お店を巡ろう

「今日は買い物しようか」


「さっき言ってた旅支度ですか?」


「うーん、旅支度にはまだ早いけどその前に用意しておきたいものがあったから。あとせっかくお金に余裕も出来たから買い食いとかしたいなーと思って」


 メリエと別れ、商業区の中を風の森亭に向かって歩く。

 宿泊の更新をしなかったので着替えなどの持ち物を全て持って出てきてしまっているため、買い物に出るなら一度荷物を降ろしたかった。


 そういえばメリエにお金のことを聞くのを忘れていた。

 金貨や緑金貨がどの程度の価値なのかわからないままだ。

 丁度いいので風の森亭で金貨を1枚使ってみよう。


 風の森亭に到着し、中に入るといつもの狐耳のお姉さんが受付に座って宿帳のようなものを確認していた。

 こちらに気付くと耳がピコピコと動くのが見ていて面白い。


 あの肉厚でモフモフな耳をいじくり回したい衝動に駆られるがぐっと堪える。

 やはり動物の耳や尻尾などのモフモフ感は人でも竜でも撫でたい気持ちになるものだ。

 部屋に案内してくれたときにスカートの裾から覗いたモフモフな尻尾を思い出して、耳とセットでモフりたいなぁと考えていたら顔がにやけたのかアンナに睨まれてしまった。


 昨日話して知ったのだが、狐耳のお姉さんはこの宿の一人娘でコロネさんというらしい。

 家族経営の宿らしいのだが、他に狐耳の従業員を見ていないので両親は人目に触れない部分の仕事をしているのかもしれない。


「すいません。また一泊お願いできますか?」


「あら。ありがとうございます。連泊ならまとめて更新もできますけど一泊でいいですか?」


 ずっとここに宿泊しているのにいつも一泊ずつ更新しているのでまとめて更新できることを教えてくれた。

 しかし何かあって宿を変えることも考えられるので一泊ずつの方がいいだろう。


「もし何かあったらここを離れることになるかもしれないので一泊ずつでお願いします」


 言いながら宿泊費として金貨を1枚渡す。

 銀貨は残っているが、ここで金貨を使ってお釣りをもらえば両替にもなるし金貨の価値もある程度わかるだろう。

 銀貨1枚で銅貨100枚分だったから金貨1枚で銀貨100枚分だろうと予想しているのだがどうだろう。


「畏まりました。こちらがお釣りになります。記録するので少々お待ち下さい」


 受け取ったお釣りは銀貨9枚だった。残念。

 ということは金貨は銀貨10枚分ということか。

 あれ? でも前にアンナと服を買いに行った時は銀貨15枚とかって言われたような……。

 単純に銀貨単位の服だったからそれに合わせたのだろうか。よくわからない。


「ではお部屋にご案内しますね」


 お金について考えていると、記録が終わったのでお姉さんに部屋へと案内してもらう。

 前と場所は違ったが間取りや決まりは同じなので説明も必要ない。

 部屋に貴重品以外の荷物を置いて出かけることにした。


「まずどこにいきますか?」


「メリエの宿に行く時にアンナが教えてくれた革製品屋でカバンを買おうかと思ってるよ」


 まず物入れを新調したい。

 今のリュックや肩掛けカバンも悪いものではないのだろうが、この後カバンに細工をして便利なカバンに出来ないか試してみたいのでなるべく品質が良くて頑丈な物が欲しい。

 お金もあることだし高くてもいい物を買いたいと思う。


「アンナが町の事について色々と聞いてきてくれるのは助かるよ」


「ホントですか! 役立てたのなら嬉しいです」


 いつも自分をお荷物と思っているようで、依頼に行く時などは申し訳なさそうな顔をしていたアンナだが、こうしたことで自分が役に立てていると感じることで自信を持って欲しかった。

