竜の災難? 少女の災難?

「じゃあとりあえず何度か変身して見せますね。他にいい手段もないですし」


「そうか。あ、ちょっと待ってくれ。誰もいないか確認して、ドアと窓を閉める」


「あ、すいません。お願いします」


 前回でのことをしっかりと覚えていてくれたようだ。

 ではこちらも変身のための準備をしよう。

 前と同じようにリュックを降ろし、服と靴を脱いでおく。


「だぁ・かぁ・らぁ! クロさん! 裸になる前に見えないようにして下さいって何度言えばわかるんですかぁ!」


 ひぃっ!

 ア、アンナさん怖い……。

 普段の優しい様子からは想像できない初めて見る怒りの形相に心臓が縮み上がってしまった。


「ご、ごめんなさい……また忘れてました……」


 またやってしまった……。

 思わず敬語である。

 どうも頻繁に変身するわけでもないので時間が経つと忘れてしまうなぁ。


 でもやっぱり赤い顔で怒りつつもしっかり見ているアンナさん……。

 そして気付いてますよ。

 無言でドアを閉めながらもこちらをチラ見しているそこの人。


「……少女に怒られてしょぼくれているなんて、ますます伝説に出てくるような古竜だとは思えんのだが……」


 そ、そんなこと言われても怖いものは怖いのだ……。

 下手に弁解しようとするとますます信用を失いそうなのでやめておこう。

 何か怒られたのとは別に悲しくなってきてしまった。


「じゃ、じゃあいきますよ……」


 若干涙目になってへこみながらも変身の準備を済ませる。

 女性二人に見られているのを意識してしまうとさすがに恥ずかしいのでさっさと【元身】で竜の姿に戻ることにする。


 人間の肉体が解け、黒い竜の姿になる……はずだったのだが、変身した途端異変が起こった。

 竜の姿になると同時に、黒い鱗がバラバラバラと体中から剥がれ落ちてしまった。


「「「え?」」」


 前に変身するところを見たことがあったメリエもアンナも何が起こったのかわからず固まっている。

 自分でも何が起こったのかわからず床に落ちた鱗を見ながら暫く言葉を失う。

 様子を部屋の隅で見ていたポロが、固まっている自分に教えてくれるまで呆然としてしまった。


「(おお。脱皮ですか。古竜殿もまだまだお若いのですな)」


「き、きゃぁぁぁ見ないでぇぇぇ!」


 重く沈黙した場の空気に耐えられず、着替え中の姿を見られた淑女よろしく鱗が剥がれて地肌と新たな鱗が見えている体をくねらせて悲鳴を上げてみたのだが、無言の女性二人は呆れを通り越した白い目でこちらを見ていた……。



