来客

「クロさん……。クロさん」


 まだ夜明け前。

 初めての仕事を終えた翌日。

 アンナの不安そうな呼び声で目が覚めた。


「んあー? どしたのアンナ」


「すいません。誰か来たみたいなんです」


 その声を聞いて部屋のドアに寝ぼけ眼を向ける。

 ドアからはやや控えめなノックの音が間隔をあけながら何度も聞こえてくる。

 一瞬で意識が覚醒し、警戒態勢をとった。


(こんな時間に誰が……宿の人? 竜の自分を狙ってきた連中? それとも他の何か?)


 心当たりは竜の自分を狙ってきた者たちだが、それならどこで正体がバレたのかわからない。

 少なくともこの町に入ってから今までそんな気配はなかった。


 どうも自分が狙われる立場にいるというのは疑り深くなってしまう。

 しかしそれを怠って危険に晒されたとなれば危機意識が足りなさすぎる。

 となるとやっぱり過敏であっても警戒するしかないのかもしれない。


「アンナ、部屋の隅に行って屈んでて。念のために防護の指輪も用意しといてね」


「はい……」


 外に聞こえないように小さな声でアンナに指示し、静かにドアに近寄る。

 相変わらず一定間隔でドアを叩く音が聞こえてくる。

 いきなり攻撃されることも考え、身体強化をしておく。

 更に防壁を出す術も用意してドアに手をかける。


 静かに鍵を開け、少しだけドアを開いた。

 そこに立っていたのは神妙な面持ちをしたメリエだった。

 鎧などはつけていないが腰には剣を下げ、髪をポニーテールにまとめて、腰で絞るタイプの服とパンツタイプの街着を着ている。

 見た目は町で見かける美人さんといった感じだが、表情と雰囲気によって重苦しいイメージが強くなってしまっている。


「なんだぁ、びっくりした……。誰かと思いましたよ」


 安堵で一気に脱力してしまった。

 早朝で周囲の宿泊客に気を遣ったのか名乗りもしなかったので、油断を誘った不審者かと思ってしまった。


「早朝からすまない。昨日のお礼をしたくてな。何時に宿を出るかわからないし、遅いと出かけてしまうと思って早めにきてしまった。許してくれ」


 そういえばあと一日は今の宿にいると言ったっけ。

 つまり一日泊まったら宿を出ると思ったわけか。


「そうですか。わざわざすいません。とりあえず入って、どうぞ」


「すまない。お邪魔する」


 部屋の隅でしゃがんでいたアンナも、入ってきたのがメリエだとわかりほっと胸をなでおろしていた。

 とりあえずまだ暗いので明かりを灯し、テーブルを挟んでベッドに座って向き合う。アンナも隣に腰掛けた。


「改めて礼を言わせてくれ。家族の命を救ってくれてありがとう」


「はい。どうですか? その後の様子は」


「あのあとすぐに普通に歩けるまでに回復した。今は大事をとって宿の走厩舎で休ませている。念のため不審者が近寄らないように宿の者に見張りも頼んである」


 問題なく回復できたようだ。だがメリエの表情は微妙な感じだ。

 回復を喜んでいないわけではないようだが、それ以上に重要な何かがあるといった面持ちだった。


「よかったです。こっちも親切にしてくれた相手が苦しんでいるのを見るのは心苦しいので」


「あの、クロさん。メリエさんと何かあったんですか?」


 そういえばアンナにはメリエとのことを説明していなかった。

 昨日は宿に戻ると動物と話せる喜びでテンションが上がったアンナに、町で【伝想】を使って猫や犬などの動物達と友達になったとか、動物から噂話を聞いただとか、町で美味しい食べ物をくれる店を教えてもらっただとかの話を延々と聞かされ、ギルドなどであった出来事を殆ど説明できずに寝てしまったのだ。


