魔獣使い

「(ふう。さすがに今回の件についての説明は骨が折れたな)」


 現地調査に来たナタリアへの説明を終えたメリエがぼやく。

 今回の魔物の群の撃退について色々と聞かれたらしいが、話せない点については適当に誤魔化し、辻褄を合わせてくれたようだ。


 増援が到着して最初の夜が来ようとしている。

 間もなく夜の帳が下り、喧騒も収まって静かな時間がやってくるだろう。

 今夜は騎士団から歩哨を出してくれるので村人達はゆっくりと休めるはずだ。


 結局、防衛の依頼を受けた後発のハンター達は殆ど何もすることが無く、報酬だけをもらうという何とも楽な仕事になったらしい。

 そんなに暇なら子供達の相手をしてくれてもいいのにと思ったが、強面のハンターばかりで子供が寄り付きそうもなかった。

 ちなみに倒した魔獣の素材は防衛を頑張ったハンター達と村人で山分け済みであるため、後発組に取り分は全く無い。まぁこれは当然だろう。


「(色々と誤魔化してくれてありがとうね)」


「(今後を平穏に過ごすためには必要な苦労だろう)」


「(私も色々と聞かれて困ったんですけど、メリエさんがフォローしてくれたので何とかやり過ごせました)」


 アンナはどこにも所属していないのに飛竜を連れているということで、ギルド側からも騎士団側からも色々聞かれたらしい。

 やはり飛竜を従える存在というのはどの組織から見ても魅力的なものらしかった。


 単純に考えても移動、戦い、希少性など様々な面で優れているので欲しがる気持ちもわからなくはない。

 地球で言うならば、まだ他の国ではあまり普及していない航空技術を持っているようなものだし。


「(飛竜にしてはかなり戦闘能力も高いから怪しまれるかと思ったんだが、この国で従魔として管理されている飛竜自体の数が少ないからあまりそういったことについては知られていないようだな)」


「(なるほどね。何か起きる前にさっさとここを離れれば問題ないかな)」


「(そうだな。今回はあくまでも私が頼み込んでお願いしたということにしているし、そうした面倒事が嫌いだから今まで表に出てこなかったと言っておいたしな)」


 メリエとアンナに今晩の晩御飯を持ってきてもらい、食べるついでに色々と情報交換をしておく。

 何事も無ければ明日にでも出発してアルデルの町に戻る予定でいる。

 戻る途中で自分とアンナはまた人間の姿に戻っておかなければならないが、帰りは皆で空を飛んで行きたいと考えているのでアルデルの町の近くまでは竜の姿でいる予定だ。


「(にしても王都まで行くのはかなり時間がかかるな。どこかの商隊と一緒に行くと楽かもしれないぞ。クロがいればあまり関係ないかもしれないが、通常長距離移動をする場合は同じ方向に行く者同士で集まって移動するのが一般的だ。戦える者は護衛、そうでないものは荷物持ちや食事の用意、見張りなど役割分担をしていくから個人で移動するよりも負担が減るし安全度が増すんだ)」


 ほうほう。


 確かに魔物が跋扈するこの世界を単独で長距離移動は大変かもしれない。

 竜の自分がいれば殆ど魔物は襲ってこないかもしれないが、盗賊や好戦的な魔物や獣などは襲ってくることもあるから見張りは欠かせない。

 少人数だと交代で毎晩それをしなければならないので睡眠時間が減り、疲れも取れにくくなるだろう。


「(そうだね。毎晩の見張りの負担もあるし、そういう人達がいれば同行させてもらうのもいいかもね。ただあんまり長い時間一緒にいるとどこかでボロが出ないか心配になるかな)」


 咄嗟の時に竜の力を使えなのは割と怖いものがある。

 周囲の人間の目を気にして命を危険に晒すのは避けたいところだった。


「(人間の姿なら平気じゃないか? とりあえずアルデルの町で護衛依頼などがないか探してみるといいかもな。もしいれば依頼もこなせるし王都の移動も楽になるしで一石二鳥だ。といってもお金に困ってないクロ達にはあまり意味は無いか)」


