ハンターのお仕事
「いいか? 二人とも音を立てるなよ?」
メリエの言葉に、無言で頷く自分とアンナ。
メリエは静かに黒い毛玉のようなものに火を点けると、素早く地面の穴に投げ込んだ。
穴は入り組んでいるのか奥の方までは見えない。
穴の大きさは人間の子供くらいなら入れそうだが大人では入れそうも無いくらい。
メリエが玉を投げ入れて少し時間が経つと、穴の奥から何かの気配が近づいてくる。
それを確認したメリエは鞘に収めたままの剣を構える。
更に気配が近くなってくると、穴から大量の白い煙が立ち昇りはじめた。
煙が出てくるようになってまた少し時間が経ったところで、穴の主がもうもうと立ち昇る煙と一緒に姿を現した。
といっても煙で輪郭しか見えていないのだが。
メリエは煙の中で動いている気配の主に向けて鞘に納めたままの剣を素早く振り下ろす。
ガツンという鈍い音が伝わり、それを聞いたアンナが痛そうに目を瞑った。
メリエは表情を変えることなく叩いた穴の主を引っ張り、陽光の元に晒す。
穴の主はカピバラのように大きなウサギに似た動物だった。
見た目は無害そうな草食動物のようだったが、肉食獣の牙があり、メリエの話では一応魔物に分類される獣だそうだ。
「ふぅ。うまくいったな」
「「おお~」」
アンナと一緒にメリエに賞賛の拍手を贈る。
ポロは見慣れているのか特に何か反応することは無かった。
アルデルの町を出発して4日目のお昼過ぎ。
荒涼とした平地を進んでいるところだ。
予定通りならば明日に例の少し大きな森に入り、無事抜けられれば明後日には補給のできるコタレ村に到着する。
石や岩だらけであまり草木の生えていない平地を通る街道を歩いていると、メリエがふと足を止めた。
どうしたのかと聞いてみたら、今夜の晩御飯に丁度いい獲物がいるかもしれないということで狩りをすることになったのだ。
メリエの見ていた先に目を向けると、所々に点在する岩の下の地面に穴が開いているのを見つけた。
見た目は歪な形をした蓋の無い小さめのマンホールのような感じだ。
メリエはどうやらこの穴を見ていたようである。
穴の入り口付近はほぼ垂直に下に向かって続いているようだったが、奥の方は曲がりくねっているようで見通せない。
静かに穴に近寄り、メリエがその周囲を色々と調べ、中に獲物がいそうだと判断したので道具を使って燻り出してみようという話になった。
結果、無事今晩のメインディッシュを捕まえることができたのだった。
メリエの手際の良さと、穴の様子や周囲の状況からどこに何が潜んでいるのかを探り当てる観察能力などを目の当たりにして、自分もアンナもぽかんと口を開けてメリエに見入っていた。
「すごいですね……。ハンターって魔物と戦う人という印象しか持っていなかったので、こんなことができるなんてびっくりしました。メリエさんはどっちかと言うと騎士様みたいな雰囲気なので尚更です」
アンナが騎士の風格を纏うメリエの意外な一面に対して感想を述べる。
確かに女騎士っぽいメリエがこんなことまでできるのは以外に思えることだ。
「はは。何も正面から魔物に対峙し、真っ向から切り結ぶことだけがハンターの仕事じゃないぞ。罠や道具を相手に合わせて使用し、時には戦わずに捕まえたり仕留めたりする事の方が重要な場合もある。確かに魔物が跋扈する場所で丸腰で狩りをするなんて自殺行為だし、多くのハンターが平均以上の戦う技術を身に付けているからそう思われるのも仕方が無いんだがな」
言われてみてそれもそうかと思った。
ハンターとは元々狩りをする人という意味だし、狩人が剣を持って戦うという方が珍しいのかもしれない。
戦い専門というなら騎士や傭兵という言葉の方が当てはまるだろう。
「私が竜専門のハンターなんて呼ばれていたのは戦って竜を倒すことができるからじゃない。むしろ私なんかが正面から戦ったら例え小型だとしても竜に勝つことなどできんさ。勿論、ハンターも様々だし戦って倒すことが専門の実力者もいるが、中型以上の竜相手に単独で、正面切って挑める者なんかランカークラスの連中くらいだ。
私の場合は様々な竜種の習性や行動を観察し、それに合わせた罠や毒を用意し、待ち伏せたり気付かれないようにしたりして倒すことの方が多いな。今回の場合もそれと一緒だ。私の師匠には色々な魔物や獣のことを教わり、どうすれば捕まえられるかを仕込まれたからな」
