もう一つの戦い

 魔物の襲撃から一夜明けた翌日。

 村では復興というもう一つの戦いが始まっていた。


 人的被害や村の中の被害は殆ど無かったと言って問題ない程度であったが、村を囲む柵の損傷や中央門の大破、そして日々の糧となる畑や家畜の損害はかなり大きい。

 特に食糧関係の課題については優先的にやっておかなければ長期的に見ると飢饉を招きかねない事態に陥ることになる。


 当然そうしたことは領主からの支援があるのだとは思うが、それでも楽観視はできないものだ。

 そのため村人の多くが柵や門、畑の修繕に奔走している。

 家畜についてはほぼ全滅といっていい状況なので買い付けを行わなければならないため、今は後回しにされているようだった。


 これらの作業には自分は殆ど関れないだろうということで村を離れる時までのんびり過ごそうと考えていたのだが、竜である自分とポロにも二つの大きな仕事が割り当てられることになった。


 一つは単純明快な力仕事。

 壊された柵や門を修復するために必要となった木材を運搬することや、倒した魔物の死骸が腐敗する前に処理することを手伝うことだった。

 ギルドや領主の増援が到着すればそうした仕事もしてくれるだろうが、到着前にまた魔物の群が戻ってこないとも限らないので、悠長に増援を待っているわけにもいかないのだ。


 本来なら運搬は馬や牛などの家畜を使って行うらしいのだが、今回の襲撃で柵の外にあった家畜小屋や放牧地を壊され家畜も食べられてしまったので暫くは人間だけで作業をするしかない。

 時間をかければ人力でも可能だが、他の作業も山積している現状では人手を割ける状態ではなかった。

 そこで暇を持て余していた自分とポロに白羽の矢が立ったわけである。


 村長からメリエとアンナに要請が行き、協力を頼まれることになった。

 一応自分もアンナの相棒ということになっているし、十分に休めて体力的にも問題ないので手伝うことにしたのだ。


 力仕事といっても竜の膂力があれば大した苦労でもない。

 アンナや村人と近くの森まで行き、村人が切り出した木材をソリのようなものに積んでそれを引っ張るだけだ。

 自分やポロからすれば散歩することと大して変わらなかった。


 できるならたくさんの木材を運び込んでおきたかったらしいのだが、あまり長く村から離れていると、いない間に魔物が襲ってくることも考えられるので、最低限の量だけ確保するとすぐに村に戻ることになった。

 その後は村の周囲に散乱した魔物の死骸を素材剥ぎをしていたハンターなどと協力して運び、穴に埋めて力仕事は終了した。


 あとは手伝うことも無く、メリエ達の仕事が終わったらアルデルに戻って王都に向かおうと考えながら中央広場でゴロゴロとしていたのだが、そこに二つ目の仕事が舞い込んできた。


「(すまんクロ。増援が到着するまでは村に滞在していて欲しいと頼まれたから、出発はもう少し先になりそうだ)」


「(そっか。まぁ増援が来る前に出ちゃったらその間の村の守りが手薄になるしね。僕とポロはのんびりさせてもらってればいいだけだし別にいいんじゃない?)」


「(それとな、村長からもう一つ頼み事をされてな。良ければ協力して欲しい)」


「(できることならいいけど、何をするの?)」


「(あー……それはな───)」


 この時微妙な表情をしたメリエの心情を少しは察する努力をするべきだったかもしれない。

 そうすればこの後に待つ事態を回避することができていたかもしれないのだ。

 今ではそれを安易に受けてしまったことに少し後悔している……。


 そう。

 村人達とは別の、竜二匹のもう一つの戦いが始まったのだ。





「(もう嫌だーアンナ何とかしてぇ……)」


「(ご主人……私ももう勘弁して下さい……)」


「(……すまん。今は村中で人手が足りないようでな。まぁ頑張って欲しい)」


「(クロさん、いいじゃないですか。村の人にも戦うこと以外にも役に立てるって理解してもらえますよ。私も一緒に頑張りますから)」


 暇を持て余している自分とポロに割り当てられた仕事とは、子供かいじゅう達の相手である。


 はじめはのんびりと寝そべっているところに例の黒髪おかっぱの女の子が来ていたくらいだった。

 以前は尻尾や鱗に触ったりする程度だったのだが、助けてあげてからは遠慮が無くなり、笑顔で自分によじ登って跨ってみたり、頭にまで登って角に触ってみたり、背中と尻尾を滑り台代わりに遊んだりするようになった。


