深夜の来訪者

「クロ、クロ。交代の時間だぞ」


「んあ。わかったー。……ふあーぁ」


 先の見張り当番だったメリエに肩を揺すられながら小声で起こされ、あくびをしながら目を覚ます。

 自分が一番体力があるので、疲れが取れにくい真ん中の見張り当番になっている。

 ちなみにアンナはまだ体力が少ないので自分やメリエよりも見張りの時間を短めにしてある。

 アンナの場合は見張りが終わったらそのまま朝食の準備をしてもらっているので丁度よかった。


「じゃあ、続きをよろしくな。私も休むよ」


「はいよー。おやすみ」


 メリエとバトンタッチし、今夜の見張りを始める。

 移動中は曇り気味だったが夜になって雲が晴れ、今は綺麗な月夜。

 星明りと月明かりで青白く彩られた夜の平原は、妖精でも出てきそうなくらい美しかった。

 まぁメリエの話ではこの世界には妖精や精霊が実在しているそうなので機会が在れば見ることもできるだろう。

 今から楽しみである。


 静かな月夜の中、周囲の気配を探ってみるが特に何かがいるという感じは無い。

 ここは開けていて見晴らしもいいから、何かが来ても気づくことはできる。

 が、周囲360度をいっぺんに見張るというのはやはり大変だった。


 時折、篝火が消えないように薪や泥炭を足しつつ、火が揺らめくのを眺めながら当たり障りの無いことを色々と考えて時間を潰す。

 綺麗な夜空を見ながらただ静かに座っているだけの時間というのも、釣りをしているようで中々どうして悪くない。

 周囲の状況を意識しつつも、月明かりに照らされる雲の影がゆっくりと星空を横切っていくのをぼーっと眺めていると大分時間が過ぎた。


 月の位置が随分と移動して変わってきたので、そろそろ頃合かと思い次の見張り当番のアンナとポロを起こそうかと腰を上げた。


「アンナー。起きてー。次の見張りお願いー」


 よく眠っているのを起こすのは忍びないが当番だからしょうがない。

 前に一回甘やかし、アンナの代わりに自分とポロで夜明けまで見張りをしたら、アンナに怒られてしまった。

 アンナは真面目でしっかりしているので変に気を遣われたと思ったのか、ちゃんと当番として決めたんだから守るようにとお説教された。

 なので具合が悪いとか特段の事情がある場合を除いては当番を守ることにしている。


「おーい。アンナー。時間だよー」


 いつもなら少し揺すると起きてくれるのだが、今夜は起きる気配がない。

 そんなに疲れていたのだろうかと考えながら、肩を揺すり続けるが起きなかった。

 ぷにぷにになってきた頬をうにゅーっと引っ張ってみたが、気持ち良さそうに眠ったままだ。

 仕方なく先にポロを起こそうと思いメリエの隣で寝ているポロに静かに近づく。

 メリエが起きてしまわないように首あたりを静かに叩きながら小声で呼びかける。


「ポロー。今夜の見張りお願いー」


 何度か呼びかけてみるが、今夜はポロも中々起きてくれなかった。

 やはりここまできて皆疲れが溜まってきているのだろうかと思いながら何度も呼びかける。

 しかしアンナもポロも一向に起きる気配が無い。


 何とか起こそうとするが気持ち良さそうに寝息を立てたまま覚醒の気配の無い二人に、さすがに何かおかしいと思い始める。

 アンナはともかく様々な気配に敏感なポロがここまで起きないのは変だ。


「メリエ、メリエ。ちょっと様子がおかしいんだけど」


 メリエを起こして意見を聞こうと思い、呼びかけながらメリエの肩を揺さぶる。

 が、アンナやポロと同じくメリエも起きる気配がない。


「おーい。メリエー。起きてよー。……うーん。みんなどうしたんだろう」


「無駄です。誰も起きませんよ」


「!?」


 スヤスヤと安らかな寝息を立てながら一向に目覚めない皆を起こそうと四苦八苦していたが、背後からの突然の声に驚き、慌てて声の主を探した。

 若い女性の声だ。

 声の方に視線を向けると二人の人影が月明かりの中に立っている。


(……盗賊? いや……)