「すみません……。ふざけすぎました……」


 現在、疾竜の小部屋で正座をして反省中である。

 その前には腰に手を当て怒りの形相で仁王立ちをした少女、アンナがいる。


 懲りずに素っ裸を晒したことにぷりぷりと怒っていたアンナだったが、更におふざけで悲鳴を上げたことでその怒りが爆発してしまった。

 まるで仁王像のようなアンナに凄まれてまたしても涙目になる。


 誰かきてしまったらどうするんだとか、こっちはクロさん以上にびっくりして心配してしまったんだなど、アンナからのお説教をたっぷりと賜ることになった。

 呆れ顔のメリエも無言で事の成り行きを見守っていて、真面目な空気なんか完全にどこかにいってしまっている。


 どうも朝から体が痒かったのは竜の体で脱皮がはじまるためだったらしい。

 人間の姿だと皮膚が剥がれることはないが痒くなるということがわかった。

 今度痒くなってきたら誰もいない場所で竜に戻る必要がありそうだ。


 アンナのお説教が終わると、部屋の中に散らばった鱗を拾い集めることになった。

 踏んだり蹴ったりな精神状態での作業。沈黙が痛い。

 メリエも初めて見る竜の鱗に驚きながらも集めるのを手伝ってくれた。


「あー……。クロ君が古竜だというのは信用しようと思う。竜人で脱皮をするなんて聞いたこともないしな……」


 信用してもらえたというのにこの釈然としない感はなんだろうか……。


「ありがとうございます……。一応メリエさんに渡そうと思って用意してきたものがあるので、これをどうぞ」


 そういいながら、リュックに入れてあった指輪を取り出す。

 ここに来る前に宿で作っておいたアーティファクトだ。

 見た目はメリエにオークションにかけてもらうために渡した指輪とほぼ一緒。装飾する技術なんてないし。


「これは?」


「私の鱗から作ったアーティファクトです。古竜の魔法が込めてあります。ちなみに先日オークションに出してもらったのも私の脱皮した時の鱗から作ったんですよ」


 今回メリエ用に作ったアーティファクトはアンナに作ってあげた【伝想】が込めてあるものと同じものだが、アンナとは違い指輪にしてある。

 最悪の場合はメリエの相棒の疾竜の言葉で自分が古竜だということを説明してもらおうと思ったのだ。


 古竜しか使えない星術が込められたアーティファクトと、同じ竜種の疾竜の言葉があれば古竜であることの証明になるだろうという判断である。

 ……というかむしろ、最初からそうしておけばよかったかもしれない……。


「オークションに出した物と見た目は同じだな。これには何の効果があるんだい?」


「このアーティファクトには他者と意思疎通を行う魔法が込めてあります。古竜の私がメリエさんやアンナと人間の言葉を交わすことができるのは、私がその魔法を使っているためです。つまりそのアーティファクトを使えばある程度自我をはっきりと持っている生物と意思疎通ができるようになるんです」


「何? つ、つまりこれがあれば……」


「ええ。メリエさんの相棒の疾竜と言葉を交わせるようになりますよ。さっき私が疾竜の言葉と言っていたのはその魔法で話をしていたからです。メリエさんが信用に値する人物かを長年一緒に居た疾竜に確認をしたからあなたを信用しようと判断できたわけですね」


 家族とまで言い切っていた疾竜と言葉を交わせるようになるなら、それはとても素晴らしいことだろう。

 猫や犬などの動物はある程度人間の言葉を理解しているといわれている。

 だが逆はなかなか難しい。


 人間のような言語が在るわけではないので尻尾や耳、鳴き声などの体の動きから判断するくらいしかできない。

 疾竜も同様で鳴き声や体の動きからある程度感情を予測できるが、やはり十分なコミュニケーションとはいえないのだ。


 作ってきた黒い指輪をメリエの左手中指に嵌めてやる。

 大きさがわからなかったが自分の鱗でできているのでその場でサイズ調整ができるのだ。


「……これは、どうやって使うんだ?」


 メリエは指に収まった黒い指輪を触って感触を確かめながら聞いてくる。

 やはり逸る気持ちは抑えきれないようだ。


「身につけて、イメージするだけです。対象を意識して、人間と言葉を交わすようにイメージしてみて下さい。言葉を発してもいいですし、意思を伝えようと思えば言葉にしなくても大丈夫です」


 最初は慣れるまで時間がかかるだろうが、アンナも割りとすぐにできるようになったので疾竜とも言葉を交わせるようになるだろう。

 真剣な瞳で疾竜を見つめるメリエ。

 アンナも固唾を呑んで見守っている。


「(ポロ。私の言葉がわかるか?)」


「(おお……ご主人。まさかこんな日が来るとは思いもしませんでした)」


 なんと一回で【伝想】を使うことが出来たようだ。

 アンナは一回ですぐに使えたわけではなく、窓の外の鳥に向かって何度か練習していたのだが、メリエは長年一緒にいた相手が対象なのですんなりと意思疎通を行うことが出来たのだろう。