「ああ。まだ話してなかったね。昨日ギルドに行ったらメリエに遭ってね、その時に疾竜が病気になったって聞いて治しに行ってたんだよ」


 毒を飲まされたかもしれないというところはなんとなく伏せておいた。

 アンナも森でのことを思い出したくはないだろうし、まだ完全にそうだと断定できたわけでもないのでその方がいいだろうと思ったのだ。


「え……ということはクロさんのことも?」


「うん。人間のままだと治せなかったからね。でも今回は世話になった相手だから、どうしても助けたかったし後悔はしてないよ」


 まだ完全にはバレていないだろうが、普通の存在ではないということは露見してしまっている。

 もしそれで不穏な動きをするようであれば奥の手もある。

 アンナは自分の正体がメリエに知られたということに警戒の色を示した。

 やはりまだハンターという存在に思うところがあるのかもしれない。


「実は、そのことについて聞きたいことがある。恩人のことを不躾に根掘り葉掘り聞くのも失礼だと思うのだが、どうしても聞いておきたい。差し支えなければ君達のことを教えてくれないか?」


 やっぱりくるよね。

 さてどうしたものか。

 あからさまに何者だとは聞いてこなかったが知りたいことは恐らく同じだろう。

 嘘を貫き通すか、真実を話すか。

 それを判断するには彼女に対する情報が少なすぎる。


「まず聞きたいんですが、なぜそこまで我々に固執するのか聞いていいですか?」


 これで怪しい態度を示したらここで関係を断った方がいいだろう。

 自分やアンナの身を守るためにも警戒はしておくに越したことは無い。

 人間の社会で竜人種とやらがどういう扱いを受けているのかもわからないし、場合によっては捕まえようとしてくることも考えられる。

 古竜だとバレたなら森での一件と同じことになるだろう。


「……そうだな。自分のことを話さずに相手を知ろうというのは虫が良すぎる。少し長くなるがいいか?」


「ええ」


 最悪今日一日潰れることになってもお金はまだ少しある。

 この件を後回しにして問題がややこしくなるよりはいいだろう。

 メリエは一呼吸置くと決心したような表情になり話始めた。


「君達のことを聞きたいというのは酷く個人的な理由だ。……私は行方不明の母を捜しているんだが、もしかしたら君達の存在がその手がかりにつながるかもしれないんだ」


 ……どういうことだろう。

 彼女とはこの町の入り口で出会ったのが初めてだ。

 アンナは普通の村娘ということ意外は知らないし、あまり関係があるとも思えない。


「失礼ですけど、私達とメリエさんは門の前で会ったのが初対面ですよね?それがなんで貴女の母君に関係があるんです?」


「確かに私と君達はあの門で出会ったのが初めてだ。言い方が悪かったな。君達というよりはクロ君の種族に関わりがあると言った方がいい。……私の母も竜人種だったらしいのだ」


「え?」


 アンナが不思議な顔で視線を向けてきた。

 たぶんメリエが自分を竜人種だと思っているのはなんでだという意味の視線だろう。

 今は詳しい話ができないのでとりあえずメリエに話の続きを促すことにする。


「だった〝らしい〟というのは?」


「順を追って話そう。私の出身はどこにでもあるような小さな村で、私も普通の村娘だった。一人っ子で両親と一緒に農業をしながら村で暮らしていたんだ」


 ここで言葉を切り、表情を暗くして続きを話し始めた。


「私が5歳を過ぎた頃に家に二人の男が訪ねてきた。まだ幼かった私は父から部屋で待っているようにと言われ、男達と両親の会話の内容を知ることはできなかった。男達が家から出て行った後に何事かと両親に聞いてみたんだが、その時は結局何も教えてはもらえなかった。その後暫くは特に何も無く普通の日々が過ぎていった。

 だが何日か後にまた同じ男達が訪ねてきてな。私はまた部屋にいるようにと言われ、男達を見ることはなかったんだが、その時に母は私と父を置いて男達とどこかに行ってしまったんだ」