 お金は特に必要ないが、移動の負担が減るのはやはり魅力的だ。

 王都方面に行くとなると人も多くなるので竜の姿で飛んでいくのも難しい。

 日々の負担軽減を取るか、万一の時に人の目を気にせず竜の力を使えることを取るか、悩みどころである。


「(まぁアルデルの町に戻るまでに考えてみるよ。あ、そうそう。帰りは皆で空を飛んでいく予定だからそのつもりでね)」


「(そ、空? 空を飛ぶのか?)」


 予想通り驚くメリエ。

 もし飛んでいくことができれば数時間でアルデルの町まで戻ることができるから、来る時のように大変な思いをして走る必要もなくなる。

 最初は綺麗な景色を楽しみながら移動できたが、30分もすると変わり映えの無い景色に飽きてしまう。

 どうせなら久しぶりに空の旅を楽しみたい。


 曇っていなくても人目が無さそうな場所を選んで飛んだり夜に飛んだりすれば人に見られることも無いと思うし、アルデルの町から少し離れた草原まで飛んで降りれば町の近くで見つかることもないだろう。

 ついでだからお風呂も入りたいと考えている。

 公衆浴場がまた休みだと次に入れるのがいつになるかわからないのだ。


「(私は無理なのでは?)」


 ポロが若干不安そうに尋ねてくる。

 ちゃんとポロも含めて飛んでいくつもりでいるので無用な心配だ。


「(それも大丈夫だよ。メリエとアンナは背中に乗ってもらって、ポロは僕が抱えて飛ぶから。重さも術を使えばどうにでもなることがわかったから平気平気)」


 【飛翔】で浮力の強さを調整すればかなり重量があっても飛ぶことができる。

 前回アンナと空を飛んだ時にわかったことだ。

 星素の制御自体は慣れてきているのでそんなに大変でもないし、数時間程度なら問題ないはずだ。


 そんなことを話しながら晩御飯の果物を食べ、暮れていく空をのんびりと眺めていると、村長の家から人影が近づいてきた。

 騎士団を率いているヨハンだった。


 グリーブのような金属製のブーツをガチガチと鳴らしながら近くまで来ると、果物を頬張る自分に一度視線を向けた後にアンナを見据える。


「竜の世話をしているところすまない。サラ殿に話があるのだが少し良いか?」


 何だろうとじろじろ見ていた自分に視線を向けながら問いかける。

 何かまずいことでもしたのかとアンナがやや緊張の面持ちでヨハンに向き合う。


「な、何か御用でしょうか?」


「単刀直入に言おう。騎士団に入るつもりはないか?」


 なんだと?

 可愛い猫耳のアンナを自分のものにしたいという魂胆か?

 そうであればそれなりの対応をせねばなるまい。

 戦争も辞さない構えである。


 いきなりのことでアンナも唖然として固まってしまった。

 ポカンとしているアンナを見てヨハンが更に言葉を続ける。


「飛竜を操れる君がいれば、色々な面で活躍できる。それなりの報酬と地位も約束しよう。どうだ?」


 ああ、そっちか。

 アンナ自身ではなく、アンナの連れている飛竜を引き入れたいということだったらしい。

 しかし……。


「お断りします」


 即答である。

 当然だ。

 今は変装しているだけで実際には飛竜でもなければ竜使いでもない。


 ヨハンも飛竜を連れているのにどこにも所属せず今まで表に出てこなかったということから断られるということは予測していたようで、あまり落胆の色は見せなかった。


「そうか。ではその飛竜だけでも譲ってもらえないか?」


 ……え?

 今度は自分だけ引き抜こうってこと?

 アンナの勧誘がダメだったから竜だけでも寄越せということか。

 物扱いされているようで少し微妙な気分になった。


「飛竜を飼い馴らすのは大変だと聞くし、管理にはそれなりの資金も必要だろう。私は魔獣使いテイマーの魔法を学んでいる。それに世話をするための資金も土地も十分ある。飛竜の能力を人々のために有効活用するなら私が従える方がいいと思うのだが、どうかね? 無論それなりの謝礼は支払うつもりだ」


 言っている事はわからなくもないが、人の相棒をこんな風に買い取ろうというのは如何なものだろうか。

 長年一緒に過ごしたペットを昨日今日会った人にいきなり売れと言われている様なものだ。

 勧誘された時に金銭は必要ないということは伝えているのだし、常識的に考えれば無理だということくらいはわかりそうだけど。


「(……えーっと……。メリエ。普通、他人の使い魔とかをこうやって物みたいに取引したりするものなの? 勧誘を断った時点でわかりそうなものだと思うんだけど)」


「(……主人のアンナには断られたが、飛竜を厚遇して主人を鞍替えさせようということだろう。通常の飼い馴らされた魔獣などは待遇の良い方に懐いてくれる場合がある。特に思い入れがあってその主人に従っているわけではない場合はな。アンナは無理でも待遇を良くすれば竜の方が靡いてくれるとでも思ったんじゃないか?)」