「(ご主人。ただ死を待つだけだった卵の私をここまで育ててくれたこと、とても感謝しています)」


「(それは当然だ。例え血が繋がらなくとも、姿形は違っていても、ポロは私の家族なのだからな)」


「(……古竜殿には感謝してもしたりませんね)」


 そう言いながらお互いに顔を近づけ、メリエが優しく撫でる。

 自分が母上と初めて言葉を交わしたときを思い出してしまった。

 あの嬉しさは筆舌に尽くし難いものがある。

 きっとメリエもそんな気持ちなのだろう。


 まだまだ伝えたい想いはあるのだろうが、アーティファクトがあればいつでも話は出来るのだし、先に本題を済ませることにしよう。


「無事使いこなせているようですね。それは差し上げますので今後も役立てて下さい」


「クロ……ありがとう。まさかポロと言葉を交わせる日が来るとは思わなかったよ。これはこの世に二つとない希少性と同等のアーティファクトだ。アーティファクトを作れる高位エルフでも一つ作るのに半年以上の時間が要ると聞いた。それを短時間で用意できるなどそれこそ伝説の古竜でもなければ不可能だろう」


 感極まって涙を零すメリエに告げられる。

 確かに人間以外の動物と意思疎通ができるというのはかなり凄いことだ。

 偵察や潜入などで使役した動物を使っても人間と同じように情報を集めることもできるのだし、人間以外なら警戒されることも少なくなる。

 また以前治療した動物のように言葉が通じない相手の状態を把握することもできるため、機械技術が未発達なこの場所なら動物が関る様々なことに利用できるのだ。


「(私からも感謝します、古竜殿。主人と言葉を交わすことも確かにありがたいことですが、主人をめとって頂けるなどこれ以上の喜びはありません)」


「「「……え?」」」


 思いもよらない一言に、時が凍りついたようにまた三人とも固まった。

 前にも同じようなことがあったなと思いつつ意味を理解するのに努める。

 いつそんな話になったのだ……?


「(人間達は自分の伴侶にそのような装飾品を渡して契りを交わすのでしょう? 古竜殿手ずから主人の指に嵌め、主人がそれを受け入れる。以前に主人が熱心に見ていた伴侶の契約の儀と同じだと思うのですが)」


 この世界の結婚式がどんなものか知らないが、さっきのは確かに結婚指輪の交換に似ていなくも無い……のか?


 もしそうした方法であったとしても農民や一般市民など所得の低い者が高価な装飾品を買って婚儀をするのは考えにくいので、恐らく貴族や豪商など身分の高い者が婚儀を交わすときのことだろう。


 そうした者達なら大々的に結婚式をするだろうし、メリエはそんな結婚式を見ていたということだろうか。

 言われたことを理解したのか、メリエとなぜかアンナもが疾竜に食って掛かる勢いで弁解を始める。


「(ちち違うぞポロ! クロはおまえと言葉を交わすためのアーティファクトを私に合うようにして嵌めてくれただけだ!)」


「(そうです! まだクロさんの結婚相手は決まっていませんから!)」


「(そうなのですか? しかし主人も常々お相手を求めておりましたし、古竜殿なら主人が前々から言っていた竜人の騎士にも勝るお相手ですよ。それに主人はいつも理想のお相手に巡り合った時のために乳房が大きくなるようにマッサージしたり、結婚後は卵を3個は産みたいとか毎日接吻をしたいとか話していたではありませんか。この機を逃すのはもったいないかと)」


「(ぎゃあああぁぁぁぁぁあああああああぁぁぁぁぁぁポロぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉぉ!!!!??)」


 卵3個って子供が3人欲しいとかそういう意味だろうか……まぁよくペットに対して人には言えない独り言を言っていたり、人には見せない行動を見せていたりすることがあるという話は聞くけど、突然人間と同じように言葉を交わせるようになるとこういう弊害もあるんだなぁ……。

 疾竜的には気を利かせてくれているつもりなのだろうが本人からするとひどい拷問である。


 言葉にしなくても意思を伝える【伝想】では無駄なのだが慌てて相棒の口をふさぐメリエ。

 そのメリエを見るアンナはライバルを見るような敵意と、仲間を見るような友愛を織り交ぜた複雑な表情で、視線をメリエの胸部に向けている……。


「うっ……うっ……もうお嫁にいけない……」


「(大丈夫。彼の古竜殿は心優しい方です。きっと主人も群に迎え入れてくれますよ)」


 この後、信頼する相棒に己の赤裸々な秘密を暴露され再起不能に陥ったメリエを宥めるのにかなりの時間を要することになった。

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