アンナの武器
「さて。どんな武器を選んでくれるだろうな。丁寧にアンナの動きや体を見てくれていたから、見る目はしっかりとありそうだ」
「うー……またちょっと緊張してきました」
「別にそれがいいだろうって言われたとしても、気に入らなかったら変えてもいいんだから、気にしすぎる必要はないよ」
「はい、ちょっと深呼吸しておきます」
「(くあ~~ぁ……。腹も一杯だし、眠くなってきたな。アンナー、帰りはまた抱っこで頼むぞー)」
メリエはアンナの横に並んで立ち、アンナと言葉を交わしながらダランドさんを待っている。
そして自分達に興味があるからと付いて来ているはずなのに、かなりどうでも良さそうなライカ。
何のために一緒にいるのやら……。
町の武器屋なんか見飽きているということだろうか。
いや、自分に関係ない買い物に付き合うというのは退屈なものだし、仕方が無いのかもしれない。
少しだけ待つと、ダランドさんが布に包まれた四つの武器を持ってきてカウンターに並べていく。
大小はあるが全部で四種類選んでくれたようだ。
「お待たせしました。では順番に説明していきます」
「お、お願いします」
「まずアンナさんの体格から考慮すると長物……槍や大剣などは向かないでしょう。見た目以上に力はあるようですが、身長が低めで体重も軽いため、武器に振り回されることになり危険です。同じ理由で戦斧や鈍器も向きません。それらは日常での狩猟などにも不向きなので今回は好都合かもしれませんが。
もしどうしてもそれらを使いたいと思うのでしたら、体が成長し切るのを待つか、筋力を十分鍛えてから体に合った物を作成してもらうことをお勧めします」
「は、はい。わかりました」
「これを踏まえた上でいくつか見繕いましたので、御一考下さい。まずはこちら」
そう言って右側の布に包まれていたものを持ち上げ、布を外した。
中はショートソードに近い形の剣が入っていた。
メリエの選んだ剣よりもやや短いが、剣身の幅は広い。
刺突よりも斬撃を重視したもののようだ。
注意して見なければ気付かない程ほんの少しだが、剣身が赤っぽいというか、橙がかって見える気がする。
「誰もが使用する一般的な直剣ですね。誰もが使用するということは、誰に対しても適正や使い勝手が良いということでもあります。色々な人間に合わせて様々なタイプが作られているのもその理由の一つでしょう。
この剣は岩珊瑚とコド鉱から打ち出しました。やや大きく見えるかもしれませんが重量は軽めです。
アンナさんの体格と力量に合わせるとこれくらいの長さが丁度いいかと思われます。一番ポピュラーなものを選びましたが、あちらの方が選ばれたのと同じような刺突型のものもあります。そこは好みと動きのスタイルで選んでいいでしょう。
これは片手でも両手でも扱える物ですが、盾を使う場合は始めから片手専用の物にした方がいいでしょうね。両手でも使える物はその分重量が増えています。
もし盾を使うことを考えるのであれば、盾や防具を専門に扱っている店か職人を訪ねてみて下さい。私は防具系は専門外でして……。必要でしたら後ほど紹介しましょう。
次に……」
そして隣の布を取り外す。
全員の視線がダランドさんの手元に集まった。
次に出てきたのは少し小振りの弓だ。
使われている木材は緑色をしていて装飾は少なく、綺麗な曲線を描いている。
和弓とは素材も形も違うし大きさも小さいので西洋型の
木だけではなく、動物の腱のようなものを組み合わせてあるので複合弓かもしれない。
「こちらも多くの人が使用する弓ですね。アンナさんの筋力と身長、腕の長さでは、いくら補助魔法を使っても豪弓や強弓を扱うのは難しいでしょう。射程は短くなりますが、これくらいの弓でしたら問題なく使いこなせると思います。練習をしていたという話でしたので慣れるのも早いでしょう。
今回用意したのはアンナさんの高い魔力を活用できるように、魔力を込めると威力が上昇するものを選びました。妖精が
アンナさんは魔力も高いので、魔法と弓を併用して後方支援という組み合わせもいいかと思いますよ。
ただし、弓を使う場合は必ず短剣などの補助武器を用意して下さい。懐に入られたり矢が無くなったりなど、弓を使えない状況に陥った場合に攻撃手段が無くなってしまいます。
そして次が……」
隣に手を伸ばし三つ目の布を取り外す。
今度は全く同じ短剣が二本出てきた。
刃渡りはどちらも20cm前後くらいで、刃は斬ることに長けたクリップポイント型のナイフに近い形をしている。
