適性調査

 緊張気味のアンナにダランドさんが苦笑を浮かべ、リラックスできるようにと柔らかい口調で話す。


「そんなに緊張する必要はありません。まず確認したいのですが、購入する武器の用途を聞いても宜しいですか?」


「え!? えっとー……用途?」


「彼女はハンター志望でな。魔物や野盗と戦ったり、身を守ったりするための武器を探している。できれば戦いだけではなく、狩りなど日常でも使用できるものだと嬉しい」


 聞かれたことにはアンナではなくメリエが答えた。

 対人を主にするか対魔物を主にするかで選び方が変わるということなのだろうか。

 それとも攻め主体か守り主体かで違うとかかな?

 この辺は自分ではよくわからないので何も助言できない。


「ほう。ハンターですか。成程……では近くに来て頂けますか?」


「は、はい!」


 ダランドさんはアンナを呼び寄せながら、カウンターからこちらに出てきた。

 アンナはカウンター前のちょっと広くなった場所に立ち、ダランドさんと向かい合う。

 ダランドさんはアンナの正面に回ると、屈んで繁々とアンナを眺める。

 アンナはそんな視線を受けて緊張し、さっきよりも肩が強張っていた。


「……失礼、お名前を窺っても?」


「あ、はい。アンナです」


「わかりました。ではアンナさん、武器を扱った経験はありますか?」


「少しですけど、ナイフと弓を練習したことがあります」


「ふむ……」


 それだけ聞くとまたアンナを眺め続けた。

 足の先から頭の天辺まで行くと、今度は横から、そして後ろから。

 アンナはじっと動かずに立ち尽くす。

 ダランドさんは隅から隅まで見終わったところで顔を上げ口を開いた。


「少しお待ちを。必要なものを取ってきますので。リリーヴェ、ちょっと手伝ってくれるかい?」


「はいはい」


 奥さんを呼ぶと二人して工房の方に引っ込んでいく。

 アンナは緊張が解けたようで、ふぅと溜め息を吐いて肩の力を抜いている。


 手持ち無沙汰のメリエはまだお金を払っていないので剣をカウンターに戻し、また展示されている武器を見ながら店内をゆっくりと歩いていた。


「(ん? ライカどうしたの?)」


 入り口から店内を見回していたライカが、トテトテと自分の横にまで歩いてきた。

 歩く度に揺れるフワフワの尻尾についつい目が行ってしまう。

 ハタキに良さそうな尻尾である。

 ライカは自分の呼びかけには答えず、三角の狐耳と可愛らしい鼻をピクピク動かしながらその視線をカウンターの奥の壁に向けていた。


「(……この建物に満ちる変わった気配……その原因はアレだな)」


「(変わった気配?)」


「(何だ。何も感じていなかったのか。気配に集中してみろ……周囲の空気に人外の意志のようなものを感じないか?)」


「(……うーん……いや。特に何も……)」


 ライカに言われて意識してみたのだが、特に変わった感じは無い。

 周囲の空気は相変わらず金属と植物の入り混じった匂いがしているだけだ。


「(……やはり古竜といえど劣った能力はあるということなのか、それともまだ未熟だからなのか……。奥の壁、天井近くに掛けられているあの剣から気配を感じるな。……珍しい……これは、呪いの匂いだ)」


 カウンターの後ろ、天井近くの壁にかけられている目立った装飾の無いシンプルな剣を見ながらライカが言う。

 剣は一見すると普通の鋼のようだったが、よく見ると黒ずんだ色合いをしているのでただの鋼ではなさそうだ。

 自分が適当に選んだショートソードよりも短く見える。


 店の中にある武器には値札や名札などはついていないのだが、その剣の横にだけは木でできたプレートのようなものがついており、文字が刻まれていた。

 数字ではないので値札ではなさそうだ。


「メリエ、メリエ、あの名札みたいなのには何が書いてあるの?」


 メリエを手招きしてライカの見ている剣を指差した。


「ん? ……あれか。〝罪〟と書かれているな」


「罪? それだけ?」


「ああ、それだけだな」


 あの剣の銘だろうか。

 そうだとしたら変な名前だ。

 それに他の剣には名札のようなものは無いのにどうしてあの剣にだけあるのだろう。


 そしてライカの言う気配……アーティファクトや魔法の剣といったものなのかもしれないが、そんな高価そうな物を無防備に飾っておくのも変な気がする。

 アルデルの魔法商店では一番ランクの低いアーティファクトでも防犯のケースに入れて厳重に管理していた。

 高価なものではないということか?


