転身

 食べ物を探す事が日課となって数日が過ぎた。

 最初こそなかなか見つけられずひもじい思いもしたが、母上に泣き付くことなく自分の力で何とかしている。


 食料を探すのが思った以上に大変だ。

 そう思うと親のありがたさが改めて実感できた。人間だった頃も子供の時は食事が出てきて当たり前、お金を出してもらえて当たり前、それが親なんだと勝手に思っていた。


 しかし現実はそうじゃないのだ。

 食べ物もお金も勝手に湧き出てくるものではない。苦労して働いて手に入れてくれていたのだ。


 母親はこんな苦労をしていつも自分に食べ物を運んでくれていたのかと、竜の母上だけじゃなく、人間だった頃の母さんにも今更ながら感謝の念を抱いた。

 自分で仕事をするようになってそんな苦労があることはわかっていたはずなのに……などと思ってしまった。


 自分は結構な量を一度に食べている自覚がある。

 あの大きなスイカボチャを今では一回で8個近く食べることができるようになっている。なので量が少ないのは辛かった。


 最初は少ししか見つからなかったが何度か場所を変えて草原を探し回るとたくさん生えている場所が見つけることができた。

 もうそのまんま、スイカやカボチャのようにゴロゴロと地面に生っているのだ。

 当初は取れる場所が近いし、たくさんあったので遠慮なく美味しく頂いていた。


 手を使って収穫するのは思いの外難しかったので、ここでも術を使って採るようにした。

 斬撃を飛ばす術を使い、ツルの付け根をプチンプチンと切断してから物を動かす術でこちら側にゴロゴロと引き寄せて収穫する。


 しかし、いくらたくさんあるとはいえ毎日のように採っていると次第に数が減ってくる。

 少し遠くまで行けばまだありそうだったが、早朝の空腹の中、果物を取るために何十分もかけて薄暗い空を飛ぶのは骨が折れる。


 森の方の探索にも毎日出かけていてそれなりに食べられるものを見つけられるようになってきてはいたが、やはり同じような理由で他の果物も日に日に採れる量が減り、遠くまで探しに行かなければならなくなっていた。


 それにもう一つ懸念している事がある。

 今はまだいいがもし季節があり、それによって果物が採れなくなるとなれば問題だ。

 通常植物が実をつけるのは夏から秋にかけてが多い。

 植物は動物に実と一緒に種を食べてもらうことで種を遠くまで運搬させ、新たな場所で育っていけるようにしているのだ。

 当然動物が活発に動き回る時期に合わせて実や種をつけることが多いはずである。


 無論全ての植物がそうではないが、季節があるとすればそんなサイクルを持っている植物が多いことが考えられる。

 生まれて4~5ヶ月ほどが過ぎていると思うが生まれた頃のように強い日差しもなくなり涼しくなっている。

 紅葉などはしていないがやはり気候が変化していると考えておく方がいいと思った。

 仮に季節が無かったとしても植物が常に実をつけているということは無いだろうと考えている。


 どちらにせよ食物の安定供給を考えていく必要性を感じずにはいられない。

 命に関るのだから当然だ。

 そう考えると予想以上にこれはまずい状況になりつつあるのではないか。

 何かいいアイディアが湧けばと【竜憶】を検索してみる。


 すると便利な術を発見した。

 植物を成長させる術だ。

 こんなこともできるのかと感心してしまった。


 早速、術を試す為に食事で食べた果物から種を取っておく。

 が、地味にこれが難しかった。

 いつもは種など気にせず飲み込んでしまっていたが、竜の体の大きさで口の中にあるゴミ粒のように小さい種を綺麗に選り分けるのは大変だった。


 せっかく苦労して集めた手前、食べられる部分を残したくはない。

 かといって手を口に突っ込んで種を取り出そうとすると、自分の割とシャレにならない鋭さの爪で口の中や舌を傷つけてしまいそうで怖い。

 結局、食べる前に果物を爪で割り、潰さないように小さな種を取り出すことにした。


 まずは食事を済ませ、その後に取り出した種を使って術を試してみることにする。

 母上に術を試したいと断ってから、住処の端っこ、いつも自分の剥がれた鱗などを貯めている場所の丁度反対側のあたりに種を植えてみる。

 ここが邪魔にならない場所では一番日当たりが良い。

 あまりいい土壌ではないが少しでも土が柔らかくなればと思い、爪でガリガリと地面をほぐしながら浅く穴を開け、集めた種をパラパラと入れて土を被せる。


(よし。じゃあやってみよう)


 星素を種を埋めた辺りに集め、星素を栄養源に植物が成長していくイメージ。

 暫く集中すると、ポコポコと小さな芽が出てきた。

 やった! と思ったら10cmも育たないうちに全て枯れてしまった。


(あら……)


 星素の量が合っていなかったのか。

 その後何度か試してみるも、やはり10cmくらいで枯れてしまう。


(なぜだろう……)


 他の果物ではどうだろうと、木に生っているちょっとすっぱい果物でも試してみることにする。

 同じように食べる前に種を取り出しておき、同じように植えて術をかける。

 結果、少しだけ芽を出すがやはり枯れてしまう。


 どうも星素の量とかが原因ではなさそうだ。

 日は当たる場所だし植える場所か土に問題があるのだろうか。

 ここは山の上だし生育環境が合っていないだろうことはわかるが、どの芽も少し顔を出してから枯れていく。


(……あ)


 あるではないか。

 植物に必要な物がもう一つ。

 水だ。


 生まれてから水を見ることすら殆どなかったから完全に頭から抜けていた。

 次は術を使って土に水をかけ、それから成育の術をかけてみる。


(……おお!)


