王都
「あ、あれ? ……王都は?」
通行税を払って受付を済ませ、中央門を潜って外に出ると、そこには何も無い草原と今までと同じような石畳の街道が続いていた。
真っ直ぐに伸びる街道の先の方に、建物や城の影が見えるのだが、まだ結構な距離がありそうだ。
「王都はまだ先だ。さっき大変だと言ったのはこれだな。他の都市と違って王都は門から町までにかなり距離があるんだ。何故こういう構造をしているのかは私もわからない。都市の拡張を見越して防壁を建てたのか、昔は防壁の近くに都市があったが何らかの理由で場所を移したのか。はたまた戦時の際にこの平原に軍を展開させるためかもしれん。ま、どれも私の勝手な想像で確証は無いのだがな」
随分と変わった構造をしているようだ。
これだと門というよりは関所といった感じだ。
どこまで防壁が続いているのかを見渡すと、防壁は遠くに見える崖のように切り立った山の麓で途切れていた。
広大な面積をぐるりと囲んでいるわけではなさそうだが、それでも他の都市に比べてかなりの規模の防壁である。
他の方角ではどうなっているのかはここからではわからなかった。
アンナもまだまだ遠くにある王都を目を細めながら眺めている。
「ほえー。まだ結構遠くに見えるのにかなり大きい町に見えますね。私、お城って初めて見ました」
「アンナは奴隷として連れてこられた時に見なかったの?」
ちょっと聞きにくいことだったが、気になったので聞いてみた。
今のアンナは奴隷だった時のことをあまり気にしなくなっていたので、これくらいなら問題ないだろうと思った。
しかし今でも家族の事に触れると寂しそうに表情を曇らせることはある。
その辺はもう少しアンナの心が癒えるまで気を使ってあげる必要がありそうだ。
「えっと、奴隷だった時は周囲が見えない幌付きの走車でまとめて運ばれていたので、町の中や周囲の景色はあまり見られませんでした」
「へぇー、そうだったんだ」
思い出したくないようなことを聞いてしまったかと、ちょっと申し訳なく思いながら視線を遠方に見える王都の町並みに向ける。
遠くに見える都市には高い尖塔がいくつも見え、中央に聳そびえる王城もかなり立派なものだ。
その周囲に広がっている町並みも、アルデルのものとは比べ物にならない規模がある。
アンナは目を細めながら遠くに見えるお城を眺めている。
「ここから見えている城は新城だ。まぁ新しいと言っても建ってから軽く百数十年は過ぎているがな。あの城の裏手に古城と呼ばれる旧王城がある。新しい城も綺麗で見ごたえがあるんだが、古城の方も
「ほぅほぅ。それは後で見てみたいね」
「はい。今から楽しみです」
中央門を出て人の波に混じりながら歩く事数十分。
ようやく王都の建物が近づいてきた。
都市の手前には小さな門があり、そこを潜るといよいよというか、やっと王都である。
近づいてみてはっきりとわかったが、この都市は今までの町や村に比べてかなり巨大だ。
都市の入り口に立っているのに王城まではまだまだ距離がある。
そして人の数も物凄かった。
人気アーティストのコンサートイベントもかくやと言うほどの人が移動しているのだ。
その人の波に混じって商人などの走車や従魔が行き交うものだから、歩ける場所を探すのもやっとという状況だ。
「よ、予想はしてたけどすごい人だねコレ」
「これも王都が大変だと言った理由の一つだな。まぁここは人が集中する場所だから仕方ないんだ。少し離れれば人の多さは落ち着くから、早く移動しよう」
「ん。アンナ、離れないようにね」
「はい。気をつけます」
「まずは宿を決めておくか。宿泊施設が集まっている場所に向かおう」
メリエの先導に従って様々な露店や商店が立ち並ぶ中央通りを、人を掻き分けながら進む。
ポロは体も大きく、背中に荷物を括っているので人間の姿の自分達よりも更に大変だった。
ポロも歩けるようにと無理矢理に通行人の間を押し通りながら、やっと小道に入る。
門から続いている商店が多い街の中央通りから離れると、メリエが言った通り大分人も少なくなってきた。
それでも他の都市よりもずっと多いのだが。
少し歩いてみて、王都は今まで見てきたアルデルの町やコタレの村とは違う都市構造をしている事に気づく。
