巨人種
残りの魔物を掃討すべく、中央門から西側の畑の向こうに広がる草原へ向かうことにする。
そのまま空を飛んで向かっても良かったのだが、行き様にまだ村に向かってきている魔物を減らすために走って中央門を出ることにした。
「(メリエ。ポロ。ここは頼むね)」
「(わかった。恐らくクロでも巨人種は厄介だぞ。油断するなよ)」
「(クロ殿、御気を付けて)」
「(無理はしたくないから適当にやるよ。ここで倒せなくても一度追い払えば次に来るまでには援軍も到着してるだろうしね)」
メリエ達の心配そうな視線を受けながら中央門を出て駆ける。
走りながら中央門に向かって来る猪のような魔物二匹を体当たりで吹き飛ばす。
その猪を追いかけるように走っていた鎧を着た鹿のような魔物が、それを見て避けようと身を捻ったところに尾撃を叩き込む。
同じようにして何匹かの魔物を擦れ違い様に倒したが、遠回りに移動していた魔物は取り逃がしてしまった。
数は多くないし大型でもないので、残りの対応はメリエ達に任せ、自分は巨人種のいる草原を目指して駆け続ける。
数多くの魔物で
遠目には影のようにぼんやりとしか見えていなかった巨人種だが、近づくに連れて徐々にその容貌が明らかとなった。
緩慢な速度で歩を進めるその異様を目の当たりにすると、そのあまりの異質な姿に絶句する。
(……うわぁ……何アレ……)
当初魔物扱いとはいえ、巨人種といわれていたので人間をそのまま大きくしたような姿なのだろうと勝手に想像していた。
それこそジャックと豆の木の童話に出てくるような巨人だと思っていたのだが、近寄って視界に捉えたものはそんな見た目の存在ではなかった。
確かに人の形はしている。
両手足があって二足歩行をしている。
しかし、見た目は人というよりもモンスターという言葉の方が似合ってた。
緑がかった茶色の皮膚に覆われ、右腕が左腕の倍近い太さでゴツゴツとした筋肉で盛り上がり、巨大な木をそのまま引き抜いたような丸太を軽々と持って歩いている。
だが足には殆ど筋肉がついておらず骨と皮だけのような見た目だ。
その代わりに極度に発達した太い足の骨が8,9mはあろうかという巨体を支えている。
ややぽっこリと肥満気味に膨らんだ腹部に獣の毛皮のようなものを巻きつけ、鎧のような胸筋がついた胸の部分に大きな傷跡がある。
そして何より不気味だったのは首から上だった。
禿頭に耳が二つ。
ここまでは普通の人間を大きくしたような見た目だ。
しかし人間に当たり前にあるはずの目と鼻がなくつるりとしたのっぺらぼうのような顔に、顔の半分ほどの大きさのぽっかりと丸く開いた口があり、その中に並ぶ牙が覗いている。
およそ人間には見えず、巨人種というよりは怪物という言葉の方がしっくりとくる気がした。
初めて見る魔物らしい魔物に、竜の体で色々なことを体験してきた自分でも、言い知れない恐怖感が心の中にひんやりと忍び込んでくるようだった。
(こ、怖いなぁ……)
昔人間だった頃に見たパニック映画で出てくるモンスターのように思えてしまうその見た目に尻込みしていると、こちらの存在に気付いた巨人種が方向を変え、丸太を構えてこちらに向かってくる。
目が無いのにどうやって自分を認識しているのだろうか。
それとも昆虫の複眼のように小さな目のようなものを備えているのだろうか。
今考えても答えはわからないので巨人種への対応に集中することにする。
走りながら位置を変えてみたが、的確にこちらを捉え狙いを定めてきた。
大きさは自分よりも大きく、あの発達した腕から繰り出される攻撃を想像するとやはり草原で戦うようにして正解だったかもしれない。
大木のような丸太を持っているため、相手の方が自分よりも攻撃の間合いが広い。
えてして大きな武器は攻撃のあとの隙が大きくなるものなので、最初の一撃を避けて懐に潜り込み間合いの内側に入って攻撃しようと考える。
「ボオオ!」
相手の間合いに踏み込むと、やはりどうやってそれを判断しているのかわからないがこちらの距離と位置をしっかりと捉え、唸り声を上げながら丸太を横薙ぎに振り抜いてくる。
丸太を掴む腕をミシリと軋ませ、ブウン! という風を切る唸りを上げながら丸太が迫る。
巨大な丸太を振っているとは思えないほどの速度で攻撃を繰り出してきた。
丸太の間合いのギリギリ外でやり過ごすために一瞬でブレーキをかけ、僅かに後ろに飛び退くことで丸太の一撃をかわし、一気に加速して丸太を空振りして隙を晒した巨人の懐に入り込む。
それと同時に動きの起点となる骨ばった足に尾撃を叩き込んだ。
(!? かったい!)