 スイカボチャの芽が大きくなり葉が茂ってくる。

 これはやったか、と思ったら花をつける前にまた枯れてしまう。

 どうやら一気に成長させるには最初にあげた程度の水では足りないようだ。


 かといって成長し切るまで水を与え続けるのも結構難しい。

 2つの術を同時に制御するのはできるようになってきたが細かな制御が必要な術となると大変だ。

 労力に結果が見合わないというか、それなら遠くまで探しに行く方がいいかもしれないと思ってしまう。


 ということは元々土に水が豊富に含まれている場所で行う方がいいかもしれない。

 そこで閃いた。

 良い場所があるではないか。

 以前森で見つけたあの泉だ。


 翌日、残しておいた種を持って泉まで飛ぶ。

 泉は以前と変わらず綺麗な水を湛えている。足元をよく見ると動物のものらしき足跡があった。他の動物たちもここを水場にしているようだ。

 とりあえずそれは置いておき、実験を開始する。


 なるべく水に近い湿った土の場所を選び、穴を掘って種を植える。

 術を使って植物を育てていくと、今度は枯れずにニュルニュルとツルが伸びて葉が茂る。

 その後、無事に実をつけるところまで成長した。

 途中、受粉させてやる手間はあったが普通に草原を探すよりも圧倒的に効率がいい。


 とりあえずこれで種がある限り餓死の心配はなさそうだ。

 安堵の息を吐いて育った果物を平らげると、住処に戻った。

 母上に今日のことを話し、食べ物はこれから何とかなりそうだということを告げると


「よくやったな。食糧を独力で確保できるようになれば巣立っても生きていけるようになれたということだ。これでクロ坊も一人前だな。よし、明日から【転身】の術の練習をはじめよう」


 と、嬉しそうに褒めてくれた。

 今後季節などの変化で食べ物が手に入りにくくなる心配がある以上まだ完全に安心はできないが、ひとまずの達成感と褒められた嬉しさをかみ締めて今日は眠りにつこうとした。


 そこでふと思ってしまった。

 農業をしてる竜ってどうなの?


 自分のしていることは手法は違えど農業と呼べるものではないだろうか。

 これまた猛々しい竜がそんなんでいいのかとちょっと考えてしまい、微妙な気分で眠りについたのだった。




「では今日から【転身】の術の練習をしよう」


 いよいよ4つの基本の術の最後、【転身】の術を教えてもらう。

 食事が終わった後、母上と向き合った。


「【転身】の術は姿を変える術だ。竜の姿は不便な事が多い。体が大きく目立つため敵に発見されやすく、クロ坊も体感したと思うが獲物を探す時も大きな体は不利になったりする。他にも巣や縄張りを決める際や移動の際にも巨体では不便なこともあるだろう」


 確かにそれは感じていた。まだ4m程しかない自分でもそれなりに不便を感じるのだ。

 木々の間を移動する時は体をぶつけるし、広い場所でなければ着地もできない。

 巨体を維持するために食料は多く必要になるし何より目立つ。

 目立つことはいいこともあるが動物の獲物を探す時は欠点でしかないだろう。


 形振り構わなければ木を薙ぎ倒して歩き、木を踏み潰して着地することもできるが、動き回るたびに自然破壊をしていてはやがて森はボロボロになっていくだろう。

 住んでいる美しい森を破壊するのは望むところではない。


「【転身】は竜の肉体を解き、別の体に作り変える術だ。他の動物をイメージし、自分の体をイメージした動物などに変化させる。本来この術は食べ物を探す時に様々な動物を見て観察し、自分が変身するためのイメージを獲得する必要があるため、独力で獲物を取れるようになってから練習するのだ。竜よりも体の小さい動物に変身しておけば身を潜める時や狭い場所に入るときなど様々な場所で有利になる」


 なるほど。擬態をもっと高性能にしたようなものか。



(……さて……敢えて黙っていたが、どうやら気付かなかったようだな)



「この【転身】の術は注意することがいくつかある。まずこの術は一度使うと解除するまで永続的に効果が続く。

 通常星術は使用している間中、星素の制御や供給を行っていなければならないが、この術はその必要がなく一度変身できれば解除までは気を遣わずにいられるということだ。一部例外はあるがな」