アルデルやコタレでは商業区や住宅区などのように、建物の種類で区分けされていたのだが、王都ではそうした区分けが無いようだった。
勿論、商店が立ち並ぶ大通りのように同じような施設でまとまっている所はあるのだが、都市の区画として分けられてはいないのだ。
最初は何故だろうと思っていたが、周囲を見つつ歩きながら考えてみるとそれも当然かもしれないと思い至る。
アルデルもそれなりに大きい都市ではあったのだが、王都はその比ではない程の大きさだ。
もしアルデルのように住宅区や商業区などで区分けしてしまうと、住んでいる人間はかなりの距離を移動しないと買い物にも行けなくなる。
それだと住民には不便だし、住んでいる近くに商店があった方が生活するには都合がいい。
恐らくそんな理由で一定以上の大きさの都市になると、商業区などのように区分けするよりも利用する人間の利便性で都市の構造を決める方がいいのだろう。
そんなことを考えつつ、周囲の店や建物に目移りしながら暫く歩くと、宿が建ち並んでいる通りに到着する。
どの宿も建物が大きく、たくさんの客を収容できそうだ。
「さて。どの宿にするか……資金的には余裕があるからどこに入っても良さそうだな」
「あ、ちょっと待って。シェリアさんからこの宿に泊まって欲しいって言われている宿があるから、そこを探そう」
「ほぅ? 何か理由があるのか?」
「説明の時に話した使いの人が来てくれることになっている宿なんだ。何でもシェリアさんの知人が経営している宿で信頼できるんだって。結構しっかりした宿で快適に泊まれるとも言ってたよ」
「じゃあまずはそこを探そう。何という宿なんだ?」
「〝深森の木漏れ日〟って名前だったかな。看板読めないからまたメリエお願い」
「……やはり読み書きを少しは学ぶ方が良くないか? な、なんなら私がゆっくりと教えてもいいが……」
ちょっとどもりながら勉強を勧めてくるメリエだったが、何で顔が赤くなるの?
いや、それよりも勉強は嫌でござる。
やりたくないでござる。
人間だった頃も語学は苦手だったのよね……。
必要に迫られればやるしかないのだが、どうにも気が進まなかった。
「う……。ま、前向きに検討してみます……」
「……まぁ一朝一夕で覚えられるものでもないだろうし、今は仕方がないか。それは時間がある時にでも考えよう」
メリエに看板を見てもらいつつ、宿の呼び込みをしている人達の間を歩く。
多くの宿は一階が飲食店になっているようで、宿を利用する人以外でも利用できるため、かなりの人がやってきているようだった。
「そういえば宿ってここの通りにしかないの?」
「いや、他にもある。王都は三ヵ所に出入りできる大きな門があって、その門の近くにそれぞれ宿が集中している場所があるんだ。それからそうした門の近く以外にも宿泊できるような施設があるんだが、そうした施設は外から来た人間が一時的に泊まり込みで働くために使ったりする宿で、利便性があまり良くない」
それを聞いて社宅やビジネスホテルのようなものを想像した。
確かに大きな都市だし、各地の村長や町長などが一時的に王都の役場などに働きに来ている場合などには職場の近くに宿泊できる施設がないと不便だろう。
そうした人間ではなく、単純に買出しや旅で訪れた場合には門近くの宿街を使うようだ。
「お。ここだな」
メリエが緑の看板がかかっている宿の前で立ち止まる。
周囲の宿と比べて意外と大きな宿だった。
シェリアがヒュル方面から入ってくることを見越してくれていたからかどうかはわからないが、入ってきた門に一番近い宿街に指定された宿があった。
ポロを備え付けの走厩舎に預けると、入り口の扉を潜る。
受付のあるホールは華美ではないがそれなりの調度品などが置かれ、落ち着いた雰囲気だ。
調度品や壁の色も宿の名前の通り森を連想させる緑色が多く使われ、何となく生まれた森のことを思い出した。
アンナと二人でキョロキョロと宿の中を見回しながらメリエに続いて歩を進め、受付に向かう。
受付をしているのはシェリアと同じで耳の長い長身の男性だった。
この人もエルフかハーフエルフなのだろう。
やはりイケメンである。
ということは、この人がシェリアの言っていた知人なのだろうか?
