悪意との邂逅

「あ、おはよう」


「あ、お、おはようございます」


「よく眠れた?」


「はい。昨日はありがとうございました」


 翌日、アンナは辺りが明るくなって大分経ってから目を覚ました。

 果物だけだったとはいえ昨日食べ物を食べられたことでいくらか元気そうになった。


 ただ体が汚れており、髪がボサボサだったので朝食の前に泉で水浴びをさせることにした。

 少し肌寒いがあとで温風を出して乾かしてあげればいいだろう。

 大人用ではあるが回収した着替えの予備もあるので今のボロボロの服から着替えさせてあげたい。


 自分はちょっと離れたところにいるから水浴びをして汚れを落とすように言い、離れた木陰まで行って座り込む。

 暫くすると水に入る音が聞こえてくる。

 涼しい空気の中、冷たい泉の水に長く浸かると風邪を引いてしまうので手早く済ませるように声をかけると返事が返ってきた。


 5分くらい経っただろうか。

 上がったと声をかけられたので視線を向けると唇を紫色にしたアンナが歯の根をガチガチいわせながら蹲っている。

 体を拭けるような布などないので仕方が無い。

 早く乾かしてあげようと風を起こす術を使う。ちょっと熱めの温風を体に巻きつけるイメージでかけてあげると、何が起こっているのかというような表情になりながらも温風に身を任せる。