 一瞬盗賊が襲撃してきたのかと思ったがそんな様子ではない。

 今まで見てきた盗賊は最低でも五人以上の集団で襲ってきている。

 盗賊は警戒の厳しい町や村には入りにくいし、多くの場合魔物の跋扈する場所で生きていかなければならないので、少人数過ぎると魔物にやられてしまう。

 そのためある程度の集団を組んでいる場合が多い。


 また対峙する二人の格好も盗賊らしくなかった。

 一人は白い修道服と巫女服を合わせたような見たことの無い服装をしている。

 恐らくこのシスター風の女性がさっき声をかけてきた人間だと思われる。

 もう一人は大柄の男性で軽鎧に日本刀のように反りのある大剣を背負っている。


 フードのようなものを目深に被り、どちらも顔をよく見ることはできないが、女性の方は声からしてかなり若いのではないかと思った。

 そして二人とも綺麗な身形をしている。


 盗賊は小汚い連中が多く、服装も血がついていたり汚れていたりしてもあまり気にしていないような見た目の場合が多い。

 しかしこの二人は清潔で、ちゃんとした装備と服を着込んでいるのでやはり盗賊らしくない。

 訝しい視線を向けながら近寄ってきた二人に警戒感を強くしていると、男性の方が口を開いた。


「これで五組目。いい加減当たりを引きたいものだがな」


「……仕方ないでしょう。私の石でも正確な場所までは特定できません。せいぜい一定範囲にいるかどうかを判断できるくらいなのです」


(……何のことだろう。襲った旅人の数か?)