 別に何もしなくても誰かと一緒に居られるというのはかなり心にゆとりが生まれるものだ。


 そういう意味ではアンナがいてくれることにとても感謝しているのだが、本人には恥ずかしくて言っていない。

 商業区も日が高くなってきたので人が増えてきている。

 行き交う人々で賑わう通りをアンナと手を繋いで歩き、目的の店に辿りついた。


 店の中にはリュックやカバンだけではなく、革紐や椅子、靴などの様々な物が並べられていた。

 動物の革特有の匂いとなめす時に使う薬品などの匂いが混じった空気が鼻をつく。

 人間だった頃には入ったことなどなかった革製品専門の店だったので味わったことの無い独特な雰囲気をしている気がした。


 試しに並べられているポーチのような物入れを手にとってみると、何の動物の革かわからないがしっかりとなめされていて耐久性もありそう。

 よく見ると色々な動物の革があるようで中には木のような質感の物もあった。

 色々な種類の革がありすぎてどれが頑丈なものかわからないので、手っ取り早く店の人に聞いてみることにする。


「すいませーん」


「おう。いらっしゃい」


 カウンターの奥に向かって声をかけると店の人が出てきた。

 がっちりした体つきでスキンヘッドに髭を生やしたクマのようなおじさんだ。

 いかにも職人といった作業用のエプロンのようなものをつけ、今正に奥で作業をしていたようだった。


「高くてもいいのでできるだけ頑丈なリュックとかカバンなどの物入れが欲しいんですけど」


「頑丈か。一番頑丈ってんなら竜種の外皮が一番だが、生憎とそんな高価な素材は扱ってないんだよな。この店で一番頑丈なのでいいか?」


「はい。お願いします」


 例え扱っていても竜種の外皮は嫌だなぁ。

 自分や仲良くなった疾竜の同族が生皮を引き剥かれているところを想像して鳥肌が立った。

 店のおじさんは黒い革でできたカバン、リュック、ポーチ、袋を持ってきてカウンター並べていく。


「これがウチで扱っている中で最も頑丈な物だな。素材は岩石鹿の革だ。ちょっと値は張るが分厚く、頑丈でしなやか、更にあまり手入れをしなくても長持ちする。長旅にも余裕で耐えられるはずだぜ」


「じゃあこのリュック、カバン、ポーチ、あと財布用の袋を二つ下さい」


「値段も聞かずに決めちまうたぁ豪気だな。じゃあ全部で金貨5枚だな。肩紐とかはサービスでつけてやるけど同じ素材がいいか?」


「はい。重い物を入れても大丈夫なように頑丈な物がいいです」


「わかった。重い物を入れる予定なら幅を大きく作らないと食い込んで痛いだろうからちょっと幅広に作ってやろう」


「ありがとうございます。どれくらいで出来ますか?」


「そうだな。夕方前には出来ているだろうからそのくらいに来てくれれば渡せると思うぞ」


「じゃあそれくらいに来ますね」


 先払いで金貨5枚を渡して店を後にする。

 今までの物の値段からざっくりとではあるがお金の価値を考えてみた。

 門の通行税や宿で買った弁当は銅貨だ。

 日本で生活していた時には弁当なら500円とかだったし、そこから考え、銅貨1枚で100円くらいの価値だとする。


 そう考えると銀貨1枚で1万円、金貨1枚で10万円くらいということになる。

 金貨5枚ということは50万円くらいの価値ということになるが、確かにそれは高価な物だ。

 おじさんが豪気だと言ったのも頷ける。

 まぁかなり適当に考えたので違う可能性もあるけど。


 緑金貨はまだ使っていないからわからないが、メリエがオークションの手数料についてを話していた部分から想像すると金貨100枚で緑金貨1枚だろうと予想できる。

 つまり緑金貨1枚で1000万円分だ。

 それが40枚近く……メリエが気が気じゃないと言っていたのもわかる気がする……。


 人間だった頃でもおいそれと所持できるような金額じゃない。

 それこそ宝くじでも当てたりでもしなければ一生縁の無いほどの金額である。

 今はそのお金を持ち歩いているわけだから取り扱いには注意しなければならないが、スリなら電撃で撃退できるので落とさないように注意すればいいだけだしあまり気負う必要はなさそうだ。


