長旅に向けて

 アルデルの町に着いたのは時間で言うと、大体15時くらいだろうか。

 露天風呂を満喫した後は、アンナも猫耳の変装を解いて皆で普通に街道を歩いてきた。

 体の汚れも落ちて、すっきりとした心境で歩く草原の中の道は爽やかでとてもいい気分になった。


 ただアンナの猫耳が暫く見られなくなるのは少し残念に思ったので、今度また猫耳になってもらおうと心に決めている。

 いや、次は別な変装もいいかもしれない。

 兎耳とか狐耳も結構似合いそうだし、垂れた犬耳もアンナの雰囲気に合いそうだ。

 何か適当な理由をつけて色々試してもらうことにしよう。


 アルデルの町に到着すると特に何事も無く全員で中央門の受付を通り、先に宿を取ってから総合ギルドに向かうことにする。

 中央通りを行き交う人が多く賑わっていたので、あまり遅くなると部屋が埋まってしまうかもしれないとメリエが提案したのだ。


 今回は皆で泊まろうと思ったのだが、ポロも泊まれる例の少し高級な宿は部屋が一つしか空いていなかった。

 どうも双子山の竜討伐に行っていた人達が戻ってきているらしく、高級宿には宿泊客がいっぱいいた。


 どうしようかと相談していたら、以前泊まっていた風の森亭でサービスしてくれると言っていたのを思い出したので、自分とアンナはそちらにすることにし、メリエはポロと泊まれるように前の高級宿に部屋を取った。