 二人の動向に注意しながら相手の様子を観察する。

 月明かりと夜目の術のおかげで昼間同然に相手を見ることができる。

 筋肉質な腕を組んでどっしりと構えた大柄の男性の方は、見たまんまの肉弾戦型だと思うが、やや後ろに控えるシスターっぽい服を着た女性は魔術師だろうか。


 女性はチャンピオンベルトのような幅広の大きな革ベルトをたすきのように肩にかけ、そのベルトに大小様々な石を小さなベルトで固定している。

 遠くから見ると巨大な数珠を肩にかけているように見えた。

 それ以外に武器らしいものは見当たらない。


「全員にじゅをかけなかったのか?」


「いえ、全員にかけたはずですが……。なぜか彼には効いていないようですね」


「巫女の呪に抗える者などいるのか?」


「私も聞いたことはありませんが……もしかしたら何か特別な呪具を持っているのかもしれません」


「……まあいい。どちらにせよやることは変わらない」


 二人の会話を黙って聞きつつも、周囲に他の人間がいないか気配を探る。

 しかし自分の探知に引っかかるものは無かった。


 この二人やアルデルで返り討ちにしたハンターなど、ある程度警戒しているにも関らずその警戒に引っかかることなく接近できる人間が思った以上に多い。

 この調子だと気付いていないだけでまだ他にも息を潜めている者がいるかもしれないと思っておく方がいいだろう。


 これはやはり、早めにレーダーになるような星術を開発しておくべきかもしれない。

 一応不意打ちを受けても大丈夫なように自動で防壁を張ってくれるアーティファクトは全員が持っているが、それも完璧ではない。


 暇を見て【竜憶】を探し、そんな星術が無いかを調べてはいるのだが、なかなか見つからない。

 自身で開発するのも、二つ程問題があって捗っていない。


 まず新しい星術を生み出すのは竜の姿で行なう必要があるということだ。

 人間の姿でも簡単なものならできるのだが、複雑なイメージをしなければならないものや、星素の緻密な操作が必要な物などはやはり竜の姿でなければ難しい。


 そしてもう一つは開発しようとしている探索・探知系の術の感覚の問題である。

 星術で幅広いことが行えるといっても、機械等を使わず身体一つでレーダーのようなことをするというのは人間だった頃には考えもしなかったものだ。


 竜として生まれた事で、気配察知など人間だった頃にはできなかったことができるようになってはきたが、新しく術として確立するのはやはり難しかった。

 いくつか試してみてはいるものの、まだまだ実用には至っていない。


 だがまたしても接近されるまで気が付かなかった事態を重く見て、危険を遠ざけるためにも早めに索敵型のアーティファクトか星術を用意しておくべきだと思い直した。

 なるべく人目につかない場所や時間を利用して、竜の姿に戻ってでも探知系の術を用意しておこうと心に留め置く。


 今のところ二人に仕掛けてくるような素振りは無いが、アンナやメリエを庇える位置に移動し、いつでも動けるように身構える。

 すると女性の方が自分に声をかけてきた。


「すみません。事情をお話しすることはできないのですが、大人しく荷物を全て置いて行ってもらえませんか? 抵抗しないで下されば命を奪うことはしないと約束します」


「本来は全員眠らせて荷物だけを頂いていく予定だったんだが、呪が効かないのであれば仕方が無い。悪いがそちらに選択権は無い。こちらにはこちらの事情があるのでな。抵抗する場合は力ずくで奪わせてもらう」


「はぁ……。もう少し穏便に済ませようという意思は無いのですか? もしかしたら彼らがそうかもしれないのですよ?」


「事が事だ。こいつらが当たりだとすれば、万が一ということも有り得る。最優先事項はお前がアルデルで探知した気配の確保だろう?」


 二人の言葉を咀嚼してみたが、よくわからないことが多すぎる。

 今の会話でわかったのはアンナ達を眠らせているのはこいつらだということ、こちらの荷物を奪おうということ、そして逃がす気は無いということだ。


 全員の安全を考えるなら荷物を渡すべきなのかもしれないがそれはできない。

 お金だけならまだしも、自分の荷物には竜の鱗などが詰まっている。

 それは渡せない。


 しかし何かしらの方法でアンナ達を眠らせているのなら、是が非でも解除させる必要がある。

 もしかすると星術で解除することはできるのかもしれないが、できなかった場合が問題だ。

 こちらとしてもこの二人を黙って返すわけにはいかない。

 少なくとも眠らせる何かをしたと思しき後ろの女性だけは何としてでも捕獲しなければならない。


 魔法に耐性を持たせるアーティファクトも作っておきたかったが、魔法というのがどういうものなのかを調べないとそれは難しい。

 今まで魔法を使える人間が身近に居なかったし作ることができなかった。

 それにアンナ達が眠っているのが魔法によるものなのかもまだわからない。

 あの二人は〝呪〟と言っていたから薬品とかではなさそうだが。


「どうする? 大人しく荷物を全て差し出すか、痛い思いをして奪われるか」


「……お金だけなら考えてもいいんですけど。それ以外を持っていかれるのは困ります」


「言っただろう。お前さんにそれを選ぶ権利は無い。選べるのは無抵抗に差し出すか、抵抗して奪われるかだけだ」


「申し訳在りません。眠ってもらっているお仲間さん達は元に戻しますので、どうか抵抗しないで下さい」


 言っている事もやっていることも盗賊や強盗と変わらない。

 人質を取りながらこちらの財産を要求する。

 普通の旅人ならば町も村も遠い場所で身包み剥がされたら、待っているのは魔物のエサという未来だけだ。


 それならこちらもそれなりの方法で答えよう。

 例え自分の正体がばれ、相手の命を奪うことになろうとも、どんな方法を使ってでも皆を眠らせているあの女性を捕獲させてもらう。

 今まで襲ってきた野盗共と同様、眠らされている三人のために戦うことを決めて腹を括った。

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