仲間

 相棒の疾竜から人に知られたくない言動を暴露され酷く落ち込んでいたメリエ。

 それをアンナが必死に宥めすかしてくれたことで、徐々に元通りになっていったのだが、なぜか二人が意気投合していったように見えるのは気のせいか……?

 最後の方では志を共有した仲間のように手を取り合い、お互いの肩を叩き合っていた。


「メリエさん! 女の子は竜騎士様のような素敵な相手との結婚生活を夢見るのは当然なのです! みんな同じですよ!」


「そうだな! みんな同じだよな!」


「はい! 私だって何度も考えた事があります! ……(胸も)」


 最後に何かつぶやいていたが、聞いたらまた怒られる気がしたので知らんぷりしておこう。

 興奮冷めやらぬやり取りをしたメリエとアンナが真面目な表情に戻り、やがて落ち着きを取り戻した。


「オッホン。見苦しいところを見せてしまったな」


 わざとらしく咳払いをして仕切りなおしをする。

 こちらとしてもようやく話を進められるので異論はない。


「では、メリエさんが知りたがっていた竜人種のことについてですが、私がその竜人種ではないので現在どのような状況下にあるのかなどはわかりません」


「仕方の無いことだし、こればっかりは諦めるしか無さそうだな……」


 追い求めていた母への手がかりがまたゼロに戻ってしまったことにやはり落胆の表情を見せる。


「しかし、手がかりになるかわかりませんが教えられることがあります。古竜種は今までに生きてきた同族の知識や技術をある程度なら知ることができるんですが、かつて竜人種の祖となった竜について調べることが出来ました」


 この言葉に途切れかけた糸がまたつながったような期待の視線を向けてくる。


「現在の竜人たちがどのような状況にあるかはわかりませんが、人間と竜が結ばれ最初の竜人種が生まれた地になら何かの情報が残っている可能性もあるかと思ったんです」


「確かに、多くの国でその国を興した地を王都としたり、そうでなくても聖地などの扱いで特別視している場合が多いな。このまま何の手がかりもなく探すよりも望みをかけて一度行ってみたいと思うが、教えてもらうことはできるのか?」


「教えることに問題はないんですけど、別なところに少し問題がありまして……」


「それは?」


「私が調べることのできる情報というのは竜視点での情報です。だからその地が人間達に何と呼ばれている地なのかを知らないんですよ」


 実際問題これはかなり厄介なことだ。

 【竜憶】を調べればどんな場所かという情景はわかるのだが、地図のようなものが浮かんでくるわけではない。

 【竜憶】で得られる情景から特徴的な地形などを見つけて、人間の視点での世界に照らし合わせなければならない。


 人工衛星から地上の様子をくまなく知ることができるのならばいいがこの世界ではそれも無理な話だ。

 技術レベルが低いこの世界で、生きるために大して必要にならない地理の情報について知っている人物はかなり少ないのではないかと思う。


「なるほど。となると各国の地理に精通した人物を探す必要があるな。しかし、どこの国でも地理情報は戦術的にも戦略的にも重要な情報であるため、詳しく知っている者は国の統制下に置かれている場合が多いから探すのは簡単では無さそうだな。仮に見つけたとしても国の重要機密扱いであれば聞き出すことは難しいかもしれない」


 簡単に地図を作成し、誰でも閲覧できるような世界ではないため地図情報はとても重要視される。

 どこが攻め易いか、どの国と交易を結ぶか、地形で得られる作物は何かなど地図から読み取れることは多岐に渡るため外交には重要な知識となるのだろう。


「メリエさんはそんな知識を持ってる人物に心当たりはありませんか?」


「前にも話したが私も2年前までは普通の農民だったから、それほど学があるわけではないんだ。読み書きを少し学んだ後はずっとハンターの技術を磨いてきたからな。一応師匠もいたのだが、それを含めて考慮しても頼れそうな伝手は思い浮かばないな」


 確かに2年という短い時間でハンターとしてやっていけるだけの技術を身につけたのだとすれば、それ以外に割ける時間は極僅かなものだっただろう。

 それでも読み書きができるくらいにはなっているというのだから余程の努力を重ねたということだ。


「となるとこの情報も手がかりとしては役に立たないかもしれませんね……」


 いくら役立ちそうな情報があったとしてもそれを伝える手段が無ければ宝の持ち腐れである。


「……君達は何か目的があって旅をしているのか?」


「いえ、目的らしい目的はありませんけど」


 自分はこの世界を色々と見て回りたいと考えているが、急ぎではないし、アンナは特に目的らしいものもなく自分についてきている状況だ。

 アンナについては今後の身の振りを考える必要があるかもしれない。


「私はこの世界がどんな場所なのかに興味があって色々と見て回りたいとは思ってるんですけど、どこか目的があって旅をしているわけではないですね。人間の町に居るのも人間がどんな生活をしているのか興味があったのと、住んでいた場所に人間が入ってきて攻撃されたので、自分を狙っている存在についての情報が欲しかったというのが理由です。アンナとはその時に知り合って一緒に居るんですよ」


