帰り道
「メリエさん、サラさん。この度は村のために尽力して頂き感謝致します。近くに来られる際は是非お立ち寄り下さい。その時には出来得る限りの御持て成しを致しましょう」
「こんな年若い小娘じゃギルドの噂も当てにならんと思っていたが、今回の件で認識を改めたぜ。お陰で俺達も命拾いできたってモンだ。感謝してるよ」
増援部隊がアスィ村に到着した翌日。
アルデルの町に出発するため中央広場で準備を進めていると、村長とボンズ、それに村の子供達がメリエとアンナに歩み寄り、礼を述べた。
「いえ。今回はサラと飛竜が協力してくれたからこの大事を乗り切ることができたのです。私だけでは焼け石に水だったでしょう。お礼を言うならサラに言って下さい」
「いえいえ、その人脈も含めてメリエさんの実力ということです。メリエさんがサラさんとの繋がりを持っていなかったら今頃は悲惨な事態になっていたでしょう」
「そうそう。武器を振り回すだけが実力じゃないぜ。人脈も情報も、それに運も実力のうちだ。お前さんはどれも持ち合わせた実力者ってことだ」
「……わかりました。感謝の言葉、確かに受け取りました」
メリエはやや照れながらも二人に頭を下げる。
「サラさんもありがとうございました。避難所で村の人々に力強い言葉をかけてくれたおかげで勇気付けられた者も多くいました。飛竜を従える強さと人々を思い遣るその心、近い内に名を轟かせることになる器でしょう。是非また村に来て下さい」
「はい。機会が在れば是非」
名が轟いたら大変なことになるので変な噂が広まるのは避けたいところなのだが……。
照れた顔で村長の言葉を受け取るアンナに、昨日一緒に遊んでもらっていた女の子が近寄ってくる。
別れが寂しいのか今にも泣き出しそうに眉根を下げている。
「お姉ちゃん。……また来てくれる?」
「どうだろう。機会が在ったらまた来たいけど、いつになるかな……」
「絶対、絶っ対また来てね! 私たち皆で待ってるから! そしたらまた皆で遊ぼうね!」
「うん。来たらまた一緒に遊ぼうね」
アンナは泣きそうな女の子の頭を笑顔で撫でている。
約束を取り付けたからか、泣きそうだった女の子も笑顔を見せてくれていた。
その後ろから男の子が三人と女の子が二人進み出て、自分とポロの方に近寄ってくると大声で叫んだ。
「トカゲ! トカゲも遊んでやるんだからちゃんと来るんだぞ!」
「しょうがないから待っててやるけど、ちゃんと来るんだからな!」
「次はもっと速く走れるようになるんだぞー」
……何だろうこの温度差……。
自分もポロもキミ達の子分ではないぞ……。
横を見るとポロも微妙な目と顔をしていた。
先日ポロと自分で面倒を見た子供達からは、恐ろしい竜というよりも大人しくてただ大きいだけのトカゲという印象を持たれてしまい、皆からトカゲ呼ばわりされるようになってしまった。
子供達はいつも中央広場で寝ている自分やポロの姿しか見ておらず、襲撃の際は集会所の地下室に避難していたため、戦った時のことは知らないのでそれもしょうがないのかもしれない。
自分は別にトカゲでも何でも気にしない。
どの道何か言いたかったとしても言うことはできないので、微妙な目で子供たちを見るだけにしておく。
これでもう自分達がこの村でするべき仕事は終わったはずだ。
昨日の夜にメリエが村長に防衛の仕事の終了と村を出るということを告げると、かなり大げさに感謝の言葉を述べられたそうだ。
普通に考えて村の存亡の危機だったわけだし、そうなるのもわかる気がする。
アンナは思った通り、不安な村人達をしっかりと励まし、混乱することが無いように取りまとめていてくれた様だった。
集会所の入り口近くまで蟻の魔物が来た時には、アルデルで購入したナイフを片手に有志の村人と入り口を死守したと嬉しそうに話していた。