 次第に水が乾き、震えも収まり気持ちよさそうにしている。

 くすんでいた金髪が輝きを取り戻し、思った以上に美しく見えた。

 まだ痩せ細ってはいるが栄養をつければかなりの美少女なのではないだろうか。


 とりあえず裸のままでは色々とまずいことになるので着替えを渡してあげる。かなり大きいがあとで調整してあげよう。

 ようやく一段落し、朝食を食べようかというところでアンナが恐る恐る聞いてきた。


「服まで用意してくれてありがとうございます。あの……、クロ……さんは、魔術師様なんですか?」


 人間で魔法を使う人は魔術師と呼ばれているのか。

 さてどう答えたものか。

 とりあえず術は使っているので肯定しておくことにして詳しいことは伏せておこう。


 星術は古竜しか使う者がいなくなったと母上は言っていた。

 下手なことを説明すると正体がばれてしまうかもしれない。

 尤もアンナがそんなものがあると知っている可能性も低そうだったが。


「そうだよ。でも気にしないで普通にしてて」


「あ……はい。わかりました。魔術師様は怖い人が多いのでちょっと不安になってしまって」


 人間の魔術師は怖いのか。

 話しぶりからすると魔法の威力などが怖いというよりは人間性が怖いというような言い方だ。

 魔法が使えるというのは、自分が力ある選ばれた人間だと思ったりして傲慢になるのかもしれない。よくそんな小説やゲームがあったなと人間だった頃のことを思い出した。

 自分にそんな気持ちは微塵も無い。

 力に驕るなと口をすっぱくして教えられたし、力に驕れば身を滅ぼすのは自分になるのだ。


「そうなんだ。僕はそんな気持ちは全然ないから緊張しなくていいよ。それより朝ごはん食べよう」


「はい。ありがとうございます」


 術で果物の成長を早めるところを見ると目を見開いて驚いていた。

 驚いて固まっているところに果物を手渡し、昨日と同じように術で切ってあげる。


「ごめんね。僕は果物しか食べないからこれ以外の食べ物がないんだ」


 きっとこの位の子供なら肉とか米とかが食べたいだろうなと思い、果物しか出せないことを謝っておいた。


「いえ、こんな美味しい果物を食べたの初めてです。私には十分すぎます。村で家族で生活していた時も甘い物なんて滅多に食べられませんでした」


 やはりというかなんというかあまり裕福な暮らしではなかったようだ。


「そう言ってもらえると嬉しいよ。まだ種はたくさんあるし育てるのも楽だからたくさん食べてね」


 そう言うと二人でいただきますをして朝ごはんにする。

 アンナは緊張が解けてきたのか昨日よりもたくさん食べていた。

 食事を終えてのんびりした時間を過ごしているとアンナが聞いてきた。


「あの、クロさんは見ず知らずの私にどうしてここまでしてくれるんですか?」


 どうしてって、誰でも死にそうな女の子が目の前にいたら助けると思うのだが。


「苦しんでいるのを放ってはおけないよ」


 苦笑いしながらそんな答えを言うと、珍しいものを見るような視線を向けられた。そんなに変なことを言っただろうか……。

 何でそんな目を向けるのかという表情をしたことが伝わったようだ。


「あ、ごめんなさい。家族以外で私の周りにそんな優しい大人の人なんていなかったから……。何だか不思議な感じがして驚いちゃって」


「気にしないでいいよ。そうだ。僕、この森から出たことがないから、良かったらアンナが知っている外のことを話してくれない?」


 時間は有り余っているのだし、話のネタにもなるのでそう持ちかけてみる。


「あ、私が知っていることで良ければ。ただの村娘だったので知っていることはそんなにありませんけど」


 そう前置きしつつも村での生活や両親のこと、姉との事などを一生懸命語ってくれた。

 住んでいた村は名前も無く、小さな村だったこと。

 村では6歳くらいから働き手として見られ、麦のような作物を家族で育てていたこと。

 両親は優しく家族仲も良くて毎日が幸せだったこと。

 ただお姉さんとはよく喧嘩をしていたこと。


 大変な生活を思わせるが、それを語る表情に悲壮感はなく、これがこの世界の当たり前なのだろうかと思いながら話を聞く。

 ずっとアンナに語らせっぱなしでは可哀想なので、自分の境遇も多少嘘を織り交ぜつつ話したりした。


 母上とこの森で生活していたこと。母上が魔法を使えてそれを教えてもらったこと。食べ物を一人で用意できるようになったのでつい最近独り立ちしたこと。

 言葉を交わすうちにアンナの緊張感も無くなり、自然な笑顔を見せてくれるようになった。


 とてもつらい体験をしているはずなのに泣き言を零す事もなく、こちらの話しに笑顔を作ってくれる。

 家族や自分の行く末が心配であるはずなのに自分の立場を受け止め、健気に振舞う姿を見ると胸に込み上げてくるものがあった。


「僕は独り立ちをしてから特にやることもないし、歩けるようになったら町まで送るから早く元気になってね」


 笑顔でそう言うと申し訳無さそうにして俯いてしまった。


「あの、良かったら……迷惑じゃなかったら……クロさんと……一緒にいさせてくれませんか?」


「え?」


 思わずそう聞き返してしまう。


「何だか、クロさんと話していると楽しくて……とっても優しいお兄さんができたみたいで嬉しくて……それに……」


 そう言うと少し顔を赤らめて上目遣いになり、言葉にしようかどうしようか悩む様子を見せる。

 そんな様子を疑問に思い顔を覗き込むとバッと顔を上げ慌ててまくし立てた。


