第8話 008

 ──えっ、まさか。

「わたし、失敗したの? ノイン先生は!?」

「……」

 あの。

 何とんちんかんなこと言ってるんだこいつは、みたいな目で見るの止めてください……。

「ノインの容態は、いま医師と魔法士が看るところだろう。心配はない。素人目にも、ひどく安定しているように見える。……『穢れ』の闇も、もうない」

「あ、ほんとだ、良かった……」

 ベッドの枕元の方には、言うとおり、いろんな人が身を寄せ合うようにしてあれこれ作業中だ。視点のぐっと低いわたしからは、寝台に横たわるノイン先生の腹部あたりから下しか見えない。それでも、少なくとも四肢を這うあの黒い電流がなくなっているのはわかった。

「君も休め。すぐに侍女が部屋を用意する」

「え。でも」

 寝室の窓はぴかぴかと明るいまま。まだまったく夜でもないし、こんな早い時間に「寝ろ」みたいに言われても……。

 わたしの目の動きから言いたいことを読み取ってか、クラヴィス王子はことさら大きな溜息を吐く。

「二日後だ」

「……え?」

「俺がノインの移動を考えて屋敷へ戻ったのは、君にここを任せてから一昼夜後。いまは、そこからさらに一昼夜経とうかというところだ。……時間の計算は出来るな?」

 二日。

 そんなに経ってた? 一切、実感がない。かと言って、まさか王子の言葉を疑うわけもないんだけれど。

「でも、わたし眠くないし、元気です」

「君以外、すべての魔法士と魔術師が魔力を使い果たして寝込んでいる。君は本当に無茶苦茶だが、それでも君だけが消耗していないという道理はないだろう。いまは一時的になんらかのハイ状態なだけだ。自覚をしろ。そして寝るんだ」

「四回目……」

「なんだ?」

 いいーえ。

 わたしはつんと顔を逸らし、王子から離れようとする。ベッドに手を着いて、ひとまず膝を立てようとした。……なのに。

「何を潰れている」

 好きでおまんじゅうになってません!

 着いた手はわたしの体を支えられず、シーツを滑った。膝を立てるどころか、顔から突っ伏したようなもの。なにこれ。全っ然、体に力が入らない。なんとか上体を起こそうとする意思に反して、シーツに触れた部分からゆるゆると溶け出してゆくみたいな睡魔にまで襲われた。

 王子の言った「自覚をしろ」って、こういう、こと……。

「意地を張って無理をするな。そのまま寝ていろ」

 静かな溜息混じりに言ったと思うと、クラヴィス王子はわたしの体に腕を回す。一度仰向けに返して、そうしてひょいと抱き上げた。わあ。

 すごい。雲に乗っているみたい。

「殿下。リリステラ様のお部屋の用意が……、あら」

「案内してくれ」

 ミラの声がする。

 それから、ふわふわ、やわらかくあやすように揺らされる心地。この雲は、とてもあたたかい。

 だから、そのあたたかさが離れてゆくのを、少しだけ寂しく思った。

 ねえ。

 ひとりに、しないで……。

「君は本当に無茶苦茶だ。俺の考えるすべてのことを、根こそぎ吹っ飛ばした……」

 伸ばした手を、誰かが取る。声がしてる。

 ありがとう、って。

「いまは休んでくれ。目を覚ました後なら、どんなわがままでも聞く。──ノインを救う代わりに君が尽き果てては、意味がないんだ。リリステラ」

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わたしの転生先は、たったいま殺されたばかりの悪役令嬢でした 結森 @ko_yumori

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