「(……気配からしてそこまで強烈な呪いではなさそうだな。以前出くわした死に損ないリッチ共が使うものには到底及ばない。だが、人間が呪いを使うとは珍しいこともあったものだ)」


 そう言うとライカはまた入り口に戻り、陽が差し込むドアの隙間の前で寝そべって欠伸あくびをした。

 気配の原因がわかったので興味を無くしたようだ。

 寝転がるライカからまた壁の剣に視線を戻したところで、ガチャガチャという音と共に奥からダランドさんと奥さんが戻ってきた。

 手には木箱を抱えている。


「お待たせしました。では続きを」


「あ、はい。お願いします」


 剣のことは気になるが、まずは先にアンナの方だ。

 ダランドさんが持ってきた木箱には剣、鈍器、ナイフ、弓、槍、斧、ブーメランなどなど、様々な武器が乱雑に入れられている。

 売り物ではないようで、一部は汚れていたりボロボロだったりというものもある。

 きっと今回のようにどんな武器が向いているかを調べる時に使うものなのだろう。


「まず両腕を横に、水平にあげてもらえますか? なるべく地面と平行になるように」


「はい」


 言われてアンナが腕を持ち上げる。

 ダランドさんは腕の長さを見たり、筋肉の付き具合を触って確かめたりしていく。

 アルデルの時の様に手の大きさも見ているようだ。


「そのまま腕を上に」


「はい」


 今度は背伸びをするように腕を耳につける。

 何だか体操をしているようだった。

 アンナが動く様子をメリエも興味深そうに眺めている。


「ちょっと背中を触りますよ」


「は、はい」


 ダランドさんは背後に回り、両腕を天井に向けたままになっているアンナの背中を触っていく。

 背筋とかを調べているのだろうか?


「ふむ。ありがとうございます。では次に武器を持ってもらいます」


 そう言うと木箱から適当に武器を取り出し、順番にアンナに渡していく。

 アンナは渡された武器を持って構えてみたり、振ってみたりするように言われ、言われた通りに動く。

 振り方などは訓練場でメリエと少し練習していたので多少は覚えているようだ。


 しかしまだ慣れていないし、見られている緊張も相まってギクシャクとした感じは拭えない。

 重そうな武器もあったが頑張って持ち上げていた。

 そんなこんなで色々な物を一通り試し、アンナが汗をかき始めた頃に終了する。


「お疲れ様です。これで終わりですよ」


「は……はい。ありがとうございました……」


 やや息切れしたアンナに、奥さんが汗を拭う布を手渡す。

 前もって準備していてくれたようだ。


「最後に一つ。アンナさんは魔力量の測定はしましたか?」


「え、はい。魔力総量6だと言われました」


「ほう。かなり高いですね。わかりました。では合いそうなものをいくつか見繕ってこようと思いますが、品質はどうしますか?」


「あ、えと。どうしましょうクロさん」


 お金を払うのは自分なので独断では決められないと思ったのか、アンナが心配そうな目で聞いてきた。

 別にそんなこと気にせず好きな物を買って貰って全く問題ないのだが……。

 仮に財布がカラッポになったとしてもまたアーティファクトを作って売るだけだ。


 しかしいくら自分がいいと思っても、アンナ側からすればそうはいかないだろう。

 例えいくら使ってもいいと言われていたとしても、他人のお金となれば気にしてしまうのは当然だ。

 自分がアンナでも同じように感じる。

 逆にそれを心配しないで好き勝手に買い物をするようになってしまったら教え諭す必要がある。

 そう言う意味ではアンナのこの反応は正しい。


「うーん。長く使い込めるように高品質でお願いします。値段とかは特に決めていません」


 最初は練習用で安い物でいいかとも思いもするが、メリエのように買い換える手間を考えると長く使える物の方がいいだろう。

 安物を買ってしまうと早くに買い替え時期がくる。

 こうして都市にいればいつでも買い換えられるが、旅の最中でダメになったら面倒だ。

 別に買ってみて合わなければ他の武器に買い換えてもいいし、何なら後で練習用の予備を買ってもいい。


「畏まりました。ではまた暫くお待ちを」


 そう言ってダランドさんがまた奥へと引っ込んだ。

 奥さんも使った武器を木箱にしまって奥に運んでいく。

 アンナは汗を拭った布をお礼を言って返却し、疲れた顔でダランドさんを待った。

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