「えっと、その、た、助けてもらった恩も返したいので一緒にいられたらなと!」


 その勢いに一瞬のけぞってしまった。

 別に恩とか気にしなくていいのに。

 まあ話し相手がいてくれるのはこちらも嬉しいのだけど、正体のことがなぁ。


「そ、それは僕も嬉しいけど、でもいいの? こんな正体のわからない怪しい男と一緒にいるのは……」


 言い終わる前に言葉を被せられた。


「怪しくないです! クロさんはとっても優しくしてくれました! その辺の大人なんかよりずっと信頼できる人です! ……(それに格好良いし頼りになるし)」


 最後だけ声が小さくてよく聞き取れなかったが随分と信頼されたようだ。

 キラキラとした澄んだ目を向けられると断りにくい。


「んー、わかったよ。じゃあよろしくね」


「はい!」


 何だか妹ができたような気分になった。

 やはり信頼を向けてくれたり慕ってくれるというのは嬉しいものがある。

 ただ自分のことで嘘を吐いているという後ろめたさが心に付き纏った。


 いつか正体を知った時にこの子はどうするだろうか。

 その時を考えると恐怖という暗闇が自分の心に入り込んでくるようだった。

 その後も他愛の無い話をして笑いあったり、お互いの質問を交換し合ったりして過ごした。


 そんな風に談笑し、緩やかに時間が流れていく。

 まだ元気に歩き回る程には回復していないアンナのことを考え、今日ものんびり過ごそうと決めたのだった。


 しかし、二人で穏やかな時間を過ごしていると、何かの気配が近づいてくる。

 アンナがここに来た方向と同じ方角だ。


「アンナ。何か近づいてくる。ちょっと離れてて」


「え!?」


 草木を踏み分ける音が複数。

 動物の足音じゃない、時折金属がぶつかるようなガチャガチャといった音も混じっている。


 気配に集中し様子を伺っていると、アンナが離れるより前に音の主が姿を見せた。

 開けた泉の広場に入り込んだのは六人の人間。


 この世界に生まれて、初めて見る人間の大人だった。

 だが、どこか違和感を感じた。日本で生きていた時の大人とは違う。

 日本の人たちはどこか余所余所しく、他人に無関心な人が多かった気がする。


 しかし目の前にいる人間はこちらにベットリと絡みつくような視線を向けて興味津々といった感じだ。

 何と言うか、不愉快な視線だった。


 歳は20代から40代くらいの間だろうか。

 旅人のような装備を持ちつつも戦いに使うような鎧や武器をそれぞれ持っており、刺々しい威圧するような雰囲気を醸し出している。


(なんだこいつら?)


 そう思ったがふと思い当たった。

 アンナが言っていた男たちではないだろうか。


「ん? なんだ? エサがまだ生きてるぞ。おい小僧。そのちっこいガキは俺たちの奴隷だ。こっちによこしな」


「おかしいな。遅効性とはいえ毒が大分回っているはずだが……」


 やはりそのようだ。

 だが聞き捨てならないことがあった。


「あんた達どちらさま?」


 そう誰何する。

 気になることもあるが、まずは確認しなければならない。

 何をしにここにきているのか。


「俺たちはギルドから派遣されたハンターだ。ギルドの依頼でこの森の調査にきてんのさ」


 そういいながら自分の得物であるかなり大きな両手剣に手をかける。

 見れば筋肉が発達し丸太のような腕でがっちりした体つきをしている。

 軽鎧を身につけ、重そうな両手剣を背中に背負い、更に腰に一本の片手剣を装備しているのに重量を感じさせない軽い足取りで近づいてくる。

 この男がリーダー格だろうか。


「黒髪か。珍しいな。どうしてこんなところにいる? 竜が目撃されたのは最近だが竜がいなくてもここには危険な魔物や獣が出るんだぞ。近隣に村などなかったはずだがな」


 そう話しかけてきた男は武器らしきものを持っていない代わりに背中に杖を背負っている。

 中肉中背で腰に袋を提げ、ローブのような服を着ているが旅慣れた感じだ。

 目に何か暗いものを感じる嫌な視線をこちらに投げかけている。


 他の四人は言葉は発しなかったが、こちらを見てニヤニヤしている。

 弓を装備した男が二人と、大きなバックパックを背負った男がいる。

 一番後方に盾と片手剣を持った男がいて背後を警戒しているようだった。


「ここらにいたんならお前も見ただろう。双子山にデカイ竜が棲み付いてるんだ。それを仕留めにきたんだよ」


 ……なに?

 竜を仕留めにきた?

 つまり自分や母上を仕留めに来たということか?

 考えを巡らせ、黙っていると更に言葉を続けてくる。


「先日大型の竜はここを飛び去って戻ってくる気配は無くなったが、小型の竜がこの森に潜伏している可能性が高いんだ。おい。もし見かけたならどこで見たか教えな。俺らの獲物だ」


 そう言ってニヤニヤ笑いながらこちらを見据えるリーダーと思しき男。

 その視線をアンナに向けると更に言葉を投げかける。


「全く。奴隷市場で役立たずだからって二束三文で買えたのはいいが、エサにもなれないとはホントに役立たずなヤツだな」


 それを聞いたアンナはビクリと震え、恐怖を顔に貼り付ける。

 口振りと態度からするに、恐らくここに来た時にアンナにあった殴られたような痣はこいつらの仕業だろう。


「おい小僧。ソイツは竜をおびき寄せるための大切なエサだ。どうやったかは知らんが見たところ解毒しちまったみたいだな、余計なことしやがって。飛竜にも効く遅効性の毒は高価だってのに。せっかく毒に侵されたこいつを喰わせて楽に仕留めようと思ったのによ」


(……な……に?)


