ギルドでの悶着
アンナと共に総合ギルドの建物に到着すると正面の扉を開けて中に入る。
やはり緊急依頼を受けたときよりも人の数が多く賑わっていた。
商店が立ち並ぶ通りにも人が多かったし、竜を探しに出ていたハンター達が戻ってきているというのは本当のようだ。
「あ。クロさん、あそこ」
アンナが何かに気付き、そちらを指し示す。
アンナに言われた方をに視線を巡らせていると、喧騒の中から覚えのある声が言い争っているのが聞こえてきた。
「だから、組むという話は以前断ったし、仲間や相棒は間に合っていると言っただろう。しつこいぞ」
「おいおいおい、こっちは善意で言ってやってるんだぜ。実力は俺らと同じくらいはあるんだろう? それなら実力の近い者同士で組んだ方が仕事の効率も上がるってもんだ。それにお前さんは今は誰とも組んでないんだろう? 一人は何かと大変だと思って声をかけてやったんだぜ」
ニヤニヤとした笑いを浮かべながら、メリエに話しかける男達に周囲の視線が集まっている。
傍から見ると柄の悪い男達が美人なメリエをナンパしているようにしか見えない状況だった。
「丁度俺達も戦力を増やしたいと考えたところだし、丁度いいじゃないか。大抵は同じ面子で固定化される上位のチームに入れる機会なんて滅多に無いんだぜ」
「何度も言うがこちらはお前達と組む気は全く無い。他を当たってくれ」
どうやらメリエがパーティに誘われているようだ。
いや、誘われているというよりは無理矢理引き込もうとしていると言った方がいいかもしれない。
メリエを勧誘しているのは結構立派な装備で身を固めた三人のハンターだった。
リーダー格でメリエにしつこく言い寄っているのは、歳が20台前半くらいで茶髪を肩口まで伸ばした男だ。
筋肉質でがっしりした体格をしていて、雰囲気的にはやや軽い感じがしているがそれに反してしっかりとした稼ぎを得ているらしく、収入が不安定らしいハンターの中ではかなりいい身形をしている。
何かの骨のような物から作られたと思しき柄をした立派な剣を腰に佩き、背中には装飾の施された穂が緑色の槍を背負っている。
魔法が込められた槍なのだろうか。
他の二人もそれぞれ武器は違うが、やはりギルドの中を歩いている他のハンターや傭兵よりも品質の良さそうな装備だった。
しかし、どうもメリエの実力を買って勧誘しているというよりは見目麗しいメリエを邪な下心から引き込もうとしているような感じがする。
後ろに立つ二人の男も同じような下卑た視線でメリエを見ているのであながち間違いではないだろう。
「知ってんだろ? この町の近辺じゃ俺ら以上の実力者はそうそういないぜ。一緒に来ればそれなりの稼ぎは得られるはずだ。それに〝竜使い〟虎の子の疾竜がいないんで困っているお前さんを思って声をかけてるんだ。こっちの善意を無碍にするのか?」
よく言う。
いやらしい視線であどけなさの残る女性をじろじろと見ている男三人のどこに善意があるというのか。
隣で事の成り行きを見守っているアンナですら男の薄っぺらい言動を見抜いて不信な視線を向けている。
当然メリエもそこに気付いていて、かなり鬱陶しそうに相手をしていた。
一応総合ギルドの中で同じ仕事をする仲間を募るのは認められているらしく、勧誘について周囲の人間やギルドの職員が何かを言う素振りはなかった。
粗野な人間が集まる場所でもあるので、こうした勧誘やハンター、傭兵同士のトラブルは日常茶飯事のようだ。
以前門番の衛兵がギルドの管轄では治外法権みたいなことを言っていたのはこういう理由が在るのかもしれない。
些細なことで揉め事が起こるたびに人を出していては人手がいくら有っても足りないだろう。
町の人間に迷惑をかけない範囲でなら、ある程度は自己責任ということらしい。
「お前、それはどういう───」
いつまでもメリエをほっとく訳にもいかないので、アンナを連れてメリエと男達に歩み寄る。
目つきを鋭くして何か言おうとしていたメリエだったが、近寄るとこちらに気付いたようでこちらに視線を向けてきた。
「ああ、クロ、アンナ。待たせたか?」
「ううん。大丈夫。どうしたの? 何か揉めてるみたいだけど」
とりあえず男達を無視してメリエに確認する。
まぁ恐らくは見た通りの状況なのだろうが。