 なるほど。

 人間で言うところの会社を替えるのと同じ感じだろうか。

 魔物は種類にも寄るが大きなものはそれなりに知能が高いらしい。


 待遇の良い会社にスカウトされれば転職してくれる場合があるように、魔物も自分の意思で従っているわけではないのなら主人を乗り換えることもあるのかもしれない。

 特に欲望に忠実な動物達ならあり得る気がした。


 アンナという会社を自分の傘下に迎えるのは失敗したが、竜という有能な社員を個別に引き抜こうということか。


「(前にも言ったが飛竜を飼い馴らしている者は高待遇で国が引き抜く。つまり飛竜を飼い馴らしている者は簡単にかなりの地位と権力を得られるということだ。彼は貴族ではあるが三男だし、領地を継ぐのは長男と決まっているから何か秀でた技能などが無ければ出世は難しいのだろう。もし飛竜を自分の使い魔にすることができれば中央の騎士団などでかなりの地位につけるからな)」


「(なーるほどね)」


 つまり思わぬところに金の卵を産む鶏……いや竜がいて、是が非でもそれを手に入れようとしているということのようだ。

 上手く手懐けることができれば手っ取り早い出世への切符になるというわけだ。

 まぁ自分がこんな人間に従うなど天地がひっくり返ってもありえない話なのだが。

 そんなことを考えているとまたメリエが代わりにフォローしてくれた。


「お言葉ですがヨハン殿。竜は他の魔物と違って一度主人を定めたら滅多なことではそれを替えることはありません。竜が主人と定めるにはそれ相応の理由がある。つまり人間が主人という単純な主従関係ではなく、仲間などの対等な関係に近いものです。如何な事情であれ、竜の意思を無視して無理に従わせることはできません」


「そうかもしれないが、今の主よりも上手く手懐けられればいいということだろう。魔獣使いの魔法と意思を示せば竜が納得してくれるかもしれない。試すだけは試させてもらえないか?」


 メリエが説得するも、あまり聞く耳を持っていないようだ。

 真剣な目でアンナに問いかけてくる。

 大丈夫かと思ってちらりとアンナを見てみると……あ、これはお怒りの顔だ……。


「それもお断りします」


 アンナがヨハンの顔を見据え、突き放すように毅然と言い放つ。

 表情と声色から察するに、大層ご立腹のご様子である。


「別に魔獣使いテイマーの魔法で無理矢理に従わせようというわけではない。竜種は知能が高いと聞くし、自分の置かれる環境が良くなるのなら私に従ってくれるかもしれないだろう。謝礼は十分用意するし、無理なら諦める」


「お金の問題ではありません。私の大切な家族を物のように言う貴方に渡すことなどありえないと言っているんです」


 おお。

 自分のことを家族とまで言ってくれるアンナに少し感動してしまった。

 自分のために怒りを顕にしてここまで言ってくれるとは、森の泉で言ってくれたことは本心からの言葉だったということを改めて実感した気分になる。


 しかし、ヨハンが口にしているテイマーとはなんだろう。

 よく物語りやゲームに出てくるから聞いたことはあるのだが。


「(メリエ。テイマーって何なの?)」


「(魔獣使いテイマーとは技能を得ることで名乗ることができる職業みたいなものだ。魔獣使いは自身の能力によって魔物や動物を使い魔として従わせ、操ることができる者達のことを言う。魔獣使いは獣や魔物の心を理解するという才能を生まれついて備えている者と、魔獣を捕まえ、魔法を用いて使役する者とに大別される)」


 思った通りというか、割と名前のまんまなものらしい。

 たまに見かける魔物の走車は魔獣使いが使役している魔物ということだろうか。


「(生まれつき動物達と心を通わせることができる者はかなり稀な存在だ。しかしその能力で使役できる動物や魔物は魔法で操られる魔物と違って人間の意志を汲み取り、細かい命令もこなすことができるようになる。逆に魔法で操る場合は、実力と魔法の才能があれば努力次第で覚えることができるので割と操れる者も多いが、意思疎通ができているわけではないのであまり思い通りに操るといったことはできないそうだ)」


