忍び寄る者

「あ、クロさん。出かける前に……」


「おっと、そうだ。買い物に行く前にメリエの分の物入れを作るね」


 アンナに言われて思い出した。

 ついさっき買ってきたばかりの立派な革のリュックやポーチなどを自分のリュックから取り出す。

 以前に自分達が使っているたくさんの物が入るリュックを羨ましがっていたので、それを聞いたメリエは随分と喜んでくれた。


 念のために周囲の様子を探り見られたりしていないことを確かめると、早速作るために買ってきた物入れ類と自分の脱皮した鱗を数枚用意してテーブルに並べていく。

 メリエはテーブルに並べられた材料を興味深そうに眺め、どうやって作るのか興味津々と行った感じだ。


「……これは、もしや岩石鹿の革か? かなりの高級品だぞ」


「前に話したと思うけど、たくさん入れられるようになっても重さは変わらないから頑丈な物で作らないと重さに耐え切れずにすぐ壊れちゃうんだよ」


「そういえばそんなことを言っていたな。で、どうやって作るんだ?」


「ただのカバンには竜の魔法を込めることはできないから、脱皮した時の古竜の鱗を組み合わせて魔法を込めるんだよ」


 言いながら以前と同じように鱗の形を星術で針金のように変化させていく。

 掌の上でグニグニと動いて形が変わっていく様を見ると、初めて見るメリエだけではなく、一度見たアンナも『おおー』といいながら面白そうに見ていた。

 針金のような形になったところでリュックの口の部分に合わせ、水銀のように液体状にしながら癒着させる。

 同じように財布やポーチにも鱗をくっつけていく。


「何とも不思議な光景だな。錬金術師アルケミストの魔法にもこんなものは無いと思うぞ」


「面白いですよね。何だか生き物みたいです」


 確かに掌の上で独りでに動いて細長くなっていく様は、手に乗せたミミズのように見えなくも無い。

 無事に取り付け終わるとそれぞれに星術を込める。

 一度成功させているので特に問題なく術を込めることが出来た。


「はい、これで完成。見た目以上に中が広くなっているから試してみて。注意点としては重さに気をつけることと、人前で使うと怪しまれるかもしれないから一応今まで使ってた普通のリュックとかも捨てないでおいてね。あ、そうだ。ついでだから盗難防止用の術も込めておくよ」


 アンナや自分の物には盗ろうとすると電撃が発動するアーティファクトを別に取り付けているので、同じようにメリエの物にも取り付ける。

 アーティファクトの大盤振る舞いだが、まだまだ脱皮した鱗は余っているので問題ない。

 というか使って数を減らしたいとすら思っている。

 重いわけではないが数が多いと結構かさ張るので、いくらたくさん収納できるカバンがあってもやはり邪魔だった。


「おお。改めて見ると凄いな。ありがとうクロ。大切に使わせてもらうよ」


「うん。どうせ鱗はまだまだ余ってるから気にしないでいいよ。メリエなら大丈夫だと思うけど盗難とかには気をつけてね」


 メリエは早速今までのリュックから荷物を移していく。

 頻繁に使う物はそのままにして、普段は使わない物を新しいリュックに次々と詰め込む。

 途中で重さを確かめながら全ての物を移し終わると、かさ張っていた荷物が随分とコンパクトになった。

 試しに背負ってみて調子を確かめ、問題ないことを確認すると、同じようにしてポーチや財布にも物を移していった。


「ふむ。いい感じだ。重さは今までと同じだが持ちやすくなったし、丈夫そうだな。重心が安定するから咄嗟の時にも動き易い」


「じゃあ食糧の予約に行こうか」


 貴重品を持ってメリエの宿を出ると、商店の立ち並ぶ通りに足を向ける。

 保存食を扱っている店は町で暮らす一般市民が集まる通常の生鮮食品を扱っている店とは別にあり、店には専ら旅人やハンターなどの人間が集まっている。

 普通はパンはパン屋、肉は肉屋と別れているのだが、保存食はそこの店に行けば殆ど全てが手に入るようになっていた。


 護衛依頼が全て取られていると言うだけあって、これから町を離れるという人間が多く、保存食料品屋にもかなりの数のハンターや傭兵が詰め掛けており、長い行列が出来ていた。