「どうもこうもない。この連中が町に来た当初からしつこく仲間に入れと迫ってきてな。今回も懲りずに言い寄ってきているだけだ」
腕を組み、心底うんざりしているといった表情で状況を説明するメリエ。
男達を見やると途中から乱入してきた自分に不機嫌を隠すことの無い視線を向けてきていた。
自分の後ろに隠れるアンナにはメリエと同じような嘗め回すような視線を向けている。
正直、殴り飛ばしたくなった。
「なんだお前は? 今取り込み中だから部外者は消えな」
「すいませんけど、私はメリエと一緒に行動している者なので部外者ではありませんよ」
親しい人間に失礼な視線や言葉を浴びせる男達に怒りが沸いてくるが、ぐっと堪えて応対する。
男達は自分のこの言葉に苛立ちの色が濃くなった目つきで睨んでくる。
人間だった頃の自分ならば腰を抜かしていたかもしれないが、既に幾度か本気の殺気を向けられた経験があるので、この程度の胆で圧倒されることはなかった。
威圧感だけなら巨人種の方が数十倍上だろう。
ただアンナは恐いのか自分の服の端を掴んで後ろに隠れている。
大人しいアンナの精神衛生に良くないのでさっさと立ち去った方が良さそうだ。
「そうだ。既に何度も仲間は間に合っていると言っただろう。彼らがその仲間だ。これで勧誘しても無駄だということがわかったか? 大人しく他を当たってくれ」
メリエが付け加えると更に機嫌が悪くなったのか、男達の眉間にあるしわが深くなる。
「こんな寝巻きみたいな服着たヤツが仲間? 装備もロクに揃えられないヤツと組んで何になるってんだ? ハンターならより稼ぎになるヤツと組むのが普通だろうが」
「見解の相違だな。稼ぎ目的で組むヤツもいるのだろうが、私は違う。私は私の目的があって行動している。彼らと組むのは私の目指すものと方向が一致しているからだ。もういいだろう、これ以上関わらないでくれ。クロ、アンナ、一度出よう」
「……チッ、おい待てよ!」
呼び止める男を無視してメリエはギルドを出て行く。
こちらもアンナの手をしっかりと握りながらメリエの後に続いたのだが、擦れ違い様に男達の表情を窺うと怒りと憎悪の色が見て取れた。
未練がましい視線を向けてはいたが、とりあえず追いかけてくるといったことは無い。
さすがに町中で問題を起こせば警邏に捕まるということはわかっているということだろう。
ギルドの建物を出るとポロを迎えに行き、一度メリエが泊まっている宿に向かうことにする。
三人と一匹でギルドの建物から離れた場所まで来ると、歩きながらメリエが申し訳無さそうに謝罪の言葉を口にした。
「二人とも嫌な気分にさせて済まなかったな。あいつらはこの町にいるハンターではトップクラスの実力者らしい。個々の実力も私以上の使い手だ。双子山の捜索で町を離れる前からしつこかったんだが、戻ってきて前以上にしつこく勧誘してくるようになった」
「メリエさんも大変なんですね」
男達に怯えていたアンナは同情の言葉を口にする。
同じ女性としてああした目で見られるという不快感を共有しているのかもしれない。
今も昔も男の自分にはわからない類のものだ。
「まぁな。女のハンターが一人でいることは珍しいから、ああいった輩がちょっかいをかけてくることは多いんだ。今はクロ達がいるし、いなかったとしてもあんな下心が透けて見えるようなやつらの仲間になどなる気は無いがな」
「ふーん。でもメリエが悪いわけじゃないんだから謝る必要はないよ」
「そう言ってもらえると助かる」
後々話を聞いたところ、こうした問題は決して珍しいことではないらしい。
ギルドが管轄しているハンターや傭兵という職業はかなり危険な仕事もあるのだが、女性も少なくない。男性と女性はほぼ同じくらいの割合だそうだ。
以前は八割近くが男性のだったらしいのだが、十数年前に起こった戦乱で兵として駆り出された男性が多く死亡したため、この王国全体で労働力となる男性の数が大きく減り、女性の割合が多くなったらしい。
この世界では女性でもある程度の戦闘経験を持っている場合が割りと多いし、警邏や衛兵でも女性の姿は散見される。
現実問題として男性の数が減っているので、女性を登用しないと成り立たなくなっている部分が大きいそうだ。
その穴埋めのために戦争奴隷などが労役に充てられているそうだが、それも十分ではないらしい。
