証明
……
体がムズムズする。
今日はメリエと会う約束の日だ。
なぜだかわからないけど体のむず痒さで目が覚めた。
ボリボリと体を掻きながら虫にでも食われたのかと服を捲くってみたのだが、虫に刺された痕もないし、特に皮膚に異常は無かった。
なんだろうか……。ボリボリ。
森での依頼の後は、アンナと一緒に出来そうな依頼も無く、自分一人で依頼をすることにした。
大金が必要というわけでもないので一日一つだけ依頼を受けて宿代を稼ぐ。
受けた依頼はクラフターギルドから出されていた傷薬などの薬品の瓶詰めと、鍛冶ギルドから出されていた鉱物類の運搬だ。
運搬の方はただの荷物運びだったので特に面白くはなかったが、薬品の瓶詰めは意外と面白かった。
依頼先の建物にいくと魔女のような格好をした30代前くらいの見た目の女性が大釜で大量に傷薬を造っていた。
できた傷薬や解毒薬などを大釜からバケツで汲み取り、
単調だがぴったりに入れられるように調整できるとちょっと嬉しくなる。
何でも、近々騎士団やハンターなど多くの人達が町の外に仕事に出るとかで大量の注文が入ったらしい。
ゲームなどでは道具屋にでも行ってお金を出せば、何百個でも傷薬を買い込むことができる。
小さな店のどこにそんなにあったのかというくらい無限に湧いてくる傷薬だったが、それは結局システムだからだ。
現実では食品などと同じで、こうして汗水流して造っている人がいたわけだ。
何が原料なのかよくわからない若干ドロリとした傷薬をバケツに汲んで瓶に入れるだけだが、結構重労働だった。
重いバケツを持ちながら量の調節をしつつ、こぼさないように注意しなければならない。
腕力があるので自分は平気だったが、もう一人の雇われた人はかなり辛そうにバケツを持ち上げていた。
結局自分が7割近くの瓶詰めを終わらせたので、店の人がサービスとして傷薬を2本くれたのだった。
もらっても多分、使うことは無いと思うのだが。
自分が仕事をしている間、アンナは一緒に出来る依頼がなかったのでまた町で動物と話したり、噂話を集めたりしていたようだ。
動物達の話で気になったのはこの近辺に多くの人間達が集まっているという話だった。
町にいる兵士風の人間の多さと、依頼先で聞いた町の外に行く人が増えるということに関係がありそうだったが、とりあえずは今の自分達に関係無さそうなので気にしないでおくことにする。
そんな感じで日雇いの仕事をして日々を過ごし、メリエと会う予定の日。
メリエと会う時間は特に決めていなかったが朝食を済ませたらすぐに行くことにした。
メリエにも一日の予定があるだろうし、早めに済ませられることは済ませておくべきだろう。
宿を出る前に、一つ追加でアーティファクトを作っておく。
これはもしかしたらメリエに渡すことになるかもしれない物だ。
別に渡さなければそのまま持っていればいいので、材料の鱗を惜しむ必要もない。
「クロさん。今度は何のアーティファクトですか?」
「これはもしかしたらメリエに渡すかもしれないヤツだよ。絶対じゃないけどね」
ボリボリ。
「今回のクロさんのお話に関係するものですか?」
「うん、そうだね。今回はアンナも一緒にメリエのところに行くから準備してね。事情を話す場合は自分のことも説明するけど事情を知ってるアンナのことも説明するから」
ボリボリ。
詳しいことは渡すことになった時にでもすればいいだろう。
一通りの準備が終わり、宿を後にする。
「……どうしたんですか? 何だか痒そうですけど……」
「わかんない。今朝からなんだか痒くて……虫刺されや病気とかじゃなさそうなんだけどね」
ボリボリ。
「私は全然痒くないのでベッドに
「まぁただ痒いだけだからガマンしてみるよ。ほっとけば治るかもしれないし」
ときたまボリボリしながらアンナと朝の大通りを歩く。
別にガマンできない程の痒みではないので掻き壊さないようにガマンすることにした。
メリエが泊まっている宿は、前に疾竜の治療に行った時に覚えたので寄り道せずにまっすぐ向かう。