足を砕くつもりで思い切り攻撃したにも関らず、巨人はややバランスを崩してよたついただけだった。
まだ幼体で成体よりも筋力は弱いとはいえ、星術で強化までした竜の攻撃をまともに喰らってその程度とは恐るべき打撃耐性だ。
岩程度なら軽く粉々にする威力があるはずだが、尾が当たった脛の部分はまるで鉄骨にぶつかったような衝撃だった。
自分の体のほぼ倍近い巨体を支えるためとはいえ、信じられない硬さだ。
全身が強固というわけでもないだろうから、当てる場所を考えれば効果はあるのかもしれないが、尾撃で的確に当てるのはそれなりに難しい。
体格差もある上に向こうは二足歩行で体高が高く、こちらは四足歩行で体高が低いため届く範囲は限られるし、手や足での攻撃と違ってパターンも単調になる。
半回転したりして勢いを乗せてぶつけるとなると頭や腹などの部分は狙い難い。
向こうもわざわざ攻撃が当たるまで待ってくれるわけではないだろうから迎撃されたり避けられたりする可能性も高まる。
仕方ないのでかなりの耐性がある打撃を諦め爪での攻撃に切り替えることにする。
爪を構え巨人が体勢を整える前にもう一度飛び掛る。
バランスを崩したことで脇腹を晒しているので、そこを狙って竜の爪で斬りかかった。
「ボアッ!?」
打撃とは違い今度は防がれることなく爪が食い込む。
メリエが外皮も強固だと言っていたがそれ程硬くは感じない。
巨人種の外皮がそこまででもないのか竜の爪の切れ味が規格外なのかわからないが打撃よりも効果が出ているようだ。
が……。
(むぅ。メリエが言ってた通り皮下脂肪と筋肉が厚くて致命傷にならないな)
確かに爪は喰い込み血は流れているが、内臓にまでは届いておらず大したダメージになっているようには見えない。
となると人間として相手をするならば脂肪が無く、急所の集中する首を狙うのが有効だと思うが、高い位置にあるそこまで攻撃を届かせるのはかなり大変だ。
ジャンプして飛び掛っても大人しく攻撃を受けてくれることなどないだろうし。
「ボア!」
(! はやっ!?)
思案しながら巨人の動きを観察していると、さっきよりも速い速度で攻撃をしかけてきた。
体勢を立て直すと同時にその勢いを利用して丸太の打ち下ろしを繰り出す。
大きな丸太がまるで小枝を振り下ろしているかのように大きく
初見の速度が最速だと思い込んでいたため反応が鈍り、回避が間に合わずに背中に丸太の一撃をもらってしまった。
(いったぁ!)
