仕事

 疾竜を治療した足で総合ギルドに向かう。

 主従共に義理堅いというか何というか……。

 でも悪い気はしない。素直に感謝を伝えられて改めてよかったという気持ちが込み上げてきた。


 ただ気になる。

 それは犯人の事だ。

 毒になるような物を飲ませた理由がわからないので絶対に悪だとは言えないかもしれないが、それでもメリエ達がそこまでされるようなことをするとは思えなかった。

 明日にでも疾竜のところに行ってみて体調が元に戻っていたら、やってきた者の人相などを聞いてみようと思った。


 しかし、完全にではないとはいえ正体がバレてしまったのはまずかっただろうか。

 一応口止めはしておいたが口止め料代わりに何か用意した方がいいかもしれない。

 メリエは義理堅い性分のようだし口は堅そうだからそこまで心配することも無いかもしれないが楽観はできない。

 自分だけならどうとでもなるがアンナもいるし、避けられる危険は避けるべきだ。


 ただあの状況で疾竜を見捨てる選択肢は無かった。

 なので後悔はしていない。

 このために問題が発生するなら甘んじて受け入れようと覚悟を決めておく。


 当初の予定とは変わってしまったが、お金を稼がなければならないという目的は変わらない。

 気を取り直して総合ギルドに向かい、仕事を探すことにする。

 総合ギルドの扉を開け、中を見渡す。

 さっきはゆっくりと中を確認する暇がなかったので何があるのかと思ったのだ。


 依頼を出したり受けたりする受付や、談話スペース、書き物スペース、依頼の掲示板、素材の買い取りカウンターに個室など多くの設備が備えてある。

 多くの人が利用するためかなり広く作られている。


 ちょっとしたスーパーマーケットのワンフロアぐらいの規模が在りそうだ。

 早速登録を行うために総合受付らしい場所に向かう。

 受付はいくつかに分かれているのだが字が読めないのでどこが何の受付かわからない。


「すいません。総合ギルドへの登録をしたいんですけど」


「……えっと。新規の方ですか?」


 声をかけ用件を伝えたら何やら不審者を見るような目をされてしまった。

 そういえば服装は相変わらず寝巻きっぽいままだ。

 やはりもうちょっとまともな服を用意しておくべきだったか……。


「はい。初めてです」


「わかりました。ギルド登録の規約などは大丈夫ですか?」


 不信な目を向けられたがすぐに事務的な顔に戻って手続きを進めてくれた。


「えっと。字が読めなくてどういうものかよくわからないんですけど」


「ああ、じゃあ少し説明しますね。まず───」


 その後受け付けの女性は丁寧にシステムを説明してくれた。

 すごく大雑把に言うなら、登録して請けたい仕事を探して仕事を終わらせればお金がもらえるというゲームや小説などで見かけるシステムと大差ないようだった。


 討伐や危険地帯に採集に行く仕事、護衛の仕事などは、相応の戦闘能力が求められるため試験を受けなければならないらしく、今日は仮登録という扱いになるらしい。

 後日試験官立会いの下で試験をして実力が認められればそれらの仕事を行えるようになるそうだ。


 今回は町中での日雇いの仕事ができればいい。

 よって仮登録で問題ないのでそのまま手続きを進める。

 例によって字の筆読ができないので受付の人に代筆読をしてもらった。


「仕事はあちらの掲示板にまとめて張ってあります。掲示板が色分けされているのはそれぞれどのギルドから出された仕事かということです。また、依頼書にも色がついていまして戦闘能力を必要とするものが赤い紙、そうでないものは青い紙、特殊依頼が白い紙の依頼書になります。仮登録の場合は赤白の依頼は受けるけることができません」


 特殊依頼というのが何なのかわからなかったが今の自分には関係無さそうなので気にしないことにした。


「わかりました。依頼書が読めないんですけど代読してもらうことはできますか?」


「はい。掲示板の前にいる職員に受けたい仕事の大まかな内容を伝えてもらえれば合う依頼を見繕いますのでそちらで代読をしてもらって下さい」


「わかりました。ありがとうございます」


 仮登録を終え、木でできた仮の身分証のようなものを発行してもらいそれを持って仕事を選びに行く。

 掲示板前の職員の人に日雇いでお金をもらえる仕事を探してもらい、簡単そうなものを選んで受けることにする。


 選んだのは商業ギルドから出されている荷物運びの仕事だった。

 造ったり輸送したりした商品を保管している工業区から店舗のある商業区まで荷物を運ぶ仕事のようだ。

 仕事を無事終えると依頼主から完了証明書をもらえるのでそれを持って受付に行けばお金をもらえるらしい。


 早速依頼先の工業区の建物に向かう。

 大きな木箱が山積みにされた倉庫のような建物だった。

 これらを運ぶのが今回の仕事だ。

 建物の中にいた男性に依頼で来たことを伝える。


「ん? おお。荷物運びを受けてくれたのか。助かるよ。運搬用の馬が体調を崩したようでな、人手を探していたんだ。荷車は使っていいからあそこに積んである木箱の一山を運搬してくれ。よろしくな」


