街道と野営

 アルデルの町を出発して三日目。

 アルデル周辺は畑が広がっていたのだが、街道を進むと人の気配が徐々になくなっていく。


 踏み固められた土の街道と所々にある看板以外に人工物の無い草原と小さな森を何度か抜け、アルデルの町から王都に行く道程で最初の補給ポイントとなるコタレという村まで半分というところまで進んできた。


 今のところ天候も問題なく移動に関しては順調なのだが、これまでに二回野盗からの襲撃を受けている。

 自分達が狙われるのにはいくつか理由があった。


 本来こうした都市間の移動ではなるべく同じ方向に行く人間が集まり、魔物や野盗に襲われないようにするそうなのだが、自分達はアーティファクトを駆使して旅をしているので、それが周囲に知られないようにするためにわざと孤立して移動している。

 孤立していると言っても街道を移動している以上、人と擦れ違ったり、視界には入らないが前後には同じ方向に行く人がいたりと人と無縁という程ではない。


 魔物に関しては今まで通り竜にちょっかいを出してくる程命知らずなものはおらず、殆ど問題ないのだが、孤立している上に見目麗しい女性が二人ということで野盗には格好の標的にされてしまっているようなのだ。

 一応戦闘に参加すれば脅威となる疾竜のポロがいるのだが、それを差し引いても狙いやすい手合いと判断されているようだった。


 そしてこの国に野盗が増えているというのも大きな要因になっている。

 メリエの話では十数年前までは他国と戦争をしていたため傭兵や兵士などが多くいたのだが、戦争が沈静化し争いが少なくなったことで仕事の無くなった多くのそうした人間が野盗化してしまった。

 戦闘以外で生計を立てる術を持たない人間は、人が多くなり逆に仕事が少なくなって飽和化した傭兵稼業が続けられなくなると、野盗に身をやつしてしまう事が多いのだそうだ。


 大きな都市周辺では定期的に騎士団などが魔物や野盗を取り締まるのでそれ程でもないそうだが、こうした周囲に町が無い街道の様な場所は取締りの目も届かず、商隊や旅人などを狙った野盗が出没しやすい。


 今のところ自分とメリエが特に問題もなく撃退しているのだが、夜に必要以上に気を張らないといけないのでかなり鬱陶しい。

 しかしそれももう暫くの辛抱だ。

 ここは王都や大きな都市からも遠いため野盗も多いのだが、コタレの村を越えると取締りの目が厳しくなるため野盗も減ってくるのだそうだ。


 しかしコタレの村まで行くには途中にある少し大きな森を抜けなければならないそうで、そこを越えるまでは魔物や野盗への警戒を怠るわけにはいかない。

 深い森には好戦的な魔物も潜んでいるし、隠れる所も多いので野盗にとっても襲いやすい環境なのだ。


「魔物の多い森に潜んで待ち伏せしてるなんて、野盗も根性があるよね」


「いや、よっぽど大きな盗賊団でもない限り森の中に潜んでいるということはないぞ。大抵は狙いをつけた商隊や旅人の後を付けて、襲いやすい森で襲撃しすぐに森を離れる。森の魔物に長期間耐えられるほどの実力者なら野盗などしないでハンターをしているさ」


「それもそうか」


 メリエと雑談をしながら野営の準備を進める。

 既に日はだいぶ傾いており、暗くなる前に野営の準備を終える必要があるのだ。

 周囲に人がいないのを確認して竜の姿に戻ると、星術で土石を動かし少し穴を掘って場所を作り、木を成長させて目隠しを作って寝られる場所を確保する。

 雨の心配は無さそうなので身を隠して寝られる場所が在ればそれでいい。


 その近くでメリエは薪となりそうな木材をポロと集めている。

 生木は燃え難いのでなるべく枯れ木を探してはいるがそうそう都合よく落ちてはいない。

 ある程度湿っていてもいいので枝を直接伐ったりして集め、ポロと運んでいる。


 野営場所はやや街道から離れたところにある、森という程ではないが木が茂っている場所だ。

 普通魔物や盗賊を警戒するなら街道のすぐ脇で野営するものらしいのだが、自分達の場合は見られたら色々まずいことが多いので多少危険でも街道から離れた場所で野営することにしている。