 一瞬自分の耳を疑った。


(……今……こいつは何と言った?)


 こんな少女に毒を飲ませた?

 この子を喰わせて竜を仕留める?

 男の言葉を頭で理解した瞬間、自分の中に何かどす黒いモノが込み上げてくるのを感じた。


 アンナと一緒にいた時間は短かいが、それでも素直でいい子だということくらいはわかった。

 自分は何も悪いことをしたわけではないのに奴隷にされ、家族と離され、こんな森の中に一人で放り出される。

 夜に悪夢でうなされるほど辛いはずなのに、起きているときは泣き言も言わずに健気に振舞っている。


 そんな子に死に至る毒を飲ませて竜に喰わせる?

 一体この子がそこまでされなければいけない程の何をしたというのだ?


 ……知っている。


 自分はこの男たちがアンナに向けているものを知っている。

 自分に向けているものを知っている。

 地球では人間だけが持っていたもの。

 人間だけしか持つことのできないもの。


 それは、純然たる悪意。


 自分の利益のためなら命を命とも思わない。

 どんな残酷なことでも平気でやってのける。

 それを見ても何も感じない。

 個と知性を獲得した瞬間から人間についてまわる、生物として異質な、仄暗く歪んだ意思。


 多くの生物で同族を殺したり排斥したりといった行動は行われている。

 しかしそれは種を尊重しより強い子孫を残したり、種が絶滅することなく生き残っていけるようにするために行っている場合が殆どだ。


 だが、人間だけが違う。

 種のためでも周囲の環境のためでもない。

 ただ個のために行い、自己の満足のために生み出される意思。


 自分と同じ命をまるでその辺に落ちている石のごとく投げ捨てられる。

 そんな人間が放つ、悪意。


「う……う……い、嫌だ……イヤ……」


「嫌じゃねえよ。お前の働きに俺達のメシ代がかかってんだぞ。せいぜいイイ声で鳴いて竜を誘き寄せるんだな」


「そうそう。お前みたいなのにはそれくらいしかできないだろうが。だからあれっぽっちのはした金で売られてたんだろうに。ちっとは自分の価値ってもんを知りやがれ」


「う……うぅ……」


 怯えた表情のアンナ、それを睥睨する人間達。

 胸の辺りがざわつく。

 煮えたぎる何かが視界を染める。


 奴らを見ていると、過去の記憶と奴らの姿が重なるようだった。

 毎日のようにニュースや新聞を賑わせる残酷な事件の数々。


 人間だった頃はそれはテレビの向こうのどこか遠い場所での出来事だと錯覚していた。

 でもそれは違う。

 手の届く場所にいる身近な人がそうである可能性だってある。


 母上は言った。

 人間は何を考えているかわからないと。

 その通りだ。

 自分の隣で笑っているその人が平気で他人を傷つける人間かもしれない。

 全ての人間がそうである可能性を持っているのだ。


 人間だった頃はテレビの向こう側でしか見た事がなかった、そんな人種。

 それが今、目の前にいる。

 小さな少女にその吐き気を催すような悪意を向けている。


 そして自分と母上にも。


「お前がイイ感じに喰われてくれればな、俺達は竜殺しになれるんだよ。ついでに竜の素材で俺たちゃ当分食うに困らないだけの金に、うまくいけば国のお抱え猟兵にだってなれるかもしれねぇんだ」