 心を通わせるということは相手の気持ちを理解し、お互いがお互いのために動くというパートナーみたいな関係を作るということだろう。

 そして後者は話しぶりからすると魔法で従えるというよりは行動を制限しているという感じを受けた。


 捕まえると言っていたし、操るというよりは逃げ出さないようにリードで繋いでいる状態のような気がする。

 前者の能力や自分が使う【伝想】のように相手と意思疎通ができるわけではないので、歩かせたり走らせたりなど単純なことはできるが細かい命令は無理ということか。


 その程度なら馬や牛でも十分な気がしないでもないのだが、魔物の身体能力や知能の高さから考えると例え走車を引くだけにしても価値は高いのかもしれない。

 危険なこの世界で移動する時には襲われても自分を守れる強さのある魔獣などは馬よりもいいのだろう。


「(魔法で使役するというのは人間に対しても使えるが相手を強制的に従えるという関係上、犯罪者などの一部の奴隷に使う以外で使用すると犯罪となる。操る魔法も様々で気性を穏やかにしたり、逆らうと痛みを与えたりと種類があるらしいがそこまで詳しくは知らないな。しかし、一つ有名で強力な〝呪縛〟と呼ばれる魔法があるのを聞いたことがある。この魔法を使うと人でも魔物でも人形のように操ることができるそうだ。凶悪犯を逃げ出さないようにしたり、国が極秘裏に人間を特殊な戦闘要員にするために使ったりされているらしい)」


 やはり魔法で従えるというのは一部の行動を制限したり、凶暴な性格を大人しくさせたりする程度で意思疎通ができるようになるものではないらしい。

 それにしても〝呪縛〟というものを聞いて、アルデルの近くの森で出会ったロボットのようなクマを思い出した。


 首輪もしていたし魔法で操られているクマだったのかもしれない。

 生物を人形のように操るとはかなり恐ろしげな術のようだ。

 竜の自分でもその魔法をかけられると操られてしまうのだろうか。


 メリエに教えてもらいながらアンナとヨハンの様子を見ていたが、折れる気配のないアンナにようやくヨハンが諦めたようだった。


「……そうか。残念だが仕方ない。だがもし気が変わったら私のところに来て欲しい。できる限りの待遇は約束しよう」


「何度も言いますが、気が変わることなどありえません。貴方が大切な家族を差し出せと言われたらそうするのですか? しないでしょう? もしするのだとしたらそんな薄情な人に家族を預けるなど恐ろしくてできませんよ」


「……そうか。わかった。すまなかったな」


 さすがに無理と判断したか、ヨハンは諦めて戻っていった。

 貴族というものはもっとこう傲慢なイメージだったのだが、このヨハンという人はそんな感じではなかった。


 出世欲のようなものはあるようだが、常識の範囲内というか、相手を無理矢理蹴落としてまで欲を満たそうという感じはないようだ。

 でも目はつけられたかもしれないので警戒はしておくべきか。


「(……貴族があそこまで欲しがるということはやっぱり飛竜って貴重なんだね。今回みたいに飛竜のフリをするのも控えた方がいいかな)」


「(まぁな。他国ではどうか知らないがこのヴェルタ王国で目立たないようにするにはその方がいいかもしれないな。貴族の中には権力を笠に着て強引な手段で手に入れようとしてくる者も少なくない。特に王都にはそんな貴族が多いぞ)」


「(気を付けた方がよさそうだね。アンナもありがとうね。色々と気を遣わせちゃって)」


「(いえ。クロさんを物みたいに言うあの人が許せなくなっちゃって……ちょっと言い過ぎたかもしれません)」


「(平気じゃない? そんなに性格悪そうな人でもなかったし、何かあったら僕がそれなりの方法で対処するから配しないで)」


 アンナに手を出そうものなら命の一つや二つは置いていってもらう必要があるだろう。

 二度と愚かな考えを抱くことが無いようにしてやらねばなるまい。

 まぁヨハンのあの様子ならそんなことはなさそうだと思っているが。


 ヨハンからの勧誘があった後は特に何も起こることなく夜が更けていく。

 メリエとアンナは村長に明日村を出るということを伝え、ナタリアに移動のための物資を譲ってもらう商談をするようだった。


 ナタリアは今回の魔物の群による襲撃がなぜ起こったのかを調査するためにまだ村に滞在するそうで、ギルドマスターへの報告は自分達でしなければならないらしい。

 自分はかかわっていないことになっているので、その辺はメリエに任せることにしよう。


 何はともあれ、何も無くアルデルに戻れればこの緊急依頼の騒動も終わりである。

 今度こそ自分達の目的のために動けるはずだ。

 ただ、まだ一つ気にかかっていることがあるのでアルデルの町に着いたら移動の準備をしつつそれについても考えてみる予定でいる。


 明日はどうやって空を飛ぼうか、天気はどうかなどをポツリポツリと考えながら篝火の匂いと音を子守唄代わりにして眠りについた。

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