 それを見た村長が、大人しいポロや自分を危険ではないと判断したのか、メリエとアンナに子供達を一緒に遊ばせてあげてほしいと提案してきたのだ。

 無論、子供だけでは危ないということで、竜使いということになっている二人も傍にいてくれているのだが、主に子供の相手をするのは子供の興味を集める竜の二匹である。


 村ではまた襲撃があったら大変ということで、大人が総出で色々な作業をしており、手伝えない子供の面倒を見る人間がいなかったのだ。

 娯楽に飢えた小さな子供かいじゅう達のオモチャにされることが決定した瞬間である。


「こら! もっと滑るようにしっぽ高くしろよ!」


「おっきい鼻だねー。石がいくつも入るよ」


「この羽おもしろいー。引っ張ると伸びーる伸びーる」


「すげー! 竜の鱗って初めて触ったよ! 一枚とれないかな」


「ほらーもっと早く走ってよー! 遅いー!」


「お馬さんや牛さんみたいにお尻を叩いたら早く走るんじゃない?」


 畑仕事とは違って危ない作業もあるので、手伝えるのは10歳よりも大きい子達だけとされた。

 よってまだ10歳に届かないくらいの子供達は中央広場に集められ、自分やポロに群がってきている。


 最初は怖がって親から離れない子や、泣いている子ばかりだったのだが、いつも触りに来ていた黒髪おかっぱの女の子が楽しそうに自分に乗って遊んでいるのを見ると次第に近寄ってくるようになった。


 メリエやアンナが傍にいるということと、村長のお墨付きをもらっているということで、最初は警戒していた子供達の親も次第に公園の遊具で遊ばせるように子供の自由にさせるようになり、やがて親は子供をメリエ達に預けてそれぞれの仕事をするために広場から離れていった。


 怖くて危ない竜の近くで遊ばせるなんて、お母さんそれでいいの?