ここで下手に聞いて周囲の人間に知られるのはまずいので、連絡が来るまでは確認はしないでおくつもりだが、一応頭の隅に入れておくことにする。
「いらっしゃいませ。ようこそ〝深森の木漏れ日〟へ。お泊りですか?」
「ああ。どれくらい滞在するかわからないのだが、とりあえず10日ほど連泊はできるか?」
「はい。問題ありません。お部屋の方は如何なさいますか? 一人用の個室から五人用の大部屋までございますが……」
今回は男女で部屋分けをするべきだろう。
お金にも余裕があるし、何かに襲われてもアーティファクトで防備も万全。
それにメリエもいてくれるのでアンナも大丈夫なはずだ。
四六時中、男の自分が一緒よりも女性同士の方が色々と都合がいいこともあるだろう。
今までも何やら内緒話をしていたようだし。
「じゃあ男女で二部屋───」
「いや! 三人部屋を! 三人部屋を一つ頼む」
「ええ!?」
そう思って二部屋お願いしようとしたのだが、やや強引に割り込んだメリエが即断してしまった。
「ちょ、メ、メリエ。男女で分けた方が良くない?」
「いや、これで問題無いぞ」
「そうです。分けるなんてお金がもったいないですし、話し合いも好きな時にできます。だから一緒の方がいいんです」
「え、でも……」
「
おろおろしてる内に三人部屋で決まってしまった。
まぁ今まで散々一緒に野宿もしてきたし、今更ではあるのだが、折角女性陣に配慮したのに……。
「では、クロで頼む」
「畏まりました」
受付のお兄さんが受付台の下から分厚い宿帳を取り出してサラサラと記入している間に宿代を出す。
メリエが出そうとしたのだが、今回は自分がまとめて払う事にした。
この後に王都内で武器や消耗品などの買い物をしなければならないし、たくさん持っている自分が払っておく方がいい。
やたら重たい財布が軽くなってくれるし。
「ではご案内致します。食事は朝晩に食堂をご利用下さい。他に何かご入用の場合は先程の受付で仰って頂ければ可能な限り対応させて頂きます」
受付のお兄さんに続いて歩きながら宿の説明を受ける。
廊下もピカピカに磨かれていて清潔な感じだ。
しかし結構大きくて料金も高めの宿だったので、旅館のような大浴場があるかもしれないと期待していたのだが、大浴場に関しての説明は無かった。
この世界の宿ではそうした設備は無いのだろうか。
「こちらのお部屋になります。貴重品の管理はお客様の責任でお願い致します。内鍵がついておりますが、盗難にあった場合には責任は負い兼ねますのでご了承下さい」
「わかった。ではこれから宜しく頼む」
「ごゆっくりどうぞ」
案内された部屋は結構立派なものだった。
ちょっとしたマンションの一室のようだ。
長期間滞在してても窮屈な思いをすることは無いだろう。
宿のロビーと同じように緑を基調とした調度品も適度に置かれ、掃除も行き届いている。
そして奥の部屋には無いと思っていた浴室もあった。
「アルデルの宿とは結構違いますね……。あ、お風呂もありますよ!」
大浴場ではなく、部屋に備え付けのお風呂がついているようだ。
これだけでもかなりありがたい。
「グレードとしてはかなり上の宿だな。金額もそこまで高くはないし、いい宿なんじゃないか?」
「じゃあ荷物整理をしたらこの後のことを相談しようか」
各々が荷物を下ろして羽を伸ばす。
竜の力で重い物も問題なく運べるのだが、それでもずっと物を持って移動してくるとなると肩が凝る。
軽く伸びをしてから室内に置かれたテーブルに集まり、今後の事を話し合うことにする。
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