色は普通の鋼より明るく、磨かれた銀に近いかもしれない。
「私が個人的に一番アンナさんに向いていると思ったのがこの二刀短剣です。ただし、それは攻撃に特化した場合を考えた時だけです。どういった立ち回りをするかによって変わりますので鵜呑みにはしないで下さい。
二刀短剣は欠点となることの多い体格の小ささを逆に生かし、相手の対応しにくい低い位置から速度と手数で攻撃するものですね。使いこなすのはそれなりの訓練と慣れが必要になりますが、小回りが利くので守りに強く、護身用としてもいいでしょう。
ただし至近距離に接近しなければならない武器であるため、状況をよく考え、攻め時に注意が必要です。他の武器でも言える事ではありますが、無闇に突進したりせず状況判断をしっかりとしなければいけません。先程の弓と併用するのもいいかもしれませんね。
今回は同じものを二本選んでみました。どちらもラニス鉱を基本にいくつかの素材を掛け合わせてあり、小振りでも大剣の攻撃を受け止められる程の強度があります。
同じものを二本ではなく、片方をパリイイングダガーにしたり、カットラスのような少し長めのものにしてもいいかもしれません。
そして最後が……」
ダランドさんが一番左、四つ目の布を取り外す。
出てきたのは三つ目と同じような二本の短剣だった。
ヒルトと呼ばれる指を守る部位、刀で言う所の
少し長めの
柄と鞘には複雑な紋様が刻まれている。
「これも短剣……ですか?」
「はい。しかし先程のものとは少し用途が違います。これは投擲用の短剣です。
投擲武器ではもっと小さいダーツやスローイングナイフが一般的ですが、これは少し特殊な投擲武器になります。平たい話が魔法武器ですね。
普通、投擲武器は投げてしまうと武器を失い、丸腰になってしまうというその性質から主力武器ではなく、数を用意して補助的な武器として用いられます。投げたら手元に残りませんからね。
しかしこの短剣は鞘と剣身を
ダランドさんは片方の短剣を手に持つと、鞘から抜いて壁に軽く投げつけた。
短剣は真っ直ぐに飛び、タンッという軽い音と共に木の壁に突き刺さる。
投げる姿もさまになっていてカッコイイ。
「ただの投擲用の短剣ですと、これでおしまいです。当たればいいですが、避けられれば丸腰になるだけではなく、下手をすると武器を奪われてしまうかもしれません。しかしこの短剣なら鞘に魔力を通しますと……」
ダランドさんは手に持っていた鞘を短剣の方に向ける。
すると刺さっていた短剣がシュッと飛んできて、狂い無く鞘に納まった。
「おお」
「ふわー……」
自分ではわからなかったが鞘に魔力を流したのだろう。
ダランドさんもある程度魔力が扱えるということのようだ。
「慣れないと戻ってくる時が少し恐いかもしれませんが、確実に戻ってくるのでご安心を。勿論、そのまま短剣として使用することも可能です。
ただし短剣と鞘の間に障害物があると突き刺さってしまうのでご注意を。仲間に当たる場合もありますので周囲の状況はよく確認して下さい。お勧めの使用方法は、投げる際に予め鞘を準備しておき、当たるか避けられるかを確認したと同時に戻してしまうことですね。
そして投擲武器全般に言える注意点ですが、投擲武器は遠距離攻撃用と思われがちですけど、どちらかというと近接攻撃に近いものです。魔法などで強化されていない場合、弓などに比べると有効射程距離はずっと短く、少しでも離れてしまうとかなり熟達した者でなければ有効な攻撃を加えることは難しくなります。なので弓などと一緒とは考えないで下さい。
先程の二刀短剣でも言えることですが、毒などの仕込みをするのも短剣は向いています。鞘には毒溜めと呼ばれる毒を仕込んでおく部分があり、鞘に入れておけばいちいち毒を塗る必要はありません。眠り毒や麻痺毒は薬屋で扱っています。ただし致死性の毒は法に触れる場合があるので購入の際は気を付けて下さい」
自分もアンナも魔法の短剣の様子を見てポカンと口を開けてしまった。
まるで強力な磁力で引き寄せられたかのような動きだった。
こうした変則的な攻撃方法もあるのか。
星術でも何かに使えそうだし、心の中にメモをしておこう。
ダランドさんの言う通り、投擲武器の射程はかなり短くなるだろう。
一般人が全力で野球ボールや投げ槍を投げても、飛ぶのは良くてせいぜい50mくらいだ。
しかもこれは遠くに飛ばすことだけを考え、山なりの軌道になるように投げた場合だ。