 この世界にきてまで行列が出来る食べ物屋に並ぶことになるとは思わなかった。

 ただ並んだ先に待っているのが美味しい物ではなく、必須になる保存食品ということがちょっと残念ではある。


 行列に並んでいるとだいぶ日が傾き、空が夕焼け色に染まっていく。

 町に到着したのが遅かったのでそれは仕方が無いことだが、さすがにお腹が空いてきた。

 保存食の予約は勝手がわかっているメリエにお願いして、自分とアンナは並びつつも横で見ていることにした。


 今後は自分達も買うことが在るかもしれないので勉強のためだ。

 やはりこうした知識があるメリエが居てくれるととても助かる。

 道中ではアンナに少し戦闘の手解きもしてもらえないか頼んでみよう。


 メリエは順番が来ると手際よく必要となる人数分の食糧と水を保存するための薬草を頼んでいく。

 受け取りのためのサインをしてお金を支払うと予約は完了。

 受け取る時間を確認すれば、あとは明日出る直前に受け取りに来るだけだ。

 保存食の内容は時期により変わるらしいのだが、選ぶことはできないようで、全て店任せになるようだった。


「よし。これでいい。あとは出発前に取りに来ればいい。受け取る時は本人確認とサインをするから本人じゃないとダメだぞ」


「勉強になるなぁ。ありがとうね。僕たちの分までやってもらって」


「こっちも色々とやってもらっているんだから気にしなくていい。お互い様だ」


「じゃあ一回解散かな?」


 あとは買い物で必要になる物は特に無いはずだ。

 着替えや靴は前に買ってあるし、移動に必要になる物はメリエが貸してくれる。

 仮に足りない物があったとしても今の自分なら出先でどうとでもできる。

 伊達に半年間森の中でサバイバルをしてきたわけではないのだ。


「あ、あの。メリエさんにちょっと頼みたいことが……」


 終わりかと思ったらアンナがおずおずと申し出た。


「ん? ああ、いいぞ。クロ。私とアンナでちょっと買い物をしてくるから先に戻っていてくれ」


 メリエはアンナの様子を見るとアンナが用件を言う前に承諾した。

 【伝想】などを使ったようには見えなかったが、そこまで意思疎通が出来るほど仲が良くなっていたのだろうか。


「あ、まだ必要な物があるの? なら一緒に行くけど」


 買い忘れでもあるのかと思ったがアンナの様子がちょっとおかしい。

 ついて行くことを提案したら言いづらそうにモジモジして顔が赤くなった。

 アンナの様子になんだろうと首を傾げていたらメリエに注意された。


「クロ。女性には知られたくないことや男性とは別に必要になる物があったりするのだ。そこで気を利かせるのも紳士の嗜みだぞ」


 女性だけに必要な物……あ、もしかして生理用品とかそういうものだろうか。

 ……気がつかなかった。

 確かにアンナもメリエももう初潮は来ている年齢だろうし、長く町を離れるなら必要になる場合もあるのだろう。


 まぁ予想なので合っているかどうかはわからないが、メリエがこう言うなら詮索はやめておこう。

 デリカシーが無いと思われてしまう。

 もう遅いかもしれないが。


「あー……うん。わかったよ。じゃあ僕は先に宿に戻ってるね」


「はい。すいません。晩御飯までには戻りますので」


「心配しなくていいぞ。私が宿まで送るからな」


 メリエとアンナは夕方の雑踏の中を宿とは反対の方向に歩いていった。

 こちらも先に宿に戻ろうかと思ったのだが、大分お腹が減ったので晩御飯の前に少し屋台で買い食いをすることにした。


 飲食店が多く立ち並ぶ通りを歩いていくと何やらいい香りが漂い始める。

 夕方近くになると多くの人が飲食店に集まってくるので、どの店も人でごった返していた。

 そんなにがっつりと食べるわけでもないので、屋台で目ぼしい物が無いかを探していくことにする。


 しかし、人ごみの中を歩いていると後方から誰かが付いてくるような気配を感じ取った。

 多くの人で溢れている中で常に一定の距離を取りつつ、こちらを意識しているような変な違和感を背中に感じる。

 最初は思い過ごしかとも思ったが、立ち止まれば向こうも止まるし、動くと同じように動いてくる。


 通常野生の中で生きる動物は気配に敏感だ。

 相手よりも先に存在を知らなければ自分が襲われてしまうのだから気配を察するというのはかなり重要なことである。

 野生に身を置く多くの動物が音や匂い、僅かな違和感や直感など様々な感覚を駆使して気配を探っている。

 それが出来ないものから死んでいくのが野生なのだ。


 竜の自分もある程度はそんな違和感を感じ取ることができるようになっていた。

 ただ自分の技術はまだまだ未熟で、森の泉に現れた狼親子やこの間のロボットのようなクマのように、自然と同化する程に気配を隠せる存在を察することはできなかった。

 今回はそんな自分でも違和感を感じ取れるくらいの相手だっただけだ。


 人間の中にも野生に近い生活を送っている者はかなり上手く気配を隠すことが出来るというが、そんな人間は町の中にいるということは稀だろう。

 常時緊張感を持って生活していなければこうした感覚はすぐに鈍っていってしまう。

 他の動物よりも優れた感覚を持っている古竜であり、更に星術で感覚を強化できる自分が例外というだけだ。


 何度か動いたり止まったりを繰り返し、確実に自分の後を付けているということが確認できたので、こちらから誘いをかけてみることにした。

 尾行される理由は思い当たることがありすぎる。

 竜の自分はそもそも狙われている状態でこの町に来たのだ。

 接触してみなければ相手の意図がわからないのでしょうがない。


 屋台で串焼きを一本購入すると、それをかじりながら宿の方に向かう。

 建物の間の細い小道に入り、誘いをかけてみる。

 追いかけてくる相手からすれば宿に戻るために近道をするように見えているだろう。


 食べかけの串焼きを無防備に食べながら人気の無い方に向かうこちらを察すれば、向こうも行動を起こすなら今だと判断するはずだ。

 さて。

 どう動いてくるか。

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