これで自分の辛い過去を少しは払拭できればいいのだが、恐らくそんなに簡単なものではないだろう。
魔物を多く退けた自分やハンター達よりも、辛いときに傍らにいて励ましの言葉をかけ続けたアンナが村人からの感謝を一身に集めていた。
しかしそれで構わなかった。
別に感謝されたくて今回の仕事を手伝ったわけでもないので特に不満は無い。
アンナが笑ってくれていればそれで十分だ。
まだ魔物の群が発生した原因もわかっておらず、今後も襲われる可能性を考えると村が完全に襲撃の心配から開放されたわけではないが、今後のことは領主やギルドなどもっと大きな組織が対応することになる。
個人で何とかできる範囲はここまでだ。
そもそも襲撃の防衛だけを考えても個人レベルの話ではなかったのだが。
村長は昨夜、報酬以上のお礼ができなくて申し訳ないと言っていたらしいのだが、現状を鑑みれば当然だろう。
いくら恩人であるとはいえ今の村の状況で余計な出費をするわけにもいかない。
復興には時間もお金もまだまだ必要になるはずだ。
ナタリアとヨハン、それに村の人々の多くは早朝からそれぞれの仕事に奔走していたため、村を出る時には村長と子供達が集まって見送ってくれた。
暇があれば自分のところに遊びに来ていた黒髪おかっぱの女の子は、最後まで自分の首に抱きついて別れを惜しんでくれた。
短い時間だったがそんな姿を見るとこちらも悲しくなってきてしまう。
この子とはまた一緒に遊んであげたいと思ってしまった。
しかし自分やポロをオモチャのように扱ってくれた子供達よ。
キミらは別だ。
生き物を大切にする心を学ばない限りはもう遊ばせてなどやらんぞ。
ここの悪ガ……いや、子供が嫌いだからとかではなく、小さな虫にも五分の魂の心を学ぶ必要が在るというだけだ。
大人気ないとかではない。
断じて。
という冗談は置いておくとして、子供達が疾竜や飛竜に対して危機感を持たなくなることが心配だった。
野生で見かけて大人しいと勘違いしたら襲われてしまうかもしれない。
まぁその辺は大人がしっかり教えてくれると思っておこう。
ついでに生き物の扱いについてもちゃんと教えておいて欲しいものだ。
別れ際に懐いていた子供達がポロポロと涙を零したので、メリエとアンナは困った顔で宥めていた。
子供に泣き付かれると弱いので、この時ばかりは喋れない竜の姿でよかったと思ってしまう。
こんな姿の自分に好意を持ってくれてると思うと、込み上げてくるものがあった。
また機会があれば遊びに来たいとは思うが、その時は来たとしても人の姿でだろう。
あの子達の期待に応えてあげられないのがやや心残りだ。
見送ってくれた子供達との別れも程々に、アスィ村を後にする。
ギルドの後発隊が持ってきてくれた物資を来た時と同じように自分とポロの体に括りつけ、アンナとメリエが自分とポロに跨って出発する。
子供達は見えなくなるまで門の前で手を振ってくれていた。
村の中央門を出たところには増援のハンターや騎士達の寝泊りする天幕がいくつも張られている。
天幕の間を人にぶつからないように注意しながら進み、やがて村から伸びている道へと出る。
増援として来たのは合わせて100くらいだろうか。
歩哨以外は今もあちこちで優先度の高い柵や門の修復作業をしている。
戦いを専門としている人間がこれだけいれば、前日のような規模の群が襲ってきても大丈夫だろう。
さすがに村の近くで全員乗せて空に飛び上がるわけにもいかないので、少し離れるか夜になるまで待ってから飛んでいく予定だ。
「(ミーナちゃんとても悲しんでましたね。あの子、孤児らしくて村長さんの家に住んでいたんですよ。私がクロさんのことについて話してあげたら竜のことに凄い興味を持ってクロさんのところに行くようになったんです。いつもクロさんのところに遊びに来ていましたし、よっぽど好きだったんですね)」