ゴドン! という凄まじい衝撃を首の付け根あたりに受け、踏ん張った手足が地面にめり込む。
竜鱗で護られた体に怪我は無いし痛みも殆ど感じない。
痛いと思ったのは精神的な衝撃によるもので肉体的には痛みらしい痛みは無かった。
さすが竜の体だ。
ただ衝撃は伝わってくるので背中から手足にかけてジーンと痺れるような感じが残っている。
頭に喰らったら脳震盪でも起こしてしまいそうだ。
竜が脳震盪になるのかどうかはわからないが。
(ぐぎぎ……痺れたぁ。……相手の攻撃はそれ程でもないけど、こちらの攻撃も相手にダメージを与えられないか)
見た目通りで他に攻撃の手段が無いのであればこちらがやられる心配はなさそうだが、こちらも今の状態だと相手に十分なダメージを与えられない。
星術を使えばどうにでもなるのだが、村から近いこの位置でそれはまずい。
飛竜の振りをしているので術だとバレないような手段を使うか、使わずに体だけで圧倒しなければならない。
となると後は無理をしてでも首などの急所を狙うかだが、この人とかけ離れた見た目の魔物に、果たして人間と同じ場所に急所があるのかどうかが疑問になる。
目が無いのにこちらの位置を把握していることから人間とは違う体内構造をしている可能性も考えられる。
(……とりあえずできることを試してみますか)
まずは狙い難い首を狙うのではなく、メリエに対策として渡したアーティファクトのように電撃で攻撃してみることにした。
直接攻撃するタイミングに合わせて電撃を流せばバレないだろう。
間合いをはかりながらジリジリと近寄り、攻撃を誘う。
あまり頭が良いわけではないのか攻撃射程に入ると同時にさっきと同じように横薙ぎの攻撃を繰り出してきた。
攻撃速度が当初よりも速かったことを考慮に入れ、余裕を持って回避するとそのまま懐に潜り込む。
今度は当てる場所はどこでもいいので、腹の部分狙って攻撃する。
と同時に電撃をお見舞いする。
(これでどうだ!)
攻撃が当たる瞬間に合わせて電撃を加えてみたが、殆ど効果が無いのか普通に起き上がってきた。
(外からじゃダメか……)
かなりの強さで電撃を放ったにも関らず殆ど効果がない。
原因は恐らく巨人の体に蓄えられた脂肪だ。
脂肪は絶縁体のため、多量の脂肪で守られた部分は外部から電撃を加えても体の奥にある重要な臓器にまで電撃が届かない。
届かせるには剣で突き刺したりして内部に直接電撃を撃ち込む必要がある。
この方法で身を守っているのが電気ウナギだ。
電気ウナギは自分の放電では僅かしか感電していないといわれている。
それは電気ウナギの体の殆どが絶縁体の脂肪で包まれており、体の重要部分までが感電するのを阻んでいるからだ。
しかし、電気ウナギは重要な部分を満遍なく脂肪で包んで守っているが、人間のような動物は例え太っていても部分的にしか脂肪がついていないため、太った人でも普通に感電してしまう。
ちなみに脂肪の絶縁体という性質を利用し、体の電気抵抗を調べることで体脂肪を計っているのが体脂肪計だ。
この巨人は、ぽっこり膨らんだ腹の部分に人間以上の脂肪を溜め込み、そこに重要な臓器を集中して守っているのかもしれない。
そうでなければ根本的に電撃が通用しないかだが、電撃を浴びて痺れたような素振りは見せたのでそれはなさそうに思えた。
メリエは刺突型の剣を持っていたので突き刺して攻撃することを考えて使えば電撃が効果的だろうと考えてあのアーティファクトを渡したのだが、この巨人の様子だと無駄だったかもしれない。
竜の爪であの程度しか傷つかないとなると並の剣では内臓まで攻撃を届かせるのは至難だろう。
もっと爪が長ければ内臓まで届くのだろうけど、術でニョッキリと爪を伸ばしたら怪しまれてしまう。
(うーむ、困った……。いやまてよ? 確かメリエが巨人種を倒す時には……)
大規模な星術を使わなければ手詰まりかとも思ったが、メリエの言葉を思い出した。
巨人種の気を引きつつ魔法で倒すか、毒で弱らせるか。
確かメリエはそう言っていた。
見た目は人間の皮膚に似ているので火炎や冷気には弱いのかもしれない。
だが今は星術をおおっぴらに使えないので術で倒すのは無理だ。
しかし毒ならばどうだろう。
(ぶっつけ本番だけど試してみますか)
星術を使い、自分の爪に毒を作り出してみることにした。
解毒ができるのだから逆に毒を与えることもできるはずだ。
毒の種類や成分など殆ど知らないが、イメージすることで様々な術ができるのだから毒もイメージ次第ではどうにかなるかもしれない。