 ここまで聞いただけでは自分とメリエの母との関連性は全く見えてこない。

 聞いた限りでは無理やり連れ去られたというような感じは受けないが……。


「母君はその男達に無理やり連れ去られたということですか?」


「いや、母がいなくなった後に父に問い詰めたんだが、母は用事でこの村を離れなければならなくなったとしか言わなかったんだ。無理やり連れて行ったのなら口論したり何かしらの抵抗をすると思うが、そんな様子も無かった。両親は納得していたのだと思う。その後、幼心にすぐに帰ってくると思っていたんだが、結局帰ってくることはなかった」


「……残念な話だとは思いますが、しかしそれが私と何の関係があると?」


「……まだ幼かった私に父は真実を話してはくれなかった。私が真実を知ったのは14歳になるくらいで、父が病で他界する間際に私に話してくれたときだ。母がここを去ったのは、母に竜人の血が流れていたから一緒に住めなくなったのだと」


「つまりメリエさんの母親は竜人種だったということですか?」


「父の話ではそういうことらしい。しかし私はそれに疑問を持った。

 竜人種は一般の人間と違い、体のどこかに竜の鱗があったり角があったりすると言われる他、肉体が強靭で魔法の力にも恵まれているとされる。 竜の血が濃い竜人種は【竜化】の術を使うことができ、クロ君のように一時的に竜の姿になることができる者もいたそうだ。

 だが母の両親は周りの人間と同じ普通の祖父母だったし、母にも竜人種としての特徴はなかった。無論、母から生まれた私も普通の人間と変わらない。現に祖父母や私は男達に声をかけられることもなかった。だから私は母だけが竜人種として連れて行かれた理由がどうしてもわからなかったんだ」


「そのことについて父君はなんと?」


「結局父は、息を引き取るまでそれ以上のことは話してくれなかった。そもそも竜人種は滅んだ種とされ、今では存在しないとされている。当時父の話を聞いた時は私も嘘だと思ったよ。母が誰もが寝物語で聞かされる竜人と同じだとは信じられなかった。

 父が亡くなる時には既に他に身寄りがなくなっていた私は、その後ハンターとなり、ポロ、君が救ってくれた疾竜だが、あの子と出会い、2年間母の手がかりを探し続けている。父の話は半信半疑だったが、それ以外に有力な情報も無かった。微かな望みにかけて竜の噂を聞いては足を運んでいたため、竜専門のハンターなどと呼ばれるようになった頃に竜人種は滅んだわけではないということを知った。確たる根拠の無い噂だったんだが教会や国が竜人種の存在を隠蔽しているという話を耳にしたんだ。

 父の言葉に信憑性が出てきたため、ハンターをしながら情報を集めようとしていたんだが、そんな時に君達と遭った」


「それで私の存在を知り、母君と何らかの関わりを持っているのではないかと?」


「関わりを持っているとまではいかなくとも、竜人種の実状や、もしかしたら母を連れて行った男達のような存在が君に接触してくる可能性があるのではないかと思ったんだ」


 こんな早朝に訪ねて来たのは探していた母の手がかりを得られるかもしれないという思いがあったからなのかもしれない。


 メリエの話が本当だとするなら、恐らくメリエは薄まってはいるが竜人種の血族なのだろう。

 メリエの母親は大隔世遺伝、つまり先祖返りといわれる現象によって竜人の特性が濃くなり、訪れた男達に察知されたと考えれば何となく話の筋は通っているような気がする。

 無論、憶測であるからそれ以外の要因が絡んでいることも十分考えられるが、現段階ではそれくらいしか考察できない。


 門のところでメリエが自分に対して違和感を持ったのは、僅かではあるがその身に流れる竜の血の影響で、強い竜の気配を持った自分に反応したのかもしれない。

 逆にこちらからは血が薄まりすぎたメリエに、アーティファクトの時のような竜の気配を感じることはできなかったのだろう。


 話を聞いた限りではメリエに対して怪しい点は今のところ見当たらない。

 少なくとも表情から偽っているといった違和感は現れていないように思う。


「私が君達の素性について固執する理由は以上だ。すまないが今の話を真実だとする証明はできないから、今は信じて欲しいとしか言えない」

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