 革製品の店を出ると、次は旅で使う道具や食料品店を見て回ることにする。

 さすがに食料を買うのはまだ早いのでどんな店があるのかを確認するだけだにしておく。

 旅道具についても入れるためのリュックなどはまだ手元に無いのでこちらも買うのはまだ先になりそうだった。

 メリエにどんなものがあるといいかを聞いてからでも遅くはないだろう。


 旅には必要ないのだが、興味を引くような雑貨や小物を売っている店や露店が気になった。

 綺麗な細工が施されたアクセサリーなどが並べられた店先を通ると自分もアンナも魅入ってしまった。

 アンナは女の子だしこういった物に少なからず興味があるのだろう。


 自分が作ってあげたアーティファクトは何の飾り気も無いものばかりだし、職人がこしらえたような繊細で美しい装飾品を見ると、年頃の女の子が身に着けるには可愛げのカケラもないような物をアンナにつけさせてしまっているという負い目のようなものを感じてしまう。


 今度少しは可愛さを演出できるようなアーティファクト作りをしてみようかとも思ったが、黒一色の素材でそれは難しいかと早々に諦めた。

 旅に行くのに荷物を増やすのはあまりよくないかもしれないがアクセサリーくらいなら買ってあげてもいいだろう。


「すいません。この首飾りと髪飾りを下さい」


「はいよ。銀貨8枚だね」


 アンナが食い入るように見ていたものを選んで購入すると、アンナが驚いた顔で見てきたので笑顔を返した。

 アンナはあれが欲しいとかこれが欲しいとか自己主張しないのでこちらから買ってあげる事にする。


 恐らく世話をかけてしまっているという負い目があるためそういうことを言えないのだろうけど、今はそんなものを感じて欲しくはない。

 今まで辛い思いをしてきたのだし、少しは楽しい思いもさせてあげたい。


「はい。アンナが気に入ったみたいだからつけてあげるね」


「え! あの、そんなつもりじゃ……」


「いいからいいから。少し贅沢したくらいで誰も怒ったりしないよ」


「えと、ありがとうございます……」


 アクセサリーをつけてあげると顔を赤くしながらお礼を言う。

 もうちょっと子供らしくはしゃいでくれてもいいのにと思うが、本人に言うと子ども扱いされたことに機嫌を悪くしてしまいそうなので、心の中で思うだけに止めておく。

 いつか無邪気に遠慮なく笑えるようにしてあげたいと思った。


 アンナと色々な店を見て回りながら屋台で買い食いもした。

 商店街を歩いていると美味しそうな匂いを出す屋台が彼方此方あちこちにある為、否応無いやおうなしに胃袋が刺激されてしまうのだ。


 ずっとこのいい香りの中を歩いていると食べ物を待ちきれない胃が胃酸を駄々漏れにして胃袋を消化してしまいそうだ。

 我慢は良くないよね。

 アンナも口には出さなかったが、屋台に並べられた食べ物を見る目が食べたいと訴えていた。


 意外と色々な食べ物が屋台で売られていたので、アンナと相談しながら興味を引かれたものを買っていく。

 中でも美味しかったのはケバブのようなものと香り水というものだった。


 ケバブのようなものはゴロゴロとした切り落とし肉を甘辛いタレで香ばしく焼いたものをパイ生地のようなものに野菜と一緒に挟んだものだった。

 値段も銅貨4枚とお手頃ながら、食べ応えがある量とクセになるようなタレの味でまた食べたいと思ってしまう中毒性のようなものがあった。


 香り水は、天然水のような綺麗な水に蜜や花などを入れて味をつけたもので一杯銅貨1枚。

 木のコップに入れてくれるので、飲んだ後はコップを返すというエコなシステムだった。

 自分は爽やかなミントのような風味でほんのりと甘い水が好みで、アンナは蜂蜜入りで薔薇のような香りがする水が気に入ったようだった。

 食欲を満たし、満足したのでゆっくりと歩きながら腹ごなしをする。


「結構お腹一杯だね」


「そうですね。ちょっと食べすぎちゃいました」


「今度はまだ食べてないものを食べたいねー」


「何だか贅沢しすぎてる気がするのでこれに慣れちゃうと後が怖いです……」


 村娘だったアンナからするとこんな風にお金を使うのは確かに贅沢なことなのかもしれない。

 まぁ今はお金に余裕があるし無くなったとしてもまたアーティファクトでも作って売れば稼げるからいいだろう。


 店を見て回ったり買い食いしたりをしていると大分日が傾いてきていた。まだ夕方には早いかもしれないがさっきの革製品屋に行くことにして店のある方角に足を向ける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る