 街道は夜間でも急ぎの商隊などは通りがかるため、人目を嫌っている魔物や野盗は手を出しにくい。

 しかしその代わり街道を通る人からは丸見えになるし、走車の隊列が通ると音などがうるさいので結構居心地が悪い。

 普通は身の安全を最優先に考えるので、今まで多くの旅人が街道の脇で食事をしたり、寝たり、中には平気で全裸になって体を拭いているのを目にしたりした。


「クロさーん、メリエさーん、ポロー。そろそろできますよー」


「はーい。もう少しで終わるから待ってー」


「よし。じゃあポロ、我々は先に行くか」


「(はい)」


 旅で野営前の仕事分担は既に決まっている。

 自分は寝るための場所を星術で確保し果物などを育てる、メリエとポロは篝火に使う薪集めと狩りや採集、アンナは料理番ということになっている。


 一応役割分担に関しては、アンナだけに食事係りを任せず持ち回りにして各自のスキルアップを図ろうという話になったのだが、ある理由でほぼ固定化することになった。


「やー、いい匂いだねー。涎が止まらなくなりそう」


 寝る場所の確保を終え、人間に変身するとアンナが食事の支度をしていた場所に移動する。


「このアーティファクトすごく便利ですね。野宿とは思えないですよ」


 アンナが石の台の上で火にかけていたフライパンを下ろし、お皿に料理を盛りつけながらアーティファクトを賞賛する。


「アンナはもう慣れてるから平気かもしれないけど、僕やメリエだと上手く使えないからね。便利でも使いこなすのが難しいから家事が得意なアンナ専用になりそうだよね」


「う……私だって少し練習をすればこれくらいすぐに……!」


「(ご主人、この領分は素直にアンナ嬢に任せるべきかと)」


「ぐ……ポロ、少しは主人の顔を立てようと思わんのか」


「(しかし、さすがに毎度以前のようにされては食べる物が……)」


 ポロにはこのアーティファクトを使ったメリエのせいで二つの意味で苦い思いをしているため、切実な思いが込められた進言だった。


「せっかくの食べ物を僕もメリエもよく焦がしちゃうし、食糧の無駄を考えるとやっぱりアンナにお願いするのがいいよね」


 アンナが使用しているのは便利系として作っておいた複合型アーティファクトである。

 といっても複数の術を一つの物に込めたものではなく、一つの術を込めた指輪のようなリングを鎖のようにつなげてブレスレットの形にしたものだ。


 込めてある星術は火を出したり、水を出したり、冷やしたり、かき混ぜたりといった料理や家事全般で役に立つだろうという術ばかりで、戦闘などには使えないアーティファクトである。

 当初は一つずつ術を込めてバラバラに用意したのだが、数が多くなりすぎて付け外しが面倒だし、どれに何の術が入っているのかがわかり難かったので何とかしたいと考えた。


 そこで思い出したのがアーミーナイフである。

 日本では十徳ナイフと呼ばれている、一つの柄に様々な道具が収納されているナイフだ。

 同じように一つアーティファクトをつけるだけで様々な術が使えるようにしたいと考えたのだが、以前試した通り一つのアーティファクトに複数の術を込めるのはとても大変なので、バラバラに術を込めたものを一つに繋ぎ合わせてみたのだ。


 使う際は火をイメージしたり水をイメージしたりとイメージするものが違うので、発動するのはそれぞれに対応したものだけになる。

 しかも使うのは星素なので燃料が無くても火は燃え続けるし、電力が無くても冷蔵庫のように物を冷やしたりできる。

 簡単に言うならブレスレット状で持ち運びができる簡易キッチンである。


 恐ろしいくらい便利な物ができてしまい、自分が作る様々な物を見て大分慣れてきていたメリエやアンナも最初に見せた時は呆気に取られていた。

 しかし欠点もあった。


 当初アンナだけではなく自分やメリエも使おうとしたのだが、これが想像以上に難しかった。

 例えばガスコンロのように料理に丁度いい火を出す場合。

 火は自身のイメージで起こすため、料理に慣れていてどれくらいの火力でどれくらいの時間出し続けるといった細かい部分までイメージできないと火力調整がかなりシビアだった。


 料理に慣れていないメリエがイメージすると、火は起こるのだが火力が強すぎて、食材をあっという間に丸焦げにしてしまった。

 一応ある程度自炊経験があった自分も試してみたのだが、調整つまみをいじれば最適な火力に出来るガスコンロなどとは違い、かなり難しいものだった。

 ただ強い火をイメージすればいい攻撃用の術とは違い、繊細な調整で常に一定になるように火力に気を配りつつ料理の方も面倒を見なければならないので思った以上に大変だったのだ。


 メリエは初日にアーティファクトを試してポロ用のブロック肉を炭の塊に変えてしまっている。

 それをもったいなく思ったポロは無理に食べたのだが、殆ど炭を食べているのと同じなのでかなり苦い思いをしたのだった。

 本人の料理の腕ではなく、単純にアーティファクトの制御の問題なのだが、メリエは料理に失敗したことにかなり落ち込んでいた。

 自分で使ってみた時もそこまでではなかったがやはり焦げ焦げだった。


 同じような理由で冷やしたり、かき混ぜたりといったことも料理をし慣れていないと難しかった。

 アンナも最初は同じように失敗していたのだが、料理をやり慣れているというだけあって何度か練習すると的確な火力に調整し、火を維持しながらスムーズに料理をこなすことができるようになった。

