頼み
メリエを見つめて暫し考え込む。
既に竜の姿になるところを見られている以上、下手な誤魔化しは無理だろう。
それに今までの様子や疾竜の言などからメリエのことは信用できそうだと思っている。
ただ……もう一度メリエの疾竜に会って主人についての偽り無い情報を聞いてみてからにしようかな。
「どうだろう。君達のことについて教えてはもらえないか?」
黙考していると焦れたメリエに再度問いかけられた。
「少し考えさせてもらっていいですか? 今度もう一度疾竜の様子を見に行くのでその時に判断したいと思います」
そういうとメリエは残念そうな顔をしつつも食い下がることなく了承してくれた。
「そうか。わかった。ではその件については君達の都合に合わせてもらって構わない。それとは別で、治療のお礼をしたいのだが」
お礼か……ここは一つ例の件を頼んでみようか。
既にある程度正体がバレてしまっているこの状況なら、その動き次第でも彼女の真意を推し量る材料にもなるだろうし、仮に裏切られても大した損害にはならない。
このままだといつ他に信頼できそうな人が現れるかもわからないから、丁度いい。
「では一つ頼みごとをしたいんですけどいいですか?」
「ああ。私ができることであればできる限り力になろう。それだけのことをしてもらったのだしな」
静かに笑みを浮かべながら了解の旨を伝えてくる。
それを確認したので、アンナのカバンに入れてあった売却用に作成したアーティファクトを取り出し、メリエの前のテーブルに置いた。
作成したのはあまり目立たないようにするために、魔法商店で見た指輪と似せた指輪だ。
効果の強弱まではわからなかったのでそれは自分で適当に決めたが、防壁を張る術を込めてある。
魔法商店の店主は一番ランクの低いものだと言っていたが、自分の鱗の希少度と込めた術の強さでどれくらいのランクになるのかはわからない。
しかし、同じ身を守る術だしそこまでランクが高くなることは無いだろうと思っている。
これをメリエにオークションにかけてもらおうと思ったのだ。
メリエは疾竜を連れていたり、竜種を狙ったりしている結構名の売れたハンターのようであるし、自分が直接オークションにかけるよりも注目度は下がるだろう。
ちゃんと頼まれたことをこなしてくれれば信用する材料にもなるし、お金の調達もできるので一石二鳥だ。
もし持ち去られてもまた作ることも容易だ。自分の鱗なので探そうと思えば探し出して報復することもできる。
まぁそこまでするつもりはないが。
「メリエさんは有名なハンターのようなので、それを見越してのお願いです。このアーティファクトをオークションにかけて売り払ってもらえませんか?」
目の前に置かれた指輪がアーティファクトだと告げられて一瞬息を呑んだような表情をしたが、すぐに真剣な表情に戻った。
「……理由を聞いても?」
「知っての通り私の正体はあまり人に知られたくないものです。こんな一般人のような身形をした私がもしアーティファクトを売りに出したらよからぬことを考える輩が寄ってくるでしょう。できればそれは避けたい。しかし、旅をしたり生活をしたりするにはお金が必要です。これからもある程度はギルドに行って依頼を受けるつもりではいますが、それだと私やアンナの装備を整えたりするのに時間がかかってしまう。なのである程度実力が認められていて、アーティファクトを売り払っても注目される可能性が少ないメリエさんに売却してもらおうと考えたわけです」
どうやって入手したかなどは伏せておく。
正体を話すことに決めたのなら伝えてもいいかもしれないが、そうでない場合を考えると余計な問題の種になるかもしれない。
「……本気で言っているのか? 私は真贋の鑑定はできないが、希少で高価なアーティファクトを会って間もない相手にそのまま預けるなんて普通はしない。持ち去られたらどうするんだ?」
正論だ。
だがそれも彼女の誠実度を見極めるための材料である。
口には出さないが恐らく彼女もそれは感じているだろう。
「持ち去られたら諦めます。仮にメリエさんがそれを紛失したりしても咎めることはしません。これはメリエさんがお礼をしてくれると言ったのでお願いしてみただけですので、そのことを理由に我々の正体のことを出し渋ったりはしません」
「……わかった。恩人の頼みだ。しかし、私が名の売れたハンターかどうかはわからないぞ。実力もせいぜい中堅がいいところだ。それでもいいならやるが、オークションについての条件などはあるか?」
「今はメリエさんくらいしか知っている人がいませんし、それでも問題ありません。オークションのシステム自体がまだよくわからないので全てメリエさんにお任せします。落札価格も条件もメリエさんが決めて下さい」
「そうか。オークションに出品するに当たっては真贋鑑定が必須だ。ギルドの方でそれはやってくれるが手数料がかかる。真贋の結果で価格帯も決まってくるだろうから、それに合わせる形になるだろう。オークションの落札結果はギルドから公表されるので落札金額を誤魔化したりはできないようになっている」
なるほど。
仮にパーティで高価な素材などを手に入れてオークションにかける場合、誰かが落札金額を誤魔化して取り分を増やすといった不正を行えないようにしているのかもしれない。
また落札価格を公表することでオークションに出されるような物品の価格を不正に操作されないようにするといった狙いもありそうだ。