アンナも町の中を散歩する際に来たことがあるらしく、道中に周囲の色々なお店について覚えていることを話してくれた。
「あそこの革屋さんが作ったカバンは品質が良くて評判がいいらしいですよ。あと猫さんがそこの料理店が美味しいって言ってました」
「お。そうなんだ。じゃあお金溜まったら行ってみよう。丁度カバンも新しい物が欲しいと思ってたんだよね」
今後旅をしたりするのに、もっと使いやすい物入れが欲しかった。
カバンやリュックもちょっと工夫してやれば凄い便利な物が作れそうなので、そのためにも品質の良い物が欲しい。
アンナが町で情報収集してくれるのはかなりありがたい。
そんなこんなで雑談をしながら歩いていると、メリエの泊まっている宿に到着した。
宿の中は今まで泊まっていたところよりも広々としたロビーで、従業員もカッチリとした服を着て上品な感じだった。
ただ、高級宿のイメージで一般庶民にはちょっと敷居が高い雰囲気かもしれない。
個人的には気を遣わずアットホームな雰囲気だった今までの宿の方が好みだ。
カウンターに行きメリエのことを聞いてみることにする。
「すいません。ここに泊まっているメリエという人に会いたいのですが」
「はい。お取り次ぎ致しますのでお名前を窺って宜しいですか?」
「クロといいます」
「畏まりました少々お待ち下さい」
受付の人は名前を確認すると、階段を昇っていった。
待ってる間、アンナと宿の内装をキョロキョロと見回して、あれが高そうだとかこれが綺麗だとか話していた。
ロビーにいる人たちも身形のいい人が多く、やはり一般庶民ではなく身分が高い人向けの宿のようだった。
暫く待っていると、従業員と一緒にメリエが下りて来た。
「おはよう、クロ君、アンナ」
「おはようございます」
「おはようございます。メリエさん」
お互い挨拶もそこそこに、早速本題に入ることにした。
「ここじゃなんだ。部屋にきてくれ」
メリエに促され、後を付いて階段を上がる。
やはり部屋は自分達の泊まったところよりも広く、調度品なども置かれていた。
お風呂のようなものもあったのでアンナが少し羨ましそうにしている。
女の子だしやはりそうした点は気になるようだ。
公衆浴場に連れて行ってあげるか、お風呂付の宿を探してあげるべきかもしれない。
それはさておき、備え付けの椅子に座り、テーブルを挟んでメリエと向かい合う。
「じゃあ、まず頼まれていたオークションの結果から伝えよう」
そう言うとメリエはテーブルに重そうに膨らんだ革袋をドスンと置いた。
「渡された指輪は問題なくオークションで落札された。売却金額は緑金貨40枚だ。そこから鑑定手数料と出品手数料を引いて、緑金貨39枚に金貨80枚になった。その袋に取引証明書も入れてあるので確認してくれ。正直な話、こんな大金を持って何かあったらと気が気じゃなかったぞ」
疲れたような顔のメリエに感謝しつつ革袋を受け取り、口を開いて中身を確認する。
証明書とやらが入っているが字が読めないので適当に見てスルーする。
中身の硬貨を数え、問題が無いことを確認した。
金貨はそのまんま金のコインだったが、緑金貨は金と緑が混じったような色をした金属で、初めて見る金属だった。
光が当たるとトパーズのような虹色の
自分の鱗の煌きに似ているかもしれない。
あ、しまった。この硬貨が本物かどうか調べる方法が無い。
例の魔法商店で教えてもらった指輪の金額が緑金貨30枚と言っていたので落札価格については適正くらいのものだと考えて良さそうだ。
うーむ。まぁ嘘を吐いているようには見えないし、お金についてはメリエを信じることにしよう。
「……あまり驚かないのだな。一般人がこんな金額を手にすることなんてまず無いというのに」
そう言われてもお金の価値が未だによくわかっていないので、どこに驚けばいいのかわからない。
何か比較できるものでもあればいいのだが、今までにお金をそんなに使ってないのでそれも無い。
