家族

 早速、教えられた術を試そうと準備をする。

 イメージするのは一番長い時間を過ごしてきた人間。

 手足の様子も体の構造も観察などする必要がないくらいに知っている。

 目を閉じて集中し、人間をイメージする。


 まるで蜃気楼に包まれたかのようにグニャリと竜の輪郭がぼやけ、体が小さくなる。

 全身真っ黒だった色が肌色になり手も足も人間のものに変わる。

 四つんばいの姿勢で首を振って自分の姿を確認する。立ち上がるとちゃんと二足歩行もできる。


 ぺたぺたと顔や頭も触るがちゃんと皮膚になり髪の毛もある。鏡が無いので顔つきはわからなかった。

 身長は140~160cmくらいだろうか。13~15歳くらいの少年の姿になった。

 しかし両手両足の爪はなぜか黒いままだ。マニキュアをしてるような感じになっている。

 全裸だったが鱗や尻尾が残っていることもなく無事変身できているようだ。


 できたと思い、思わず笑顔で母上を見上げる。

 一緒に成功を喜んでくれるかと思ったが、母上は驚愕の瞳で固まっていた。


「クロ……お前、人間に遭った事があるのか……?」


 その言葉を理解して自分の笑顔が凍りつくのがわかった。

 そうだ。どうして遭った事もない人間をイメージして寸分違わず術を成功できる?

 そんなことは不可能だろう。最初から人間を知っていなければ。


 【竜憶】で人間を調べても姿形まで鮮明に知識として得られるわけではない。

 せいぜい特徴や生活形態、過去に人間と過ごした竜でも細部まで観察したような記録は残していなかった。


 術のことなどすっぽりと頭から抜け落ち、その場に崩れるように座り込んだ。傍から見ると巨竜にすごまれて動けないでいる人間のように見えたことだろう。

 隠すことはできないと判断し、竜の姿に戻るとそこで生まれた時に前世の記憶があったことをゆっくりと打ち明けた。


 別な世界で別な生を送っていたこと。

 それが突然終わったこと。

 気がついたら竜となって卵の中にいたこと。

 隠していた申し訳なさから話している途中で涙がこぼれる。

 母上は最初こそ驚いてはいたものの、黙って最後まで話を聞いてくれた。


「そうか。ようやく疑問に思ってきたことの理由がわかったな」


 母上は怒ることも咎めることもしなかった。

 ただ納得したという感じだ。

 母上は人間にあまりいい感情を持っていないだろうということは今まで話をしてきて感じていた。


 自分がその人間だったということが知られたらきっと嫌われるだろうと思い、気付かれない限りは黙っていようと決めていたのだ。


「母上は人間だった自分を嫌いにならないんですか……?」


「私はお前が私の生んだ卵から出てきたところを見ている。クロ坊が私の子であることに疑いようがないし、クロ坊にどんな記憶があろうと私には関係の無いことだ。お前は私を母として慕ってくれていた。嫌う理由がない。ただ疑問に感じていただけだ」


 母上はそういってくれた。

 思わず涙が溢れた。

 心の中に常にあった隠し事をしているという後ろめたい気持ちが静かに氷解していく。


 どんな術が成功して、褒めてもらったときよりも嬉しかった。

 自分の全てを受け入れてくれたことがたまらなく嬉しかった。

 人間だったときにこんな気持ちを感じたことはなかった。


 そうだ。

 そうだった……。

 自分が母上のように他人を受け入れてあげられるような人間になりたい。

 そう思って生きてきたはずだ。

 結局それはできずに命を落とすことになった。


 自分ではできなかったことを母上は自分にしてくれた。

 人も竜も関係ない。

 母上は自分の尊敬できる、立派な母だった。

 他者を受け入れることができる強さを持った素晴らしい存在だった。


「クロ坊がどう思っていようと、お前が私の子であることは変わらない。これまでも、これからもな。私はお前がどんな存在であっても自分の子として見ている。それも変わることはない。それが親というものだ。親は無条件に子を受け入れ、愛してやるものだからな。気に病む必要などない」