余談だが、戦乱による人口減少を危惧したこの王国は人口増加を推進するため一夫多妻を推奨しているのだとか。
一般の人は殆ど一夫一妻だが、割と裕福な家庭では一夫多妻のところも多いそうだ。
ハンターは命の危険を伴う仕事が多々あるので、よっぽどの実力がある人間以外は一緒に仕事をするパーティを組むのが普通だ。
自分はまだ正式登録をしていないので何も言われていないが、正式登録をすると危険な仕事も回ってくるため、正式登録をした時点でギルド側からパーティを組むことを薦められるのだとか。
ベテラン側もメリエのようにそこそこ実力がある人間には目星を付けておき、さっきのように勧誘して自分たちの稼ぎと生還率を上げている。
ただ命を預けるということはお互いの信頼関係も深く関わってくる。
信頼の置けない人間に自分の命を預けるなど到底出来ることではない。
いつ裏切られるかという問題も出てくるので、仲間を見極めるのは大切にことだ。
殆どの場合は駆け出しの頃から組む相手を探し、長く依頼を共にすることで信頼関係を築いたり相手を見極めたりするのだそうだ。
今回のように見目の良い女性や男性に対して性的な目的を持って勧誘し、強姦まがいのことをする者もいるため、見極めは重要だろう。
基本は自己責任という立場でいるギルド側も悪質な場合は助けてくれるらしいのだが、さっきのギルドでの様子を見るとあまりあてになりそうもなかった。
「あそこまでしつこい人間も珍しいんだがな。まぁ今回のことで私も組んでいる人間がいると理解しただろうから、今後突っかかってくることは無いと思うのだが……」
メリエはそう言うが、ちょっと気になることもある。
一応追いかけてきてはいないようなので、とりあえず今後のことを話し合うためにメリエの宿に向かった。
宿に到着するとポロを宿に併設されている走厩舎に預け、メリエが借りている部屋に入る。
まずメリエがギルドに報告したことをかいつまんで説明してくれた。
「今回の緊急依頼の完了と後発隊への引継ぎをしたことをギルドマスターに報告したが、やはりというか、無事に戻ってきたということに驚かれたよ。ギルドマスターの方も無理なことを頼んでいたという自覚はあったらしいな。ナタリアへの説明のときと同じで説明に四苦八苦したが、とりあえず辻褄は合わせておいた」
「何か、毎度毎度ごめんね」
「いや、クロのお陰で今回の件は犠牲を出さずに済んだようなものだ。お礼を言うのはこちらの方だろう。で、報酬はどうする? 私だけもらうというのは気が引けるんだが」
そういいながらテーブルにチャリチャリと金属の擦れる音がする革袋を置いた。
「前にも言ったけどお金には困ってないから全部メリエが持ってて」
「実際アーティファクトの件でかなりの金額を手にしているということはわかっているんだが、一番苦労したのはクロだし少しは受け取っておいてくれないか? でないとこちらの良心が痛む」
まぁ律儀なメリエらしいといえばそうだが、実際お金には困っていないので受け取る気はない。
お金が無くなればまたアーティファクトを作って売るだけだし。
「これから一緒に行動するんだし、メリエが持っててよ。こっちはこっちでそれなりに持ち合わせがあるから。それに万一別行動する時にはそれぞれがお金を持ってる方がいいだろうから、そういう意味でも分けておいた方がいいよ」
「そうか。じゃあそういうことにしておく。必要になったら言ってくれ」
「ん。わかった。まぁお金無くなったらまたアーティファクトを作って売ればいいから困ることは無いと思うけどね」
「確かにそうかもしれないが、あまり目立つことは勧めないぞ。ここの町ではそれ程でもないが王都に近い町に行くほど欲の皮の突っ張った連中が増えてくる。そんな輩に目をつけられると動き難くなるからな」
確かに目立つことは得策じゃないので本当に困ったときだけにするつもりだ。
商売人や貴族なんかは自分の利益になることには目敏く、手段も選ばない者も多いだろう。
母上も人間に油断するなと言っていたし、そこも忘れないようにしなければならない。
「大丈夫。よっぽど切羽詰ったりしない限りはそんなことしないから。じゃあこのまま今後のことを話しておきたいんだけど」