イメージするのは麻酔などでよく知られる筋弛緩薬。
有名なのはフグ毒のテトロドトキシンで、普通の人でも一度は耳にした事があるものだ。
少量でも麻痺を起こし、摂取量が多くなると致死することもある。
これをイメージして爪に発生させて斬りかかれば毒に冒すことができるはずだ。
相手を麻痺させる毒が爪から発生するようにイメージする。
星素を使った感じがしたので術は使えたと思うのだが、爪の見た目は全く変わらない。
とりあえず試すだけ試してみよう。
今度は攻撃を待つことなく一気に飛び掛る。
爪が通ればいいので狙いやすい場所ならどこでもいい。
当然巨人もそうはさせじと迎撃しようとしてくる。
自分を撃ち落そうとする丸太を咄嗟に体をずらすことでかわし、振りぬいて隙を晒した懐に潜り込んで無防備な腹を爪で斬りつける。
血は流れるのだから血流で毒も回るだろう。
一発当てたら一度距離を取り、同じように何度も爪で攻撃を加える。
(よっし! ちゃんと毒が効いてるみたいだ)
爪で引っ掻いては離脱するを繰り返していると、徐々に巨人の動きが鈍ってくる。
ぶっつけ本番ではあったがちゃんと毒の効果が出ているようだ。
やがて立っていられなくなった巨人はドスンと仰向けにひっくり返り、痙攣するだけになった。
どの程度毒の効果が続くかもわからなかったので、また動き出す前に倒れたところに全体重をかけた踏み付けを頭にお見舞いして押し潰した。
倒れて動かなくなった後も、暫くは気を抜かずに様子を窺っていたのだがまた動き出すということはなかった。
人とは違う見た目だがやはり頭は重要な部分だったらしく、頭を潰されたことで息絶えたようだった。
大丈夫そうだと判断してやっと臨戦態勢を解く。
(あー……つかれたぁ)
大規模な星術を使えない、飛竜の振りをしたまま倒さないといけないという大きなハンデが二つもあったが、それでも竜と互角に渡り合える存在と戦ったことで精神的にも肉体的にもかなり疲弊した気がする。
苦労した手前、全力を出せるのなら一瞬で丸焼きにして終わりにできるのにと理不尽に思ってしまった。
村の方はどうなっただろうと意識を向けると、巨人種を倒すところを見ていたのか村の方から歓声が上がっている。
こっちを見ている余裕があるということは村の方は特に問題がないということだろう。
巨人の後始末は人間に任せることにして村に戻るために踵を返す。
若干疲れてのそのそと歩いて村に戻っていると、こっちに駆けてくるアンナとメリエが見えた。
「(クロさん! 大丈夫ですか!?)」
「(アンナ。疲れたけど大丈夫だよ。アンナはどうだった?)」
「(はい。蟻みたいな魔物が集会所まで来ましたけど村の人と協力して倒しましたよ)」
やはり何匹かの魔物は柵を越えて入って行ったようだったが、問題なく対処できたようだ。
アンナにも特に怪我らしきものもない。
「(そっかーお疲れさま。これで仕事も終わりだね)」
「(どうなることかと思ったがクロのお陰で巨人種まで仕留められたな。最悪の場合は村を放棄するしかないと思っていた)」
「(もうあんなのと戦いたくないよー。スゴく硬くてさぁ、メリエが毒を使って倒すって事を話してくれてなかったら倒せなかったよ)」
「(やはり古竜のクロでも苦戦したのか)」
「(まぁ竜魔法を使えなかったのが一番大変だった原因だけどね。使えたらアルデルの町の近くで襲ってきた鳥竜って魔物みたいに丸焼きにしてすぐ終わったと思う)」
「(確かに巨人種は打撃などには強いが魔法の耐性は低い。超大型ならまだしもあのサイズなら危険度も鳥竜より下だからな)」
お互いの無事と戦いの様子などを話しながら村の中へと戻る。
この後のことはまた自分に関ることはできないことばかりなので、ゆっくりと休ませてもらうことにした。
メリエやアンナはこの後のことを話し合うために村長の家に向かい、自分とポロはまた村の中央広場で杭に繋がれる。
村の中は人が慌しく動き回って戦いの後片付けをしたり、ハンター達が魔物から素材を剥ぎ取ったりして時間が過ぎていった。
もう襲ってこないとは思うがやはりここで気を抜くわけにはいかないようで、今日も見張りの人が櫓に立つようだった。
日は中天に差し掛かるくらいだが、殆ど丸一日分働いたくらい精神的に疲れた自分は、何かあったら起こしてくれるようポロに頼んで疲れを取るために昼寝をすることにした。
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