探索

 分厚い雲で日が差していないが、明るくなってきたことで目が覚める。

 朝食に昨日植えておいた果物を成長させて食べると、昨日考えたように今日は草原まで行ってみることにした。


 ついでなので他に食べられそうな果物があれば採ってこようかと考える。

 いつも同じ味のものでは飽きてしまうのだ。

 狼の親子が来るかもしれないと思っていたが、出かけるまでには一度も姿を見ることはなかった。


 空に飛び上がり、二つの山の方を目指して飛ぶ。

 山の反対側に広がる草原の上空に入る前に人間らしきものがいないかを山頂付近から観察してみる。

 しかし、そんな影を見つけることはできず、草原は静かな様子で他の動物なども遠目には見ることはできなかった。


 とりあえずあまり草原の奥には入り込まないようにしようと思い、森と草原の境目を暫く飛んでみることにし、滑空の姿勢で高度を下げる。

 暫く飛び続け、山から結構離れた位置まできた。


(お?)


 新たな食べ物を探すついでに上空から森と草原を観察していると、森の中に見慣れないものを発見した。

 何だろうかと思い、旋回して様子をうかがうと何やら人工物のようなものが落ちているのが見える。


 しかし、木が密集していて降りる場所が無い。

 グルグルと旋回してはみたが、やはり無理そうだと判断し、少し離れた場所にあった木がまばらな位置に下り立った。

 さっき見つけた何かの場所まで行くには歩くしかないが、このまま移動するのはちょっと面倒である。


 竜の体で森の木々の間を通り抜けようとすると、木の間が狭いのであちこちぶつけてしまうのだ。

 人間だった頃の感覚で歩こうものならガツンゴツンとぶつける。

 殆ど痛みは感じないとはいえ、何度もぶつけ動きを阻害されるとさすがにイライラしてくる。


 最初に竜の姿のまま移動した時はそのせいでストレスが溜まり、最終的には戦車よろしく草木を薙ぎ倒しながら突っ走ったことがある。

 その時に来た道を振り返ってさすがにコレはまずいと思った。


 動くたびにこんな状況を作っていてはここにこんな事ができる何かが潜んでいますよと言っているようなものだ。

 後をつけられたりして寝込みを襲われても困るし、人間のような存在がいたらまずい。


 というわけで【転身】を使って人間の姿になる。

 蜃気楼のように星素が体の周りに集まると竜の輪郭が解け、人間の形になる。

 相変わらず素っ裸だからとても恥ずかしいが一番動き慣れていることと、手が自由になるためとても重宝する。


 ただ走り回るだけなら犬や狼、猫などの動物の方がスピードが出せそうなのだが、大きさの違いや体の作りの違いで慣れない部分も多いため、転んだり何かにぶつかったりしてしまいそうで、やはり人間の方が都合がいいように思う。


 どうせ誰もいないとわかってはいるものの露出狂のような姿でうろつくのはさすがに抵抗があった。

 ……葉っぱで隠すことも考えたが……逆にもっと恥ずかしいので開き直るようにしている。

 これに慣れてしまわないようにしなければ……。


 何かの気配がすることは無かったが念のため警戒して近づく。

 木陰に身を潜めながら近寄ると、なんだか甘いような腐ったような変な匂いがしてきた。

 目的の場所に近づくとそれが視界に入った。


(うっわ……)


 人間の死体。

 あたりには木箱やら荷物やらが散乱し、上空からはそれが見えていたようだ。

 死体の数は3つ。どれもかなり腐敗が進み正視に堪えない有様だ。


 何かに襲われたようで手や足が無いもの、内臓が無くなっているもの、首から上がないものと酷い状態だった。

 うつ伏せに倒れており、幸いこの位置からは表情などは見えなかった。

 荷物を捨てて何かから逃げようとしたのか離れた場所に荷物が転がっている。

 この距離からだと性別の判別すら難しい。


 一瞬母上が食べたのだろうかとも考えたが、状態を見るとそうではないようだ。

 母上なら牛サイズの獲物でも殆ど丸呑みにできてしまう。

 それよりも小さい人間の手足だけを狙ったり内臓だけを狙う意味はない。


 とりあえず何かに襲われて息絶えたということぐらいは判るが、何に襲われたのかまではわからない。

 食べられたような後があることから人間ではなく獣の類ではないかと思うのだが専門家でもないので判断が正しいかもわからない。


 狼の親子が言っていた草原に現れるようになった人間だろうか。

 いや、最近になって増えてきたと言っていたからこの死体は違いそうだ。

 詳しくはないから断定はできないが、死後10日以上は経っていそうな状態だ。

 最近になって増えてきたという話とは合致しない。


 もしかしてこの人たちを探しに来ているのか?

