ライカ流の説明
「(ど、どうしたの? どういう風の吹き回し?)」
「(いや、さっきも言ったがその二人には一飯の恩もあるしな。ちょっと協力してやろうかと思っただけだ。
それに面白そうじゃないか。我々の力に気付かず、こんな姿に惑わされ、侮っている奴の鼻を明かしてやるというのはな)」
ライカの口元に笑みが浮かぶ。
狐の姿で笑うと何とも愛らしいのだが、その笑みが黒いモノを含んでいるとわかってしまうので、何とも言えないものを感じてしまう。
「(ああ、やっぱりそういう理由なのね……具体的にどうするの?)」
「(フフフ。まぁ見ていろ。この姿では串焼き肉が食べづらかったから丁度いい)」
あ、そこはかとなく嫌な予感がする……。
大丈夫だろうか……。
ライカはトテトテとフィズ達が座るベッドの近くに移動するとちょこんと座り、フィズに向かって口を開いた。
「ではお前が納得するに足る実力とやらを、クロに代わって私が証明してやろう」
「「「え?」」」
串から肉を引っこ抜いてモグモグしていた、ちょっと大きいだけの普通の狐が突然人間の言葉を話した事で、ライカの正体を知らない三人は目をまん丸にして床のライカを凝視した。
驚きで固まる三人の目の前でライカの姿が変化していく。
体から毛が薄れ、毛皮が黄色いワンピースのように変わり、手足がすらりと長くなる。
そして顔も獣のものから鼻と口が引っ込み、毛が無くなる。
耳だけがそのままの形で頭の上に鎮座した。
四つんばいの姿勢から背筋を伸ばして立ち上がり、長くなった髪をかき上げる。
露わになったライカの整った顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
「……ライカ……ちゃん?」
「え? ……え?」
「……何が……いや、何者だ!?」
スイとレアはボケっとしたしたままライカを見つめていたが、フィズは正体不明の存在を前にすぐに剣に手を掛け、座っていたベッドから立ち上がって臨戦態勢を取った。
状況に呑まれずに一瞬で呆けかけた気持ちを切り替えて戦う姿勢を見せるとはいかにも軍人らしい。
「ふわー。本当に変身できるんですね……。にしても、凄い美人……私よりも小さいのに……ボソ(あ、でも胸は一緒……)」
「獣人の少女、ということは、クロと初めて出会った時の姿ということだな。ふーむ……猫アンナと一緒に可愛い服を着せてみたいな……そうすればきっと……フフフ。これは是非……」
幻獣だということは知っていたが、少女姿のライカを初めて見るアンナとメリエも獣人姿のライカに驚き、同時にその美しさに溜め息を吐いていた。
やはり同性から見ても獣人ライカの容姿は美しいようだ。
メリエはちょっと変な方向に思考が逸れている気がするけど……。
「私はここより遥か北、雪花の原に住まう老狐オサキの末子、ライカ。お前達人間から幻獣と呼ばれている一族の者だ」
そう言ってライカは、ひゅんとモフモフの狐の尾を振り、金を溶かしたような美しい瞳でフィズを見つめた。
妖しく光るライカの瞳に見据えられたフィズが、ギクリと肩を振るわせる。
「……何だと? うぐっ!? ま、さか!?」
一瞬疑いの視線を向けたフィズも、可愛らしい少女から発せられる膝をつきそうになるほどの圧力に一瞬で理解したようだ。
「知っているぞ。お前達人間種が我々をどう見ているのか……。
手を出してはならない厄災。怒りを買ってはならない暴君。神という不可思議なモノが変じ、受肉した姿などと言われたこともあったな。
そうしてお前達が畏れる幻獣、その私が教えてやろう。クロの力をな」
そう言うとライカはにんまりと笑い、フィズに指をピッと向ける。
細くて白い、少女らしいその指をフィズの額にゆっくり近付けていく。
フィズは冷や汗をかきながらも、じっと指先を見つめて動かない。
ライカが放つ威圧感で動けないようだ。
他の面々は特に何も感じていないようなので、フィズにだけ威圧感を向けているのだろう。
そのままフィズの額にライカの指先がチョンと触れた。
「あっ!? うわっああぁぁぁ!?」
「え!? フィズさんっ?!」
触れた途端、フィズはデコピンをされたかのように額を押さえて後ろのベッドへ倒れ込んだ。
そのフィズの様子にライカに見惚れていたスイとレアも慌てる。
「ちょちょちょっ!? な、何したのさ!?」
「相手の認識を操作する幻術の応用だ。私の認識をこやつの頭に直接流し込んだのだ。この方が確実で早いからな。
こうして変じる様を見せ、力の片鱗を肌で感じさせても自身の持つ認識や常識の殻から大きく外れた物事を、人間は簡単には理解しない。ましてや言葉を
例えば私が食べていた串焼き肉。この肉を食べた事が無い者に、どんなに香りや味を説明したとしても、真の意味で肉の美味さを理解できる事などないだろう?