 なんとまあ便利な術だ。

 変身の間ずっと星素の制御をしなければならないというのはかなりの手間、というより実用に耐えられないだろう。


 気を抜いたら姿が戻ってしまうとなれば他のことに集中するのも難しくなる。

 敵から逃げたり息を潜めて獲物を待ち伏せするとき等は集中しなければならない。

 そんな心配をせず姿を変えておけるというのはかなり便利に思えた。


「そしてこの術はイメージした対象の大きさを逸脱した変身は行えない。例えば竜のように巨大な虫や、逆に虫のように小さな竜にはなれないということだ。

 また、自分の生きた時間を誤魔化すこともできない。これも例えば成体となった私が幼体の動物に変身したり、まだ子供のクロ坊が大人の動物になったりすることはできないということだ」


 ふんふん。

 これまたどんな原理かはわからないが大きさには制限がつくらしい。

 最初に術を考え出した竜が決めたのだろうか?


「最後の注意点だが、これには補足しておく事がある。クロ坊はまだ知らないだろうが、生き物は時間の捉え方が違う。もっと判りやすく言うなら生きる時間の長さが違うのだ。

 例えば虫。多くの虫は酷く短命だ。短いものではクロ坊が生まれた時から今に至る頃は寿命を迎えるものもいるくらいだ」


 今で生まれてから大体半年くらいの時間だろうか。

 半年の寿命はちょっと短い気もするが、地球の昆虫は一年くらいの間に卵から孵り、成長し、子孫を残すと死んでいくものもいる。この世界では更に短命な虫もいるということだろう。


「【転身】の術はな、自分の成長度合いを変身した対象の時間に置き換えて姿が変化するのだ。

 難しいか? そうだな、さっき例えた短命の虫で考えてみるといい。【転身】でクロ坊がさっきの短命な虫に変身したとしよう。実際に生きた時間で考えると虫ならもう死の間際まで生きた老体になってしまう。そうではなく、幼体のクロ坊が変身した場合は変身してもまだ卵から孵ったばかりくらいの幼体の虫に変身するということだ」


(うーん。子供が変身しても子供にしかなれいし、大人が変身しても大人にしかなれない。そしてそれは種族が違っても時間に関係なく成長度合いが変身した種族の成長度合いに合わせられるという事かな?)


 つまり、もし今人間に変身しようとすると、生まれて半年の赤ん坊になるわけではなく、少なくとも自分で物を食べ、走り回れるくらいには成長した姿に変身するということだろう。


 余談だが、人間の赤ん坊は他の動物に比べかなり未熟な状態で生まれてくる。

 他の動物であれば生まれてすぐに立ち上がり、自ら母親のところまで行き母乳をもらったり敵から逃げるために走り回ったりするものもいる。

 特に天敵に狙われる草食動物に顕著だ。

 そうしなければ天敵のいる野生では生き残れない。


 しかし人間はそうではない。

 生まれてすぐに立ち上がって走ることなどできないし、大人と同じものは食べられない。

 感覚も内臓も未発達な状態で母親から生まれるのだ。


 それは人間の進化の仕方に原因があるといわれている。

 人間は知性を発達させてきたため脳が飛躍的に大きくなった。

 脳が大きいということは頭が大きいということだ。


 もし生まれてすぐに走り回れるほどまで母体内で成長してしまうと、大きくなりすぎた頭により産道を通り抜ける事ができなくなる。

 また頭が体積を取るので肉体をそこまで成長させるほど母体のスペースに余裕がない。

 そんな理由でかなり未熟な状態で生まれてくるのではないかといわれている。


 竜は卵から孵った段階で自分で動けたし、食べ物も大人が食べるものと同じものを食べる事ができている。

 人間で言うなら5~6歳くらいの姿で生まれてくるのと同じくらいだということだ。


「言葉で理解するのも難しいだろう。実際に術を行って試してみるといい。星素は体内に集め、体全体を意識して変身したい動物をイメージする。術を解く時はイメージの必要はない。心の中で【元身】と唱えれば良い」



(恐らく、これでわかるだろう。クロ坊は生まれた時から凄まじい速度で知恵を獲得し、一度見ただけで術を覚えた。それだけなら稀なことと片付けることもできたが、不可解なのは本来知りえるはずの無いことを知っていること……。

 普通なら一度火や水を見ただけでそれを真似て術を行うなどできない。火の熱さを体験し、水の感触を確かめ、やっとそれでイメージが追いつくようになる。クロ坊はそれを初めから知っていたかのようにイメージし、術を成功させている。

 クロ坊は果物ばかりを食べている……生きた動物を殆ど見た事がないはず。飛ぶ時も動物たちは我らを恐れ隠れる……クロ坊は恐らく動物をじっくりと観察したことなど無いだろう。敢えてそれを指摘しなかったが……このまま試してもし成功すれば……私の知り得ない何かが垣間見れるか……。

 杞憂ならばそれはそれでいいしな)

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