「母上……ありがとうございます。かくじでいてごべんなざい……」


 母上の言葉にまた涙がこぼれた。

 涙を零して泣くなんて、誰かの前で泣くなんて、どれくらい振りだろうか。

 人前で泣くなど恥ずかしいと思われる年であったはずだが、この時はそんなことを考えることもできず、止め処なく涙が流れた。


「そしておめでとう。これでクロはいつでも独り立ちできるな」


 そうだ。これで独り立ちの準備が終わったのだ。

 思えば母上には色々なことを教わった。

 人間であったときの何倍も濃い時間だった気がする。


 空虚に生きていたあの頃とは違う。

 そして最後に教わった、どんな姿でもどんな命でも、大切なことは同じだということ。

 結局はその者の心次第。


 どんな存在になったとしてもそれは変わらないということ。

 人も竜も変わらない。自分は自分だということ。

 それを教えてもらった。

 生きていくためのどんな術よりも大切な事を教えてもらった気がした。


 それ以来、母上との距離が一層近くに感じるようになった。

 本当の家族になれたような気がした。

 それと同時に近づいてくる巣立ちの時が余計に寂しくなった。

 そのせいか、今日は母上の近くで眠った。



※※※



「ここが竜の巣? 全然そんなのいないじゃん」


「竜の巣〝かもしれない〟だ。それを調査するのも仕事の一つだ」


「で? 竜が出たらどうするんだ?」


「仕事は監視だ。命を危険に晒す必要はないだろう」


「話によると一匹は幼竜かもしれないんだろ? だったらチャンスじゃないか。仕留めれば国が莫大な金を出すって話もある」


「先発隊は俺たちだけだし、横取りされる前にやっちまおうぜ」


「国も偵察部隊を放っているという話だがな……」


「目撃情報によると、この双子山の山頂付近から飛び立ったらしいが……巣に乗り込むのは得策じゃない」


「確かに二匹同時に相手にしていたら命がいくつあっても足りないな、飛竜ではなく古竜だという話もある」


「マジかよ! そんなの偵察と監視だけでも割りに合わねぇじゃねーか! 竜語魔法は国を滅ぼすほど強力なんだろ? バレたら一環の終わりだぞ」


「だから巣に近づくのは危険だというのだ。この山は隠れる場所も少ない。それよりも森や草原に潜んで様子を伺う方がいいだろう。竜も食事のために森か草原に出てくることは十分に考えられる」


「運よく親と子が離れてくれればチャンスもあるかもしれないな」


「飛竜ならばそうだが、万が一古竜なら離れたといっても油断はできんぞ。古竜なら幼くても竜語魔法を使えるだろうし、知能も高い。未知の魔法で隠れた我々を察知してくるかもしれん」


「そんなこといったら監視も何もできないじゃないか」


「まあな。しかし敵対的な行動を取らなければ無闇に襲ってこないかもしれんだろう。現に竜を確認できる程近づいた連中は生きて帰ってきている」


「単純に腹が減ってなかっただけかもしれんがな」


「やめろよ。縁起でもない……」


「とりあえず二班に分かれよう。森の中で監視する班と草原で監視する班だ。いいか、今回はあくまでも監視が任務だ。先走るんじゃないぞ」


「へーへーわかりましたよ」


「期限は10日、それを過ぎたら一度合流し、後発隊に監視任務を引き継ぐ。何かあったら〝音〟を放て。〝音〟を確認したら一度集合する。危険を感じたら撤退しろ。草原や森には魔物や獣がいる、あまり派手に騒ぐと感づかれる恐れがある。その点にも注意しろ」


「別に倒してしまってもかまわんのだろう?」


「変な気を起こすな。そっちのメンバーに竜を討伐した経験があるほどの者はいるのか? 飛竜であっても並大抵の相手ではないぞ。成体ならば一匹で都市を壊滅させることもできるという話だ。幼体でも騎士団を派遣しなければならない程だと聞く。それを相手取って責任をもてるのか?」


「ちっ。わかったよ」


「よし。ではいくぞ」



───



「……おい。エサはもってきたんだろ?」


「ああ。一応安いのを仕入れて持ってきてるぞ」


「仕込みは?」


「それも問題ない。走車の中に入れてある」


「よし。もしやれそうならエサを使って仕留めるぞ」


「……本気か? 竜に効くかはわからないんだぞ?」


「大丈夫だ。以前その方法で飛竜を仕留めたって話がある」


「……わかった。いつでも出せるように準備しておく」


「んじゃ、いきますかねっと」

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