 と思わないでもなかったが、この世界の価値観だとこんなものなのかもしれない。

 現に飼いならされた魔物が走車を引いたりしている世界だし、そんな飼い馴らされた魔物の世話をしているのも子供だったりするそうだ。


 暫くは遠慮がちに自分やポロに触る程度だったのだが、やがてエスカレートしていき、今では全く遠慮など見せずに好き勝手に遊んでいる。

 それはもうやりたい放題である。


 ポロには三人の子供が代わる代わる跨って広場の中を歩いたり走ったりしている。

 牧場などで見かける、ポニーに乗る体験コーナーのようだ。

 背中の子供達にペシペシ叩かれながら疲れた雰囲気を出して歩くポロの手綱をメリエが引きながら歩いていた。


 自分はさながら公園の滑り台状態で、子供達は大人しく動かないのをいいことに、生き物にするにしてはかなり酷いことを無邪気な笑顔でやってくる。


「(ちょ! 翼膜にぶら下がらないでよ! 伸びちゃうってば! あーもうっ鼻に手や石を入ーれーるーなー!)」


 子供は嫌いではないのだがさすがにこれはキツイ。

 だが巨体の自分が嫌がって動いてしまうと乗っている子供が危険である。

 つまり、耐えるしかないのだ。


「ちょっと! 私が乗れないじゃない! もっと頭下げなさいよトカゲ!」


「グルル……(好き勝手言いよってからに……)」


「ひ! うわあああん! トカゲが吠えたー!」


「(ク、クロさん! ダメですよ驚かせたら。クロさんのことをよくわかっていない小さな子供のすることなんですし、大目に見てあげて下さい)」


 ぐぬぬ……。

 わかってる。

 わかっているけど……これでも結構頑張ってるのよアンナさん……。

 泣きたいのはこっちだよホントにもう……。


 魔物の群と戦うよりもしんどいかもしれない……。

 世のお父さんお母さん、それに保育士や先生とかははこんな苦労をしているのかと尊敬の念が湧いてしまった。


 その後も心身ともにヘトヘトになりながら大人達の作業が終わるまで、一向に飽きる気配の無い子供達の相手をすることになった。



「(あー……やっと終わったよー。魔物と戦うより疲れた……)」


「(私もです……。まだ一日中走っている方が良かったかもしれません)」


 開放されたのは日が中天を過ぎて大分経ってからだった。

 子供達は作業が一段落した親達が迎えに来るとそれぞれの親元に戻っていった。


 自分達もかなり遅い昼食を摂る事にし、食事を持ってきてもらった。

 アンナとメリエは村人がまとめて作った昼食の残りをもらってきて、自分とポロは生肉やら果物やらを食べることにする。

 疲れた体にスイカボチャの甘みが染み渡るようだった。


 食後は子供達に汚された鱗を拭いてもらいながら、今後のことについて相談することにした。

 もはや疲れてぐったりである。


「(体中砂と泥だらけですね。クロさん)」


「(面白がって砂をかけたり泥まみれの手足で乗ったりしてきたからね……お風呂入りたいよ……)」


「(ポロもご苦労だったな)」


「(慣れないことをしたので余計に疲れました……)」


 大変な状況を見ていたメリエとアンナは同情の視線を向けつつ、以前よりも丁寧に鱗を拭いてくれた。

 同情してくれるなら少しは子供達をたしなめてくれてもよかったのに……。


「(丁度いいからこの後のことを話しておきたいんだけどさ。増援の人達に引継ぎをしたらどうする? 何も無ければ予定通り王都に向かいたいと思うんだけど)」


「(まず一回アルデルのギルドに行って報告を済ませたいな。報告をしておかないと依頼をこなしても放棄したとみなされてしまう。それに王都に行くなら長距離移動になるし物資の補給も必要だぞ)」


「(じゃあまずはアルデルの町に行って移動の準備かな)」


 そんなことを話しながら寛いでいると、何やら中央門の方が騒がしくなった。

 徐々に近づいてくる喧騒の方に視線を向けて何事かと窺っていると、中央門からこちらに向かって鎧を着込んだ騎士風の男性と、ギルドマスターの部屋で見た秘書のナタリアさんがこちらに歩いてくるのが見えた。


