王都でやる事

「さて、シェリア殿の方で動きがあるまではこちらには仕事が無いという話だったが、その間に王都で何をするかを簡単に決めておくか」


「そうだね。短ければ数日、長ければ数十日は時間があるはずだし、ただ休むにしては時間が長すぎるかな」


「まずはやらなくちゃいけない事を挙げてみますか?」


 部屋に用意されていた茶器でお茶を楽しみながら話し合う。

 陶器製のポットのような入れ物には熱々のお湯が入っており、お湯が冷めるということがない。

 どうやらお湯が冷めない魔道具のようだ。


 とりあえずやっておいた方がいいことや、やりたかった事などを手当たり次第順番に出し合うことにする。

 その中から優先順位をつけて順番にやっていけばいいだろう。


「じゃあメリエからどうぞ」


「私からか……そうだな。以前話した通り、武器を新しくしたいのと、服や装備の新調、消耗品の補給、後は少し個人的なことなんだが、王都に師匠が戻っているかもしれないから挨拶にも行きたい。そういえばギルドにも出向かないといけないな。

 ……! そうだ、ギルドと言えば私のことよりもまずはクロとアンナが真っ先にやっておいた方がいいだろうということがある」


「それは?」


「身分証を作ることだ。具体的にはギルドへ正式登録することだな。王都内には身分証明が無いと入れない区域や施設もあるし、都市内で何か問題が起こった時に身分証明が無いと余計な時間拘束される事にもなり兼ねない。今後の事を考えると身分証は持っておく方がいいんじゃないか?」


 自分も身分証のことは前々から考えていた。

 今も仮登録の木でできたギルドカードは持っているが、身分証としては使えない。


「言われてみれば確かに。じゃあメリエの方をまとめると、買い物全般にギルドの用件、それから人に会いに行くこと……と」


 メリエの言った事をまとめていると、メリエは何やら言い難そうにもじもじとしている。


「そ、それとだな……先日話した通り、王都の案内をしようと思うんだが……」


「あ、それはお願いしたいかも、じゃあそれも入れておこう」


 それを聞いたアンナはやや目付き鋭く小声でメリエに言う。


「む。メリエさん約束を忘れないで下さいよ?」


「も、勿論だぞ!?」


「何のこと?」


「クロさんは遠慮して下さい。私達の話ですので」


「アッハイ」


 視線が存外に「聞くな」と訴えているので追求は諦める。

 きっとまた女性特有の問題なのだろう。

 この状態のアンナに深く突っ込むのは悪手である。

 よってこの件は早々に頭から追い出し、次に進むことにする。


「じゃあ次はアンナどうぞ」


「え? えーと……、メリエさんと同じく服と消耗品を買い足しておきたいですね。調味料も減っていますし。あとはお城とか王都にある物を見てみたいです。……それからちょっとメリエさんにお願いしたいことがあります」


「ん? 何だ?」


 アンナはそこで一度言葉を区切り、さっきまでとは違う、真剣な瞳でメリエに向き直る。


「あの、迷惑じゃなかったらハンターの技術とか、戦い方とかを教えてもらえませんか?」


 アンナの意外な言葉を聞いて自分とメリエが驚き、アンナに視線を向けた。


「……私、いつもお二人とポロに助けられてばかりですし、アスィの村でもお二人と一緒に戦う事ができませんでした。いきなりメリエさんのように強くなるのは無理だという事はわかっていますけど、自分の身くらいは自分で守れるようになりたいと思ったんです」


「……ふむ。これからも旅を続けるならいいことだとは思うが、クロはどう思う?」


 メリエに意見を求められたが、正直に言うならアンナに荒事はさせたくないというのが本心だ。

 しかしアンナの想いも理解できる。

 今後のことを考えるなら、多少なり自衛の手段を身につけておくことは悪い事じゃない。


「アンナとメリエがいいなら、僕はいいと思う」


 親の手から離れていく娘を見る気持ちというのはこんな感じなのだろうかと密かに思いながら、そう口にした。

 アンナの今後を考えるのならばいつまでも自分やメリエに依存し続けるというのも良くないし、本人が前に進もうとしている以上、ここは背中を押してあげるべきだろう。


「そうか。自分で自分の身を守るすべを身につけておいて損は無いし、訓練してみるか? 

