竜の食事事情

 ……明るい。

 朝だ。


 グーっと伸びをして目を覚ますと、体からカラカラと音を立てて何かが落ちた。

 寝ぼけ眼で手に取ると自分の鱗だった。また脱皮したようだ。

 生まれたばかりの頃に比べると、鱗も大きくなり色や硬さも随分と変わった。


 もう慣れたもので剥がれた鱗を集めつつ、すぐにでも剥がれてしまいそうな鱗を手で払ってバラバラと落とす。

 今回は牙は抜けなかったが爪が一緒に抜けて落ちた。

 鱗も爪も既に新しいものが古いものの下にできていて、先端が見えている。


 剥がれた爪や鱗をひとまとめにして、いつもしまっている穴の近くに持っていく。

 ゴソゴソと穴の上の石をどかしてみるともう一杯になっていた。

 仕方ないので隣に3つ目の新たな穴を用意する。


 以前は手で掘っていたが、ここで星術を試してみることにした。

 使うのは物を動かす術。

 土や石を動かすように集中するとボココココと音を立ててひとりでに地面に穴が掘られていく。


(おお……これは便利)


 少しずつ日常生活でも術を使い、色々なことに応用できるようにしてく。

 人間が長い時間をかけて文明の利器を作り出し、初めて生活などで利用した時はこんな感慨深いものだったのだろうなと想像した。


 母上は既に自分の朝ごはんを探しに出かけたようだ。

 今日からは自分で食事を用意しなければならない。

 ただ、まだどこにどんな食べ物があるのかわからないので、今日のところは昨日多目に採ってきておいた果物を食べる。


 先に腹ごしらえを済ませ、この後食べ物がどこにあるのか探しに行くのだ。

 母上が今まで持ってきてくれていた食べ物がどの辺にあるのかなどは教えてくれなかった。

 それも含めて全て自分で探してこいということだろう。

 昨日の残りをムシャムシャ食べ終えると、住処を飛び出す。


 さて、どこに行ってみようか。

 今回は食べ物探しが目的なのであまり他の事に気をとられてしまうのはよろしくない。

 いつも食べているのは植物の実だから行くとすれば森か草原かの二択になる。

 当然どちらも初めて行く場所であるからきっと色々なことに目移りしてしまうだろう。


 しかし、自分の好奇心を満たす探索を始めてしまうときっと食べ物なんて探せない。

 今回はそういった好奇心を押さえ、今後自分が食べていけるだけの食糧確保を優先しなければならないのだ。


 とりあえず麓に下りればすぐに探索できる森に行ってみることにした。

 ぐんぐんと高度を下げ、鳥のように低空飛行をする。

 もし探しているのが動物の獲物であれば、姿を堂々と晒しているため警戒されてしまい悪手かもしれないのだが、狙うのは植物なので別に気にしない。


 木の上からでは果物なんて探せないので適当な場所を見つけて降りてみることにする。

 竜といってもまだ4mくらいの大きさなのでそこまで巨体なのを気にする必要はなかった。

 でもやっぱり木が密集していたり岩場などの狭い場所だったりは苦労する。

 とりあえず今回はあまり山から離れていない場所に降りて、果物探しをすることにした。


 地面に降りると、先日行った竜の森とはまた違った雰囲気の森だということがわかる。

 神秘的な感じという程ではないが、それでも静かで時折吹く風によってザザザザと木の葉がこすれる音が響き、木漏れ日がキラキラと揺らめいている様は息を呑む程に美しかった。