「私は奴隷だったんですけど、人間のハンターに殺されそうになったところをクロさんに助けてもらったんです」


「そうだったのか。同業者が済まない事をした。申し訳ない。こんな事を言っても言い訳にしかならんが、ハンターや傭兵は荒事に関ることが多いから自ずと血の気の多い荒くれ者が多くなるんだ」


「いえ。色々な人がいるというのは理解していますし、メリエさんが悪いわけではないですから、気にしないで下さい」


 アンナも色々と思うところがあるだろうが、それをメリエにぶつけるのはお門違いだということはわかっているようだ。

 歳よりもしっかりした女の子だということを改めて感じてしまう。


「……ん? ということは、双子山に住み着いた竜というのはもしかして……」


「ええ。おそらく私と私の母のことだと思います。母はもうこの地を離れ遠くに行ってしまったので今この近辺にいる竜はたぶん自分だけだと思います」


「まさかとは思うが、つい最近この町の近くで鳥竜の死骸が発見されたというのも……?」


「はい。襲われたので私が丸焼きにしました」


「なんとまぁ……鳥竜を倒せる存在が潜んでいるかもしれないとギルドは血眼になって探しているというのに、その存在が目の前にいるとはな……。倒したのが人間種であれば竜討伐の戦力として申し分ないが、魔物や獣だとしたらかなりの脅威だからな。まぁお陰で飛竜などに町を襲われる危険性が無くなったのだから感謝すべきなのだろうな」


「私もそんな危険な相手だったとは知らなかったので……」


「気にすることは無いさ。誰もキミのような見た目の者が倒せるとは思っていないだろうしな。おっと済まない、大分話が逸れてしまった。で、相談なんだが、もしよかったら私を旅に同行させてもらえないか? 今回の竜討伐はキミがここにいる時点でもう参加する必要は無くなった。君達が迷惑でなければキミの持つ竜の知識にある場所が判明するまで同行できると嬉しいのだが」


 これは助かる提案かもしれない。

 多少なりとも知識を持っている人がいてくれるというのは心強い。

 自分もアンナも殆ど何も知らない状況下で町にいるので、いつ常識はずれな言動をして周囲の注目を集めてしまうかわからないのだ。

 ギルドの事なども色々知っているだろうし、何か問題が起こったら知識を貸してもらえるかもしれない。


「私は問題ありませんけど、アンナはどう?」


「私もクロさんが良ければ全然大丈夫ですよ」


「本当か! 助かる! ただ、もう暫く私はこの町を離れられないんだが、それでも大丈夫か?」


「ええ、宿泊費は今回メリエさんにもらったお金でどうとでもなりますしね。ところで何で町を離れられないんですか?」


「先日、ギルドの依頼で赴いた先で装備を破損してしまってな。それを修理に出していて、あと2~3日後にならないと受け取れないんだ」


「なるほど。別に構いませんよ。急ぎの用事があるわけでもないので」


「そうか。済まないな。じゃあこれからは堅苦しいのは無しでいこう。私はメリエと呼んでくれ。私もクロ、アンナと呼ばせてもらう」


「ん。わかったよ」


「はい。宜しくお願いしますね。メリエさん」


 そういえば奴隷を買おうと思っていたのだがどうしようか。

 メリエに聞いたら何か知っているかもしれないのでこの機会に聞いておこう。


「えっと、自分もアンナも知識や常識が乏しいから学がある奴隷を買おうと思っていたんだけど、メリエはどう思う?」


「ふむ。いいと思うぞ。さっきも言ったが私も学があるわけではない。ある程度の常識とハンターやギルドの知識ならあるが、国や土地などの知識は殆ど無いしな。ただ、奴隷を買うとなるとお金が……ああ、そうかさっきの稼ぎがあるんだったな」


「うん。でも奴隷についての知識も殆ど無いんだよね。アンナも自分が奴隷だったときはそんなこと考える余裕もなかっただろうから」


 あまり辛い記憶を思い出させたくは無いが、知っておかなければならないことでもあるのでアンナには申し訳ないが色々と教えてもらいたい。


「私が知っている範囲でなら教えられるが、詳しいことは奴隷商に直接聞く方がいいだろうな」


「メリエが知っている奴隷についてきいてもいい?」


「ああ。奴隷は大きく分けて身売り奴隷、犯罪奴隷、戦争奴隷の3つの種別がある。

 身売り奴隷は農民などが口減らしのために子供を売ったり、借金のために自身を売ったりした者がそれに当たる。

 犯罪奴隷はその名の通り犯罪を犯したものが捕えられて奴隷になった場合だな。重罪を犯すと極刑となるため凶悪犯が奴隷になることは殆ど無いらしい。

 最後に戦争奴隷だが、これは戦乱によって捕虜になった者が、国から労役に向かないと判断され奴隷市場に流された者がなる。ただ一般的には知られていないが犯罪組織が罪も無い人間を攫って闇で取引をしているということもあるらしい、そうした方法で奴隷を買ったり売ったりしたのが見つかった場合は捕まることになる」


