到着

「……ごめん。まーた脱皮みたい。ちょっと待ってて」


 ヒュルを出発して4日目の朝。

 起きるとまた体中がむず痒くなっていた。

 前の脱皮からあまり時間は経っていなかったが、次の脱皮のようである。


 順調なら今日にも王都に到着する予定だ。

 別に急いだりもしていないのだが、野盗や魔物の襲撃も全く無く、足を止める様な問題も起こらずに進んでこれているため今までの旅よりも大分早く感じている。


 あれからメリエの様子も元通りになり、アンナのご機嫌もとりあえずは今まで通りに戻ったようだ。

 ただ、時折メリエとアンナが自分に聞かれないように内緒話をしているところをよく見かけるようになった。

 内容は相変わらず教えてもらえず、無理に聞こうとしたら女性特有の問題だから遠慮するようにと言われてしまうので、何だかもやもやとする。


 そして時々だがメリエとポロがいつもと違う雰囲気で話しかけてきたり、野宿で寝る時に二人がやたらと密着して寝ようとすることがあった。

 寝返りも打てない状況から、集団で枕にされた狼の姿だった時の野宿を思い出してしまう。


 どうしたのかと聞いてみても二人は安全のためだとしか言わないのだが、この街道よりも危険だった今までの旅ではそんなことはしていなかった。

 疑問には思ったが下手に追求しようとするとまたアンナのお説教が待っているので、とりあえず気にしないことにしている。


「そうか。じゃあ移動の準備をしながら待っている。一応人が近づかないかも見ておこう。少し離れてはいるが街道周辺は人も多い。気を付けておく方がいいだろう」


「(私も警戒していましょう)」


「あ、クロさん変身の前にこの外套を足元に敷いておくと落ちた鱗を拾うのが楽ですよ」


「ありがとう。じゃあちょっと行って鱗を落としてくる」


 アンナから外套を受け取り、人目につかなさそうな草木の生い茂っている場所に移動する。

 念のために周囲に生き物の気配が無いかも探っておき、安全を確認する。

 問題がないことがわかると、ささっと服を脱いで足元に外套を広げ、【元身】で元の姿に戻った。


「おー、剥がれる剥がれる」


 元の姿に戻ると一気に黒い鱗が剥がれ落ち、ガショガショバラバラと地面に散らばった。

 外套を広げてはいたが、体が大きいので収まりきらず半分以上が外に落ちてしまっている。

 後で残らないように拾っておかなければならない。


 一通り落ちた後に体を適当に動かしたり、前足で体を払ったりしてまだ体に残っていた鱗で、落ちそうなものを落としておく。


「さて。これで大体落ちた……お?」


 落ちそうなものを全て落とし切ったところで、また【転身】を使って人間の姿になろうとしたのだが、ここでいつもの脱皮とは違うものを頭に感じた。

 何だろうと首を下げ、頭の後ろあたりに前足をやったところ、足元の草の上にボソッと何かが落ちる。


 何だコレと拾い上げてみると、見覚えがあった。

 確か森の泉で自分の顔を見ようと水面に顔を映したときに自分の頭に乗っていた物……竜の角だ。

 身近に鏡なんて無かったし、自分の角とは言え直接見ることはできなかったので、こうしてじっくりと見るのは初めてだった。


 今回は爪や牙は抜ける様子は無かったのだが、その代わり頭から角が抜け落ちたようだ。

 今まで角が抜けるということは一度も無かったし、母上も言っていなかったので焦ってしまった。

 爪や牙と同じように角も生え変わるのだろうか。


 自分の頭に生えている竜の角は根元の太い部分から何本かに枝分かれしており、以前にどこかで見た鹿の角と似ている気がした。

 しかし形は鹿のものとは大分違っていて、中世の伝説に出てくる竜の角っぽい。

 鹿角に似ているのは枝分かれしているということくらいかもしれない。


 やや平べったい根元の太い部分から枝分かれを繰り返してトゲトゲとしており、鹿の角よりも禍々しい感じだ。

 色も自分の名前の通り黒い色なのだが、鱗の黒とはやや質感が違っている。


 鱗は黒曜石のようなガラス質に似た感じで、光に翳すと煌きが見えたり、少しだが光が透けたりもしている。

 実際はかなりの硬度で叩いたりしても割れず、ガラスとは全く違うものなのだが、見た目はガラスっぽい質感をしている鱗だった。


 しかし角の方は闇を凝集して押し固めたような本当の真っ黒で、光が当たっても煌いたり反射したりする事もなければガラスのような感じもしない。

 自分の知っている物で例えられそうなものがすぐには思い浮かばなかった。

 強いて言うなら一切光沢が無い真っ黒な象牙のような感じだろうか?