 どうせこの先は長旅になりほぼずっと一緒に行動する予定だし、ポロが泊まれる宿はここしかないので宿を分けてもいいだろうということになったのだ。


 総合ギルド前で待ち合わせすることにして一度メリエと別れ、アンナと風の森亭に向かう。

 風の森亭に行くと、受付でいつもの狐耳の看板娘コロネさんが宿に訪れるお客に笑顔を振り撒いていた。

 風の森亭も以前に比べ客が多く、コロネさんも忙しそうに受付をしている。


「こんにちは。部屋は空いていますか?」


「あら、いらっしゃいませ。丁度最後の一部屋ですよ」


 危うく部屋が埋まってしまうところだったようだ。

 早めに宿探しをして正解だった。


「また二人で一泊お願いします」


 いつも通りお金を手渡しながら宿泊をお願いする。

 コロネさんももう名前を覚えてくれていたようで、名前を確認せず宿帳に記入をしてくれたのだった。


 部屋に案内され、コロネさんが退出するときに、以前の約束通りサービスで明日の朝食に一品オマケをしてくれると教えてくれた。

 前に泊まった部屋と同じ間取りで、狭く殺風景なのだが、なぜか自分の家に戻ってきたような懐かしい感じがしてくる。


 よく考えてみると、この宿の部屋がこの世界に来て初めて人間らしい生活を送った場なのだ。

 それを思うとこのベッドとテーブルくらいしかない寂しい部屋に、知らず知らずの内に愛着を持っていたのかもしれない。

 そんなちょっぴりセンチメンタルな気分に浸っていたらアンナが不思議そうな顔をしていた。

 アンナからすれば何の思い入れも無い普通の部屋なので不思議に思われるのも無理は無い。


 感傷に浸るのはまた今度にして持ってきた荷物を下ろし、貴重品などを分ける。

 持って行く必要の無い荷物を置いた後、アンナと朝食のオマケでは何が増えるんだろうと話し合いつつ、総合ギルドに向かう。

 自分はメインが多くなるのが嬉しいのだが、アンナはデザートが増える方が嬉しいらしい。

 やはり女の子、甘い物がいいようだ。


 総合ギルドの建物前には既にメリエとポロが待っていた。

 丁度来た所だったようなのでギルドの建物の傍にある走厩舎にポロを預けてメリエは報告に、自分達は買い物に向かうことにする。


「じゃあ僕とアンナは買い物をしてくるね」


「ん。わかった。報告が終わったら商隊護衛の依頼などが無いか見ているから、そちらも買い物が終わったらギルドに来てくれ」


「はいよー。じゃあ後でね」


 総合ギルドの前でギルドマスターに報告する必要があるメリエと別れ、自分とアンナはメリエ用の改造カバンを作るために、またあの革製品屋に行くことにした。

 商業区も人が多く、飲食店はどこも人でごった返している。

 兵隊風の人は少ないが、ギルド関係者のようなゴツイ連中や武装した旅人風の人がジョッキのような木製のコップを煽ってお酒を楽しんでいる姿があちこちに見られた。


 夕食くらいは三人で外で食べようかと思っていたのだが、店を見つけるのも一苦労しそうな感じだ。

 大人しく宿屋の食堂を利用した方がいいかもしれない。


「どこも混んでるね。晩御飯を外で食べようと思ってたのになぁ」


「さっき酒場の前を通った時に話しているのが聞こえたんですけど、たくさんのハンターが仕事から戻ってきているそうですよ。もしかしたらクロさんを探しに行っていたハンター達が戻ってきているのかもしれませんね。竜関係の依頼であちこちからハンターが集まっているって言ってましたし、普段よりも人が多いのかもしれません。あ、ところでこれからどこに行くんですか?」


「ああ、前に行った革製品のお店に行ってメリエ用のカバンを買おうかと思ってるよ」


「メリエさんにもクロさんお手製のカバンを作ってあげるんですね」


「うん。前にも話したけど一緒に旅をするんだし、便利な物は全員分揃えた方がいいかなと思ってね」


 どこか入れそうな飲食店が無いかとアンナと一緒に探しながら革製品屋に向かう。

 残念ながらどこの店も人だらけで店の前で待っている人も多く、空いていそうな飲食店はなかった。

 表通りの店は無理そうなので、探すなら路地裏の店などを探すべきかもしれない。

 ちょっと落ち着かないかもしれないが、食事時に立ち並ぶ屋台で買って食べるのもいいかもしれないと思った。


 飲食店は人で賑わっていたが、そうでない店はいつも通りのようで、革製品屋は特に混雑しているといった様子は無かった。

 扉を潜って中に入ると、今回はクマのような店主のおじさんがカウンターに座ってパイプタバコのようなものをふかしていた。


「おう。いらっしゃい。ん? おお、いつぞやのニイちゃん達か。どしたい? 調子でも悪くなったか?」


「こんにちは。いえ、前に買ったのは問題ありませんよ。品質も良くて使いやすいので気に入ってます」


「ははは。そうかそうか。そう言ってもらえると職人冥利に尽きるってモンだ。んじゃ、今日はどうしたんだ?」


「前に買ったのが気に入ったのでまた注文しようかと思いまして。前と同じ素材のリュックとポーチ、あと財布を作ってもらいたくて」


「前と同じってことは岩石鹿の革のヤツか。そんなにたくさん使うのかい?」


「今度は一緒に旅をすることになった仲間の分ですね。王都までの長距離移動になるので仲間の物入れも品質のいい物を揃えようかと思ったので」


「なるほどな。ちょいと在庫を確認してくるから待っててくれ」


 そう言うとおじさんはカウンター裏に引っ込んでいった。

 待ってる間に旅で使える天幕のようなものはないかと店内を見て回る。

 一応天幕のようなものはあるのだが、人が入って寝るようなものではなく、荷物を包んだり走車の上に被せたりするようなものだった。


「長旅用の天幕とかがあればいいかなと思ったんだけど、それっぽいのは無いね」


「天幕ですか? 貴族とかが移動の時に使う天幕とかって高級品なのであまり持ち歩く人はいませんけどね。それでなくても長旅では食糧や水がすごい重量になるから他の物は極力少なくしないといけないので、かさ張る物は持たないと思いますよ。私の住んでいた村から町に出る人も荷物は殆ど食糧でしたし、それ以外で必要な物は商隊の人に融通してもらってましたね」


 そう言われればそうか。

 何をおいても確実に確保しなければならないのは食糧と水だ。

 一応補給できる町や村があるという話だが、これらを切らすことはそのまま命の危機につながることになる。


 しかも水は体格にもよるが、大体大人が一日で2リットルを飲むか食事から摂取しなければならないといわれている。

 一日で2リットル、つまり重量にすると2kgだ。

 更に食事で一日三食1kgと仮定すると、食糧と水だけで一日一人、最低3kgの重さになる計算だ。


 補給の町や村までどれくらいかかるかわからないが、仮に5日かかると仮定すると、食料と水だけで一人15kgを持って歩く必要が出てくる。

 それに着替えや薬、燃料、更には身を守るための武器などの必需品が加わるので、現代日本の旅では考えられない重量の荷物を持ち運ぶ必要があるのだ。


 竜の自分がいれば水や食糧についてはそんなに問題ではないし、仮に持ち運ぶ必要が出たとしても竜の力があればそんなに苦でもない。

 しかし一般の人はそんなことはできないので、大量の荷物を運べる走車を使うか、他の荷物を切り詰めるしかない。


 またこの世界の天幕は現代日本で使われている軽くて丈夫な素材ではなく、頑丈だが重さもある素材であるため、それだけでも重量が増すことになる。

 そこを考えると一般人が天幕などをわざわざ買って長距離を移動することは無いので、一般人用の天幕が普及していないのもしょうがないことなのかもしれない。


「言われればそうだよね。じゃあ夜は外套とかで凌ぐしかないか」


 別に寒くても雨が降ってても防護膜を作る術を使える自分には関係ないのだが、街道を移動するとなると人に見られる危険も高まるのでできれば怪しまれないようにしなければならない。