それと同じだ。いくら言葉を尽くして私やクロの強大さを語っても、真の意味で理解出来ることなど有り得ない。だから私が持っている私の存在やクロという存在の認識を送り込んで、直接理解させたのだ」
百聞は一見にしかず、ということだろうか?
そんなことまでできるとは、改めて幻術の応用力の高さに驚嘆してしまった。
「えっと、ど、どんなことを教えたの……? 何だか苦しんでいるように見えたけど……」
「なに。いきなり他者の記憶や認識が頭に流れ込むという初めてのことに驚いているだけだ。苦痛や害は無い。
送り込んだのは幻獣種が持っているあるがままの力と、その幻獣種を正面から叩きのめしたクロという存在の恐ろしさだ。具体的には私とクロが戦った時の記憶の一部と私が持つ認識の一部だな。
オサキなら片手間で、相手の自我が崩壊する程の情報を頭に焼き付ける事もできるが、私では記憶や認識の一部を送り込むくらいが精一杯だ。今回くらいのものなら他の人間にも何度かやった。それでおかしくなった者もいない」
うわぁ。
大丈夫なのかなソレ。
変な後遺症とかが出たらどうしよう……。
下手したらトラウマになってしまうなんてこともありそうだが……。
ま、まぁライカは他の人間に同じことをしても平気だったと言っているし、ここは信じてみよう。
「た、助かったといえば助かったけど……でもいいの? ライカの正体や術の事をばらしちゃって」
「構わん。私は実力を示すのも正体を明かすのも
何度思ったかわからないが、幻術便利だなぁ。
幻術は他の物理的な攻撃をする魔法と違い、対策が難しいので教えてもデメリットが少ないということのようだ。
古竜の持つ耐性は想定外のようだが……。
ライカの言葉にやや呆れているとフィズがベッドから体を起こした。
さっきまでの警戒感は無くなったが、代わりに驚愕が見て取れる。
「フィズさん、大丈夫?」
「っぐ……な、何という……まさか、本当に? 一息で国を灰にしたという伝説の古竜種……!? 創生神が世界の調律のために力を分け与えて遣わしたという……!! お嬢様を治療したのもその御力……」
「あっ。そうか、僕の正体も教えちゃったんだ」
「ぬ? いけなかったのか? こやつ以外は皆クロのことを知っているんだろう?」
そう言えばライカには口止めもしていないし、なるべく隠そうとしていたことも言った記憶が無い。
アンナやメリエだけではなく、スイ達も自分の正体についてを知っていたから隠す必要は無いと思われてしまったのかもしれない。
というか一息で国を灰にしたって……神云々は人間が勝手に作った作り話だろうけど、国や町を滅ぼすことはやろうと思えばできてしまうので、有り得ないと言えない所が恐ろしい……。
過去の古竜は本当にそんなことをしたのだろうか。
時間のある時に【竜憶】で検索してみようか……でも本当だったら嫌だなぁ。
「あ、いや、まぁフィズさんにはどうせこの後言うつもりだったからいいんだけど、できるだけ隠してたんだよ。色々と面倒な事になりそうだし、僕はライカみたいに都合よく誤魔化したりもできないからさ。今度からはなるべく無関係な人間には教えないで」
「そうだったのか。それは済まなかったな。次があるかは知らんが気を付けよう。それにしても、やはり人間が驚いている様を見るのは面白いな」
「い、いたずらも程々にね……」
そう言うとライカはまた串焼き肉をかじり始めた。
今までは狐の姿で食べづらそうだったが、少女の姿になったことで食べるペースも上がっていた。
同じようなことがあるかはわからないが、一応口止めはしておいた方がいいだろう。
いざとなったらまた食べ物を渡して、幻術で誤魔化してもらう事も考えるか。
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