 幸いここの総合ギルドには訓練場が併設されているから、鍛錬はそこでできる。まぁ私もまだ2年かそこらだし、弟子を取れるほどかと言われれば否としか言えないから、基本的なことばかりになるだろうとは思うが……」


「いえ! 是非お願いします」


「じゃあアンナは買い物に、王都の見学、そしてメリエと鍛錬ね」


「では最後にクロだな」


 自分の番という事で、少し考えつつ頭の中を整理していく。


「そうだなぁ……。まずメリエが言ってたギルドへの正式登録、元々の王都に来る目的だった学のある奴隷探し、この世界のについての情報収集、壊されちゃった武器の買い替え、それからアンナと同じく王都を見て回りたいね。この国に出てきたのも人間の世界を見たかったからだし。あ、あとさっきメリエが言っていた収集家や研究院で角の使い方を調べるのもいいかも。そのついでに学校も見てみたいよ」


 以前ショートソードを壊されて今はメリエの物を借りている状況だし、丸腰のままというのもまずいので、どうせ使わないだろうけどメリエと同じく武器は見ておきたい。


 あとやりたい事といえばやはり観光だろう。

 メリエが言っていた御前試合が行なわれる会場も見てみたいし、買い食いもしたい。

 この世界の学校も興味がある。

 今のところは自由に動けるのだし、警戒しておけば出歩いても問題はないはずだ。


 地球とは違うこの世界を見るという目的のために森を離れ、ここまで来たのだ。

 時間があるのなら目一杯この町を見て回りたい。

 つらつらと挙げてみると結構やりたいことがある。

 シェリアからの連絡が来るまでに全ては終わらないかもしれない。


「成程な。では明日から優先順位をつけて動く事にしよう。さすがに今日は休んで疲れを取るべきだ。二人も疲れただろう?」


「そうだね。今までよりはマシな旅だったけどやっぱり精神的には疲れてる」


「私もです」


 まずは休息という事で、この日は宿でやっておくことだけ済ませ、出かけてやらなければならない色々なことは明日からにする。

 荷物整理をして買っておかなければならない物をリストアップし、ついでに洗濯もしておくことにした。


 丁度良く浴室もあったので旅で溜まっていた洗濯物をまとめて洗い、星術で温風を出して一気に乾かす。

 着替えはあるが、いつまでも汚い洗濯物を溜めておくのはよろしくない。

 女性二人もその辺は気にしているらしく、今までもマメに洗濯や装備の手入れをしていた。


 そうして宿内でできることを一通り終えたので、今日は昼寝をしたりしてのんびりと過ごし疲れを癒した。



「アンナー。湯加減はどうー?」


「はわー……。丁度いいですぅ」


 王都の宿屋で一夜明かした翌日。

 部屋に備え付けのお風呂を利用して、順番に朝風呂を堪能しているところである。


 部屋に備え付けの浴室は温水のお風呂用ではなく、ただ水が張ってあるだけの沐浴用のものだった。

 この世界には湯沸かし器など無いし、お湯を用意するには薪で沸かすか、お湯を作る魔法や魔道具を使うのが一般的らしいのだが、そうしたものは手間も時間もお金もかかるのでもっと高級な宿にしかないのだろう。