 それならばありえそうな気がする。

 もっとも確認する手段がないからどうすることもできないが。


 さすがに竜の体になって様々なことに耐性がついてきていたがこれ以上近寄るのは無理だ。

 竜にも感染するかはわからないが腐乱死体からは疫病が発生することもあるし、吐き気を催すような死臭がしているため、気持ちが悪い。


 とりあえず死体はどうすることもできないので放置しておくとして、荷物の方が気になった。

 死体に近寄らないように迂回して、手近なところに転がっている大きなリュックのような荷物に近寄り中を確認してみる。


 中に入っているのはサバイバルセットのようなものだった。

 テントのようなものと干し肉や干し果物、何かの動物の胃袋のようなものでできた水筒、ナイフに包帯などの治療道具、何かが入ったビンが数本と着替えが何枚か入っている。


 その中でも着替えに目が止まる。竜の時は気にならないが人間の姿になっているときは基本素っ裸なので着替えがほしかった。

 着替えを広げてみると、綿のような手触りの袖の長いワンピースのような服だ。

 こんな森の中や草原を歩き回る服ではなさそうなので商人かなにかの売り物とかかなと予想してみた。


 着てみると裾が長く引きずってしまうが着られないことはない。

 裾の部分はあとで切り落としてもいいだろう。

 下着もなくこれ一枚だけを着るとスースーしてイマイチ心もとない。しかし素っ裸よりは大分マシである。


 男性用なのか女性用なのかよくわからない。

 自分が着るとちょっと汚れた照る照る坊主のような感じになる。

 着替えに満足すると、他にも落ちている物があるので確認してみる。


 落ちていたのは片手持ち用の剣と直径50cmくらいの丸い盾、ナイフ、帽子、肩掛けカバン、木箱があった。

 肩掛けカバンの中身は何か液体が入っているビンが数本と硬貨のようなものが入った革袋、あとは金属性のプレートのようなものが入っている。

 木箱の方はリュックのときと同じで食糧などの日用品が数日分は入っていた。

 死体もカバンのようなものを持っているが、近寄りたくないので放っておくことにする。


 剣やナイフは、切れ味抜群の爪や術が使える自分には必要ないしかさばるので置いておく。

 盾も竜鱗の方が頑強だ。

 帽子も必要ないししらみなどがいるとうつるかもしれない。


 食糧類はいつから放置されているかわからないので安全を考えて手を出すのは止めておく。

 治療道具もこの程度の物なら術で直してしまう方が早い。

 残るのは硬貨のような物と金属プレート、そして何かの入ったビンだ。


 硬貨のような物は見たことの無い紋様が入っており恐らくお金ではないかと予想できるが、この金属プレートはなんだろう。

 表も裏も何も書いておらず、やや長い長方形。厚さは数mmくらいのタロットカードのようなサイズだった。

 用途がわからないが持っていってもかさ張るものでもないのでとりあえずもらっておく。


 最後に何かが入ったビンだ。

 ビンは栄養ドリンクの入ったビンくらいの大きさで透明、やや青みがかった液が入っている物とやや緑がかった液が入っている物とがある。

 一本だけ毒々しい赤色の液が入っている物もあった。


 これは薬の一種か、毒薬の一種だろうか。

 ラベルも何もないので判断できない。

 尤もラベルがあったとしてもこの世界の文字は読めないので何かはわからなかったと思うが。

 【伝想】は意思や言葉はわかるようになるが文字は無理だ。


 【竜憶】には竜の知識は収められていても、人間の文化の知識なんて入っていないから調べられないし、飲んだり触ったりするのも危険だ。

 もしかしたら狩りでやじりなどに塗って使うような毒かもしれない。


 何かはわからないがこれも一本ずつもらっておくことにする。

 中身が役に立たなくても入れ物のビンは役に立ちそうだし、そんなに大きい物でもないのでかさ張るということもなさそうだ。いらなくなったら捨てればいい。


 今まで入れるものがなかったのでカバンなどの入れ物が嬉しい。

 これで前の住処に置きっ放しになっている自分の脱皮した鱗や牙などを持ち運ぶ事ができる。遠くに行く時にはお弁当代わりに果物を入れて持ち運ぶのもいいかもしれない。


 亡くなった人達には申し訳ないが、いい拾い物をした。

 カバンを前足の指に引っ掛け落とさないようにしてから飛び上がる。

 結局その後、人間が見つかるかとまた上空から草原を観察したが見つけることはできなかった。


 日が暮れる前に山を目指して飛び、山の住処跡に降りると鱗や牙を回収しておき、その後泉に戻った。

 帰ってくると珍しくリスのような動物が泉の近くにいたが、竜の姿を見て慌てて森の奥に逃げていってしまった。

 怖がらなくてもいいのに。

 今度見かけたら育てている果物を分けてみようか……あ、まずそもそも近寄れないのか。


 間もなく暗くなるかという頃に例の狼親子が泉に現れ、大きな鹿のような動物を仕留める事ができたと報告してきた。

 どうも竜の縄張りの獲物を獲ってしまった手前、ちゃんと報告するべきだと思ってわざわざ言いに来てくれたようだ。


 律儀だなと思いつつ、自分は果物しか食べないから獲物については気にしなくてもいいと言うとこれまた驚かれた。

 母上の言葉で何となくわかってはいたが、やはり竜はこの世界でも例に漏れず獰猛な肉食獣のようだ。


 果物しか食べないということと温厚な相手だということがわかったからか、子犬のように可愛い子供の狼も近寄ってきてお礼を言ってくれた。

 大したことはしていないが、やはり感謝されるのは嬉しかった。

 人間の姿で会えるなら撫でて遊んであげたいのだが……人間に傷つけられた手前、それは無理だろうと考えた。


 そういえば【転身】の術で人間以外の生き物に変わった事はまだなかったので、今度狼に変身できるか試してみようと思った。

 そうしていると暗くなり、狼親子も森に戻っていったので、自分も持って帰ってきた荷物を土の中に埋めてその日は静かに眠気がやってくるのを待ったのだった。

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