あの子がしょっちゅう遊びに来るようになった原因はアンナだったのね。
アンナの言葉で最後まで首に抱きついていた女の子の顔を思い出した。
それにしても孤児だったのか。
確かにあの子以外で黒髪の村人を見ていない。
襲撃の時に村外れにいたのは友達の心配でもしたからだろうか。
普段は無表情なのも両親がいないということが関係していたのかもしれない。
あの村長が面倒を見ているのならそんなに問題は無いと思うが、親がいないというのは子供にはかなりのストレスらしいし、ちょっと心配になる。
「(あの子ミーナって名前だったんだ。竜の姿だと名前も聞けないから不便だね。また来てあげたいけど何もないのに竜の姿になって村に行くのも問題だしなぁ)」
「(いいじゃないですか。機会があったらまた遊んであげましょうよ)」
「(うーん、まぁそうだね。また来る事があれば顔を見せてあげるのもいいかもね)」
村での思い出を話しつつ、風の吹き渡る草原を駆ける。
透き通るような青空のキャンバスにわた飴のような白い雲がぷかりぷかりと漂う気持ちのいい天気だった。
気温も暑くも寒くもない、爽やかな陽気だ。
村から離れ、適当なところまで移動すると空を飛ぶ準備に入る。
周囲に人がいないかを確認しつつ、以前と同じようにメリエとアンナを紐で自分に固定する。
ポロも万が一のために紐で自分と繋いでおいた。
自分とポロに括りつけていた荷物は、量が多かったが全て背中に乗る二人に持ってもらう。
そう言えばメリエにも改造したリュックとかを作ってあげるのだった。
アルデルの町に着いたらあの革製品屋に行って頑丈なリュックをまた作ってもらおう。
ついでだし、長距離移動で必要になるテントとかも探した方がいいかもしれない。
そんなことを考えつつ、メリエ達が紐の準備などを済ませるのを待つ。
「だ、大丈夫なのか?」
「平気平気。アンナを乗せて前に飛んだしね」
もう人気も無いので【伝想】を使う必要もない。
やはり初めてのことでアンナと同じようにメリエも怖いようだった。
背中に跨ったメリエの顔が緊張でやや引き攣っている。
「大丈夫ですよ。空の上は綺麗で気持ちいいですよ。何かあったらクロさんが何とかしてくれますし」
それは時と場合によりますよアンナさん。
さすがにこれだけの人数と荷物で空に上がったら、以前の鳥竜のようなものに襲われるときついものがある。
術を使う時に両手足が塞がっていても問題はないが、それなりの質量があるため機敏に動き回るのは難しくなるのだ。
最悪の場合は人に見られることも覚悟して一気に地上に降りて戦うことも考えないとならない。
まぁそんなことが無いように警戒はするつもりだが。
「(疾竜の私からすると未知の経験なのでちょっと、いや、かなり興味がありますね)」
ポロは怖いというよりも興味津々といった感じだ。
普通、野生に生きる疾竜が空を飛ぶことは在り得ないし、貴重な体験になるだろう。
「じゃあいくよー」
しっかりと準備をして飛び上がる。
やはり以前よりも重量があるが術を調整すれば問題ない範囲だ。
背中のメリエとアンナが大丈夫なのを確認し、ポロを両手足でしっかりと掴む。
クレーンゲームで人形を掴んだときのような感じだ。
のんびり上昇すると誰かに見られる危険も上がるので今回は一気に雲の高さまで上昇していく。
「ひぃぃぃぃ! もっとゆっくりに出来ないのか!?」
アンナは平然としているがメリエは怖いようだった。
メリエは慣れているアンナの後ろに座り、アンナにしがみ付いている。
ポロは怖がる様子も無く、離れていく大地を興味深そうにキョロキョロと見回していた。
メリエの悲鳴を他所に、速度を下げることなく雲の高さまで上昇する。