「そういえば前にもどこかで聞いたんだけど、ランカーって何なの?」
「ああ。ランカーとは、この国の王都で年一回行われる御前試合で上位に勝ち進んだ者に与えられる称号のようなものだ。
ハンターや傭兵など総合ギルドに登録した者と国や貴族が管轄する騎士団に在籍している者で戦闘能力を競い合うんだ。一応許可されれば他国の人間や一般人でも参加することができる。例年他国からも結構な数の参加者が集まるんだ」
「へぇー」
「御前試合と言うと堅苦しい感じだが、実際は国を挙げてのお祭りのようなものだな。大会で上位50位までに入賞できれば結構な額の賞金ももらえるし、上位10位に入ると国や貴族お抱えの近衛騎士に取り立てられることもある。実績次第では貴族並みの権力が与えられるから国の内外を問わずに成り上がろうとする実力者が集まる。まぁ、いくら上位ランカーといえどさすがに古竜相手に単独で挑める程の者はいないと思うが、他の大型の竜種なら単独で討伐できる実力者もいるらしい」
アルデルの中央門の衛兵が鳥竜のことを話してくれた時に言っていたランカーとは、そうした大会で入賞できるくらいの実力者達のことらしい。
恐らく実力ある者達を優遇することで切磋琢磨させ、実力者を流出しないよう国に留めながら個々の実力向上を狙っているんだろうなと予想した。
それにしても大型の竜と真っ向から戦って倒せるとは、凄まじい人間もいたものだ。
特殊な能力が無かったとしても、母上のような体長20mを超えるほどの竜と人間が戦ったら人間に勝ち目など無さそうだが……。
話によるとそうした人間は装備だけではなく、魔法などの戦いに役立つ能力も様々なものを備えているのだとか。
森での一件以来、まだちゃんとした魔術師には出会っていないが、魔法の才能を持ち、更に剣術などの武器を使えるように訓練した人間なら竜とも渡り合えるそうだ。
それでも星術を駆使でき、尚且つ肉体も強固な古竜相手に真っ向勝負で勝てる者はいないと思うが、あまり楽観視するのは良くないかもしれない。
事実は小説より奇なりという言葉もあるのだし。
「王都に行けば会場なんかを見られるはずだから、時間があるなら見に行くのも面白いと思うぞ。私もそんな強いハンターや騎士に憧れたことがあってな。師匠に年に一回の大会見学に連れて行ってもらったよ。闘いを見ることで学べることもあるからな。師匠は大会に出たことは無いそうだが、下位のランカーとなら渡り合えるくらいの実力者だったんだ」
メリエは手際よく捕えた獲物の首筋にナイフを入れて血抜きをしながら、修行時代のことを話してくれた。
メリエの師匠はメリエと同じく女性のハンターで、今も王都近辺の都市を行き来しながらハンターをしているらしい。
王都の総合ギルドで会う事ができそうなら紹介してくれるとのことだ。
「まぁ一口にハンターと言っても、アンナが考えているように魔物と戦うことばかりをしている者もいればダンジョン探索や未開地探索を中心に活動する者、ギルドの依頼中心で活動する者などかなりやり方に違いがある。だから多くの人がギルドに登録して依頼をこなす何でも屋というようなイメージを持っているのが実情だな。
ハンターとは魔物や獣を狩り、生活などで必要となる素材や食糧を集めたり、危険な魔物の駆除を中心に活動する者達のことだ。確かに狩り以外での収入源としてギルドの依頼は大切だが、別にギルドに登録せず依頼を受けなくてもそうした活動をしている人間を総称してハンターとする場合もある。多くのハンターが戦って倒すというスタイルだから、私のように相手に合わせ搦め手で活動しているハンターはあまり知られていない」
この世界のハンターとは、
勿論、食糧調達の意味合いもあるのだが、生活を豊かにするためには魔物の素材や、一般人が取りに行くことのできない場所にある素材は欠かせない。
自分の買った頑丈な革のリュックも魔物の素材だし、武器類も高価な物は殆ど何かしらの魔物の素材が使われている。
単純に強靭だからというだけではなく、火を纏ったり電撃を帯びたりといった魔法に似た能力を付加することもできるようになるからだそうだ。
自分としてはメリエのような者達の方がハンターという名前に合っている気がする。