 そこまで荷物は多くないが荷車の大きさを考えると三往復はしないと運びきれないだろう。

 本来なら一人でやる量じゃないが竜の力を出せるので力仕事も体力も問題ない。

 積んで運んで降ろすだけなので2時間ほどで終わってしまった。


「いやー。すごいな。この量を一人でやったら半日以上はかかると思ったんだが、何にしても助かったよ。ほれ、証明書だ。馬は教会じゃ治してくれないからなぁ、もし明日も馬が治らなかったらまた頼むよ」


 ぱっぱと仕事が済んだことに感心され、笑顔で完了証明を渡してくれる。


「ありがとうございます。教会では馬は治療してくれないんですか?」


「ん? ああ。ちょっとした怪我ならともかく、教会でも治療士でも人間以外の病気や大怪我は治せないらしい。何でも体のつくりが違うし動物だとどこが悪いのか、治っているのかが判断できないんだそうだ。言葉がわからないからな。まぁ仮に治せたとしても結構なお布施が必要だからおいそれとは行けないんだがな」


 なるほど。

 ちょっとした怪我程度なら治せるらしいが病気となるとさすがに無理か。

 しかし自分なら意思疎通はできるし星術を使えば動物でも治せるのではないだろうか。

 現についさっき竜の治療をしてきたところだし、森の泉では狼親子も治療してあげたのだ。


「ちょっと病気の馬を見せてもらってもいいですか?」


「え? それは構わないが……」


 不思議な顔をされたがきっちり仕事を終わらせて時間も余っていたので馬のところまで連れて行ってくれた。

 馬は厩舎の中にいたのだが言っていた通り元気がないようだった。

 しかし重症だったメリエの疾竜の時とは違い、反応を見る限りではそこまで大変な症状というわけではなさそうだ。

 竜に戻る必要もなさそうだしこれなら星術を使ってもバレる心配をしなくてもいいだろう。


「(こんにちは)」


「(!?)」


「(具合が悪いそうですが、どこがおかしいんですか?)」


「(……左後ろ足が痛い。体も重い)」


 びっくりしているのかオドオドしてはいたが意思は伝わったようだ。

 知らない人間……まぁ人間じゃないのだが……だからか警戒しているようだが近くにいつも世話をしている飼い主がいたので答えてくれた。


 おかしいと言っていた左の後ろ足を見てみると一部が腫れているようだった。

 小さな切り傷があったのでそれによって化膿し、細菌性感染症になったのではないかと予想した。


 重症化したら治せるかわからないが、これくらいなら人間の姿でも術で治せるのではなかろうか。

 星術での治療は目で見えないし竜に戻らなくてもいいなら問題はないだろう。


「人間用でいいので傷薬はありませんか?」


「おお。あるぞ。ちょっと待っててくれ」


 そう言って飼い主が薬を取りに離れていった。

 その隙に星術をかけてやる。

 代謝を促進し自己治癒力を高めてやれば治りも早くなるだろう。


「(!! ……体、楽になった。足も痛くない)」


「(これで大丈夫だと思うけど念のためにまだ無理しないでね)」


「(……ありがとう)」


 術をかけ終えて暫くすると薬を持って男性が戻ってきた。

 もう薬をつけなくても大丈夫だと思うが、取りに行ってもらった手前、怪しまれないように傷に少しだけ塗ってあげる。


「多分これで大丈夫だと思いますけど、暫くは無理をさせない方が良いと思います」


「おお。そうかい、ありがとうな。おまえさんは動物の医者なのかい?」


「いえ、そういうわけではないんですけど……」


 詳しい説明はできないので苦笑いしながら言葉を濁して誤魔化した。


「そうか。まぁ何にせよ助かったよ。相棒の調子が悪いと気になっちまってしょうがなくてな」


「まだ絶対大丈夫というわけではないので油断はしないで下さいね」


 こちらは医者でも獣医でもないのであまり過信されるのも問題だ。

 でも苦しんでいるならやはり助けてやりたかった。

 悪いことをしているわけではないので嘘は多めに見てもらおう。


 ひとまずこれで初めての仕事は問題なく終わらせた。

 依頼主と別れギルドに向かい、完了証明を渡してお金をもらう。

 報酬の銀貨1枚を受け取り宿に戻ることにした。


 一泊分の宿賃にしかならなかったが勝手がわかったので明日からはもう少し稼げる仕事を選んでもいいだろう。

 そんなことを考えつつ、治した動物たちの感謝の気持ちを思い出して顔をにやけさせながら足を宿に向けた。

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