 その後ろからはハンターや兵士などがぞろぞろとついて来ている。

 どうやらギルドマスターが話していたギルドからの増援と、領主が派遣した兵隊が到着したようだ。


 ハンターと兵隊はざっと見て30人くらいしかいない。

 ここまで移動するのに必要になる物資や走車などが見えないので、恐らく門の外に本隊がいるのだろう。


 先頭を歩く騎士とナタリアが広場の真ん中で寛いだり寝そべったりしている自分達を見つけると、こちらに歩いてきた。

 他の人間と同じように飛竜の姿の自分を見て驚いた顔をしている。


「メリエさん、お疲れ様です。ギルドからの増援を連れて来ましたが、まだ襲撃は無いようですね」


 メリエの存在に気がついたナタリアさんが労いの言葉をかけつつ、現状の確認をしてくる。

 村の中に大きな被害が無いのでまだ襲われていないと思っているようだ。


「いや。既に昨日襲撃を受けている。魔物の群はその時に壊滅させて今は復興作業中だ」


「……となると、それ程大規模な群ではなかったということですか? 村にはそれ程の被害は出ていないように見えますが……」


「数は200程度だったか。巨人種もいたが既に討伐している。村の中に被害が少ないのは群が村に入る前に撃退したからだ」


 ちなみに巨人種から獲れた素材はこの村に居たハンター達に全て譲っている。

 必要でもないし欲しがったからメリエにあげていいと言ったのだ。

 倒すのが大変というだけあって素材は高く売れるらしく、喜んでくれていた。

 少ない人数で頑張っていたのだからこれくらいの役得があってもいいだろう。


「……それ程の数を……一体どうやって?」


 やはり怪しまれる程度の規模ではあったらしい。

 増援を求めてくるくらいだから、疾竜がいたとしてもたった一人のハンターが送り込まれたくらいでどうにかなるものではないと思われていたのだろう。

 メリエは変装したアンナに視線を向けつつ説明する。


「今回の件を知人に話したら協力を申し出てくれたのでな。彼女と相棒の飛竜の力を借りられたお陰で少ない数でも対応できたのだ」


「……そうでしたか……」


 変装中のアンナと自分に珍しいものを見るような視線を向けつつ、一応は納得したようだった。

 そんな話をしていると、騒ぎを聞きつけて村長とボンズ、それに傭兵の代表がこちらに歩いてきた。

 いつの間にか広場の周りには村人の人だかりができつつあった。


「ご足労頂き感謝します。私が村長のマルフです」


 村長が挨拶をすると、後ろにいた騎士風の男が前に進み出てくる。


「アルデル辺境伯領騎士団より編成された救援部隊隊長のヨハン・アルディールだ。この度は救援が遅れて申し訳ない」


「これはこれは。ヨハン様がご足労下さるとは感謝の言葉もありません」


 村長は一瞬驚きで目を見開くと、慇懃に礼を述べた。

 偉い人なのだろうか。

 いや、隊長だから偉いのかもしれないが。


「(ねぇねぇメリエメリエ。あのヨハンって人は偉い人なの?)」


「(ヨハン・アルディール。アルディールというのはつまりアルデル辺境伯領を治める貴族だ。ヨハン殿はアルディール家の三男、要するに貴族の子弟ということだな)」


 なるほど。

 アルデルとはアルディールの名前からつけた町の名前ということか。

 貴族とやらをはじめて見たのでつい繁々と眺めてしまう。


 確かに高級そうな装飾が施された鎧やら剣やらを身につけている。

 人柄はどうなのかはまだわからないが、救援が遅れたことに対して素直に謝罪をしたのでそれなりにまともな人なのだろうか。

 そんなことを考えていると続いてナタリアさんが一歩前に出て自己紹介をした。


「私はアルデル総合ギルドで、ハンターギルドの代表の秘書官をしています、ナタリアです。今回は緊急依頼への対応が遅れて申し訳在りません」


「いえ、人数が少ないとはいえメリエさんのような方を派遣して頂いたお陰で大事には至りませんでした。しかし、なぜ秘書官の方がわざわざ現地へ?」


「今回の緊急依頼の重要性を鑑みて、増援部隊の指揮、及び村の損害と魔物の群に関する現地調査を兼ねて私が派遣されました。調査の結果次第ではアスィ村からギルドへ要請される依頼の金額を引き下げたり、ギルドからの支援金を報酬に充てるように取り計らう予定です」


「なるほど、そうでしたか。わざわざありがとうございます」


 秘書官なのにそんな仕事までするのか。

 もしかしたらナタリアさんは結構有能な人なのかもしれない。

 たたき上げの冒険者から秘書官になったのだろうか。


「では支援物資の搬入を済ませよう。村周辺の警戒と見張りもこちらで行う。騎士団で手の空いている者には復興作業についてもらうので、人員の割り振りもお願いしたい」


「わかりました。では細かな点は私の家で詰めましょう。ご案内しますのでこちらにどうぞ」


 村長に促され、ナタリアとヨハンは今後のことについての話し合いをするために村長の家に向かった。

 とりあえずこれで自分達の仕事は終わったということだから、帰ってもいいはずだ。


「(これで仕事も終わりだよね。移動の準備をしたらアルデルに帰ろうか)」


「(その前に引継ぎ報告は必要だろうから、後でナタリア殿に状況説明をしてこよう。わざわざ現地調査に来たということは今回の件について色々聞かれるはずだしな)」


「(そっか。じゃあそれが終わったらだね。明日くらいには出られるかな)」


 メリエのことだから言ったらまずい点については適当に誤魔化してくれるだろう。

 星術で追い払ったとは言えないので、竜の叫びに怯えて逃げ出したとでも言ってもらえば納得してくれるだろうか。


 もうすぐ夕方になる時間帯に差し掛かるが、増援が到着し、村長が人員の割り振りや復興作業の予定を組み終わると、村の中が更に慌しく動き始めた。

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