 ふむふむ。アンナは戦争で捉えられたといっていたから戦争奴隷になるのか。

 こないだ森で捕まえた者達も犯罪奴隷になるみたいなことを、あの強面の衛兵が言ってたっけ。


「この中で学がある奴隷となると、可能性があるのは戦争奴隷くらいだと思うぞ。身売りした奴隷は殆どの場合で自分で稼ぎを得られないからなるわけだし、学があるなら奴隷にならなくても自分で仕事を探せるだろうからな。

 犯罪奴隷も同様だ。自分で稼げないから犯罪を犯してしまうわけだから、学があるとは思えん。勿論例外はあるのだろうが一番可能性が高いという意味では戦争奴隷を探すべきだと思うな。戦争奴隷で学がある者を戦奴兵として徴用すると反乱や寝返りの火種になることもあるから大抵はすぐ奴隷市に流されるらしい」


 確か労役に向かないアンナは奴隷市で売られたと言っていたっけ。

 国からしても労働力以外で信頼の置けない者を取り立てるのはリスクが高いと判断するわけか。

 待遇を良くすれば学のある存在は重宝すると思うのだが、随分とまぁ保守的というか何と言うか……。


「なるほど。じゃあ奴隷市で戦争奴隷を探してみますかね」


「それがいいだろう。だが、この町の奴隷商を当たっても恐らく戦争奴隷は売られていないぞ。戦争奴隷は殆どの場合で王都の奴隷市で売られるんだ。捕虜は一度王都まで連れて行ってから戦奴兵にしたり各地の労役に当たらせるために振り分けたりするからな。こういった町では殆どが身売り奴隷か犯罪奴隷だろう」


「そうかー。じゃあ王都まで行かないとダメかな。そういえばここって何ていう国?」


 今まで知る必要はなかったから特に気にしていなかったけど王都に行くなら知っておくべきだろう。


「ここはヴェルタ王国と呼ばれている国だ。大まかに言うと東南北を大きな国と接し、西を未開地と接している国だな。双子山がある方が西だからこの町はヴェルタ王国の辺境、西の端にある町という事だ」


 ほうほう。

 つまり自分と母上はその未開地という場所と人間達の国の境目あたりにいたということか。

 竜の森があるのは西の奥の方だから人間達にとっては未開地の奥地ということだ。


「私は2年間この国から出たことは無いから、他国のことについては殆どわからん。一番竜が目撃されるのも飛竜の巣があるといわれるダレーグ山脈に近いこの国だったからな。この町から王都まで行くなら乗合走車で15日、徒歩ならその2,3倍はかかると思った方がいいだろう。途中に物資を補給できる村や町があるから徒歩でも問題は無いと思うが、できれば乗合走車を使う方がいいと思うぞ」


 乗合走車か……街道の具合から凄まじく揺れそうだからできれば乗りたくはないのだが、一応選択肢には入れておくか。

 アンナの時のように飛べれば楽なのだが人間の多くなる方向に飛ぶと目撃されるリスクも高くなるからそれは難しいだろう。


「ああ、クロはギルドで登録して依頼を受けているんだったな。もし町から離れるならそのことをギルドに連絡する必要があるはずだぞ。一緒に行くか?」


「受付で登録した時にはそんなこと言われなかったけど」


「ということはまだ正式登録をしてないのか?」


「うん。木のカードをもらっただけで、試験を受けないといけないって言われたからやってない。宿代だけなら青い依頼で何とかなるしね」


「そうか。では必要ないかもしれないな」


 もしちゃんとした身分証明が必要になったらまた考えればいいだろう。


「じゃあメリエの装備が戻ってくるまではこの町で旅の準備したりしてのんびりしようか」


「そうですね。長距離を移動するならもっとしっかりと旅支度をしないといけませんしね」


 アンナと買い物をしたり、また二人でできそうな依頼を探してみるのも気分転換になっていいかもしれない。


「わかった。私はポロと泊まれる宿がここしかないからこのままここに泊まるが、二人はどうするんだ?」


「ここはちょっと豪華すぎて落ち着かないから前まで泊まった宿がいいかなと思うんだけど、アンナはどうしたい?」


「クロさんと一緒ならどこでも」


 アンナは落ち着かないとか感じないのかな。

 自分が小心者なだけだろうか……。

 そういえばあの宿には風呂が無いのだ。

 公衆浴場でも無いか宿の人に聞いてみるかな。


「では装備が戻ってきたら一度会いに行こう。もし宿を変える場合は連絡してくれると助かる。こちらも何かあったら連絡に行く」


「わかった。こちらも買い物をしたり依頼をしたりしているよ」


 今後の方針をざっくりと決めて、その日はメリエと別れた。

 別れ際に再度疾竜とメリエから感謝の言葉をもらい、元の宿に向かう。

 きっと疾竜と二人で話したいこともあるだろうから暫くは二人だけで話せるようにしてあげようという配慮も考えて宿を同じにしなかった。

 今後旅が始まれば長く顔を付き合わせることになるだろうしその方がいいだろう。


 とりあえず今日からは買い物とメリエ用のアーティファクトを用意したりして過ごそうかと考える。

 武器を扱えるメリエが仲間になるのだから武器系のアーティファクトも考えてみようかと思いながらアンナと中央通りを歩いた。

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