相手にぶつけるように投げるということは直線的に飛ぶように投げることになるので、肩が強い人でも目標に的確に当てて損傷を負わせられる距離はその半分にも満たないだろう。
更に戦闘中にそれを行なうとなれば、狙いもつけにくいし、しっかりとした構えも取れるかどうかわからないのでもっと短くなる。
的確に狙えて、相手に刺さるだけの威力を保てる距離は数mも無いかもしれない。
これでは遠距離からの攻撃としての信頼性は殆ど無いと言っていい。
そう考えると相手が体勢を立て直そうと距離を取ろうとした所に追撃を加えるなどの使い方が基本となるのかもしれない。
やはり近距離攻撃という扱いが妥当だろう。
それに比べると弓は物にも因るが有効射程距離は50mくらいはあるはずだ。
仲間の後ろから援護を行なうのであれば弓がいい。
「私の私見ですが、アンナさんの現状から適していると思った武器を選ばせてもらいました。後はアンナさんの気持ち次第ですが、選ぶ際のアドバイスを送りましょう」
「あ、はい」
「選ぶ際は直感、閃きといったものや、〝何となく〟という自身の感覚も重要です。悩み考え、合理的に選ぶのもいいですが、そうしたものに任せて選んでみると案外長く使い続けられる物に出会うことが多いですよ。これは他の道具なども一緒です。
それから、どれか一つにしなければならないと考える必要はありません。複数の武器に精通した使い手や、いくつかの武器を状況に応じて使い分けている人間はかなりいます。騎士団でも剣だけではなく槍や弓、他にも魔法や個人に合わせた武器の訓練もしていますからね。
武器は状況によって良し悪しがありますから、色々と使ってみるといいでしょう。一つだけに特化していると応用の利かない人間になってしまうなんてこともあります。しかしあえて一つの武器に拘り、弱点を克服し、それを極めようとしている人間もいます。
武器に関しては王道というものはありません。自分の思ったように進んでいいのです。選ぶ際の参考にしてみて下さい」
「わかりました」
「確かに私も剣だけではなく、短剣や弓、それに組み手の訓練もしたな……」
武器が使えない状況というのもあるはずだし、そうしたことを見越して準備するのは大切だ。
選ぶだけではなく、そうした心構えや今後についてもしっかり考えて教えてくれる、いい職人さんだ。
「じゃあせっかくいいアドバイスをもらったんだし、使い分けるために違う物もいくつか買っていいかもね」
「ちょっと持ってみてもいいですか?」
「はい、どうぞ」
アンナはカウンターに並べられた武器を順番に手に取って、構えたり振ったりと試していく。
残念ながら魔法の短剣だけはまだ魔力を使う訓練をしていないので、今回は試すことができなかった。
一通り終えるとダランドさんに向き直る。決めたようだ。
「私は弓と、魔法の短剣にしたいと思います。元々自分の身を守ることを前提に訓練をしていましたし、狩りや生活の中でも使えそうなのでこれがいいです。
あ、それと前に買った短剣があるので魔法の短剣の方は一本だけでいいです。それで二刀の使い方も練習してみます」
「そうですか。わかりました」
ダランドさんはにっこりと笑いながら頷いた。
自分の身くらいは自分で守れるようにとメリエに教えを請うていたから、そういう意味では遠距離支援型の武器はアンナに適していると言えるだろう。
できることならアンナが武器を使う場面なんてあって欲しくは無いのだが、この世界ではそんなことは言っていられない。
町を一歩出れば、そこには野生が広がっているのだ。
武器と言うと地球で生きてきた頃の価値観も相まって、どうしても人間相手に使うイメージが前に来てしまうが、この世界では魔物から身を守ったり狩りをしたりといった使い方の方が一般的だ。
まぁ野盗やゴロツキ相手に使うこともあるので対人も無いわけではないのだが……。
生活を助ける道具という意味では包丁に近い位置づけだし、そこまで忌避的に考える必要はないだろう。
武器を選び終えたら、残るやっておかなければならない事はアンナ用の防具や選んだ武器に合わせたアーティファクトの作成か。
防具類はここでは扱っていないという話しだし、別の店を探す必要があるだろう。
矢や矢筒、ホルスターのような物なども買っておかねばならない。
矢ならここでも扱っていそうだし、買っておく事にしよう。
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