実際その技術を目の当たりにしたことでそんな思いが湧き上がった。
ハンターよりもゲームなどで言うところの冒険者というものに近そうだなと何となく考えながら、メリエが獲物を捌いていくのを眺めるのだった。
獲物の血抜きを終え、食べられない内臓などを抜き取って下処理を済ませると、水を出す術を使って血や汚れを洗い流し、冷却する術で冷やしつつポロの背中の荷物の上に乗せる。
血の匂いに釣られて他の魔物が寄ってくるので、基本的に血抜きをした場所に長居をしてはならないらしい。
「……冷蔵までできるとは相変わらずの便利屋だな。まぁ今晩食べるならそこまでしなくても痛まないとは思うが」
「ああ、生肉だしいつものクセで」
「前にアスィ村で言っていたと思ったが、クロは肉系はダメなんじゃなかったか?」
「調理すれば食べられるよ。生がダメなんだよね」
「そういえば料理の肉は食べていたか。何とも人間臭い竜なんだな」
「うん。自分でもそう思う」
メリエの指摘に苦笑を返し、街道に戻る。
まだ日は高いし、野営をするには早いのでもう少し街道を進むことにした。
今晩はどんな料理にしようかと皆で意見を交わしつつ街道を歩いていく。
「外だし手の込んだ料理よりも、シンプルに丸焼きがいいなー」
「そうですか? 調味料もありますしメリエさんが採ってくれる野菜と一緒に煮込んだりもできそうですよ」
「ふむ。ポロの分を差し引いても食べ切れる量じゃないし、一部は燻製にしてみるのもいいかもな。日持ちもするようになる」
「(私は食べられれば何でも)」
あれこれと意見を出し合いながら相変わらずの荒涼とした大地を歩く。
朝方は晴れていたのだが、今はやや曇ってきていて雨が降りそうという程ではないが日が見えなかった。
心なしか風も少しひんやりしてきた気がする。
時たま擦れ違う旅人や走車に挨拶をしながら街道を歩いていると、街道の前方に森の影が見えてきた。
「あれが少し大きいって言ってた森かな?」
「ああ。少し早いが今日はこの辺で野営した方がいいだろう。あまり森に近い場所で野営すると森から魔物が出てくる場合がある。倒せなくはないが襲われると面倒だしな。大きいと言っても一直線に進めば半日程度で抜けられるくらいだし、起伏もそんなに無いからそこまで身構えなくても大丈夫だ」
「この辺だと身を隠せそうな場所がありませんね。街道近くで野営しますか?」
確かにここは開けた平地で所々に岩などがあるものの、木や草は少ない。
ここだと竜の姿に戻って寝る場所を確保するのは危ないかもしれない。
「アーティファクトのこともあるし人が通るかもしれないところは避けたいかな」
「ふむ。じゃあ街道から少し距離があるが、川がある場所まで行くか。森は既に見えているし、街道から大きく外れても方向を見失うということも無いだろう。それに川の傍ならまた風呂が作れるかもしれない」
あ、これ絶対お風呂に入りたいから提案してるな……。
声が嬉しそうだし、メリエの目が期待に輝いている。
さりげなくアンナを見たらアンナの目もキラキラしているではないか。
二人ともそんなにお風呂に入りたかったのね……。
メリエもアンナも年頃の女性だし、やはりお風呂の誘惑には弱いようだ。
自分もお風呂は入りたいし、危険が無いのなら別にいいか。
まだ時間も早いから風呂を作っている余裕もある。
「じゃあそうしようか」
街道を外れ、暫く歩くと川の音が聞こえてくる。
アスィ村の途中にあった川よりも少し大きな川が見えてきた。
開けた川原を探したところ石だらけだが広い場所があったので、そこにお風呂を作ることにした。
「じゃあお風呂の用意しちゃうから、料理の方はお願いね」
「じゃあまずは解体するか」
「あ、私も手伝いますよ。村で生活していた時は両親の作業の手伝いでやってましたから」
そう言ってアンナは自分の肩掛けカバンに入れていたアルデルで購入したナイフを取り出す。
ポロは今のところ仕事は無いので荷物を下ろして寛いでいる。
「……そのナイフ、もしや稀水鉱製か?」
「はい。長く使うならいい物をってクロさんが買ってくれたんですよ。軽いしよく切れるので重宝してます」
「ふむ。これなら私のナイフで皮を剥いだりするよりもアンナに任せる方が早く終わりそうだな。じゃあアンナに任せて別なことをするかな」
