武器の本質

 アンナが選ばなかった武器を片付け終わると、購入予定の武器をカウンターに並べてダランドさんが言った。


「ご用向きはこれで全てでしょうかね」


 買い物に関してはダランドさんの言う通り一通り終わった……あ、矢も買っておかないといけないのか。

 それもあるが、その前に。


「あ、買い物ではないんですけど、ちょっと聞いていいですか?」


「え? ええ、どうぞ」


「カウンターの後ろの壁に掛かっている名札付きの剣はどういうものなんですか?」


 ライカの指摘もあり、やはり気になったので聞いてみた。

 ダランドさんは振り返り、自分が指し示した物を確認すると快く答えてくれた。


「ああ。あの剣は私の曽祖父、この工房をはじめた初代が打った双剣です」


「双剣? 一本しかないですけど……」


「ええ。片方だけを売ってしまったので、今はこの一振りだけが残っています。二本一組のこうした武器を片方だけ売るということは普通しないのですが、この剣には少し事情がありまして……」


 事情……ライカの言った気配と関係しているのだろうか。

 そんなことを考えているとアンナが問いかける。


「どうして片方だけ売ってしまったんですか? 名前みたいな札があるから大切なものかと思ったんですけど」


「そうですね。確かに曽祖父が遺したものなので、大切ではあります。

 しかしこれは曽祖父から代々続く教えなんですが、武器は使ってこそ武器なんです。

 鍛冶師の中には実用ではなく、装飾や優美さを追及して武器を作っている者もいます。それも一つの在り方だとは思いますが、この工房を継いでいる人間は誰かに使ってもらうために武器を作っている。

 例えそれが初代の遺作であったとしても例外ではありません。作った以上は誰かに使ってもらいたい。その想いからこうして店頭に並べて販売しています。まぁでも、売れ残っているわけですが」


 最後だけはちょっと苦笑気味だ。

 まぁ使わなければどんなに優秀な武器でもただの置物だし。

 日本で生活していた時は自分も実用性のない美術品などに興味が無かったし、使ってこそというのはわかる気もする。

 でも見た感じは立派な剣だ。

 装飾に拘っているというわけでもないし、ハリボテの剣ということもなさそうだが……。


「どうして片方だけ売れて、こっちは売れないんです? 見たところ他の物に劣っているようには見えませんけど……」


「ええ。つくりだけなら、この店のどの品よりもいい物です。曽祖父がある想いから、持てる技術を注ぎ込んで打ったものだと聞いています。私ではまだまだこの域には及びません。……売れ残っているのはこの剣の特性のためです」


 隣で黙って聞いていたメリエが神妙な表情で予想を口にした。


「……その〝罪〟と書かれた札と関係があるのか?」


「はい。この双剣は木札に書かれている通り〝罪〟という銘です。そして剣それぞれにも銘があり、売れてしまった方が〝負うもの〟、そしてここで売れ残っているあの一振りが〝償うもの〟といいます」


「変わった銘だな」


「そうかもしれませんね。……ところで、皆さんは武器というものはどういうものだと考えていますか?」


 ちょっと考え込んだ後、ダランドさんがこちらに質問してきた。

 何というか、哲学的? な質問である。


「随分漠然とした質問だな」


「皆さんが今思っていることで結構ですよ」


「そうだな……やはり戦うための力……か?」


「私は身を守ったり生活したりするための道具でしょうか。さっきダランドさんも少し話してくれましたし」


「僕は……生き残るための手段の一つ……かなぁ」


 それぞれが顎に手をやったり、首を傾げたりしながら思い思いの答えを口にする。

 一口に武器と言っても、みんな少しずつ考えていることが違うようだ。

 ダランドさんは笑顔で一つ頷き、続きを話し始める。


「どれも正解でしょう。人によって武器の使い方や捉え方は違うものです。ですが、誰がどういう想いで武器を使ったとしても変えられない、変わることの無い本質というものがあります」


「本質?」


 ここでダランドさんは今までのにこやかで温和な雰囲気を改め、真剣な眼差しになる。


「そうです。武器の本質、即ち根本的な存在意義とは、相手の命を奪うものであるということです」


 ダランドさんの言葉に自分達三人は口を開くことはなく、静かに続きを待った。


「戦うために使うということは相手を倒すということ。狩りをするのも目標を殺し狩猟するということ。生き残るために使う場合も身を守るために使う場合も同様に、敵対者を傷付け退けるために使われる。

 牙も爪も持たない我々人間が生き残るためには武器が必要だということに異論を唱える者はいないでしょう。しかしそれと同時に命を簡単に奪えるという驕りも生み出してしまった。