 人の手が入っていない森林なんて日本ではなかなか見ることができない。

 あるがままに創られた森の姿に暫く見惚れてしまった。

 おっと。早速目的を見失ってしまうところだった。今回はご飯を探さねばならないのだ。


 キョロキョロと辺りを見回す。

 ふーむ。さすがにこんなに簡単に何かが見つかることは無いか……。

 目の届く範囲にはめぼしい物がないのでとりあえず山から離れる形で奥に進んでみる。


 ガサリガサリと草木を掻き分け進むと、小さいながらも虫を見つけたりヘビイチゴのように小さな実が生っている草を見つけたりと新たな発見がある。

 しかし自分の食料になりそうなものはなかなかない。


 ガサガサと歩き回ってようやく竜の大きさから見てもそこそこ大きな実をつけた木を発見した。

 いや、この実は木に生っているんじゃなく木に巻きついた別の植物がつけている実のようだ。


 母上が持ってきてくれたことのない初めて見る実だったのでまずは食べられるか鑑定しなければならない。

 実をじっと見つめて【竜憶】を使う。

 ……うーん、データが無いようだ。


 冒険して食べてみることもできるが、今回はなんだかわからない実を口にするのはやめようと決めていた。

 別に食べる勇気が無いわけではない。断じて。


 こうした果物の中には毒のある実などもあるのだ。

 成長し切った成体の竜ならばある程度の毒にも耐えられるし、仮に毒になっても解毒の術を使えばいいのだが、まだ幼体である自分が強い毒性のものを食べてしまうのは危険だ。

 解毒の術も集中しなければ使えないので、集中できないような毒を摂取したら命に関ってしまう。


 そんな事情から今回は確実に食べられるもののみを探し、食べられないもしくはわからないものには手を出さないでおこうと決めたのだ。

 また新たな果物を発見する。さっきの実よりも少し小ぶりだが綺麗なオレンジ色だ。

 どれどれ今度は……お。これは食べられる。


 今回は持ち帰らないでその場で食べることにする。小さすぎて持って帰るのには向かないと思ったからだ。


(うーん。竜になって物を持ち運ぶのが不便になったなぁ)


 脱皮で剥がれた鱗も持ち運べるような入れ物などが無いため結局地面に埋めておくくらいしかできない。

 こんな小さい実なども持ち運ぶのが難しいので何か入れ物になるような道具が欲しい。


 そんな便利な術はないのだろうか……。

 また時間のある時に調べておこう。

 今は食料のこと食料のこと。

 目的を見失ってはならないのだ。


 とりあえず見つけた食べられる実をその場で食べることにする。

 大きな竜の体で小さな実を収穫するのはとても骨が折れる。

 手が大きく爪もあるので採りにくいし、力加減に失敗すると潰してしまうこともある。


 ここで便利なのが基本として教えてもらった斬撃を飛ばす術だ。

 小さなナイフを飛ばすイメージで実の付け根の茎を切っていく。

 手は実の下に受け皿として置いておくだけでいい。


 ピッピッと小さな斬撃を飛ばしプチプチと実を落としていく。

 全部採ってしまうのはよろしくないので見えるところ半分くらいにしておく。

 結構採ったが両手一杯とはいかない。

 ザラザラ~と口に放り込んで一口で食べてしまう。


 少しすっぱいけどさっぱりした甘みが美味しい。

 結構探し回ったが食べられる実がやっと一つ見つかっただけだ。

 それもお腹一杯になれる程のものではない。


 自然の中で食べ物を見つけるのは予想以上に大変なことだった。

 多くの動物は常に空腹を感じているという。

 野生動物にとっては空腹がデフォルトの、つまりいつもの状態なのだ。


 現代での日本の生活は食物に溢れ、いつでも腹を満たす事ができる環境だった。

 好きな時に好きなだけ食べる事ができ、空腹を感じる暇さえないような生活を送る人もいる。


 現実の話で、小学校に入学し、給食までの時間で空腹になると体調がおかしいと訴える子どもがいたりする。

 家庭で空腹感を感じた事が無い程に好きな時に好きな物を食べられる環境だったため、空腹感を体の異常と勘違いしてしまったり、空腹で腹の虫が鳴くと聞いたことも無い変な音がすると訴えたりするのだ。