 そのためこの旅ではアンナが料理当番で固定となったのだ。

 自分やメリエが同じようにできるようにするにはまだまだ練習が必要だろう。

 少なくともこの旅の間はアンナの料理当番が変わることはなさそうである。


「じゃあ冷める前に食べましょう。仕事が残っているなら食べた後でやって下さい」


「大丈夫。僕の方はもう寝るだけだよ」


「こちらも一晩分の薪は集め終わったぞ。一応泥炭もまだ残っているから大丈夫だろう」


「最悪、集中しないといけないけど術で火を起こし続けてもいいしね。じゃあ水出すから手を洗ってね」


 アンナの何も無い外で作ったとは思えない出来の料理を配り、いただきますをする。

 朝と昼は時間も無いし保存食で我慢することにしているが、夜はこうして食材を調達したり味気ない保存食を調理したりして、手間暇かけた料理を作ってもらっている。

 これだけでも旅のモチベーションがかなり違うものになるのだ。


 たくさんの物を入れて移動できる自分の特製リュックと、その重さをものともせずに運べる自分やポロがいることで少人数では在り得ない程に旅を快適にすることができている。

 食材は経験豊富なハンターのメリエが狩りや採取で集めてくれるし、調味料や調理器具なども余裕を持って用意してあるため、他の旅人では出来ないような豪勢な野営ができるのだった。


「また風呂にも入りたいが、この近辺ではやめた方がいいだろうな」


 食後、メリエが心底残念そうな顔でぼやく。

 それを聞いたアンナは水を発生させるアーティファクトで空中に水を出し、その水の中で食器を洗っていた手を止めると、同じく残念そうな顔で同意を示した。


「そうですね。あんな快適なお風呂を知っちゃうとまた入りたくなりますよね」


「気持ちは分るんだけど、野盗がいつ来るかわからないのに無防備に裸になるのも問題だしね」


「むぅ。やはり早くコタレまで行くしかないか。そこを越えさえすれば露天風呂に入るチャンスもありそうだしな」


 そんなに気に入ったのか……。

 メリエの目がかなり真剣だ。

 いや、あれは誰でも気に入るだろう。

 女性に限らず心身を癒せる露天風呂は一度入ると病みつきになる魅力があるものだ。

 娯楽の少ないこの世界では尚更である。


「安全が第一だからね。今のところ強い盗賊や魔物は出てこないけど今後もそうだとは言えないし」


「まぁな。街道近辺で強大な魔物は出ることは稀だが盗賊はその限りでもないしな。昨夜も襲ってきたし今夜も警戒を怠るわけにはいかないな」


「三日目に入ってそろそろ精神的な疲労も出てきてるから注意しないとね」


 肉体的な疲労は癒しのアーティファクトがあるのでそこまで深刻にはならないが、精神的な疲労は確実に蓄積されてきている。

 夜間の見張りをしているとそれが如実に顕れる。

 メリエ、自分、アンナとポロの順番で見張りをしているのだが、交代間際になる頃にはみんなヘトヘトだ。


 多少の不便が在っても走車で速く移動したり、商隊について集団で移動する意味が分った気がする。

 これはこの世界での旅というものを甘く見すぎていたのかもしれない。

 次の村に着いたら同じ方向に行く人達を探してみることも視野に入れておこうと思った。


「じゃあ片付けもしたし、僕達は寝る準備するね」


「ああ。私は篝火の準備だな。アーティファクトで火が簡単に点けられるのはいいな。火口箱ほくちばこには戻れないな」


「慣れすぎて人前で使わないようにしてね」


 火のアーティファクトで篝火に点火しているメリエに苦笑しながら釘を刺しておく。

 食後はあまり無駄に時間を使わずに早めに休むことにしている。

 メリエは交代まで見張りなので起きているが、自分やアンナは少しでも疲れを取るために明日の用意を終わらせると早めに寝る支度をする。

 何かあった場合にすぐに動けるように荷物をまとめ、アーティファクトなどもしっかり身につけておく。


「じゃあ交代までよろしくね」


「ああ、何かあったら予定通りに」


「ん。わかった」


「では先に休みます」


「(では私も)」


 これで特に何事も無ければメリエに起こしてもらうまで休むことができる。

 初日は初めての野宿ということでワクワクしてなかなか寝付けなかったが、よくよく考えてみると巣立ちをして森の中で寝ていた時と大して変わらないことに気付き、二日目からは何も感じなくなった。

 アンナは慣れているのか特に感慨深いものは感じていないようで、宿に泊まるのと同じように寝ていた。


 土の地面に周囲から枯葉を集めてきて簡易的なベッドを作ってアンナやポロと横になる。

 そうして静かに生木が燃える音と夜風に枝葉が揺れる音を聞いていると、旅の疲れも相まって一気に眠気がやってくる。

 一応寝ながらも周囲の気配に注意し、何かあればすぐに目覚めることができるようにしているのだが、疲れが溜まってきているせいか眠りが深くなり気付くのが遅れそうだった。

 精神的な疲れを何とかできるアーティファクトでも作れないかと考えつつ、すぐ隣で眠るアンナのぬくもりを感じながら意識を手放した。

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