買い替え
そして待つこと数分程。
鳴り響いていた作業音が止まり、ガタゴトという音と共に奥から男性が現れた。
ワイルドで少し濃い目な髭の良く似合う、30代前半くらいの細マッチョなイケメンである。
店の女性と同じで普通の人間のようだ。鍛えられた筋肉が男らしさを醸し出している。
首にかけた布で顔についた汗を拭いながらこちらに歩いてきた。
「いや。お待たせして申し訳ない」
「いえ、大丈夫です。商人ギルドの紹介で来ました。
「ええ、そうです。わざわざこんな場所までありがとうございます。ご用向きは何でしょうか?」
「私と彼は剣を探しています。そして彼女には自身に合う武器を見繕ってもらいたいんです」
「成程……わかりました」
代表でメリエが受け答えをし、こちらの要望を伝える。
ダランドさんは汗を拭った布を椅子の背もたれにかけ、店の隅に置かれていたバケツで手を洗った。
「では先に剣の方をご用意しましょう。どういった剣をお探しですか?」
「私は今使っている剣が大分劣化してきたので、新しいものに取り替えたい」
「わかりました。一度今まで使用していた剣を拝見しても宜しいですか?」
「ああ、これだ」
メリエは腰に佩いていた剣を鞘ごとダランドさんに手渡す。
ダランドさんは剣を鞘から抜いて状態を確かめるように細かい部分まで調べはじめた。
メリエの剣は両刃で細身の刺突に向いた剣だ。
一応両手でも持てるようだが、メリエは片手で使っていることが多い。
バスタードソードを一回り細く小さくしたような感じだ。
買い換えるのであれば元の剣については気にする必要は無さそうに思うのだが、何か意味があるのだろうか。
「……。これはかなりの負荷が掛かっているようだ。僅かだが剣身に歪みが出ている……。想定された以上の力で振るったということか……いや、金属自体もかなり疲労が溜まっているな……このまま使い続ければ折れるのも時間の問題だったでしょうな。
この剣は使い始めてどれくらいの時間が経ちますか?」
「そうだな。一年と少しくらいだろうか」
「一年余りでここまで劣化するとは……そこまで質の悪い感じは無いし、手入れが不十分という感じでもないので、相当酷使されたか元から持ち主の技量に合っていなかったか……でしょうかね。ふむ……」
たぶん劣化が早まったのは自分のせいだろう。
メリエには身体強化のアーティファクトを渡してあるし、それに加えて電撃のアーティファクトも使っている。
元々のメリエの筋力以上の力で使い、更には電気を通したりもしていたので剣の耐久を削っていたのだ。
武器を買うなら自分の力の限界を考えて選ぶだろうし、剣もそれに合わせて作られているはず。想定を超えた力で振るい続ければ剣の寿命を縮めることになる。
メリエはマメな性格なので武器の手入れはしっかりしている。
武器を使った時は勿論の事、使っていない時もちゃんと
手入れを怠ったために劣化が進んだということは無いはずだ。
「……お探しの剣はこれと同じ型の物が宜しいですか?」
「そうだな。使い慣れているので同じ型で探したい」
「ふむ。私見ですが、これと同じ一般的なものを選びますと今使っている物と同じで、恐らく早くに剣の寿命が来るでしょう。細身の剣身に向かない力で使用していたように見受けられます。同じタイプで探すならやや値は張りますが粘り強く硬質の金属や素材を使用した剣にするしかないでしょうね。普通の鋼で作られた量産品ではすぐに折れてしまう。そうでなければもう少し刃が幅広で構造自体に強度がある物を選んだ方が長く使い続けられると思いますが……」
細く鋭い剣身は非力でも振りやすく、弱点を狙う技量により相手に十分な傷を負わせるためのものだ。
アーティファクトで強化されたメリエだと少々役不足ということらしい。
「そうか……」
メリエがそれを聞いて考え込んだ。
何を考えているか何となく察したので、割り込んでダランドさんに言った。
「じゃあお金が掛かってもいいので同じタイプで高品質の剣を見せてもらえませんか?」
「え!?」
「畏まりました。では暫しお待ちを」
ダランドさんはメリエの使っていた剣を一度鞘に戻してカウンターに置くと、店の奥へと入っていった。
「お金は気にしなくていいよ。まとめて僕が払うから」
「いや、しかし……」
「今後も使っていくんだし、馴染んだものに近い方がいいでしょ。命を預けることになるんだから妥協するのはまずいんじゃない?」
考え込んだのは自分の財布事情のことだろう。
メリエも一応ある程度の蓄えはあるはずだが、高品質の武器となればかなりの値だというのはアルデルで体験している。
アンナが買った小振りのナイフでも金貨30枚もしたのだ。
それよりも数倍は高くなる可能性が大きい。悩むのは当然だ。
今回はメリエのものも含めて自分が払うつもりでいた。
「たぶん今後も色々頼ることになると思うし、迷惑もかけると思うからさ。お金に関することくらいは僕に任せてよ」
「……わかった。じゃあ言葉に甘えよう」
やや渋々といった感じではあったが、納得してくれた。
納得してくれなくても無理矢理払うつもりだったが。