 普通、鹿の角は1年ごとに生え変わるものらしいので、竜も同じで時間が経つと生え変わるのかもしれない。

 今回抜けた角は二本で、鱗や牙と違ってかなり大きく、カバンの口よりも大きいので入れることができないだろう。


「……まぁとりあえず人間の姿になりますか」


 竜の姿で考えていても仕方ないので先に人間の姿に戻ると、落ちた鱗を拾い集めてリュックに入れていく。

 案の定、角だけは入り口に引っかかってしまって中に入れられなかった。

 仕方ないので足元に広げていた外套で包んで持っていくことにする。


「あ、おかえりなさい。……その手に持っているのは何ですか?」


 みんなの所に戻ると、いつもと違うものを手に持っていることに気がついて視線がそこに集まった。


「あ、うん、今回の脱皮でさ、角まで抜けちゃったんだよね」


 言いながら包んでいた外套を解いて抜けた竜の角を見せる。

 長さは40~50cmくらいなのだが、枝分かれしているので結構と嵩張って邪魔だった。


「ふわー。角も脱皮で抜けたりするんですか……ちょっと触ってもいいですか?」


「あ、うん。どうぞ。僕も初めてだったから驚いたよ。リュックに入れようと思ったんだけど入り口よりも大きいから入らなくてさ。どうしようかと思って……」


 アンナは渡された竜の角を「おおー」と感動しながら眺めている。

 色も相まって見た目は重々しいのだが、実際はアンナの手でも軽々と持てる位でそんなに重くはない。

 ただ嵩張るというだけだ。


「何だか前に解体した動物の骨に似てるかもしれませんね。……でも軽い……。動物の骨はもっとずっしりしてたから違うのかな?」


「ほー、私も初めて見た。そういえば、ポロは生まれてから一度も角は生えていなかったな」


「(私の種族は角は生えません。草原はともかく、森の中や洞窟で走り回るとなると大きな角は邪魔ですし、雄も雌も角は生えませんね。代わりに爪や鱗が他の竜種よりも強靭です。まぁ古竜種には敵いませんが。飛竜の種族では雄には角が生えてくるそうですが……私も実際に目にするのは初めてです)」


「えーと、どうしたらいいかね? これ……」


「素材としては竜骨よりも貴重なものであることは間違いないだろうが、旅をするとなると確かに嵩張ってしょうがないな。ギルドや収集家、研究院にでも持っていけば利用方法などがわかるかもしれないが、絶対に面倒事になるだろう」


「収集家?」


「ああ、様々な物を集めている人間だ。集めた物を色々と加工したり実験したりして利用方法を探っている者や、コレクションして飾ったりしている者もいるな。集めた物の使い方は人によって違うが、珍しい物の使い道などを知っていることがある。ギルドでも稀にしか手に入らないようなものを持ち込んで利用方法を聞いたりしているらしい。

 似たようなものに王立の研究院がある。王都にある王立学院に関連する施設で、新しい魔法や魔道具の開発、素材の加工法、その他にも様々な研究がここで行なわれている」


 どこにでも愛好家や蒐集家しゅうしゅうかというのはいるものらしい。

 実際にこの角を持ち込んだら大変な事になってしまいそうだが、竜の角の使い道についてを聞きに行くだけならいいかもしれない。

 王都に着いたら行ってみるのもいいだろう。


 そういえば鹿の角は漢方薬として使われているんだったか?

 竜の角にも何か薬効のようなものがあるのだろうか……。

 ……見た目的には真っ黒で毒々しいし、とても体に良さそうには見えない。

 【竜憶】にも角が何かの薬になるというような記録は残っていないし、薬効を期待するのはやめた方がよさそうだ。


「王都に着いたら使い道を聞きに行ってみようかな。自分でも知らないような物に加工できるのかもしれないし」


「ふむ。それもいいかもな。しかし、やはり旅をするには少し邪魔だな。小さくしたりはできないのか?」


「鱗を加工する時みたいに星術で持ち運びしやすい形にしようかと持ったんだけど、鱗と違って簡単には形が変わらないみたい。凄く時間をかけて星術を使えば小さくしたりもできそうだけど時間もかかるし面倒臭いし……」