「そうですね。個人で移動するならそうなると思います。大きな商隊に同行できれば天幕や走車で寝たりできるらしいですけどね」


 アンナとそんなことを話していると、リュックを抱えたおじさんが戻ってくる。


「おう。待たせたな。以前と同じ岩石鹿の革製のリュック、ポーチ、それに財布だ。ニイちゃんは前から気前よく買ってってくれっから、今回はちっとサービスで金貨3枚でいいぜ」


「ありがとうございます」


 財布から金貨を取り出して差し出すと、おじさんが満面の笑みでそれを受け取った。


「まいどありっ。前と同じように肩紐や腰紐を取り付けるから少し時間をくれ」


「はい。どれくらいでできますか?」


「今は仕事もないから、待っててくれればすぐに出来ると思うぞ」


「じゃあここで少し待たせてもらいますね」


 その後時間にして20分ほどかかったが、しっかりとしたベルトや紐をつけてもらい、以前と同じでかなり品質が良く頑丈な物入れが手に入った。

 メリエ用の改造リュックなどを作るのには申し分ないだろう。

 今夜寝る前にでも作ろうと考え、小さく折り畳んで手持ちのリュックの中にしまった。

 ホクホク顔の革製品屋のおじさんに見送られて店を後にする。


「あと買わないといけないのは食料かな」


「そうですね。保存食だけじゃなくて調理器具も買っておけば道中で狩りをしたり採集をしたりして食材を調達できますね」


 確かに何日も保存食だけというのはかなりきついものがある。

 自分も森にいた時には何日もスイカボチャだけの食事を味わってきたが、いくら美味しくても何日も同じものというのは飽きが来るものだった。


 ましてや美味しさではなく、腹持ちと保存性を重視した保存食だけを何日も食べ続けるのは苦行のレベルだろう。

 旅のモチベーションや士気を維持するためには食事の豊かさは欠かせないものだ。


「なるほどね。じゃあ雑貨屋とかで旅で持ち運べるような調理器具を探してみようか」


「あ、でもメリエさんが持っているかもしれませんし、聞いてからの方がいいかもしれませんね」


 そういえば以前に旅で共有できる物は一緒に使おうと言ってくれていたっけ。

 それに各々で必需品となる物以外は共有した方が荷物も減る。


「それに何日で食糧とかを補給できる町や村に着くのかもわからないので、どれくらいの食糧を買っておけばいいかもわからないですよ」


「それもそうだね。僕の作ったリュックはたくさん食べ物とかを入れておけるけど、必要分がわからないと買いにくいね」


 それにいくら保存食といっても現代日本のように長期間保存できるというものでもないだろう。

 買う量と保存できる期間を確認するのはメリエと一緒の方がいいかもしれない。


 恐らく保存食を売っている店に行けば保存期間や王都までの道のりと補給場所などは教えてくれるだろうが、メリエもポロも食糧を用意しなければならないはずだし、みんな一緒の方が二度手間にならなくていいはずだ。


「じゃあ一回メリエのところにいってみようか。そろそろ報告も終わってるだろうしね」


「はい。都合よく王都に行く商隊とかがあったら一緒に行くんですか?」


「それなんだけど、まだ決めてないんだ。他人と一緒に居るとボロが出るかもしれないし、咄嗟の時に全力が出せないから不安なんだよね。かといって僕たちだけで行くとなると夜の見張りとかが大変だし……悩むねぇ」


「確かにそうですね。クロさんが作ってくれた装備のこともありますし、怪しまれるかもしれませんね」


 人の往来が激しい場所を歩いているので、要点は口にしないように注意しながら相談し合う。

 どちらに転んでもメリットとデメリットがあるので未だに決められずにいた。


「もう一回メリエの意見も聞いてみようか。先に王都に行く人達がいないか探しているはずだしね」


「そうですね。しっかり決めておかないと危ないですし」


 とりあえずメリエの考えを確認することにして、総合ギルドに足を向けることにした。

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