どうせお金なんかカバンの中で腐っているし、今のところ使い道も無い。
こういう時に使わないでいつ使うのか。
そんなやり取りをしていると、ダランドさんが店の奥から二本の剣を持ってきた。
それをアルデルでナイフを買った時のようにカウンターに置くと、シャリンという鈴の音が響くような美しい音と共に鞘から引き抜いて鞘と共に並べる。
どちらも一目見ただけで安物ではないとわかる剣だった。
「今まで使っていた剣に近い剣はこの二本ですね。どちらも元の剣よりやや重量がありますが、先程見せてもらった剣の状態を見ると少し重い物の方がバランスが取れるはずです」
「うわぁ……綺麗……」
カウンターに置かれた剣はメリエが持っていた剣と長さや刃の幅はほぼ同じだが、鋼ではなく別の金属でできたものだ。
アンナはカウンターに置かれた剣の輝きに見入っている。
「右側が〝船喰い〟と呼ばれる海魔の骨と
左側が
右の剣はアンナの買ったナイフと同じで薄い水色の剣身をした美しい剣だった。
澄んだ泉の水を剣の形にしたかのような澄み渡った輝きを放っている。
しかし脆そうな印象は無く、美しさの中に強靭な鋭さのような重厚感が滲んでいた。
今までメリエが使っていた剣も決して安っぽいものではないのだが、それでもこの剣に比べると見劣りしてしまうのは否めない。
左の剣は一見すると木剣と思ってしまうような土色の剣身をしていた。
木目などは無く、金属光沢もあるのでよく見れば金属だとわかるのだが、今までに見たことの無い色をしている。
いや、鉱精木と言っていたからもしかすると金属のような植物なのだろうか。
右の剣よりもやや肉厚な刃で、その土色も相まってどこか温かみのある印象を受ける。
どちらも両手でも扱えるように柄は長めになっている。
「品質は鍛冶師ギルドが保証しています。これよりも品質を落とした同じタイプの剣では先程言った通り、早くに寿命を迎えることになるでしょう。
お悩みでしたら同じタイプではなくもっと刃の強度がある大き目の剣も見てみますか?」
「いや、やはり慣れた物がいい。それにしても凄いな。存在感が並の剣とは違いすぎる」
「恐縮です。銘はありませんが、どちらも私が鍛えました。師である父と祖父からの教えで、素材の持っている潜在能力を全て引き出せるように心掛けて打ち出しました」
「手にとっても?」
「ええ。どうぞ」
ダランドさんはそう言うと一度鞘に剣を収め、柄をメリエの方に向けて置き直す。
メリエは右側の剣から手に取って握りや重さを確かめていく。
「……少し重い気もするが、重さに違和感は無い……というか、前のものよりもしっくりとくるな」
「切れ味や威力は振る力だけではなく、剣の重さも加味して考えられていますからね。軽すぎると威力が出ませんし、逆に重すぎると剣身に負荷が掛かりすぎて折れてしまう。この二本は素材も金属も強度があるものを使用しているので負荷に関しては気にする必要はなくなるでしょう。
わざと重く作り、剣自体の重みで叩き斬ったり叩き潰したりすることを念頭に作られているものも多いですが、私は技量で扱う剣を基本に鍛造を行なっています。なので力に自信がない方にも扱いやすいはずです。
鋳造で作られる量産品は強度のみを重視している場合が殆どで、こうした剣に比べると切れ味や使い勝手は落ちますが、それも一長一短で誰が扱っても一定の切れ味と強度が保障され、値段が安いという利点はあります」
まぁ軍や騎士団の兵士全員がメリエが見せてもらっているような凄い剣で武装していたら色々と不便だろう。
戦力は間違いなく強くなるだろうが、個人に合わせて武器を選ぶと兵士間での持ち替えが利かなくなる。
そして購入費や維持費がとんでもないことになってしまう。
兵士達が扱うには誰が使っても一定の効果となり、維持管理のコストを
「私はこちらがいいな」
メリエは青い剣身が美しい右側の剣を選んだ。
アンナのナイフと同じで稀水鉱を材料にして作られた剣だ。
ヒュンヒュンと何度か素振りをしてうんうんと頷いたので、しっくりときたのだろう。
「ではそちらの方はどのような剣をお求めですか?」
メリエが選び終わったので自分の方に視線を向けてきた。
うーむ。正直どれでもいいのだが……。
元々使えなくなってしまった周囲に怪しまれないために買った剣の代わりだし。
とりあえず選ぶためにもう一度店の中を見回す。
店の棚に飾られているものは作りはしっかりしているが普通の鋼のようだった。
メリエに見せたような高品質のものを無防備に展示しておくのは防犯上よろしくないので、こちらはそれ程高品質というわけではないのだろう。
それでもかなり丁寧に作られているのがわかる。
今回も前に買ったのと同じショートソードを棚から手に取る。これでいいだろう。
「じゃあ僕はこれで」
「わかりました。では最後に……」
「は、はい!」
アンナに視線が集まったので、アンナが緊張の面持ちでダランドさんに返事をする。
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