そう言いながら寝床に良さそうな場所を探そうかとポロの方に行こうとしたメリエをアンナが慌てて呼び止めた。
「あ! メ、メリエさん! ちょっと聞きたいことがあるのでできれば一緒にやってくれると嬉しいんですけど!」
「え? ああ。別にいいぞ」
アンナはメリエと一緒に昼に獲った獲物の皮を丁寧に剥ぎ、スジなどの硬くて食べ難い部分を切り落としていく。
適当な大きさに切り分けると、今日食べる分と保存食にする分にわける。
作業をしつつ、何やら小声でメリエとアンナがヒソヒソと話しているが、水音の大きい川の近くで風呂の用意をしていた自分にはよく聞き取れなかった。
「ボソボソ……(メリエさんもクロさんのことを狙ってるんですよね? やっぱりアプローチとかするんですか?)」
「ヒソヒソ……(え?! い、いや、確かに誠実だし優しいし惹かれるものはあるが、まだそんな……)」
「ゴニョゴニョ……(じゃ、じゃあメリエさんにその気が無いなら、男性をその気にさせる方法とか教えてくれませんか? その……あんまり男の人の気を惹く方法とかって知らなくて……メリエさんに男性の気を惹く方法とか教えてもらいたいなと……)」
「モゴモゴ……(わ、私だってクロをいいなとは思っているぞ。強く優しいし、男っぽい私にも女として接してくれるし……。そ、それに私もあんまりそういうことに詳しくは無い。こういう時はやっぱりストレートに行く方がいいんじゃないか?)」
「ボソボソ……(ストレート……や、やっぱり娼館のお姉さん達みたいに裸で、ですよね?)」
「ヒソヒソ……(な、なんでそうなる!? 素直に口で想いを伝えるという意味だぞ!?)」
「二人ともーお風呂できたけど、そっちはー?」
以前と同じように川近くの地面を掘って穴を作り、石を並べて簡易露天風呂を作る。
水を流し込み、温めれば出来上がりだ。
一度作って慣れたのでものの数分で完成した。
「ひょっ?! あ、ああ。わかった。こっちももう終わる」
何、その変な返事は……。
そんなに驚くタイミングで声をかけたつもりはないんだけど……。
「料理より先にお風呂済ませちゃわない? 暗くなると不便だし」
「そうですね。じゃあ下ごしらえだけしちゃいますね」
以前と同じように三人でお風呂を済ませる。
やはり女性との入浴は慣れないが、星術で温めなおしたり、出た後に体を乾かしたりをするので一緒に入った方が効率がいい。
入浴のときは装備も外しているし、野盗の襲撃など何かあったら自分が守ることになるので離れない方がいいだろう。
しかし、なぜか今日の二人は自分と視線を合わせず終始無言だった。
怒らせるようなことをした覚えは無いが、何だか気まずい入浴である。
何日かぶりのお風呂を済ませるとここまでの旅の疲れも随分と抜けてくれた気がした。
夜が近づき徐々に空気が冷たくなってきているので、湯冷めをしないように周囲の空気を暖めながらアンナの料理を手伝う。
メリエは保存用に切り分けた肉を塩漬けにしていた。
燻製にするためのチップがこの付近では採れないので、塩漬けで我慢することにしたのだ。
夕食にお肉たっぷりのスープに串焼き肉を堪能し、お腹が満たされたので寝る準備をしていく。
川原付近は石だらけで寝にくいため、比較的石が少ない川原から離れた場所まで移動して今夜の寝床を用意した。
「じゃあ、また見張りはいつも通りで」
「ん。風呂にも入って気分もさっぱりしたから眠くならずに見張りができそうだ」
「そうですね。気持ちよかったです」
「コタレ村に着いたら少し宿を取ってゆっくりしようかね。見張りが大変だしこの先の移動はどこかの商隊に混ぜてもらうことも考えようか」
「まぁコタレに着いてから決めてもいいんじゃないか? 村にもギルド施設はあるからそこで情報収集してからでも遅くないさ」
「そだね。じゃあ僕達は先に休むねー」
「お先です」
ポロは既に寝ている。
お腹一杯になるまで肉を食べていたし、満腹で眠気が早くきたようだ。
大分旅に慣れてきたが、やはりもう少しで宿で休めると思うと随分と気が楽になる。
次の村はどんな場所だろうと考えながら眠りに着いた。
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