「ん。わかった。じゃあまず王都まで行く方法だな。さっきまで商隊護衛の依頼がないかを見ていたんだが、双子山からハンターや傭兵が戻ってきて目ぼしい護衛依頼は既に全て取られてしまっている。当然といえば当然だが、竜の捜索が空振りに終わっている上にこの町に多くのハンターが集まったことで依頼の受け手も飽和状態になっていた。通常の依頼ですら受けられない人間がいる状況だそうだ」
ハンターや傭兵にとって依頼が無いのは死活問題だ。
本来ならこんなことは起こらないのだろうが、各地から人間が集まったことで取り合いが起きてしまっているのだろう。
依頼を出す側からすれば有り難い事かもしれないが、依頼からあぶれた人間にとっては困ったことになる。
竜を相手取るというのはそれ程の人間が集まらないといけないということなのか。
改めてこの世界の人々が竜種に対してどれだけの脅威を感じているのかが窺えた。
今まで自分達だけで移動するか商隊などと一緒に行くか悩んでいたが、こうした状況なら自分達だけで行ってもいいだろう。
どちらにしろメリットデメリットはあったのだし、選ぶことが出来ない状況ならどちらでもよかった。
「じゃあ僕たちだけで移動しよう。夜間の見張りは面倒だけど、いざという時にはこっちも周りを気にしないで全力が出せるからね」
「わかった。じゃあ移動の準備を進めるか。まずは水と食糧だが、いくらクロがいるとはいえ不測の事態に備えてある程度一人でも大丈夫なように準備をする必要があるな。水は保存するための薬草を多めに用意して、ここを発つ直前に井戸から汲もう。食糧はいつ発つのかを決めて今日中に予約に行かないとな」
「予約?」
「ああ。通常保存食を買う場合は発つ直前に受け取れるように予約をするんだ。ここから補給できる町までは普通に歩いた場合だと6日くらいかかるんだが、保存食はどんなに長くても8日から10日くらいしか期限が無い。魔法を使った高価な保存食ならその限りでもないんだが、そうした物は何十日も潜る必要が在るダンジョンや未開地探索などで使う物で、普通の都市間移動では使わない。なるべくギリギリに受け取ることで保存期間が足りなくなることを防ぐんだ」
やはりこの世界の保存技術だとその程度なのか。
日本にいた時ならば数年は保存できる非常食などもあったが、そうした技術が無いのでこれも仕方のないことかもしれない。
お金に糸目をつけなくてもいいのであれば魔法が施された保存食を買うのも手だが、そこまでする必要は無いだろう。
「じゃあこの後にでも予約に行こうか。出発は明日でいい?」
「そうだな。何もなければ明日でいいんじゃないか? もうこの町でしなければならないことも特に無いしな」
「それと調理器具とかがあると良いって聞いたんだけど」
「ああ、長期間の旅にはあるといいな。ただ絶対じゃない。今回は私が持ち歩いている物があるからそれを共有しよう。ちなみに料理の腕はあまり期待しないでくれ。私はあんまり得意じゃないくてな、簡単に焼いたりした無骨なものしか作れないんだ」
ややしょんぼりとした顔をしながらメリエが言う。
人間だった頃は一人暮らしだったので自分もできないわけではないが、あまりレパートリーが在るわけでもないし、自然の中で狩ったり採取したりした材料で美味しい物が作れるとは思えない。
これは最初から保存食で我慢する覚悟が必要かと思ったが、そこで聞きに徹していたアンナが笑顔で提案した。
「大丈夫です。私結構料理するの得意ですから、料理は私がしますよ」
おお。
女神じゃ。
ここに女神がおられる。
アンナの背後に後光が差している気がしてしまった。
ずっとスイカボチャか塩辛い保存食にカチカチパンかと思われたが、アンナが家事スキルを備えているようで、自分もメリエも安心してしまった。
「これは助かるな。じゃあ悪いがアンナに色々お願いすることにしよう。調味料と香辛料だけは買い足しておかないとな。あとはポロの食事だが、一応人と同じものが食べられるからその辺は気にしないで大丈夫だ」
これで水と食糧は大丈夫そうだ。
必要な物で共有できる物はメリエのを貸してもらうことにし、足りない分を買い足すために出かけることにする。
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