「確かに鱗とはまた違った見た目をしているな。ん? 星術とは何だ?」


「ああ、メリエには言ってなかったっけ? 竜魔法とか竜語魔法のことを、古竜種は星術って呼んでるんだよ。まぁ竜魔法って思ってくれればいいよ」


「そうなのか。それも興味深いな」


「普通、動物の角って骨の延長みたいな感じですよね? ということは竜骨っていうのと同じ物になるんでしょうか」


「竜骨を見たことが無いから何ともいえないねぇ。とりあえず折って小さくしちゃおうか」


 今の所は使い道もないし。


「え!? 折っちゃうんですか!? ちょ、ちょっともったいなくないですか?」


「まぁどうせ自分のだし、きっとそのうちまた抜けると思うから」


 やはりこのままでは持ち運ぶのに不便だということで、枝分かれした部分を折ってカバンに入れられるくらいの大きさにしてみることにする。

 角の先端付近を握り、割くような感じで力を込める。


「ふんっぎぎぎぎぎぎぎ!! のぉりゃぁぁぁぁ!! ……ダメだー。びくともしない」


 人間の姿で出せる全力でやってみたのだが、ヒビどころか歪むことすらなかった。

 さすがは泣く子も黙る竜種の角ということか。

 太さはアンナの手でも十分握れるくらいだし、このくらいの太さの鉄だったら竜の全力であれば曲げることくらいは容易なはず。

 ということはかなりの硬度があるということだ。

 竜の角で頭突きをするのは結構強力な攻撃手段なのかもしれない。


「幼体のものとはいえ、さすがは竜の角だな。角の持ち主だったクロの力でも壊せないとは」


「そんなに太くないし、メリエさんの持っている剣くらいに見えるんですけどね……」


「んー。仕方ないからその辺に埋めて行こうか。旅には邪魔だし、持って行っても使う予定も無いし」


 アーティファクトを作るだけなら大量に在庫がある鱗や爪、牙で十分だ。

 そうしたものと違って竜の角は今の所使い道が思い浮かばない。

 武器にでも加工できれば凄いものができる気がするのだが、そんな技能はないし……。


「そ、それはやめておいた方がいいんじゃないか? 前に話したように竜の気配を探知できる存在がいるかもしれないし、誰かに掘り起こされでもしたら面倒なことになる。もう間もなく王都に着くし、そこで使い道を調べてからでも遅くは無いと思うぞ? 王国に保管されている情報を見ることができれば、その中に何か使い道なども記録されているかもしれない」


「んー。じゃあ一応持っていこうか。嵩張るから持ち難いんだよなぁ」


「(では私が持ちましょう。背中に括りつけておけば他の荷物と大して変わりません)」


「ホント? じゃあポロお願い」


 もう一度外套で包み、メリエに手伝ってもらいながらポロの背中に括り付けた。

 今回の脱皮でまた鱗の量が大幅に増え、今まで溜めてきたものと合わせると改造したカバンの容量でも半分ぐらいが埋まってしまった。

 また何か使える物を創って減らさなければならないだろう。

 それかいっそのこと、思い切ってどこかに捨てるか……。


「では出発しよう。もう間もなく王都の防壁が見えてくるはずだ。ま、王都の場合はそこからがまた大変なんだがな」


「? どゆこと?」


「行けばわかるさ」


 荷物をまとめ、街道を歩き始める。

 森と言うほど大きくは無いが、木が茂っている場所を避けて敷かれた街道を歩いていくと、木々の先に白い石で作られたアルデルやヒュルよりもがっしりとした防壁が見えてくる。

 万里の長城のようにかなり長い距離に渡って造られている防壁のようだった。


 ヒュルのところと同じで防壁の周りに堀が掘られていて、門にあたる場所には跳ね橋がかけられていた。

 しかし、ヒュルとは違って門に受付が三箇所あり、王都に入るための列も三列になっている。

 また出てくる人専用の場所もあり、たくさんの人が門の中から出てきていた。

 さすがは人の集まる王都といった感じだ。


「ふわー。大きいですね」


「ここはいつも待たされるからな。数年前までは受付が一つしかなくて、もっと大変だったんだぞ。三つに増えたことで大分マシになったんだ」


「あ、僕達身分証明無いけど、大丈夫かな?」


「王都でもヒュルのように何か事件が起こったりしていなければ入る時に必要なのは通行税だけだ。見たところ事件が起こっている様子もないし、値段も他の町のと同じで銅貨5枚だから、二人も問題なく通れるはずだ」


「よかったですね」


「じゃあ並ぶとしよう」


 なるべく列が短い所を選ぶと、自分達もその列に加わる。

 待っている間に周囲の人達を観察してみる。

 他の町では見かけなかったポロと同じような疾竜を連れている人間が居たり、シェリアが乗っていた貴族用の走車が出入りしていたりしている。


 アルデルの防壁には備え付けられていたポロのような走車を引く動物を休ませたりする厩は無く、走車を引く動物も全て門を潜って行っていた。

 貴族が乗っていそうな大きな走車は列には並ばずに先に進み、優先的に受付をしているようだった。


「何か列に並ばないで受付に行く走車がいるね」


「ああ、貴族や王城に勤める者だな。一応ここは国の中心だし、情報伝達は迅速に行なわなければ国政が滞る事になるだろう? だから国に関わる仕事をしている人間はああして優先的に通行できるようになっているんだ」


「ほほー。ずるいって思ったけど、そういう理由があるのか」


「他にも急病人とかがいる場合は配慮してくれるぞ。それ以外では順番を守らなかったり揉め事を起こしたりすると罰金を科せられるから、荒くれ者の多い傭兵やハンターなどもちゃんと列に並んでいる」


 そんなことを話していると徐々に列が進み、自分達の番になる。

 受付はアルデルのものと殆ど一緒で、簡単な身体検査と通行税を払って終わりだった。

 アルデルよりも厳重だったので荷物の中身も見られるのかと心配したが、禁制の物品に反応する魔道具に反応が無ければ調べられることはないのだそうだ。


 そんなこんなで特に何事も無く全員で中央門を通過することができた。

 いよいよこの国で最大の都市であり、国の中央である王都に入ることになる。

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