この世界の物価についても全くと言っていいほど何も知らないのでリアクションの取り様がなかった。
「ありがとうございます。確かに受け取りました。金額についてはお金の価値がよくわかっていないので何に驚けばいいのかわからないんです」
「お金の価値がわからない?」
「それについても後でまとめて説明します」
「そうか。わかった。だがオークションの件で問題があったので言っておく。この町のギルドマスターが指輪に興味を示していた。見たことが無い素材だとかで下見の際に色々聞かれて苦労した。一応出所は明かせないと突っぱねておいたが何か動きがあるかもしれないな」
ふむ。
古竜の鱗だし珍しいものではあるのだろう。
この町で更にアーティファクトを売るつもりもないので恐らく大丈夫だとは思うが、念のため頭には入れておく。
「わかりました。覚えておきます。こちらから色々とお話する前に、疾竜の様子を見ておきたいんですけどいいですか?」
「ああ、わかった。もうすっかり回復しているから大丈夫だとは思うんだがな」
「治療の経過観察なので」
今回は体調を見ることよりも、メリエのことについて聞くことが目的なので最初に会っておく必要がある。
それは本人には言えないので建前は治療の経過観察ということにしておく。
メリエの了解を得ると、三人で疾竜の居る走厩舎に向かう。
宿の外に併設されている走厩舎の前と同じ小部屋に入ると元気そうに朝食の肉を食べている疾竜がいた。
様子を見る振りをして近付き、声をかけてみる。
「(おはよう。えっと、ポロさんだっけ)」
「(! これは古竜殿。先日は大変お世話になりました。お陰様で体も元通りです)」
体調はもう問題無さそうなので、今回の目的であるメリエのことを聞いてみる。
「(今日はメリエのことで聞きたいことがあって来たんだけどいいかな?)」
「(何と! ご主人のことですか? いいですとも! 私が知ることであれば何でもお答えしましょう。好みの
「(……え゛?)」
……なぜにそんな話になるの……。
というかなんでそれを知ってるのか……。
色々とつっこみどころがありすぎる。
いきなりそんなことをまくし立てられて思わず呆気にとられてしまった。
「(いやー古竜殿が主人に興味を示してくれるとはありがたい話です。我が主人はよく、語り継がれる竜人の騎士のような方と恋仲になりたいと、私の鱗を磨きながらぼやいておりました。竜人の祖となった古竜殿がお相手であれば主人も否やは無いでしょう)」
ほほう。
メリエも男勝りな言動をしつつも、やはりそういう乙女チックなことに興味があるのか。
本人に言ったら怒られそうだが意外に感じてしまった。
そういえばアンナもそんな
今度どんな話なのか聞いてみようかな。
……いやいやいや。
違う。そうじゃない。
今はそんなことを話したいわけじゃないのだ。
あまりに予想の斜め上を行く話題の衝撃で本題を忘れるところだった。
「(……あー、いや。そうじゃなくてね。この後自分の正体について知らせようと思ってるんだけど、その前に長くメリエと一緒に居たキミからメリエが信用に値する人物かを聞いてみたかったんだよ)」
「(なんと、そうでしたか。以前お話した通り、主人は義理堅く素晴らしい方です。一度交わした約束を違えるような恥知らずな真似をしたことも私は見たことがありません。そこは私が保証します。もし裏切るようなことが在れば、古竜殿に代わって私が主人の首を噛み切りましょう)」
決意を感じさせる眼で言い切る。
長い時間を共に過ごしたという疾竜がここまで言うのであればメリエの人間性を疑う必要は無さそうだ。
「どうだろう。もう大丈夫だと思うのだが」
暫く疾竜と見つめ合う自分を見て、メリエが不安そうに聞いてきた。
「問題無さそうですね。後遺症も見られませんし」
「よかった。改めて感謝するよ」
「いえ、ではメリエさんが聞きたがっていたことをお話ししようと思います」
「いいのか? あまり乗り気ではなかったようだったから、半分諦めていたのだが」