 今回は自分が星術を使って水をお湯にし、勝手にお風呂にさせてもらっている。

 別に壊したり汚したりもしてないし怒られたりする心配もない……と思う。

 まぁ使い終わったらちゃんと新しい水を入れておこう。


 ヒュルでは都市に入れずゆっくりすることができなかったので、この宿では思う存分羽を伸ばした。

 食事も美味しかったし部屋も落ち着く雰囲気で居心地がいい。

 ただ寝る時だけアンナやメリエと少し揉めてしまった。


 三人部屋なのでベッドも三つ並べられていたのだが、誰がどこに寝るかを決める時に意見が割れたのだ。

 自分は不審者が入ってきたりした場合にすぐに対処できるよう窓とドアに近い端のベッドが良いと主張したのだが、アンナとメリエが自分は中央に寝るように言って来た。


 アンナとメリエが気分的に端がいいと言うのと、アーティファクトもあるのでそこまで警戒する必要も無いからとのことだった。

 しかし女性に挟まれて寝るのは逆に要らぬ緊張感を強いられそうで気疲れしそうなのだが……。


 結局その夜はアンナに押し切られ、真ん中に寝ることになった。

 しかし思った通り両サイドから聞こえる二人の寝息や、野宿と違って時折漂ってくる女性特有の香りで緊張してしまい、やや寝不足になってしまった。

 なので今夜からは何とか変えてもらうように交渉するつもりでいる。

 やはり部屋を別にするべきだったかもしれない。


 眠い目を擦りつつアンナとメリエのためにお湯を作り、眠気を飛ばすために自分も朝風呂を満喫した。

 朝食まではまだ時間があるのでその間に今日の予定を話し合うことにする。


「ふぅ……。旅の汚れと疲れがすっきりしたな。じゃあ朝食の前に今日の動きを決めておくか。昨日挙げた事の中から優先順位をつけてやっていこう」


「その辺はメリエに判断してもらった方がいいと思うから、メリエが決めてくれる?」


 まだこの世界の人間社会のことはよくわかっていない部分もあるし、何を優先すべきか曖昧なところもある。

 ここは常識もあるメリエに委ねる方がいいだろう。


「そうだな……。普通に考えれば身を守るための武器を新しくすることが最優先になるだろうが、クロは素手で平気だし、アンナもアーティファクトがある……。私も武器が壊れたというわけでもないから……これは後回しでもいいか。となるとやはりクロとアンナの身分証を用意する事だろうな」


 ふむ。

 身分証明といえば、個人の証明には使えないがシェリアから預かっているヴェルウォード家の紋が入った公爵家との繋がりを証明する短剣がある。

 シェリアからは何か揉め事があった場合には使ってもいいと言われてはいるが、これは色々と問題の種になるので極力使用しないでおくべきだろう。


「先日も言ったが王都には身分証明が無いと入れない区域や利用できない施設もある。クロが探している奴隷も確か身分証明が無いと購入できなかったと思うぞ。身元のわからない人間に無闇に奴隷を売ると犯罪に利用されたり、殺されたりしてしまうこともあるから、その辺の管理は厳しかったはずだ」


 そういえば森で自分とアンナを襲ってきたハンターも奴隷管理法がどうのと言っていた。

 恐らくは奴隷が無闇に命を脅かされることがないよう、セーフティーネットの役割をする法律のようなものがあるのだろう。

 尤も森でのアンナの扱いを鑑みるとあまり機能していないような気もするが……。


「確かに。じゃあまずやることはギルドに行って正式登録をすることかな。あ、僕はハンターか傭兵で登録できると思うけど、アンナはどうする?」


「私は今のところ無くてもいいと思います。何かあったらメリエさんやクロさんがいますし、クロさんが身分証明を持っててくれるなら一緒に行動することが多い私は必要になる場面はあまり無さそうですし」


「ふむ。まぁアンナの身分証明に関しては今は仕方が無いかもしれないな。ハンターか傭兵で登録するには戦闘試験もあるし、それ以外で登録するにも何かの技能を身につけていなければならない。暫く私と訓練して戦闘試験をクリアできるくらいになってから登録するしかないだろう。それか何かの技能を身につけて他の職種でギルド登録をするかだが……いや、アンナなら調理師ギルドになら入れるかもしれないか?」


「調理師……ですか」


「ああ、料理店を持つ場合には調理師ギルドへの加入が必要なんだ。私も詳しくは知らないが、確か露店などを開く場合は必要ないが町や村に店舗を持つ場合には必要になるらしい。調理師ギルドのカードでも身分証明として使えるから、カードだけ得るならそちらでもいい。時間もあるだろうから一応そちらも調べてみるといいかもな。まぁ旅を続けるなら戦闘訓練はしておいた方がいいし、ハンターや傭兵で登録するのも悪くはないと思うぞ」


「うーん。ちょっと考えてみますね。やっぱり戦うための訓練はしたいですし」


「じゃあアンナの方は追々考えるとして、まずは僕のギルドの登録に行きますかね」


 今日の方針を決めたところで朝食に向かう。

 宿の食堂は、食事だけ利用する人の事を考えているのか入り口の近くに造られていた。

 ここの食堂もメニューは決まっているようでほぼお任せだった。

 飲み物だけは好みのものを選べるのだが、それも種類は少ない。

 ただお任せでも十分美味しかったので誰からも文句は出なかった。


 ちなみにポロの食事も用意してくれる宿だったので、ポロがお腹をすかせて自分達を待つということもなかった。

 朝食に舌鼓を打ちながら、朝の穏やかな時間を満喫する。

 朝食を済ませて部屋に戻ると、出かける前に気になったことを確認しておく事にした。

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