 そこまではいかなくても食について困ったことが無かったため改めて自然の中に生きる厳しさというものを感じた。

 それと同時に自分のために食事を用意してくれていた母上に感謝の念が湧き上がる。


 そんなことを考えつつも次の食べ物を探し回るが、結局今日の森では最初に食べたもの意外で食べられるもを見つけられなかった。

 代わりに森の中に泉のような水場を見つけた。


 結構山から離れた場所にあるが広場のように少し開けてた場所があり、そこに池というか泉というかはわからないが、透明で綺麗な水を湛えた結構な広さの水溜りがあった。

 川などの流れ込んだり流れ出たりといった場所が見当たらないので地中から直接湧き出ているのだろう。


 ここは良いな。

 水浴びしたり草の上で昼寝したりしたらとても気持ちよさそうだ。

 なかなか見つからない食べ物探しの途中で思わぬ場所を発見し、ちょっと気分が上向いた。


 泉の場所を覚えるために広場から空に飛び上がる。

 山まではやはり結構な距離がある。

 食べ物を探しながらかなり歩き回っていたようだ。

 二つの山の重なり具合から大体の方角を覚えておき、本来の目的である食べ物探しに戻ることにする。


 今度は一度山の方に戻って、草原側を探してみることにした。

 一度山に戻ると母上が戻ってきていた。


「どうだ? 食べ物は見つかったか?」


「少しだけ森で見つけましたが、足りないので草原の方に行ってみます」


「そうか。草原は身を隠すものが少ないからあまり山から離れないようにしなさい」


「わかりました。ではいってきまーす」


 母上からはやはり食べ物の場所などは教えてもらえなかった。

 まぁ期待もしていなかったし今後のことを考えればやっぱり自分で見つけないといけない。

 気を取り直して飛び上がる。


 隣の山をぐるりと迂回し、麓の草原に下り立つ。

 今回は山からあまり離れないようにしよう。

 木があるわけではないので森のようにどこまでも進んでしまうことはなさそうだ。


(さてさて。何かないかな~?)


 ガサリガサリと草をかき分けて食べ物を探すが、相変わらず動物は見かけない。

 母上は一体どうやって十分な獲物を捕っているのか……。

 前に竜の森から帰ってくる時には上空から獲物を見つけて急降下して捕っていたけど空を飛んでも殆ど動物なんて見えないのだが。


 そんなことを考えながら草原を探し回っていく。

 すると見覚えのある実を見つけた。


(おお。これは母上が採ってきてくれるスイカボチャ! こんなところに生えていたのか)


 数は少ないがやっと食べられる実を見つけた。

 スイカなどの瓜のように地面からツルを伸ばして実をつけているが、まだ熟していないのか大きさが小さい。

 いつも食べているものの半分くらいの大きさしかなかった。


 他に大きいものはないかと歩き回ってみる。

 しかし、この近くにはなかった。

 そんなに都合よくはいかないか……。

 今回は見つけた小さめの実を一つ採って我慢することにした。


(うーむ。いつもこんなに大変な思いをするのはなぁ。今度種から育ててみようか……)


 今日のところは草原の奥にまではいかず、そこで切り上げることにした。思った以上に時間を使っていたらしく、既に日が傾き始めている。

 住処に戻ると母上が待っていた。


「おかえり。どうだった? 食べ物は取れたか?」


 そう聞かれて今日見つけられたものと、探すのが難しかったことを話した。


「生きるというのは簡単なことではないということだな。皆そうやって自然の中で生きる難しさを学んでいくものだ。クロ坊だけが苦労しているわけじゃないからな、気落ちすることはないぞ」


「はい。明日は違う場所を探してみます」


「どうしても困ったら言うといい。手助けできることはしよう」


「はい。ありがとうございます」


 そんなやり取りをし、夕方になるまでは術の練習をする。

 やはりまだ2つの術を同時に使うのは成功していないから練習を怠るわけにはいかない。


「そろそろ【転身】の術も教えねばな。自分自身で必要なだけ食糧を集められるようになったらそちらの練習も始めよう」


 それからは食べ物探しが日々の中心となった。



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