以前のように雲海ではないが、普段は見上げるだけの雲に手が届く位置まで来ると怖がっていたメリエも目を輝かせて空の世界を楽しむようになった。
高所恐怖症とかではなく、単純に初めての経験で怯えていただけのようだ。
高速で流れていく大地の景色と雲の波。
そして遮るものの無い青の世界。
心なしか日の光も地上にいるときよりも眩しく感じる。
久しぶりに飛べたので自分もテンションが高くなり、いつもより速度を出して飛んだ。
何と言うか久々に思いっきり羽を伸ばした気分になる。
アンナも前ほどではないがはしゃいでいた。
曇り空ほど安全ではないかもしれないが、この付近は人通りが多いわけでもない。
かなり高い位置を飛行しているので下から見られても何かが飛んでいるなくらいにしか認識されないだろう。
「す……ごいな。こんなもの見たことが無い。一生忘れることが出来ないような景色だ……」
高空から見下ろす大地の景色に魅入るメリエ。
高い山に登れば同じような景色を見ることはできるかもしれないが、様々な危険が潜んでいるこの世界では登山のような娯楽は無いだろう。
「(素晴らしい。こんな体験をした疾竜は私だけでしょうね)」
ポロはポロで高空を飛行するという体験をかみ締めているようだった。
確かにポロが初めて空を飛んだ疾竜かもしれない。
まぁもしかしたら過去にもいるかもしれないが滅多なことではこんな状況にはならないだろう。
アンナのようにテンションメーターが振り切れることはなく、落ち着いた感じで空の旅を楽しむメリエとポロだった。
一時間ほど空の旅を楽しむと、眼下に草原を横切って流れていく小川があるのに気がついた。
川の近くならお風呂の準備をするのに丁度いいだろうと思い、そこに降りることにした。
まだアルデルの町から大分離れているが、術を使ったり離着陸するには返って好都合である。
あまり町に接近すると人通りも多くなり見られる危険が高まるし、お風呂を作るのに術も使うし裸にもなるので近くを人が通る場所は避けたい。
ここなら周囲に道もないし、偶然人が通りがかることもなさそうだ。
人がいないか目を凝らしつつ、高度を下げて川近くの草原に着陸した。
「ふぅ。何とも貴重な体験ができたな。あんな景色を見ることができるなら何度でも飛びたくなるな」
「(その時は私も是非お願いします)」
最初は怖がっていたメリエや、初めから興味津々だったポロも空の旅が気に入ったようだった。
自分と同じものを好きになってくれるというのは嬉しいものがある。
「いいよー。今度は夜の空とか飛んでみようね。星がスゴイ綺麗なんだよ」
「ほう。楽しみだな。だが王都方面に行くなら飛ぶのは危険だし、暫く先になりそうだな」
「私も夜空を飛ぶのは楽しみです」
川の傍に荷物を降ろし、食事と休憩をしながらお風呂のことを提案する。
「ここでお風呂作って入りたいんだけど、いい? アルデルの町の公衆浴場が休みだとまた暫く入れなくなっちゃうし」
子供達に泥だらけにされたので汚れを落としておきたい。
一応アンナやメリエが拭き取ってくれたのだが、やはりお風呂で今までの疲れと一緒に流しておきたかった。
濡れタオルで体を拭くのと、お風呂にゆっくり浸かるのはやはりリフレッシュ感が違うものだ。
「……風呂……を作れるのか? いや、もうクロなら何でもアリだし聞くだけ野暮だな。いいと思うぞ。ここは道から離れているし人目を気にする必要もなさそうだしな」
「楽しみですね。お風呂」
二人の許可を得たので術を使って砂利だらけの川岸に穴を掘ることにする。
水場に近い方が水を張るときに楽が出来るのでなるべく川の流れの傍にした。
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