「ええ。当初はメリエさんが信用に足る人物かわからなかったので警戒していましたが、約束を果たしてくれたことと疾竜の言葉から、信用できる人物と判断しました」
「疾竜の、言葉……?」
「色々聞きたいことが在ると思いますが、まず誤解を解いておきましょう。私は竜人種ではありません」
「何? だが、以前竜の姿に……」
「竜の姿になったのは変身したからではなく、元の姿に戻っただけです。つまり竜の姿が本来の姿で、今の人間の姿が変身している姿ということですね」
「……」
あ、この顔は混乱している顔だ。
まぁいきなり自分は人間じゃないなんて言われても信じられないよね。
一応そんな時のための準備はしていきているのだが、説明できるところは説明しておくか。
「私は古竜種と呼ばれる者です。あ、アンナは普通の人間ですよ。古竜なのは私だけですので」
「……古竜とは伝説に登場する、あの古竜か? 竜語魔法で国を滅ぼしたり、竜人種の祖先となったというあの?」
大体アンナの時と同じ反応だなー。
一回竜の姿を見せているとはいえ、やっぱり簡単に信じられることじゃないか。
そういえば竜人種が竜になった姿と古竜ってどうやって区別すればいいのだろうか。
それがわからないとメリエに自分が古竜だということを証明する手段がない。
星術を使って見せてもいいのだが、人間が使う魔術を知らないのでどんなものを見せれば証明になるのかわからない。
「まぁ信じられませんよね。ただ、現段階で信用してもらうための手段がわからないんです。何かこれを見れば納得するっていうものはありますか? できることならやって見せますけど」
本人が納得できるものを見せることが出来れば信用してもらえるかと思って提案してみた。
「すまないが、私も古竜というものに出会ったことが無くてな。どんな存在かを詳しく知っているわけではない。竜人種についても同様だ。魔法についても
うーむ。となると証明の手段がないなぁ。
何かいい方法が無いかと二人してうんうん唸っているとアンナが助け舟を出してくれた。
「あの、御伽噺に出てくる竜人種は一日一回しか竜の姿になれなかったと聞いたんですけど、クロさんが何度も変身したりしてみせたら証明になりませんかね?」
回数制限があるっていうのも何だかご都合主義的な匂いを感じてしまうな……。どっかのヒーローのようだ。
色々と後付けされた話なのかな。
「そういえば、私が知っている話に出てくる竜人種も竜の姿になるには大量の魔力を消費するためそう何度もできるものではないと聞いたな」
なるほど。
基本的に古竜はそこらじゅうに満ちている星素を集めて【転身】の術を使っているので変身に回数制限は無い。
しかし、星術を使えるのは古竜だけなので、竜人種は何らかの別な手段で変身をしているということだ。
メリエの話では自身の魔力を大量に使用して変身するため、枯渇すると変身できなくなるというのはわかる気がする。
そう考えると確かに連続で変身して見せれば竜人種とは違うという証明にはなるかもしれない。
アンナとメリエの話の違いは伝言ゲームで最初と最後で内容が代わってしまうように、口伝などで伝わる過程で少しずつ話が変質していった結果だろう。
ただ人間が使う魔法に変身するタイプのものがあるとすればそれとの違いは証明できない気がする。
その点はどうなんだろう。
「人間が使う魔法に変身したりするものがあると竜魔法との違いが証明できませんけど、メリエさんはそんな変身魔法があるって聞いた事あります?」
「いや、少なくとも私はないな。幻覚で自身の姿を違うものに見せる術があるのは知っているが、実体そのものを変質させる術は見たことも聞いたことも無い。尤も私が知らないだけでどこかにはあるのかもしれないが……」
ふむ。じゃあとりあえず連続で変身してみせて、その後念のためと用意しておいたものを見せて納得してもらうしかないかな。
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