 この〝罪〟という双剣の銘は、相対した者を傷付け、命を奪うという武器の本質から、曽祖父が名付けたそうです。

 どんな理由であれ、武器を振るい命を奪うという〝罪〟……武器を作る者も、それを扱う者も背負わなければならないごう。それを銘に込めたということでしょう。

 そしてこの双剣にはそれぞれの銘にちなんだ特殊な効果が付与されています。この売れ残った〝償うもの〟はその効果のために売れ残ってしまっている」


「どんな効果なんです?」


「……この剣は武器として致命的な欠陥があるんです。〝償うもの〟に付与された効果とは、〝相手の命を奪えない〟というもの。どんなに深く切り裂いても、突き刺しても、相手を殺すことはできません。それどころか体に傷をつけることもできないんです。そうした呪いが込められているのだとか」


「呪い……ですか」


「ええ。そうだと聞いていますが、それがどんなものなのかは私も知りません。しかし、その効果は確かです。

 人間も魔物も動物も例外はなく、この剣では傷付けることができません。ただ、斬りつけることで相手を気絶させることはできますし、生き物以外であれば普通に切れ味の良い剣として使えます。

 しかし、こうした店に武器を求めて来る人間は相手を倒し、戦い抜ける力を求めて来ますから、高いお金でただの木剣や鉄の棒と変わらないあの剣を買おうという人は今までにいませんでした。それに呪いが掛かっているという縁起が悪い剣を買うより、木剣の方がマシですしね。

 両方共にずっと売れずに残るよりはと、片方だけ欲しいと申し出た客に先代が売却したのです」


「じゃあ売れてしまった方にはどんな効果があるんですか?」


「売れたのは私の父の代の時で、私はどんな剣だったのかよく知らないのですが、対になる〝負うもの〟には、この〝償うもの〟とは正反対の効果が付与されてたそうです。その刃で僅かでも傷を与えたものの命を奪うことができるのだとか。ただしその恐るべき効果の代償に、使う者にも何か災いがあるという話ですが、詳しくは知りません」


「こ、恐い剣ですね……」


 剣の効果を聞いたアンナが縮こまった。

 確かに恐ろしい効果だ。

 迂闊に触って自分で指を切ったりしたらどうなるのだろう……。

 手入れをしていたら指を切って死にましたとかでは嫌過ぎる……。

 先程の魔法武器のように効果を出したり消したりできるのだろうか。

 それに使うごとに自分にも代償が降りかかるとか、正に呪われた武器と言えるだろう。


「はは。確かにそう感じるかもしれませんが、武器とはそういうものですよ。アンナさんが選んだものもそうです。それが武器という道具の本質であり、存在意義です。

 扱う人間の心一つで数多の命を奪う凶器にもなり、誰かを護る為の力にもなる。しかしどんな理由で振るっても相手の命を奪う道具であるという本質は変わらない。

 曽祖父がその本質と、剣を握る者のようを形として遺したもの、それがこの〝罪〟という二振りの剣なのだと考えています。

 恐らく曽祖父は、武器を振るう者にそれを感じ、意識してもらいたかったのではないでしょうか……いや、もしかしたら曽祖父自身が、命を奪う武器を作り続けた自戒や償いとして打ったのかもしれません。

 生きる以上、我々は何かの命を奪うことは必須。そして脅威から身を守るためにも武器が必要になる。しかし武器を振るう内に命を奪うことに慣れてはならない。無駄に命を奪ってはならない。

 そうした想いを込めたのだと、私は考えています」


 ……まさかこんな危険に満ち、命が軽い世界に、人間だけではなく魔物や動物に対しても命の尊さを重んじるという考えを持つ人間がいるとは思わなかった。

 しかもそれが武器を作る鍛冶師とは。


 武器や格闘技は突き詰めれば相手を殺すためのもの。

 比較的安全で治安の良いとされる現代日本などでは、スポーツや心身の鍛錬、美術品としての価値が高まっているが、銃器などの無かった遥か昔の時代に戦争で使用され、生み出されたものが殆どのはずだ。


 そんな武器を作りながらも、命を奪う罪の意識や人間以外の命もたっとぶ生命観を持ち、それを形に遺した人。

 自分が何を握っているのか、それを理解していない人間が使えば大惨事は免れない。


 武器の本質を体現した命を奪う剣と同時に、誰も傷つけることができないという剣も創ったダランドさんの曽祖父は、それを忘れてはならないという想いからこれを遺したのかもしれない。

 そんな考えと同時に、力に溺れてはならないと教えてくれた時の母上の真剣な瞳を思い出した。

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