「わかりました。手数料などは落札価格から差し引いてもらって構いません。期間はどれくらいかかりますかね?」
「場合に因るが、普通は鑑定し、下見に出してからオークションが始まる。鑑定と下見で1日、オークションが1日で大体2~3日といったところだと思う。あまりに高価すぎて買い手がつかないといったことも稀にあるが、そのときは時間をかけるか国主催の大きなオークションに出さなければならなくなるだろう」
「では3日後にメリエさんの泊まっている宿を訪ねますので、その時に受け渡しをお願いできますか? 売れても売れていなくても構いませんので」
「わかった。君達は今後もこの宿に泊まるのか?」
「はい。あまりお金に余裕もないですし、ここは食事もおいしいので」
「じゃあ何かあったらまたここを訪ねることにするよ。朝早くから済まなかったな」
「びっくりしましたけど気にしないで下さい。いなくなってしまうかもと思えば仕方の無いことだと思いますし」
「そう言ってもらえると助かるよ。では確かに預からせてもらった」
「はい。お願いしますね」
メリエはポニーテールを揺らして頭を下げると、指輪を腰に下げた袋にしまって、静かに部屋を出ていった。
鎧戸からは既に朝日が差し込んでおり、朝食の時間には丁度良さそうだ。
メリエが去ったのを見届けると、殆ど口を挟むことなく隣で聞きに徹していたアンナが聞いてきた。
「クロさん。どうしてメリエさんはクロさんを竜人種だと思っているんですか?」
「あー、どうも人間の姿の時が通常で、竜の姿が変身した時だと思っているみたいなんだよね。メリエに会ってからずっと人間の姿だったわけだし、普通に考えて古竜が人間の町にいるとは思わないだろうし、そう考えると勘違いされても仕方ないかなと。ややこしくなると思ったから訂正してないんだよ。まぁ正体を話してもいいってなったらちゃんと教えるつもりだけどね」
「確かにそうかもしれませんね。じゃあメリエさんにはお話するんですか?」
「一応メリエは信頼できるんじゃないかとは思っているんだけど、念のために今回のオークションの件を誠実にこなしてくれるのかを見届けて、尚且つもう一度メリエの疾竜にご主人のことを色々聞いてから判断しようと思ってるよ。ずっと一緒にいた疾竜が不信な点を挙げなければ大丈夫だと思うしね」
「なるほど……クロさんのことを話すとして、メリエさんの母親について何か心当たりのようなものはあるんですか?」
「心当たりになるかどうかはわからないけど、過去に竜人種が生まれた場所なら調べられそうなんだよねぇ」
古竜の知識は【竜憶】で調べられるが、竜人種についての情報は殆ど無い。
ただかつて人間と結ばれて竜人種の祖となった存在を生み出したと思われる竜の記録は残っている。
その竜がどこで人間と暮らしていたのかは情報が残っているのでそれを教えてあげれば何かの手がかりになるのではないかと考えている。
ただ【竜憶】の記録はあくまでも竜の知識であるため、その竜が暮らしていた場所が人間達には何と呼ばれている場所なのかは知らない。
それをどう伝えればいいのかが悩むところではあるのだが……。
「とりあえず3日後にメリエに会う時に色々考えるよ。そろそろ朝ごはんだし、食堂にいこっか」
起きて大分時間が経ったのでお腹が減ってきた。
メリエと話してる最中もお腹の虫が鳴かないか心配だったくらいだ。
「そうですね。クロさんは朝食後にはまたギルドに行くんですか?」
「あ、それなんだけど。今日はアンナも一緒に行かない? 昨日アンナと一緒にできそうな依頼を見つけたからそれを受けようかと思ってるんだ。また町で動物達と話してきたいならそれでも……」
「ホントですか! 一緒に行きたいです!」
いいんだけどと言い終える前に鼻息荒く被せられた。
そんなにやる気を出してくれなくてもいいんだけど……。
「えっと、じゃあ朝ごはん食べて準備したら一緒に行こうか」
「はい! 楽しみです!」
この喜び様……やっぱり宿で留守番は暇だったのかな……。
昨日の動物とのことでマシンガントークを披露してくれた手前、また今日もそっちに行きたいだろうなと思ってたから半ばダメ元だったんだけど。
メリエのことは成り行きに任せるとして、宿代はこのまま稼がなければならない。
初めてだった昨日と違って心に余裕も持てそうだし、色々考えながらのんびりと行こうと思っている。
年頃のアンナには町で買い物や買い食いなんかをさせてあげたいのだが、如何せん先立つ物がないのでどうしようもない。
本人はそんなこと考えていないのかもしれないけどやはり自分の価値観だと働かせるのは気が咎める。
もうちょっと稼ぎがいい仕事も考えた方がいいのかもしれない。
まだ先かもしれないがアンナの将来のことを考えるとずっと連れ回すのもどうかと思ってしまう。
今後機会があれば本人に意思を聞いてみなければならないだろう。
年頃の娘を持ったお父さんのようなブルーな気持ちで考えていたが、嬉しそうに準備をしているアンナと今日のことや朝食のことについて話をするにつれて、やがて思考は朝食のメニューはなんだろうというものにシフトし、ブルーな気分もいつの間にか消えていった。
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