「そのためには、ちょっとくらい危ない橋を渡ることだって厭わねぇぜ。上手くその橋を渡り切れれば、俺達は英雄だ。過去の汚れなんざ誰も気にしねえ。だからよ」


「ああ、俺達のために、せいぜいイイ働きをしてもらわなきゃ困るってことだ」


「う……う……」


 ……生物が生きる以上、食べるために他の命を奪うことは必然だ。

 どの生物も身の丈にあった獲物で満足し、腹を満たしている。

 だがこいつらは違う。


 欲望に目を濁らせ、身の丈を越える利益を他者の命を使って得ようとしている。

 命をまるで道具のように。


 許せなかった。

 いや、許すわけにはいかないのだ。


 母上に教えられたこと。

 自分は自分でいて良いのだということ。

 その自分がしたいと思うこと。


 助けたい。

 自分は手を差し伸べてあげられるようになりたかった。

 だから手を差し伸べる。

 この小さな少女に。


「……アンナ、大丈夫。下がって」


「ク、クロさん……私……」


「いいから、大丈夫だから」


 しゃがみ込むアンナの隣に立ち、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべている男たちを見据える。

 自分を聖人君子だとは思わない。

 自分が正義だとも思わない。

 だから世界中の困っている人を助けることはできないと理解している。


 それでも。

 そうだとしても。

 自分の目の届くところ、手の届くところにいる自分が助けたいと思う相手くらいは救いたい。


 人間だった時にはできなかったこと。

 しかし、そう在りたいと望んだこと。

 今ならできるのだ。

 救えるはずなのだ。


 怯え震えている彼女に「大丈夫だ」と、「自分が助けてやる」と、「だから心配するな」と、言えるだけの力が、今の自分にはあるのだ。


 だから助けたい。


 向けられる、あの悪意から。


「あんた達。何も言わずに帰ってくれない? 彼女を置いて。人としてそんなことをして許されると思っているのか?」


 感情を殺した声と表情でそう問いかける。

 その途端、奴らの表情が変わる。

 愉悦から嫌悪へと。


「ケッ。ムカつく小僧だな。許されると思うかだと? 思ってねぇよ。そうだな、これがバレりゃ王国の奴隷管理法違反で俺らはブタ箱行きだ。だが安心しろ。目撃者はいない。お前を殺せば万事解決。そのまま毒入りのガキを竜に喰わせて仕留めりゃ俺らは英雄だ。誰も咎めはしねぇ」


 そう言うとまた周りの男達がニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる。

 誰一人としてアンナを庇おうという表情や意思を見せることは無かった。


「……そう。残念……」


 この言葉と態度で、こいつらをここから帰すわけにはいかなくなったと意思を固める。

 ここで帰してしまえばその悪意をまた他の誰かに向けるだろう。


「それより覚悟はできたか? ついでだからお前も死体にして竜のエサにしといてやるよ。逃げられると思うなよ。こっちはプロだ。森でお前みたいな小僧を仕留めるなんてその辺の魔物を狩るより楽な仕事だ」


 そう言いながら一歩間合いを詰めてくる。


「アンナ。これ、持っててくれる?」


 ひとまず男を無視して、着ていた服を脱いで裸になる。

 服を丸めて、怯えるアンナに手渡した。

 竜の姿になると服を破いてしまう。


「え……? あ、あの……」


「アンナはそこで座ってて。できれば、目をつぶってて」


 助けたいと思ったアンナの目を見て、優しく笑いかけながら静かな声音で伝える。

 アンナは困惑しながら服を受け取り、裸の自分を見て顔を赤くすると視線を逸らした。


「……気でも狂ったか?」


 表情を消し、静かに男達に視線を向ける。


「良かったね」


「あん? 何言ってんだ?」


 身体強化の術で肉体に力を漲らせる。


「あんた達、運がいいよ」


 力を貯めるように腰を落とす。


「だから、何言ってんだテメェ? まさか、俺らとやる気かよ?」


 雰囲気が変わったこちらを見て男たちが一瞬で身構える。

 かなりの場数を踏んでいるのか、そういった変化に敏感に反応し、臨戦態勢を整えたようだ。

 だが、関係ない。


「俺がその───」


 命を奪おうとする以上、自分の命も奪われるかもしれないと考えるのは自然の中では当然のことだ。

 相手は自分の命を奪おうとしてきた。

 こちらが命を奪っても咎められる謂れはない。

 だから───心置きなくやれる。


「───竜だ」

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