けた。


「私にもわかりません。が、騎士が屋敷を包囲して我々を捕縛しようとしていました。状況から考えると推進派が動いたということだとは思うのですが……詳しい事は何も……。

 まずは移動しましょう。脱出路には魔法での探知を妨げる細工がしてあるのでここが気付かれる事はないはずですが、我々が居ないとわかれば王都全域を捜索するはずです。そうなれば身動きが取れなくなる」


「わ、わかりました」


 少女二人の目には困惑の色が見えたが、すぐに気持ちを切り替えフィズの言葉に頷いている。

 フィズの予測通り、現状から考えれば推進派が動いたと見るべきだろうが、どういう状況で動いたのかがわからない。


 騎士の言ったことが本当であるなら、シラルは城で捕らえられて反逆の疑いを掛けられている。

 一緒に居たシェリアも同じく捕らえられているだろう。

 身分を考えれば裁判もせずに問答無用で死罪とは考え難い。

 正当な理由もなく処断すれば、シラルと同じく穏健派に属する貴族からの不満は相当なものになる。

 国王がしっかりと手綱を握っているのなら調査は必須だとわかるはず。


 シラルが抵抗して城内で剣を抜いていたらわからないが、シラルもシェリアも状況がわからない中でそこまで無謀な事はしないだろう。

 それくらいの状況判断はできるはずだ。

 とりあえずシラル達がまだ生きている可能性は高い。

 ならばこちらは……。


「暗いので足元にお気をつけ下さい。ですが、ゆっくり移動している時間はありません。少し急ぎましょう」


「ええ。お願いします」


 フィズの案内で、来た道を戻るように湿気が充満する地下道を進む。

 幸い動きにくいドレスから動きやすい服装に着替えているので、スイとレアも移動に関しては問題ない。

 しかし、如何せん暗渠あんきょと隣り合わせの細い通路は足場が悪いため、急ぎ足といってもそれほど速度は出せなかった。


 ライカは自分の背中の荷物の上に陣取って両足で自分の頭に掴まっており、肩車をするように自分に乗っている。

 濡れた床を歩くのは完全拒否ということのようだ。

 不謹慎かもしれないが、ライカのフワフワの腹毛が動く度にモフモフと当たり、首の裏が幸せである。


 滑って転びそうになるスイとレアを何度か支えつつ、急ぎ足で進むフィズの明かりを追いかけること数十分。

 慣れない暗がりの移動と足場の悪さでスイとレアの息が上がり、速度が目に見えて落ち始めた頃、出口に続く昇り階段が見えてきた。


「少しお待ちを。念のため確認します」


「(……出口の外に気配は感じないな。来た時と同じだ)」


 フィズが僅かに木の板を持ち上げて周囲を見回す。

 フィズが板を持ち上げる前にはライカが気配を探っていたようで、敵はいなさそうだ。


「……大丈夫です」


 安全と判断したフィズが通路を出ると、それに続いてスイとレア、遅れて自分とライカが続く。

 暗く足場の悪い道をかなりの急ぎ足で数十分も進み続けたために、スイとレアはかなりの疲労が溜まったようだ。

 滴る汗を拭うこともせず、ふらふらと座りこんだ。

 フィズも脱出路の蓋を閉めると、木の床に座り込んで溜め息を吐いた。


「これから……どうしますか?」


「……シラル将軍から屋敷まで推進派の手が伸びた場合は、お嬢様を王都の外、できればアルディール伯の領地まで逃がして欲しいと言われています。それが不可能な場合は変装して王都内に潜伏するようにと……」


「ち、父と母はどうするのですか? それに屋敷のみんなは……?」


「……現状でシラル将軍とシェリア様を助ける手段はありません。しかし、ちゃんとした調査をすれば潔白である事はすぐにわかるはずです。

 王城には穏健派の貴族も多数いますから、推進派が何か工作をしようにも難しいはず……ですので時間が経てばシラル将軍の身柄は解放されるのではないかと」


 かなり希望的観測だが、フィズの言うことは理に適っている。

 シラル達がどんな状況かを知る術は現状では無い。

 シラル達は少数で登城したので、自分達への使い役の人間も間違いなく捕まったはず。

 となると城の中から外へと自分達に正しい情報を伝えてくれる人間は限られる。


 穏健派の人間が状況を把握していたとしても、スイとレアが状況を打開する力を持っていなければ危険を冒してそれを伝えに来る利点はない。

 逆に接触しようと動いて居場所を特定される方が問題だ。


 今回の事は推進派がシラルの動きを事前に察知して先手を打ったのか、それともそうした情報は掴んでいないが何らかの理由でシラルの動きを封じる必要があると判断して行動したのかのどちらかだと思うが、シラルが殺される可能性はそんなに高くないだろう。


 フィズが指摘したように穏健派はシラル達だけではないようだし、そうした人間がいる中でシラルを消そうと動くにはリスクが高すぎる。

 現に捕まえるよりも事故を装って殺してしまう方が確実に思えるのに、シラルは捕まったと言っていた。

 そして何よりも推進派は別にシラル達の命を奪わなくても目的を達成できるのだ。


 数日待てば、王女は死ぬ。

 そうすれば推進派の目的である開戦は成る。

 一度開戦すればもう容易には止める事はできないし、推進派は王女が死ねば王女暗殺が誰の仕業だったかを証明する手段も失われると思っているはずだ。

 後は適当な理由や証拠をでっち上げてしまえば、暗殺の真相は闇の中に葬れる、と。


 シラルが王女暗殺が推進派の人間のものであるという証拠を掴んでいるのなら話は別だが、現状ではシラルに王女暗殺が推進派に因るものだと証明する術は無い。

 となればリスクを冒してシラルを始末する旨味はあまり無い。

 捕まえた後は王女が死ぬまで投獄しておくだけで十分だ。

 寧ろシラルよりも〝真実の瞳〟があるシェリアと、目が治ったレアの方が問題な気がする。


 幸いレアの方はまだ推進派に治療の事が知られてはいなさそうだ。

 王都までの道中、レアはまだ怪我が治っていない風を装って目に包帯を巻いたままにしていたらしい。

 包帯を外したのは安全な屋敷に戻ってからだと昼食の時に話してくれた。

 これが推進派に知られていれば、王女を襲った暗殺者についての情報をレアから齎されてしまうことになるので、推進派はレアを消すべく動いただろう。

 だが今はその心配をしなくてもいい。


 となると、残るはシェリアだ。

 推進派がシェリアをどの程度の脅威と見なしているかで対応は変わってくる。

 シラルと同じく捕まったことを考えると、他の穏健派の目があるためそう簡単に暗殺はできないということだろう。

 しかしシェリアの安全を考えるのならあまり悠長に構えるのはまずい。


 シェリアの能力は嘘を見破れても、どんな嘘なのかまではわからないので、王女が死んで暗殺の件が話題に出なくなれば危険度は下がるだろう。

 治療の手段についてを知られていなければシラルと同様、王女が死に、開戦が成るまで閉じ込めておけばシェリアもそこまでの脅威とは言えなくなるとは思うが、推進派が都合良くそう考えてくれるかはわからない。


 さてどうしたものか……?

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